クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第13部

第八章 目覚める本懐⑤

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 場所は変わり、クライン工房前。
 まさに、アッシュが勝利宣言をした頃。
 もう一つの戦いもまた、終焉を迎えようとしていた。
 はあ、はあ、はあ……。
 荒い息が零れる。
 オトハは、うつ伏せに倒れ込んでいた。
 小太刀はすでに手から離れ、遠くに落ちている。

「……ぐ、う」

 オトハは右腕で体を支えて、ゆっくりと上半身を浮かせる。
 次いで、ふらつく両足に力を込めて、どうにか立ち上がった。

「おお~」

 と、感嘆の声が零れる。
 ゴドーの声だ。

「苦痛を堪えて立ち上がる姿もまた艶めかしいぞ。中々そそるものがあるな。満身創痍でもなお美しい。流石は俺のオトハだ」

「…………」

 オトハは、突き刺すような眼差しをゴドーに向けた。
 しかし、意識は今にも飛んでしまいそうだった。
 何度も盾にした左腕にはすでに感覚はない。
 痛みもないが、すでに骨折している可能性もある。
 もはや勝機はない。
 だが、それでもオトハの闘志は衰えてなかった。

「……ふむ」

 ゴドーは顎髭に手をやった。
 すでに儀礼剣は不要と考えたか、懐に締まっている。

「本当にオトハは気が強いな。ここまでやられれば、普通は心が折れるものだが」

「……うる、さい」

 オトハは、絞り出すように声を出した。

「誰が、お前なんかに、屈する、ものか。お前に、穢される、ぐらいなら……」

「……死を選ぶか」

 ゴドーは目を細めた。

「お前のような誇り高い女は、確かにそれを選ぶ者が多い。だが、俺としては、それは興ざめなんでな」

 小さく嘆息する。

「まずは矜持からと思っていたが、止むを得んか。方針を変えよう。このまま自害でもされては困るからな。まずはお前を攫って俺の女にする。最初は屈辱と感じるだろうが、いずれはお前から俺を求めるように変えてやるから安心しろ」

「……お前、本当に、気持ち悪い」

 オトハは、息が絶え絶えでも、それだけは告げた。
 ゴドーは笑う。

「そう思うのも今だけだ。一月後には心変わりもしているさ」

 そう告げた直後、ゴドーはすっと消えた。
 オトハが目を瞠る。
 そして次の瞬間には、ゴドーはオトハの背後に回っていた。
 オトハは、愕然とした表情で後ろに振り向く。

