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第15部
第七章 極光の意志④
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一方、同じく観客席の一角。
大いに沸きあげる会場で、そこだけはシンとしていた。
アッシュたちが座る一角である。
アッシュたちは、神妙な顔で舞台を見つめていた。
沈黙が続く。と、
「……これは、意外な結末よね」
ポツリ、とサクヤが呟いた。
「負けちゃったね。ミランシャさん」
その呟きにも、アッシュは何も答えない。ユーリィは顔を上げて、アッシュの横顔を見つめ、オトハは、腕を組んだまま黙り込んでいた。
ややあって、
「……オト」
アッシュは舞台を見据えたまま、オトハに尋ねた。
「最後のあの動き、どう思う?」
「……そうだな」
オトハは、神妙な声で答える。
「明らかに動きが違っていた。恐らく恒力値が大幅に跳ね上がったのは確実だろう」
一拍おいて、
「二万……いや、三万は確実か。《極光石》クラスの出力だ」
「やっぱ、そうだよな……」
アッシュは、渋面を浮かべた。
すると、ユーリィが小首を傾げて、
「それって、フォクス選手の機体は、本当は三万超えの機体だったってこと?」
「まあ、そうなるな」
アッシュは腕を組んで答える。と、今度はサクヤが口を開いた。
「フォクス選手は、本当の恒力値を隠していたってこと? けどなんで?」
そこで、あごに指先を置いて。
「あ、そっか。いきなり出力を上げれば不意打ちになるから……」
「……それもあるだろうが」
サクヤの呟きに答えたのは、オトハだった。
オトハは、サクヤの方に目をやった。
「正直なところ、扱い切れないからだろう。恒力値・三万ジンというのは生半可な出力ではないからな。《七星》か、《九妖星》クラスの力量が必要になる。この国で、そのクラスの出力を使いこなせるとしたら、私とクライン、ミランシャ……あとは」
少し考えてから、指を二本折る。
「コウタ君と……レナといったところか。戦闘を見る限り、現時点のフォクス選手ではとても扱い切れない出力のはずだ」
「今のフォクス選手には、まだ無理だってのは俺も同意見だな。けどよ」
アッシュは、再び舞台に目をやった。
最後の戦闘を思い出す。
フォクス選手の愛機の動き。
あれは、出力に振り回されている動きではなかった。
「あの姉ちゃんは、あの出力を使いこなしていた。いくら不慣れな機体であっても、あのミランシャ相手に押し切ってみせた」
その瞬間、機体の出力みならず、操手の力量も跳ね上がったのだ。
機体の方は分かる。アッシュの相棒も普段は出力に制限をかけている。それと同じギミックを機体に仕込んでいたのだろう。
だがしかし、操手の力量に関しては……。
(一体何をして……いや、もしかして)
アッシュは少し考え込んでから、おもむろに立ち上がった。
「アッシュ?」
ユーリィが顔を上げた。
「どこに……」と言いかけたところで、「ミランシャさんのところに行くの?」と言い直した。今のタイミングで立つとしたら、そうとしか考えられない。
「ああ」
アッシュは、ユーリィの頭をポンと叩いて頷いた。
「ちょいと、ミランシャに確認したいこともあるしな。直でやりあったミランシャなら気付いたこともあるだろう。それに」
そこで、アッシュは苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「多分、あいつ今、相当拗ねてるだろうしな」
◆
選手控室。
ミランシャ=ハウルは、未だ操手衣のまま、膨れっ面を浮かべていた。
――負けた、負けた、負けた。
頭の中はそればかりだ。
仮にも《七星》の一人が。
第五座である自分が、負けてしまった。
悔しい……途轍もなく悔しかった。
これほどの悔しさは、最近ではオトハに先に夜を越された時ぐらいか。
(……ムムム)
その敗戦も思い出して、ますます頬を膨らませるミランシャ。
あの時も。今回の敗北も。
顔には出さなかったが、内心ではこの上なく悔しかったのだ。
本当には、叫び声を上げたいぐらいだった。
けれど、かなりひねくれた負けず嫌いのミランシャは、表面上では平静を装ってしまう癖があるのだ。結果、心の中に不満をため込んでしまうのである。
そして、一人になると爆発するのである。
「ああ、もうっ!」
誰もいない控室でミランシャは叫ぶ!
