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第13部

第二章 レディース・サミット2③

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「………は?」

 キョトンとした、そんな声を零したのはオトハだった。
 パチパチと瞳を瞬かせてから、

「いや、待て。ハウル。お前、今少しおかしな言い方をしなかったか?」

 と、尋ねる。
 すると、それに対して答えたのは、シャルロットだった。

「いいえ。オトハさま。ミランシャさまは正しい表現をされています。自分が彼の婚約者だと彼女が告げたことは私も聞いていますから」

「………は?」

 オトハは、ますます困惑した顔をした。
 サーシャ、アリシア、ルカも話が掴めず、同じような表情をしている。
 と、その時、

「……生きているの」

 ユーリィが、ポツリと呟いた。全員がユーリィに注目する。

「サクヤさんは今も生きているの」

 その台詞に、ミランシャとシャルロット以外のメンバーは唖然とした。

「――え? いや、だって、さっきのユーリィちゃんの話だと、サクヤさんって人は、もう死んじゃったんじゃなかったの?」

 アリシアがそう尋ねると、ユーリィは眉根を寄せた。

「確かに、あの日、サクヤさんは死んだはずなの。私は彼女が光になって消えたのをこの目で見ている。だけど……」

 ユーリィはかぶりを振った。

「ボルド=グレッグと出会った日。私はサクヤさんとも出会っていたの。私は《聖骸主》だった頃のサクヤさんしか知らなかったけど、生前の彼女を知っているコウタ君は、彼女は間違いなくサクヤさん本人だって言ってた」

 その台詞には全員が目を剥いた。
 そして、真っ先に過剰に反応したのはミランシャだった。

「――あの女!? もうこの国に来てるの!?」

 立ち上がり、バンッと両手で机を叩く。

「え? え?」「ど、どういう……」

 と、ルカとサーシャは混乱している。アリシアも目を瞬かせていた。

「ま、待て! ハウル! それはどういうことだ!」

 同じく立ち上がってオトハが叫ぶと、

「ああ! もう!」

 ミランシャは、自分の赤毛を片手で、ガシガシと搔き乱した。

「アタシにも分かんない!」

 堂々とそう告げる。

「けど、どういう理由なのか、死んだはずのあの女は今も生きているの! アシュ君に心底愛されたあの女が!」

 一瞬の沈黙。

「「「ええええええええッ!?」」」

 サーシャ、アリシア、ルカが愕然とした声で叫ぶ。
 オトハはただ、唖然としていた。
 ミランシャは言葉を続ける。

「要はそういう話なの。今頃になってアタシ達の最大の恋敵が復活したってこと。それも悲劇の別れを経た上でね」

「ちょ、何それ!?」

 アリシアは目を丸くして叫んだ。
 ミランシャは、眉をしかめてさらに語る。

「しかも、あいつ見た目が凄く若いのよ。多分、聖骸化していた時期は、年を取っていないせいなんでしょうね。実年齢はアシュ君よりも年上のはずなのに見た目だけはサーシャちゃんやアリシアちゃんと同い年ぐらいなのよ」

「そ、そうなんですか?」

 と、サーシャが困惑顔で尋ねる。
 それに対し、シャルロットが言葉を続けた。

「見た目の若さや、群を抜いた容姿の美しさもそうですが、それ以上に、彼女は正真正銘のあるじさ――コホン。クライン君の恋人だった人です。この上ない強敵です。恐らく現時点で彼女と対等に渡り合えるのは……」

