クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第15部

第七章 極光の意志➂

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(意外と手強いわね)

 激しい剣戟の応酬の中、ミランシャは少し感心していた。
 ガンッ、と長尺刀の一撃を盾で弾く。

 ――シェーラ=フォクス。
 この国の騎士であり、前大会の覇者でもある選手。

 肩書だけだと、なかなかのモノだ。
 しかし、グレイシア皇国の上級騎士であり、不慣れな機体といえども《七星》の一人であるミランシャから見れば、脅威を感じるほどの相手ではない。
 事実、ミランシャが知る最強クラスの剣士であるオトハに比べれば、斬撃も動きもまだまだだ。苦戦するようなレベルでもない。
 だが、現状は、

(本当に、ねばるわ)

 ミランシャが操る《白牙》が刺突を繰り出す!
 対するシェーラの《パルティーナ》は、大きく横に跳んで回避した。
 優雅な回避でない。緊急回避に近い大きな動きだ。
 ミランシャは、態勢を崩した《パルティーナ》に追撃を加えた。
 ズガンッと盾で殴りつける!
 頭部を打ちつけられた《パルティーナ》は、片膝をガクンと崩した。
 そこへ長剣を振り下ろすが、それは長尺刀で受け止められた。

 ――ギリギリギリ……。
 二機は、その姿勢のまま、鍔迫り合いを行う。

 膂力においても、姿勢においても有利なのはミランシャの《白牙》だった。
 刃に押されて《パルティーナ》の膝は、徐々に沈み込んでいく。
 ――と、
 ――ズガンッッ!
 《パルティーナ》は盾で殴打された。
 防御も出来ず、《パルティーナ》は大きく吹き飛ばされてしまった。
 一度、二度とバウンドする。バチッと肩から大きな火花が散った。

 まさに満身創痍だ。
 だが、それでも《パルティーナ》は、長尺刀を杖に、どうにか立ち上がった。
 劣勢であっても諦めないその姿に、観客席からも「「おお……」」と声が上がる。

『大した執念ね。フォクスさん』

 一方、ミランシャも感嘆の呟きをもらした。
 正直なところ、ここまでねばるとは思っていなかった。
 すると、

『……当然であります』

 シェーラは、訥々と語り始めた。

『シェーラは負けられないのです』

『……それは、前回の覇者の意地ってやつ?』

 ミランシャがそう尋ねると、シェーラは操縦席の中でかぶりを振った。

『違うのであります。そんなものは、シェーラにとっては何の意味もありません。意味のない称号です。ハウル殿』

 一呼吸入れて。

『貴女の一回戦は、シェーラも見ていました。貴女は愛しい人のために、優勝を目指しているのでしょう?』

『……ええ、そうよ』

 ミランシャは頷いた。

『彼と結ばれるために、アタシは優勝するのよ』

『それならば、シェーラも同じです』

 グググっ、と《パルティーナ》が立ち上がる。

『シェーラも、この大会に、ある方との未来を賭けているのです。すべてはあの方と結ばれるために。そのために助力してくださった方々もいます』

 《パルティーナ》が長尺刀を構えた。

『何年も何年も、想い続けた方なのであります。ようやくここまで来たのです。この想いは貴女にも劣りません』

『……そう』

 ミランシャは双眸を細めた。

『なるほどね。堅物な人かなと思ってたけど、案外情熱的じゃない。貴女の好きな人、どんな人なのか、後で教えてくれる?』

 と、ビッグモニターに悪戯っぽい笑みを映すミランシャに、

『この大会の後でなら。こっそりとでありますよ?』

 シェーラも、初めて緊張を解いたような笑みを見せた。
 二人の美女の笑みに、「「「おおおお……」」」と観客席が沸いた。

「いやいやいや!? マジか!? うそだろ!? シェーラちゃん!?」

「シェーラちゃんまで……けど、流石に師匠じゃなさそうだよな?」

「う~ん、今の流れだとそうみたいだが、じゃあ、誰なんだ?」

 そんな声が上がる。
 一方、当事者でありながら自覚のないアランは、

「……そっかあ、あの子にも好きな男が……」

 何とも言えない寂しそうな顔をして嘆息していた。
 最近、愛娘サーシャ相手に見せるようになった表情である。
 ともあれ、二機は再び対峙した。

『けど、退けないのは、アタシも同じだからね』

『分かっているのであります』

 二人の声に合わせて、二機が互いの武器を構える。
 《白牙》は盾を前方に、長剣を水平にした刺突の構え。
 《パルティーナ》は、長尺刀の切っ先を後方下に、重心を沈めた。
 互いの距離は十セージルほど。二機は沈黙する。
 そして――。
 ――ズガンッッ!
 《パルティーナ》が《雷歩》で跳躍した。
 一気に間合いを詰める!
 それに対し、ミランシャは冷静だった。
 すでに、シェーラの全力は見切っているからだ。
 斬撃を盾で防ぎ、刺突で頭部を射抜く。それで決着するはずだった。
 しかし、
 ――ドンッ!
 二機がぶつかる直前で《パルティーナ》が地を蹴ったのだ。
 《パルティーナ》は《白牙》の横へと跳んだ。
 そして跳んだ先で再び地を蹴り、《白牙》へと迫る!

(フェイントか)

 ミランシャは、双眸を細めて《白牙》を反転させた。
 フェイントを受けても動揺はしない。
 彼女は、再び《白牙》に盾を構えさせた。
 《パルティーナ》の力は、すでに掌握済みだ。
 どんなフェイントを受けたところで、焦るものではない。
 そのはずだった。

(――今であります!)

