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第14部

プロローグ

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「……あ、あのさ」

 それは旅立ちの日。
 別れ際に、少女は言った。

「今はどこにいんのか全く分かんねえし、何年かかるのかも分かんねえけど、あたし、絶対に妹を見つけるつもりなんだ」

「……そっか」

 黒髪の少年は、目を細めた。

「根拠はねえけど、お前の妹なら大丈夫だろ。どこかで強かに生きてそうだ。きっといつか会えるさ。ただ、俺は……」

 そこで、少年は苦笑を浮かべた。

「お前の方が結構心配だぞ。なにせ、お前って仲間を見る目がねえからなあ」

 この小さな村に彼女が所属していた傭兵団が仕事で来たのが二週間前。そして彼女がその傭兵団に裏切られて窮地に陥ったのは、一週間前の話だった。
 少年が助けなければ、一体どうなっていたことか。

「マジで気をつけろよな。お前」

 言って、肩を竦める少年に、

「う、うっさいな!」

 少女は頬を赤く染めた。

「二度とあんな迂闊な真似はしねえよ! あんな傭兵団にはもう入んねえ! 仮にそんなことになっても、今度はあたしの手でぶっ飛ばしてやる!」

「ああ~、分かった、分かった」

 少年は、同年代よりもかなり背が低い彼女の頭を、ポンポンと叩いた。
 少女は頬を膨らませた。
 仮にも傭兵である自分が、どうして農民である彼にポンポンされているのか。
 まったくもって不満である。しかし、どれだけ不満に思っていても、彼の優しい瞳に見つめられると何も言えなくなるのだ。

(……むむむ)

 少女は内心で唸る。少年は、ポンポンと頭を叩き続けていた。

「まあ、これからは気をつけろよな」

 その優しい声は、本当に心配にしてくれている証だった。
 少女の胸の奥が、きゅうっと締め付けられる。

「――トウヤっ!」

 感極まった彼女は少年に飛びつき、彼の首に手を回した。

「あたし、妹を見つけたらまた会いに来るから! また会おうな! トウヤ!」

 言って、満面の笑みを見せる。

「お、おう。そん時は歓迎するよ」

 少年は、放っておいたら足が浮いてしまう彼女の腰に手を回して体を支えた。
 彼の顔は、少しばかり強張っていた。
 低身長とは思えないほどの、とても豊かな双丘がさらに押し付けられてドギマギしていることもあるが、実はこの場には彼の恋人もいて、後ろから、ずっとジト目で睨みつけているのが分かったからだ。同じく傍にいる歳の離れた弟も、おろおろとしている。
 後で彼女をどう宥めればいいのか、それを考えると胃が痛くなる。

「――トウヤ!」

 一方、少女はそんなことは気にもかけずに、瞳を輝かせて顔を上げた。

「またな!」

 元気いっぱいに、そう告げられた。
 少年は目を瞬かせるが、ふっと笑い、

「……おう! またな!」

 強く抱きしめて、二人は互いに笑った。
 そうして――……。


 ――ガヤガヤと。
 騒々しい酒場で、彼女は心ここにあらずといった様子で食事を取っていた。
 丸テーブルの上には味気ないサラダ。それを黙々と口に運んでいる。
 むさ苦しい男たちが騒ぐこの場所で、明らかに浮いている女性だった。
 彼女がとても美麗な顔立ちをしていることもあるが、それ以上に、彼女が浮いている要因としては、周囲よりも圧倒的に若いせいだった。

 なにせ、見た目が完全に少女なのだ。
 それも、精々十四、五歳ぐらいの少女である。

 背がかなり低いこともあり、初めてこの酒場に来た時は、子ども扱いされて追い出されそうになったぐらいだ。一応、これでも実年齢は二十二なのだが。

 髪の色はアイボリー。瞳の色は明るい炎のような緋色。髪は全体的に短く、外に飛び出すような乱れザンバラ髪だ。ただ、耳にかかる左右だけは少し長かった。
 服装はノースリーブ型の黒い革服レザースーツ。その上に丈の短いベージュ色のジャケットを着ている。下は茶系統のホットパンツと黒いニーソックスだ。腰には短剣も差していた。
 腹部などは丸出しになっていて露出部が多いのだが、傭兵の出身は様々なので、中には上半身がビキニという者もいる。これぐらいのラフな格好は珍しくはなかった。
 まあ、革服レザースーツの上から、猛烈に存在感をアピールしている双丘はレアではあるが。

