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第12部

第八章 小鳥は羽ばたく③

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 戦闘は、《朱天》が押していた。
 本来、広い場所では、リーチの長い武器の方が有利だ。
 無手の《朱天》よりも、戦鎚の《地妖星》の方が戦いやすいはず。
 しかし、《朱天》には、遠距離攻撃もあった。
 両腕を用いた《穿風》の猛攻には、ボルドも眉間にしわを寄せた。


(やられましたね)


 内心で、舌を巻く。
 アッシュが、わざわざ最初に広場を設けたのは、どうやら、盾になる障害物を事前に排除するためだったようだ。
 おかげでボルドは、ずっと猛打に翻弄されている。


(――くッ!)


 ボルドは舌打ちし、《地妖星》を走らせた。
 猛打を続ける《朱天》に対し、円を描くように疾走する。
 そんなボルドにアッシュは容赦しない。


『逃がさねえよ!』


 アッシュが叫び、《朱天》が掌底を連打する。《地妖星》が駆け抜けた先が、不可視の衝撃で次々と破壊されていった。
 手数が多すぎて、近づくこともままならない。


(やはり)


 ボルドは、細い双眸を微かに開けた。


(あれを使うしかないようですね)





(これで終わりじゃねえだろ? ボルドのおっさんよ)


 アッシュは、双眸を細めた。
 遮蔽物のない場所での遠距離攻撃。
 それだけでボルド=グレッグを倒せるのなら、とうの昔に決着などついている。
 そろそろ何を仕掛けてくる頃合いだ。
 そして、それは唐突だった。


「――なにッ!」


 アッシュは目を瞠る。
 突如、《地妖星》の姿がかき消えたのだ。
 一瞬、《雷歩》で加速でもしたのかと思ったが、そうではない。
 雷音など全くしなかった。
 本当に、いきなり消えたのだ。


(……どういうことだ?)


 訝しむアッシュ。同時に《朱天》は乱打の手を止めた。
 その直後のことだった。
 ――ぞわり、と。
 アッシュの産毛が逆立った。
 強烈な悪寒が、右方向から感じる。
 咄嗟にアッシュは、右腕を盾に《朱天》を身構えさせた。
 ――ズドンッ!
 衝撃が来たのは、一瞬後だった。
《朱天》は大きく吹き飛ばされた。
 大きく重心を崩すが、両足で地面を削り、態勢を立て直す。
 次いで、アッシュは衝撃の主に目をやった。


『……てめえ』


 そこにいたのは、戦鎚を構える《地妖星》だった。


『……今、何をした?』

『はは、まあ、隠し芸のようなものですよ』


 と、ボルドは温和な声で答える。
 そして、再び《地妖星》が姿を消した。
 音もなく、だ。


(――チッ!)


 アッシュは舌打ちし、《朱天》を後方に跳躍させた。
 視野を可能な限り広げる。
 しかし、やはり《地妖星》の姿は見えなかった。
 アッシュは渋面を浮かべた、直後。
《地妖星》が、ゆらりと現れる。
 それは《朱天》の正面だった。


(――なにッ!)


 そして、
 ――ズシンッ!
 正面から、戦鎚に刺突された。
 胸部装甲が軋み、《朱天》は後方に押しやられた。


「………っ!」


 ユーリィが声を押し殺して、アッシュの腰にしがみつく。
 アッシュは、《朱天》の姿勢を立て直した。
 それから、再び《地妖星》を睨みつける。
 異形の鎧機兵は、戦鎚を片手に、悠然と佇んでいた。


『なるほど。そういう闘技か』


 アッシュは、舌打ちする。


『完全な隠匿。姿も、動く音も消すってことか』

『ええ。《無音無響》。私はそう名付けました』


 ボルドは明快な声で答える。


『簡単に言えば、私の周囲の情報を完全に遮断する闘技です』

『不可視の暗殺者ってか。厄介だな。けどよ』


 アッシュは目を細めた。


『そこまで完璧な闘技じゃねえな。相当、神経を使うんだろ? 少なくとも攻撃する際は姿を現しちまう。違うか?』

『はは、それはどうでしょうか?』


 ボルドは、謎めいた笑みを浮かべて答える。


『あなたにそう思わせるために、わざと姿を見せたかもしれませんよ』

『……ふん。そうかよ』


 アッシュは、忌々しげに口角を歪めた。
 確かにその可能性はある。
 しかし、常時それが可能とは思わない。恐らく、一度か、二度か。それぐらいならば隠匿状態を持続させた攻撃をやってのけるかもしれない。


(ここぞで使う切り札だな。だが……)


 あの闘技が神経を使うのは間違いない。


(だとしたら確認しときたいことが幾つかあるな)


 アッシュは、《朱天》を跳躍させた。
 一足飛びで間合いを詰める。そして拳を繰り出すが、
 ――すっと。
 またしても《地妖星》の姿は消えた。
 アッシュは目を細める。そして頭の中で時間をカウントする。
 そうして十一秒。背中に衝撃が来る。


(――くッ!)


 アッシュは眉をしかめつつ、姿を現した《地妖星》に竜尾の一撃を放つが、《地妖星》は後方に跳躍。その後、すうっと消えた。
 再び、アッシュは時間のカウントを開始する。
 今度は九秒。肩に衝撃が来た。装甲の一部が欠ける。《朱天》は後方に跳躍して間合いを取る。《地妖星》はまたしても消えた。
《朱天》は警戒する。と、十秒後、今度は右足を殴打された。
 巨体が大きくぐらつく中、


(なるほどな)


 アッシュは、面持ちを鋭くする。


(インターバルはなし。だが、持続時間は十秒前後ってとこか)


 出来ることなら、もう一つ。隠匿中に他の闘技が使用できるか確認したいところだが、これ以上、攻撃を受けるのは《朱天》でも危険だ。
 闘技でないただの攻撃であっても《地妖星》の一撃は重い。


『おやおや。クラインさん』


 その時、ボルドが口を開いた。
 それはもう嬉しそうに。


『どうやら何かを企んでおられるようですね』

『ああ、そうだな』


 アッシュがそう呟き、《朱天》が身構える。


『方針が決まったよ。まあ、少々しんどい方針だが』


 そう言った瞬間、《朱天》がバカンッとアギトを開いた。
 ボルドが『ほう!』と感嘆の様子を見せる。


『いよいよ全開ですか』

『まあな。悪いが、早々に片付けさせてもらうぜ』


 紅く輝く四本の角。
 みるみる内に、《朱天》の全身は真紅へと変貌していった。
 そして――。


『じゃあ、互いに神経と体力の削り合いといこうぜ。ボルド=グレッグ』


 そう告げて、アッシュは獰猛に笑った。
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