「貴、様……」

「今は眠れ。オトハ」

 オトハの首筋に手刀を落とすべく、ゴドーは右腕を構えた――その時だった。

「――む」

 不意に、表情を険しくする。
 ゴドーは瞬時に左腕を構えた。
 ――ダンッ!
 直後に襲い来る強い衝撃。

「……ほう」

 左腕を構えつつ、ゴドーは間合いを取った。

「……何者だ?」

「……それは、アタシの方が聞きたいわよ」

 そこいたのは、騎士服姿のミランシャだった。
 長い右脚を水平に伸ばして構えている。
 ゴドーを襲った衝撃は、ミランシャの水平蹴りだった。

「――オトハさま!」

 言って、もう一人の人物もオトハの傍に駆け寄った。
 メイド服姿のシャルロットだ。
 シャルロットは、今にも崩れ落ちそうだったオトハの体を支えた。

「あなた、一体誰よ?」

 ミランシャは蹴りの構えを解いて、ゴドーを睨み据える。

「……ほう」

 すると、ゴドーは顎髭に手をやり、まじまじとミランシャを観察した。

「これはまた見事な美貌の持ち主だな。胸こそオトハにかなり劣るが、すらりとした両足に申し分のない腰つき。尻の肉付きもよい。何より気が強そうなところが俺好みだ」

「……うん。とりあえず、あなたが変態であることは分かったわ」

 うんざりするような眼差しで、ミランシャは告げる。と、

「気を、つけろ。ハウル。そいつは……」

 その時、シャルロットに肩を貸してもらっていたオトハが口を開く。

「《九妖星》の、一人だ。それも、恐ろしく、強い」

 その台詞に、ミランシャは勿論、シャルロットも表情を険しくした。

「まあ、そんな気はしていたけどね」

 ミランシャは、静かに腰の短剣に手をやった。
 あのオトハをここまで追い込む相手だ。
《九妖星》以外には考えられない。

「………ん?」

 しかし、オトハの台詞に、目を丸くしたのはゴドーだった。

「いや、待て、オトハよ。誰が《九妖星》だ?」

「……な、に?」

 オトハは満身創痍ながらも眉をしかめた。
 ミランシャ、シャルロットも同様の表情を浮かべている。と、

「俺は《九妖星》ではない」

 ゴドーは告げる。

「俺の《黒陽社》における称号は《黒陽》だ。《九妖星》の主。《黒陽》のゴドー」

 そこで、ニヤリと笑う。

「お前の主にもなる男の名だ。きちんと憶えておけ」

 ――シン、と。
 空気が張り詰める。
 オトハも、ミランシャも、シャルロットも。
 全員が、ただ茫然としていた。
 沈黙が続く。と、ようやく、ミランシャが口を開いた。

「……ちょっと、オトハちゃん……」

 視線はゴドーに向けたまま、オトハに尋ねる。

「なんか、想定する中でも最悪の名前を聞いた気がするんだけど?」

「い、いや、これは……」

 オトハも困惑した様子で返す。
 シャルロットは、もう眉をしかめるだけだ。

「フハハッ! まあ、俺がこの名を告げることなど滅多にないからな!」

 言って、ゴドーは胸を張る。
 が、おもむろに両腕を組んで。

「しかし、この状況は、あまり宜しくないな」

 ミランシャに目をやる。

「その美貌と、燃えるような赤い髪。察するにお前はミランシャ=ハウルだな。レオスが執着するハウルの爺さんの孫娘。噂に名高い《七星》の三美姫の一人か」

「……美姫とか言われると恥ずかしいんだけど、その通りよ」

 ミランシャは困惑した顔で返す。
 ゴドーは再び、吟味するように彼女を観察した。

「本来ならば、今日はオトハを俺の女にする予定だった。その運命だったはずなのだ。しかし、どうも話が違うな」

 ゴドーは首を傾げた。

「『再会の時』とは今ではなかったのか? オルドスの予見は読み違えると全然違うことになるからな。ふ~む」

 しばし、あごに手をやって唸る。
 そうして、

「まあ、いい」

 ゴドーは決断した。

「やはり今回はまだ時機ではなかったのだろう。ここはお暇することにしよう。だが、ただオトハを痛めつけるだけで退くのも何だしな」

 そう言って、ゴドーは、ミランシャを指差した。

「決めたぞ」

「……何をかしら?」

 ミランシャは、鋭い瞳でゴドーを睨み据えた。
 そんな敵意を宿した眼差しを前に、ゴドーはニヤリと笑った。

「ミランシャ=ハウル。お前も俺の女にすることにしよう」

「…………は?」

 眉をしかめるミランシャに、ゴドーは両手を広げて答える。

「お前も俺の妻にするのさ。まあ、今すぐではないがな。オトハが十二番目。お前が十三番目の妻ということだ」

 数瞬の沈黙。
 ミランシャは真顔でゴドーを見据えたまま、オトハに問う。

「オトハちゃん。何なの? この気持ち悪いおじさんは?」

「……私が、聞きたい」

 疲労困憊であっても、うんざりした様子で答えるオトハ。
 ちなみにシャルロットは、自分に飛び火しては堪らないので無言を貫いている。
 すると、ゴドーが「フハハハハッ!」と腰に両手を当てて笑った。