 そこでオトハを見やる。

「オトハさまだけでしょうね」

「「「……‥え」」」

 ユーリィも含めた少女達の視線が、オトハに集まった。
 それに対してオトハの方は少し後ずさって、冷や汗を流している。

「え? なんでオトハさんだけなんですか?」

 というサーシャの素朴な質問に、

「それはね」

 ミランシャは、ジト目でオトハを睨みつけながら答える。

「この黒毛女。ちゃっかり自分だけアシュ君に愛されているのよ。密かに自分だけはアシュ君と熱い夜を越えちゃってるのよ」

 数瞬の間。
 サーシャ達はキョトンとしていた。
 ――が、すぐに、

「「「「ええええええええええええええッ!?」」」」

 今度はユーリィまで合わさった愕然とした声を上げる。同時に、全員が椅子を倒す勢いで立ち上がっていた。もはや座っているのはシャルロットだけだ。

「い、いや、そのな……」

 と、両手を動かして、しどろもどろになるオトハに、

「いつ! いつそんなことになったんですか!」

 アリシアが真っ先に詰め寄った。

「そ、その、コウタ君とクラインが再会する、ぜ、前日の夜に」

 あまりの剣幕に正直に答えるオトハ。
 少女達全員――おっとりしているルカやサーシャまで、剣呑な表情を浮かべた。
 特に同居人のユーリィの眼差しは、もはや冷酷レベルである。
 そして、サーシャ達もオトハに詰め寄ろうとしたが、

「みんな。ちょっと待って」

 少女達のリーダー格であるアリシアが、手で制して諫める。
 そして一瞬だけ、表情にわずかな陰りを見せるが、

「まずは、オトハさんの話を聞きましょう」

 そう言って、蒼い眼差しでオトハを見据えた。

「オトハさん。どうして、いきなりそこまで一足飛びに発展できたんですか?」

「い、いや、それは……」

 オトハは指先を重ねて躊躇っていたが、遂には観念して語り出した。

「その、実はそれほど一足飛びでもないんだ。以前、私にしつこく言い寄ってきていたゴドーという男がいただろ? あの男が何度も私を自分の女呼ばわりしたことに、クラインはクラインで不快に思っていたらしいんだ。そ、それで……」

「……それで?」

 ユーリィが抑揚のない声で尋ねる。オトハは少し視線を逸らして。

「あ、あの夜、私は、たまたまその現場に居合わせたんだが、ク、クラインの奴、あまりにしつこいあの男に、私は渡さない。お前に奪われるぐらいなら私を、その、じ、自分の女にするって言い放ったんだ」

「あの鈍感なアッシュさんがそんな台詞を!?」

 アリシアは目を見開いた。ルカもユーリィも相当驚いている。
 一方、サーシャは茫然とした顔で口を開いた。

「それって、あれですよね。オトハさんが以前言っていた、もし私達が誰かに奪われそうになったら先生は貪欲に私達を求めてくるって……」

 その指摘に、オトハは顔を赤くする。

「ま、まあ、そういうことだな。け、けど、しばらくは私も気が気でなかったんだが、結局、そこからは何もなかったんだ。やっぱりクラインはクラインなんだなと思って、気にするのも馬鹿らしいから、私は普通に接することにしたんだが……」

 一拍おいて、緊張と一緒に大きく息を吐いた。

「コウタ君の生存を知ったあの夜。クラインは酷く落ち込んでいたんだ。だから、私は普段通りあいつを叱咤しようと思った。コウタ君と、あんな顔で再会させる訳にはいかなかったからな。愚痴ぐらい幾らでも聞いてやろうと思っていた。けど、そのな……」

 オトハが言葉を詰まらせる。同時に、より顔が赤くなってくる。
 と、ミランシャが軽い口調で告げた。

「要するに、オトハちゃんってば、アシュ君に自分がどれぐらい大切に想われていたのかを完全に読み違えちゃったのよね」

 そこで大仰に肩を竦める。

「事前に俺の女にする宣言までされていたのにね。本気でヘコんでいるアシュ君にどうか食べてくださいってぐらいの無防備さで近づいちゃったから、本当にパクって食べられちゃったってことよ」