 かなりの低身長でありながらも、彼女のスタイルは抜群によかった。
 いわゆる、トランジスタグラマーという奴である。
 最近では、ロリ巨乳とも呼ばれているそうだが、ともかく通りがかった男たちが、思わず目を向けるほどに魅力的なスタイルだった。

「…………」

 彼女は、無言のまま、トマトにフォークを突き立てた。
 ――と、

「よう! お嬢ちゃん!」

 不意に声をかけられて、ピタリと彼女の動きが止まる。
 彼女が顔だけを声の方に向けると、そこには暑苦しい髭顔があった。
 四十代の大男。初めて見る顔の傭兵だ。

オレ・・に何か用か?」

 それは、少女のように可憐な彼女の口から放たれた台詞だった。
 なかなか強烈な一人称に、男は一瞬だけギョッとするが、

「はは、『オレ』ってか。随分と気が強えェじゃねえか。お嬢ちゃん、新入りか? いいぜ。駆け出しはそんぐらいの気の強さがなくっちゃな」

 言って、気安く彼女の肩に、ポンと片手を置いた。
 ちなみに、男の視線は彼女の胸元にずっと固定されている。

「一人で飯なんて食うなよ。あっちに俺の仲間がいるから一緒に騒ごうぜ」

 男は親指で後ろを差した。そこには、数人の男たちが丸テーブルを囲い、ニタニタ笑いながらこちらの様子を窺っていた。

「………」

 彼女は、温度を感じさせない眼差しで男たちを見据えた。
 要はナンパのようだ。
 彼女は小さく嘆息する。こんな荒れくれ者ばかりが集まる酒場で、見た目が少女の女が一人で食事などしていたら仕方がないことか。

「おお~、頑張れ団長!」「お嬢ちゃん! こっちにおいで~」

 下卑た声と、男たちの舐め回すような視線を感じた。

「なっ! いいだろ! 嬢ちゃん!」

 彼女の肩に手を置く男が、覗き込むように顔を近づけてきた。
 彼女の緋色の瞳は、何の感情もなく男の顔を映していた。
 と、その時、

「……そこまでに……してくれ」

 不意に、野太い声がする。
 髭男がギョッとして振り向くと、そこには、まるで岩のような大男がいた。

「うお……」

 思わず息を呑む。
 筋肉の密度、骨格の太さが明らかに違う大男だった。
 恐らくは二十代後半か。茶色い短髪に同色の瞳。顔の彫りは深く、肌は褐色だ。硬く口元が結ばれていることもあり、石像を連想させる顔だった。
 よく見ると、女性と同じ色、同じデザインのジャケットを着ている。腰には短剣ではなく刃の部位を革で覆った手斧を差しているのが印象的だ。

「彼女は……俺たちの仲間……だ」

 と、岩の男が言う。

「お、俺たち……?」

 おうむ返しに髭男が尋ねると、

「オイラたちのことっすよ」

 岩の男の後ろから、ひょいっと一人の男が顔を出した。
 次いで、薄紅色の長い髪を右側だけ結いだ女性も顔を出した。
 胸こそ控えめだが、すらりとした美脚の持ち主だ。アロン大陸の中部にて好まれる、足にスリットの入った衣装を着ている。少し背が高いが、彼女も相当な美人であった。彼女はそのまま前に移動すると、岩の男の左腕を取って寄り添うように立った。
 彼らも岩の男と同じジャケットを着ている。どうやらチームらしい。
 髭男は片髪だけ結いだ女性と、最初に声を掛けた少女を交互に見てから、