 シェーラが、面持ちを鋭くした。
 次いで、操縦シートのレバーを力の限り押し上げた。
 途端、《パルティーナ》の眼光が輝いた。
 《星系脈》に記された自機の恒力値が、一気に跳ね上がっていく。
 《パルティーナ》の腹部に納められた《星導石》が極光の輝きを放っていた。

 ――一万ジン、一万五千ジン、二万八千ジン……。
 その輝きは、止まらない。

 しかし、ミランシャも含めて、それに気付く者はいなかった。
 誰も恒力値の監視などしていないからだ。
 同時に、シェーラは、もう一つの切り札を解放した。
 愛機から溢れ出る莫大な恒力が、彼女の体を覆って細胞にまで浸透していく。

(く、うッ!)

 一瞬、酩酊にも似た強い眩暈がするが、すぐに慣れた。
 代わりに、異様なまでに感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
 時間の流れすら遅く感じるほどの鋭利な感覚だ。
 機体も、操手も。
 明らかにレベルが跳ね上がった状態で、《パルティーナ》は斬撃を繰り出した!

『――えッ!』

 ミランシャが目を瞠る。
 それも当然だ。斬撃の速度が今までと段違いなのだから。
 だが、それでも盾で受け止めたのは、流石は《七星》の一人だった。
 とはいえ、あまりの威力に直撃を受けた盾は砕け散り、《白牙》自体は、後方へと大きく吹き飛ばされてしまったが。

(ここで押し切るのであります!)

 シェーラは《パルティーナ》に追撃させた。
 あえて、今の自分の全力を掌握させてから、急激なパワーアップ。
 この動揺を誘うために、ここまで奮闘してきたのだ。
 ここで押し切らねば、もう勝ち目などない。
 紫色の軌跡を描き、《パルティーナ》は一瞬で間合いを詰めた。
 長尺刀が下段から襲い掛かる!

『――クッ!』

 それでも、ミランシャは天才だった。
 長剣で長尺刀の攻撃を受け流す。
 まともに受けては剣が砕かれると、瞬時に悟ったのである。
 だが、一撃で倒せないのなら、連撃を行うまで。

『――はあああッ!』

 裂帛の声を上げるシェーラ。
 愛機・《パルティーナ》は、主人の意志に応えて猛撃を繰り出した。
 四方八方から来る無数の斬撃。
 それをことごとく凌いだミランシャは、やはり天才だった。
 しかし、天才なのは、あくまでミランシャの技量だけだ。

(――くうッ!)

  《パルティーナ》の嵐のような猛攻に、《白牙》は明らかに圧されていた。
 それは、ビッグモニターを見れば一目瞭然だった。
 ミランシャの視線、反応は《パルティーナ》の速度に充分対応している。
 しかし、《白牙》の速度は、それに追いついていない。
 わずかにテンポが遅れているのだ。
 それは、致命的な遅れだった。
 ――ガギンッッ!
 金属片が散る。受け流し切れずに長剣の刀身が刃こぼれしたのだ。
 《白牙》は態勢を崩した。
 その一瞬の隙に、《パルティーナ》は追撃した。
 長尺刀が風を切り、今度こそ、長剣の刀身を打ち砕く!

『――クッ!』

 ミランシャは舌打ちした。
 これで《白牙》は無手になった。
 そして――。
 ――ゴウッッ!
 長尺刀が唸りを上げる。
 ミランシャは最後まで反応できた。その斬撃の軌道を読んでいた。
 しかし、《白牙》はその速度に追いつくことが出来ず――。

 シン、と。
 空気が硬直した。

 長尺刀は《白牙》の胴体に直撃する寸前で止まっていた。
 一方、《白牙》は、左腕を盾にしようとしたところで止まっていた。
 会場は、静寂に包まれていた。

 そんな中、

『……シェーラの勝ちでありますね』

 《パルティーナ》の中のシェーラが告げる。
 ミランシャは一拍おいて、

『フォクスさん。まさか、あなた……』

 と、呟きかけたところで嘆息した。

『……そうね。アタシの負けね』

 ミランシャは敗北を認めた。
 流石にこの状況では、意地も張れない。
 途端、大歓声が起きた。

「おおッ! すげえ! シェーラちゃんが勝った!」

「うそだろ!? ミランシャちゃんが負けちまった!?」

 そんな声が響く中、

『おおッ! 見事な戦いでした! 準決勝・第二試合! 勝者はシェーラ=フォクス選手! 決勝進出は前大会の覇者、フォクス選手に決まりました!』

 司会者が、決着の宣言を行った。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」」」と沸く会場。
 男女問わず、多くの観客たちが立ち上がって拍手を贈った。
 紫色の鎧機兵――《パルティーナ》は、長尺刀を天に掲げた。
 より一層、会場は沸いた。

 ただ、そんな中で――。

「…………」

 一人だけ。
 アランだけは、眉をひそめていた。
 最後の動き。
 シェーラの最後の猛攻。あれは一体……。

「……どういうことだ?」

 アランはシェーラの師だ。
 彼女の戦闘は、よく知っている。
 あれは、明らかに彼女の実力を超えた動きだった。

「……シェーラ?」

 アランは、眉をさらにひそめる。
 そして、微かに嫌な予感を抱きながら、

「お前、一体何をしたんだ?」

 愛弟子の身を案じるアランだった。
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