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第14部

第三章 対決②

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 ザッ、ザッ、ザッ……。
 そんな足音を立てて、ユーリィが近づいてくる。
 その後ろにはヘルムを片手にサーシャと、とりあえず九号も付いてきていた。

「……誰だい? 君は?」

 と、キャスリンが尋ねるが、ユーリィは無視する。
 ホークス、ダインの横を通り過ぎて、アッシュと少女の前に立った。

「……ん?」

 少女――レナが、振り向いて不思議そうな顔した。

「お前、誰だ?」

「……それはこっちの台詞」

 ユーリィは、表情を変えずに尋ね返した。

「……あなたこそ誰?」

「いや、ユーリィ。こいつは……」

 と、アッシュが説明しようとするが、

「……少し黙っていろ」

「お、おう……」

 ユーリィは、ほぼ眼力だけでアッシュを黙らせた。
 そして、未だアッシュの膝の上に乗っかる女を睨み据えた。

「とりあえず降りて。そこは私の専用席」

「む? 何言ってんだ。ここはオレの特等席だぞ」

 レナは、ユーリィの台詞を問答無用で一蹴した。
 それどころか、見せつけるようにアッシュに首にしがみつくぐらいだ。

 ――ピキリ、と。
 ユーリィはもちろん、サーシャまで額に青筋を浮かべた。

 その状況に、キャスリンは色々と察して。

「ああ~。レナ。少し彼から離れたまえ。多分、この子たちは……」

 と、レナを制しようとした時だった。
 ――ゴウッ!
 いきなり、何かが大気を弾いたのだ。
 それは、ユーリィの後ろ回し蹴りだった。

「え、ちょ、それまずい!」

 キャスリンが、ギョッとして叫んだ。
 華奢で可憐な少女が放つとんでもない速度の蹴りに、現役傭兵であるキャスリンたちも完全に虚を突かれてしまった。あまりの速さに咄嗟に止めることも出来ない。背中を向けているレナなど、蹴りが放たれたことさえ気づいていなかった。
 ユーリィの蹴りは、真っ直ぐレナの背中を撃ち抜こうとした――が、

「こら! ユーリィ!」

 ――ガシィッ、と。
 それは、アッシュの手によって防がれた。
 レナの背中に直撃する前に、ユーリィの足首を掴んだのだ。

「いきなり何すんだ! 危ねえじゃねえか! 安全靴で蹴ってもいいのは、メットさんのヘルムだけって約束しただろ!」

「……アッシュ。離して。そいつ殺せない」

 片足を掴まれたまま、頬を膨らませるユーリィ。「え? 待って。なんで私のヘルムは蹴ってもいい扱いなんですか?」と、サーシャは頬を引きつらせていた。
 一方、キャスリンは目を丸くしていた。

「え? 今の蹴りを座ったまま防いだのかい?」

「……これは、驚いた、な」

 ホークスも、驚きを隠せないでいた。あごに手をやって呟く。

「今の蹴りは……相当な、モノだったぞ」

「いやいやいや!」ダインが、ガタンッとパイプ椅子を倒して立ち上がった。「そんなことよりも団長っすよ! 団長! 大丈夫なんすか!」

「え? 何が?」

 キョトンとした様子で、レナが振り返った。
 自分に何が起きたのか、全然分かっていない顔だ。
 振り向いて、足を掴まれているユーリィと目が合い、ますますキョトンとした。

「いきなり、そこのガキが団長を蹴ろうとしたんすよ!」

「ん? そうなのか? けど、子供のしたことだろ?」

「多分、直撃したら背骨が粉砕されてたっすよ!?」

「ん? そうなのか?」

 レナは小首を傾げるが、すぐにニカっと笑った。

「大丈夫、大丈夫。オレって複雑骨折でも三日ぐらいで治るから」

「それはそれで怖いっすよ!?」

「ああ~、悪りい」

 すると、アッシュがダインたちに頭を下げた。

「うちの子が迷惑をかけた」

「……うちの子?」

 キャスリンが、ユーリィを見つめた。
 アッシュは、一旦ユーリィの足を離した。

「ああ。この子は俺の養女のユーリィだ。人は蹴んなって教えてんだが……」

 アッシュは、膝の上のレナに視線を向けた。

「いい加減に降りてくれ。レナ」

「――イヤだ!」

 ここに至っても、レナは頑なだった。
 アッシュは深々と嘆息した。
 そして、

「しゃあねえな」

 アッシュは、キャスリンから教わったことを早速実践した。
 すうっと、レナの脇腹辺りに手を添えたのだ。
「ひゃんっ!?」とレナは硬直した。確かに効果は抜群のようだ。その一瞬の隙に彼女の腰を掴んで、横に降ろした。ようやくアッシュは解放された。