「もっと言いようがあるだろ!? ハウル!?」

 オトハは、羞恥いっぱいの涙目でミランシャを睨みつけた。

「それだと、まるで雰囲気に流されただけみたいじゃないか! その、確かに最初のキスは唐突だったけど、その後は本気で口説かれたんだ!」

「そしてその結果、アシュ君の部屋までお持ち帰りされたんでしょう? で、口説き落とされたその日のうちにパクっと」

「だから言いようがあるだろ!? 確かにそうだけど! けど後悔はしてないぞ! あの夜だって、初めてで私はずっとテンパっていたのに、クラインは優しくて――」

 と、そこまで口走りかけて、オトハはハッとした。
 恐る恐る振り返ると、怒っているのか涙ぐんでいるのか分からない少女達がいた。
 そして次々に、

「ずるい!」「卑怯!」「羨まし……ずるい、です」「順位は先着順じゃないですからね!」

 そんなことを叫び出した。
 アリシア達の勢いに、オトハは完全に気圧されていた。
 すると、

「まあ、みんな少し落ち着きなさい」

 ミランシャが、パンパンと手を叩いて注目を集めた。
 ミランシャは、さらに言葉を続ける。

「みんなの動揺も分かるけど、重要なのは、オトハちゃんが持ち前の迂闊さを発揮して出し抜いたことじゃないわ」

「いや、迂闊さで出し抜くって……」

 と、オトハには異論がありそうだったが、無視する。

「重要なのは、あの女に対して対等に戦えるのがオトハちゃんだけってことよ」

 ミランシャの指摘に、サーシャ達は眉をひそめた。

「よく聞いて。みんな」

 ミランシャは真剣な顔で語る。

「今のままだと、オトハちゃんとあの女の一騎打ちになるだけよ。それは分かるわよね」

 沈黙が続く。
 だが、その沈黙こそが肯定の態度でもあった。

「だからね。ここではっきり言っておくわよ」

 ミランシャは、両手を腰に当てて厳かに宣言する。

「オトハちゃんの立場を羨むのもいいけど、その場所ステージにはアタシ達全員が立たなくちゃいけないの。だって、それがアタシ達の目的でしょう?」

 その台詞に、サーシャ達は一瞬ポカンとした。
 が、すぐに全員が耳まで真っ赤にすると、もじもじとし始めた。
 サーシャとアリシアは深く俯き、ルカは前髪で視線を隠して頬に両手を当てている。
 ユーリィは唇に片手を当てて視線を逸らしていた。
 ちなみに、告げた本人であるミランシャも顔がトマトのように真っ赤で、唯一座っているシャルロットも視線を背けて耳や首元を赤くしていた。
 何故か、すでにその場所ステージに到達しているはずのオトハまでもトマト状態だ。

「だ、だから、一騎打ちを避けるためにもアタシ達は結構早急にその場所ステージに到達しなくちゃいけないの。その、そういうことだから、各自覚悟はしておいてね」

 と、ミランシャが告げるが、誰一人声に出しては答えない。
 ますますもって全員が赤くなる。
 ただ、それでも全員がはっきりと頷いてはいたが。

「と、とりあえず皆さん。一度座られてはいかがでしょうか」

 と、シャルロットが声をかける。
 ミランシャ達は無言のまま、それぞれ自分の席に戻った。
 そうして、各自が冷めた紅茶を一気に飲み干してから、

「ま、まあ、ちょっと脱線したけど話を戻しましょう」

 ミランシャがそう告げる。
 全員がミランシャに注目した。

「重要なのは、あの女のことよ」

 ミランシャは言う。

「あの女が、今もアシュ君に愛されているのは疑いようもないわ。アタシは女として彼女をアシュ君に逢わせたくない。だけど……」

 そこで、ミランシャは視線を伏せた。

「これも女としての気持ちよ。彼女がアシュ君に逢いたいって気持ちもよく分かるの。それはみんなも同じじゃない?」

 全員が沈黙した。

「サクヤさんは……」

 そんな中、ユーリィが口を開く。

「今でもアッシュを愛しているって言ってた」

 再び全員が沈黙する。
 ここにいる人間は、全員がアッシュを愛している者だ。
 同じ気持ちを抱くサクヤを否定など出来なかった。

「サ、サクヤさんは」

 ルカが顔を上げて告げた。

「きっと、心から、仮面さんに逢いたいと、願っていると思い、ます」

「ええ。そうですね」

 シャルロットが目を細めて言う。

「愛しい人と逢えない日々とは本当に辛いものですから」

「ああ。それは私も同意見だな。あれは本当に辛い」

 と、両肘を抱えてオトハも頷く。

「私は……」

 アリシアが、ポツリと呟いた。

「サクヤさんを全然知らないわ。どんな人か分からない。だから」

「うん。そだね」

 アリシアの言葉はサーシャが継いだ。

「私は逢ってみたい」

 そして続くサーシャの台詞は、全員の気持ちを代弁していた。

「アッシュが愛した人と逢って……お話をしてみたいな」
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