「ともあれ、今回はここで俺はお暇しよう。未来の妻達を前に名残惜しいが、あまり時間をかけすぎては《双金葬守》も帰ってくるかもしれん。奴だけは俺も怖いからな」

 そう言って、ゴドーは背を向けて歩き出す。
 一見すると隙だらけの姿だ。しかし、ミランシャは斬り込めなかった。
 斬り込めるイメージが持てなかった。

「ふふ、ではな」

 ゴドーは一度だけ振り向いた。

「オトハよ。ミランシャよ。次こそは二人とも可愛がってやろう」

 ――ぞわわ。
 ミランシャとオトハは、背筋を寒くした。そうこうしている内に、ゴドーの姿は道沿いにどんどん遠ざかっていき、遂には視界から完全に消えてしまった。
 それを見届けて、

「……行ったみたいね」

 ミランシャは、小さく嘆息した。
 が、すぐに顔色を変えると、オトハの方に振り向いて、

「色々と話を聞きたいところだけど、まずは大丈夫? オトハちゃん」

「……大丈夫、だ、と言いたいところだが……」

 オトハは、シャルロットに支えてもらいながら、ミランシャに近づいていく。

「……流石にキツイ。助かった。すまない、ハウル」

 そう言って、頭を下げようとするが、やはり体力を相当消耗しているのだろう。そのまま倒れ込みそうになる。

「――オトハさま!」

「――オトハちゃん!」

 シャルロットが焦り、ミランシャは咄嗟に前に出てオトハの体を支えた。
 慎ましくはあるが柔らかい胸で、オトハの頭を、ポフンと受け止める。

「本当に大丈夫? オトハちゃん」

「……本当に、キツイ」

 オトハは、虚ろな眼差しでそう呟いた。
 それからポツポツと。

「……私は、こないだ甘えたから、今回は彼女のターンだ。それは、分かっている。分かっているんだが……」

 オトハは、ミランシャの胸の中で呟き続けていた。

「こんなにも、酷い目にあったのだ。私だって……」

 そこで、少しだけ頬を膨らませた。

「少しぐらいクラインに甘えたい」

 本音を零す。

「……あらら」

「……まあ」

 ミランシャも、シャルロットも目を丸くする。
 すでに意識が朦朧としているのか、こんな素直なオトハは初めて見る気がする。

「まあ、それはユーリィちゃんに怪我を直してもらってから交渉しなさいよ」

 ミランシャは苦笑を浮かべつつ、オトハの頭を撫でた。

「……むむむ」

 オトハはムスッとした。
 何となく可愛くて、ミランシャは彼女の頭をギュッと抱いた。

「まっ、いずれはアタシも甘えるんだけどね」

 と、自分のアピールも忘れない。

「うる、さい。まずは私から、だ……」

 最後まで負けん気の強さを見せて、オトハは気を失った。
 そろそろ限界だったのだろう。

「ミランシャさま」

 シャルロットが、ミランシャに告げる。

「王城までの馬車を手配します」

「ええ。お願いね。シャルロット」

 オトハの負傷と疲労は、かなり深刻なものだ。
 ここは鎧機兵で移動するより、馬車を用意した方がいいだろう。
 シャルロットは「承知しました」と言って、近くの農家に馬車の借りに行った。
 残されたのは、ミランシャと、彼女の腕の中で眠るオトハだけだ。

(それにしても、オトハちゃんをここまで追い込むなんて……)

 ミランシャは、神妙な顔つきで双眸を細めた。
 ――《黒陽》のゴドー。
 恐るべき男だ。最大級の警戒をすべき相手だろう。

「しかも、何故かアタシまで、とばっちり受けたみたいだし」

 事情はまだよく分からないが、どうやら自分もターゲットにされたらしい。
 ミランシャは、眠るオトハの頭を撫でた。

「アシュ君」

 そして空を見上げた。

「サクヤさんだけじゃないのよ。ちゃんとアタシ達のことも離さないでね」
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