「ああっ!? ズルいぞ!?」

「何がズルいんだよ」

 アッシュは脱力しつつも立ち上がり、ユーリィの前に移動した。
 そこで、ユーリィの視線に合わせて腰を屈める。

「…………」

 無言のままアッシュを睨み据えるユーリィ。
 それは数秒ほど続くが、

「…………」

 その後、ユーリィはプイっと視線を逸らした。

「……ユーリィ」

 アッシュは嘆息した。
 次いで、ユーリィの頬を両手で掴むと、自分の方へと振り向かせた。
 ユーリィは「むむむ」と唸る。
 アッシュは、真剣な眼差しで愛娘を見つめた。

「ユーリィ。いきなり人を蹴っちゃダメだろう」

「……だって」

 不満そうに目尻を上げて、ユーリィは頬を膨らませる。
 アッシュはユーリィの肩に手を乗せると、かぶりを振った。

「だってじゃない。レナに謝るんだ。俺が止めることを確信した上なのは分かっちゃいるが、それでも万が一はあり得るんだぞ」

「……だって、そいつ……」

 ユーリィはレナを指差した。未だ納得いかないようだ。
 そこで、アッシュは訝しげに眉根を寄せた。

「そもそも、なんでいきなり蹴ったんだ?」

「……それをアッシュが聞くの?」

 ユーリィがジト目になる。
 アッシュは「は?」と不思議そうな顔をするが、小声でユーリィが「今ここでまたキスしてやろうか。この野郎」と、警告してきたので流石に理解する。

「うおっ、そういうことか……いや、けどな」

 アッシュは、ポリポリと指先で頬をかいた。

「それでも、本気で蹴るのはダメだろう」

「……むむ」

「……ユーリィ。ダメなのは分かっているよな?」

 アッシュは諭すように尋ねる。ユーリィは「……むむむ」と呻いた。
 しばしの沈黙。ユーリィはぶすっとしつつも、

「………分かった」

 そう告げる。
 それから、渋々といった様子で、レナの方に振り向いて頭を下げた。

「確かに、いきなり蹴ったのは悪かったと思う。ごめんなさい」

「おう。気にすんな」

 ニカっと笑うレナ。ユーリィは淡々と告げる。

「次からは、蹴ると宣言してから蹴るから」

「おう。そっか……ん?」

 レナは小首を傾げた。
 アッシュは、額を手で押さえつつ「……やれやれ」と溜息をついた。
 ともあれ、謝罪はしたのでよしとするか。

「うちの子がすまねえことをした。悪かったな。レナ」

「おう! 小っちゃなことだ! 気にすんなよ!」

 レナは、どんな状況でも元気いっぱいだった。
 アッシュは苦笑いを零してから、サーシャの方にも視線を向けた。
 少しだけ不満そうな表情で告げる。

「……メットさんも、ユーリィを止めてくれよ」

 サーシャなら、その気になればユーリィを止められる。
 アッシュとしては、蹴りを放つ前に止めて欲しかったのだが……。

「先生なら、蹴った後でも止めてくれるって分かっていましたし」

 サーシャは、にっこり笑ってそう告げる。
 ……それに、私だって結構ムッとしたんですよ。
 と、内心では思っているのだが、流石に口にはしない。
 ただ、これでもアッシュはサーシャの師だ。愛弟子が少しだけ不機嫌になっているのを感じ取っていた。まあ、その原因までは分からなかったが。

(やれやれだな)

 どこか拗ねているようにも見える愛弟子に、アッシュが嘆息する。と、

「う~ん、なんか人が増えたね」

 おもむろに、キャスリンがそう告げてきた。
 彼女は肩を竦めながら、アッシュの方へと近づいてきた。

「これは、改めて、お互いに自己紹介でもした方がいいのかな?」

「ああ、そうだな」

 アッシュが頷くと、キャスリンも首肯した。
 次いで、サーシャとユーリィに視線を向けて。

「それじゃあ、新しくやって来た子から頼めるかな? 君」

 アッシュに、そう頼むのだが、

「「………え」」

 途端、サーシャとユーリィが、大きく目を見開いた。
 それは、とても驚いている顔だった。
 キャスリンは、「……ん?」と眉根を寄せた。

「どうかしたのかい? 二人とも?」

「え? いえ、その……」

 サーシャが困惑した様子で口元を押さえる。と、

「ああ~、悪りい」

 アッシュが、頭をボリボリとかいて謝罪した。
 キャスリン、そしてレナたちもアッシュに注目した。

「まず、俺から自己紹介しておくべきだった」

 と、切り出して。

「アッシュ=クライン。それが俺の今の名前なんだ。よろしくな」

 今さらながら、アッシュは自己紹介をするのであった。
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