「……ああ、そうかよ」

 諦めの嘆息をした。
 男連れなら、ナンパは断念する。
 それは、傭兵業界の暗黙の了解ルールだった。

「悪りいな。食事の邪魔をした」

「……いや。分かって……くれて、感謝する」

 と、岩の男が深々と頭を下げた。髭男は苦笑を零した。

「いいさ。けど、こんな極上の美少女を一人にすんなよ」

 そう告げて、髭男は、プラプラと手を振りながら仲間の元へと戻っていった。「フラれたな!」「奢れ! 奢れ!」とはしゃぐ声が聞こえてくる。
 片髪を結いだ女性が、岩の男の腕に、コツンと頭をぶつけて呟く。

「丸く収まったようだね。ホークス」

「……ああ。理解してくれて……助かった……」

 と、ホークスと呼ばれた岩の男が、安堵の息を零す。

「ふん! あんな奴ら、ぶっ飛ばしてやってもよかったんすよ!」

 と、意気込むのは、痩身の男性だ。
 髪の色は黒の混じった黄色。奇妙なことに頭頂部のみが黒いのだ。背は高く、やや痩身であることあって、ひょろ長いイメージがある。
 片髪を結いだ女性は、髪と同じ色の瞳を細めて、呆れるように呟く。

「君は変なところで強情で攻撃的だね。ダイン君」

「当り前っすよ! キャスさん! あの野郎! オイラの団長……ごほん! オイラたちの団長にコナかけてきやがったんすよ!」

 と、言葉を荒く、怒りを露にするひょろ長い男――ダインに、片髪を結いだ女性――キャスリンが溜息をついた。

「やれやれ。男の嫉妬はみっともないよ」

「――う、し、嫉妬なんかじゃないっす!」

 顔を赤くして叫ぶダイン。すると、

「それは……違う。キャス」

 ホークスが、キャスリンの顔を見つめて告げた。

「嫉妬は……良くも、悪くも……想いの深さだ。俺も……お前が同じことをされたら、きっと……不快に、なる」

「ホークス……」

 キャスリンは、微かに頬を染めて大男の顔を見つめた。
 二人は恋人同士だった。
 キャスリンは、没落した元貴族のお嬢さま。
 ホークスは、オズニア大陸の西方に住む戦士の部族の出身だ。
 二人の価値観はかなり違っていて、昔は意見が割れることも多かったのだが、とある仕事を切っ掛けにキャスリンが猛アタックをし、ホークスを口説き落としたのだ。

「ふふ。そうか、そうか」

 スリスリ、とホークスの腕に頬ずりするキャスリン。
 ホークスは「う、む……」と、少し困った顔をしていた。
 交際してすでに二年経っていても、全く愛が衰えない二人だった。
 一方、ダインは溜息をついた。

「……仲睦まじいことっす」

 そして少し妬ましげにそう告げるが、内心ではホークスたちに感謝していた。
 なにせ、ホークスたちが結ばれたおかげで、今やたった四人だけで構成されるこのチームにおいてフリーなのは、自分と団長だけなのである。

 戦場に立てば、絆はどんどん深まっていく。
 死線を越えることで、愛は強くなっていくのだ。
 それは、ホークスたちのように、価値観が違っている者同士でも例外ではない。
 ならば、いずれ、自分が団長と結ばれてもおかくしくはないのだ!

 ――そう! いずれは!

(やってやるっすよ!)

 ダインが心の中で拳を固めた、その時だった。

「お前ら、いつまで立ち話をしてんだよ」

 団長が呟いた。
 彼女は、レタスにフォークを突き立てた。

「さっさと飯を食え。オレたち《フィスト》には次の仕事もあるんだぞ」

 淡々と告げる。
 ホークスたちは、互いの顔を見合わせた。

「(……やはり元気がないようだね。いつものアホの子の面影が全然ないよ)」

「(ああ。そうだな。アホの子は……ともかく、いつもの覇気は、ないな……)」

「(……やっぱ、原因はあの村っすよね)」

 と、三人は囁き合う。
 ともあれ、三人は団長と同じ丸テーブルに着いた。
 次いで、ウェイトレスに、それぞれ料理を注文した。
 団長も追加メニューを告げた。
 そうして、彼らは食事を始めた。
 ただ一人、表情の裏に悲哀を隠しきれていない団長と共に。
 オズニア大陸にて、勇名を馳せる傭兵団・《フィスト》の麗しき美貌の団長。
 彼女の名は、レナと言った。
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