クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第13部

第七章 二人は再び出逢う①

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 ……ザザザザ。
 さざ波の音が耳に届く。
 ふと見上げると、空は晴天。カモメが飛ぶ姿も見える。
 太陽の輝きが眩しい。
 サクヤは、黒い瞳を細めた。

 時刻は、午前十時を過ぎた頃。
 サクヤは、ジェシカと一緒に自室で朝食を取った後、炎の華の紋が刺繍された白いタイトワンピースを着て身を引き締め、王都ラズンを出た。
 そうして海岸沿いに三十分ほど歩いて、この砂浜に辿り着いたのである。

 いつもなら同行するジェシカの姿もない。
 彼女には、今回のみ同行を辞退してもらった。
 何故なら、今日は再会の日だからだ。

『……決意されたのですね』

 ジェシカは、珍しく微笑んでくれた。
 サクヤは久しぶりに一人になっていた。
 周囲には人気もない。

「……海か」

 その時、強い風が吹いた。
 潮の香りがする海風だ。
 サクヤは、長い黒髪を片手で押さえた。
 山村で暮らしていた彼女には、まだあまり馴染めない風だ。

「……あの頃は、川遊び程度だったから」

 昔を懐かしみ、サクヤは再び瞳を細める。
 川遊びは、クライン村では定番の遊びだった。
 サクヤは意外と泳ぎが上手く、皆が感心していた。
 ただ、成長するにつれて、異性の視線が気になってきてあまり遊ばなくなったが。

「海だとやっぱり違うのかな?」

 手持無沙汰に砂浜を歩きながら呟く。
 サクヤは、この場所を再会の場所に決めていた。
 ここ数日、サクヤはずっと部屋に籠りきりだった。
 それが突然、行動すれば、きっとトウヤは意図を感じ取ってくれるだろう。
 そう確信して、この場所に来たのだ。
 ただ、いつ来てくれるかは分からない。

 けれど、サクヤは何時間でも待つつもりだった。
 彼が来てくれるまで。

 再び風が吹く。
 思えば、遠い場所まで来たものだ。

 あの小さな村。
 とても小さな世界が、サクヤのすべてだった。
 それが今や、大海原を前にしている。

(あの頃は……)

 サクヤは髪を押さえて物思う。

(普通にトウヤと結婚して、一緒に暮らして、子供を産んで……)

 そして歳をとって、お婆ちゃんになって、子供や孫に囲まれて笑って死ぬ。
 そんな未来を想像していた。
 だが、そんな未来はもう来ない。
 あの炎の日に、断ち切られてしまった。
 もう、トウヤと共に歩く未来はない。
 ささやかだけど、幸せな未来はもう来ない。
《聖骸主》と成り、おぼろげになった意識でそう考えていた。

「……だけど」

 サクヤは、ポツリと呟く。
 昨晩訪れた彼のおかげで、彼女は再びこの世界に戻ってこられた。
 こうして、再び人として生きる機会を与えられた。

「…………」

 サクヤは、無言になって大海原を見つめた。
 心はとても穏やかだった。
 そして――。
 ――ざくっ、と。
 不意に後ろから足音が響いた。
 ざくっ、ざくっ、と足音が続く。
 誰かが近づいている証だ。
 トクン、トクンと心臓が鼓動を打つ。
 サクヤは小さく息を吐き出して、ゆっくりと振り向いた。

 すると、そこには……。

「……よう」

 腰に小さなハンマーを差した白いつなぎ姿の、白髪の青年がいた。
 サクヤが知っている頃よりも成長していて、顔つきや体格に精悍さが増しているが、間違いなく彼女の愛しい人だった。

「久しぶりね。トウヤ」

 サクヤは微笑んでいた。
 鼓動は、今も高鳴っている。
 けれど、彼の前だと自然に笑みが零れていた。
 一方、青年も穏やかに笑う。

「ああ。久しぶりだ」

 ゆっくりと歩を進めながら、青年――アッシュはボリボリと頭をかいた。

「コウタからは聞いていたが、本当にお前なんだな。サク」

「……うん。私だよ」

 サクヤは、少し眉を落として告げる。

「ごめん。トウヤ。私は……」

「悪りい。ちょっと待ってくれ」

 アッシュは、サクヤの言葉を遮って彼女の前に立った。

「お前に色々と語りたいことが山ほどあんのは分かるよ。俺だって、お前に何があったのか聞きたいしな。けど、その前にだ」

 言って、アッシュはサクヤに手を伸ばした。
 サクヤは少しビクッと肩を震わせた。
 それを見て、アッシュの手が躊躇うように止まる。
 が、アッシュは覚悟するように息を吐くと、再び手を伸ばした。
 そして、サクヤの柔らかな頬に触れた。

「……トウヤ?」

 サクヤは困惑した。

「……どうしたの?」

「……幻なんかじゃねえ……」

 アッシュは、グッと唇を噛みしめた。

「……本当にサクだ。俺のサクヤだ」

 言って、アッシュはサクヤを抱き寄せた。
 サクヤが目を見開く中、アッシュは強く彼女を抱きしめる。
 腕の中の柔らかさ、彼女の息遣い、そして体温を全身で感じ取る。

「……サク。サクヤなんだよな」

 アッシュは、一滴の涙を零していた。
 サクヤは言葉もなく、ただ抱きしめられていた。
 が、不意にくしゃくしゃと表情を崩して、

「うん。私だよ。トウヤ、トウヤぁ……」

 サクヤもまた、彼の背中に手を回してしっかりと抱き着いた。
 二度と感じ取れないと思っていた彼の鼓動を感じる。
 二人は抱擁を続けた。
 風が吹き、さざ波が揺れる。
 大海原だけが、その様子を見つめていた。
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