「――悔しいっ! 悔しいっ! 悔しいっ!」
長椅子に座って、子供のようにバタバタと足を大きく揺らす。
「なんでッ! あと少しだったのに! なんで負けちゃうのよ! アタシの馬鹿!」
じわあっと涙まで滲んできた。
今回の敗北だけではない。
本当は、もの凄く悔しかったのだ。オトハにアッシュを奪われたことは。
一夫多妻自体は、もう受け入れている。
犬猿の仲だったオトハのことも。
彼に一番愛されて、いまいち気にくわないサクヤのことも。
ユーリィも、サーシャも、アリシアも、ルカも、シャルロットも。
最後に入ったレナさえも。
彼を支えて、これから共に生きていくことを受け入れていた。
けれど、それでも自分は最初に愛して欲しかった。
サクヤに関しては、流石に無理であっても。
誰よりも、誰よりもライバル視していたオトハにだけは勝ちたかった。
だけど、負けてしまった。
「………ううゥ」
そのことが胸に突き刺さる。
そして今回の敗北で、自分が愛される機会は、さらに遠のいてしまった。
物理的にも、精神的にも、とても遠のいてしまったのだ。
ボロボロと、赤い瞳から涙が零れていく。
――悔しい、悔しい、悔しい……。
頭の中は、もうぐちゃぐちゃだった。
「ひっく、ひっく……」
嗚咽も零れ始めた。
ゴシゴシ、と両手で涙を拭くが止まらない。
――と、その時だった。
『……ミランシャ?』
(……え)
不意に、控室のドアの向こうから声を掛けられたのだ。
ミランシャは目を見開いてドアを見つめた。
それは、彼女の愛しい人の声だった。
『ミランシャ。まだいるか?』
「あ、うん」
ドア越しにミランシャは答える。
「いるよ。まだ着替えてもないし」
『そっか。なら、少し部屋に入ってもいいか?』
「え? ちょ、ちょっと待って。アシュ君」
ミランシャは少し焦った。
なにせ、いま自分は泣き顔だ。こんな無様な顔を彼には見られたくない。
ミランシャは、何か言い訳を考えて断ろうとするが、
『ちょいとお前に聞きたいことがあるんだ。入るぞ』
意外とアッシュは強引で、返答を待たずにドアが開かれた。
「え、ま、待って……」
ミランシャは、水を浴びせられたネコのように顔を両手で隠そうとした。
その姿を目にして、アッシュは、
「……そこまで落ち込んでたのかよ」
後ろ手にゆっくりとドアを閉めて、小さく嘆息した。
「ア、アシュ君?」
困惑するミランシャに、アッシュは近づいてくる。
「……負けちまったな」
「……ううゥ」
優しい声でそう告げるアッシュに、ミランシャは下唇を噛んで俯いた。
「……けど、あれは仕方がねえ。慣れねえ機体でお前はよく頑張ったよ」
「……ううゥ、けど……」
ミランシャは、ボロボロと涙を零す。
「アタシ、アタシは《七星》なのに……負けちゃいけないのに」
「……いや。《七星》だって負ける時は負けるさ」
アッシュは苦笑を浮かべた。
「敗北と無縁の戦士なんていねえぞ。オトの親父さんでさえだ」
「……ううゥ、いま、オトハちゃんの名前を出さないでェ……」
ミランシャの涙は、まるで止まらない。
アッシュは、そんな彼女を数瞬ほど見つめた。
そして小さく嘆息し、
「……お前って、やっぱ泣き虫だよな」
そう言って近づくと、おもむろにミランシャの頬に両手で触れた。
落ち込む彼女の顔を少し強引に上に向かせる。ミランシャは目を瞬かせた。
「ア、アシュ君?」
「お前は、本当によく頑張ったよ」
ミランシャの頬を抑えたまま、アッシュは優しい目でそう告げた。
「だけど、お前って、あんま褒められたことがねえんだろ?」
「そ、それは……」
ミランシャは眉をひそめた。
それは事実だった。ミランシャはあまり努力を認められた経験がない。
打たれ弱さも、結局のところはそこに起因する。
「なにせ、あの偏屈で偏狂な爺さんに育てられたんだしな。甘やかされた経験もロクにねえんじゃあ、そうもなるか」
アッシュは改めて、ミランシャを見つめた。
そして、
「おし。なら、頑張ったお前を、俺が今から全力で褒めて甘やかすからな」
「……え?」
キョトンとするミランシャ。
そんな彼女をアッシュは腕の中に引き寄せて、ギュッと抱きしめた。
「……ん。よく頑張ったぞ。ミランシャ」
ポンポンと頭を叩く。次いで、涙で滲んだ瞳を瞬かせて困惑する彼女を少し離すと、くしゃくしゃと両手で彼女の頭を撫で始めた。
「ア、アシュ君!?」
流石に狼狽してアッシュの腕を掴もうとするが、
「ん、いい子だ。ミランシャは、頑張り屋さんのいい子だな」
再び、両手で頬を抑えられて硬直してしまう。
耳にまで指先が触れて、ミランシャは口をパクパクと開いた。
「本当によく頑張ったぞ。偉かったな。ミランシャ」
――くしゃくしゃくしゃ。
優しい面持ちで、アッシュは、さらにミランシャを褒めながら、頭を撫でてくる。
まるで不機嫌なネコを宥めるような扱いである。
けれど、その効果はまさに絶大だった。
ミランシャの顔は、みるみる赤くなっていく。
「や、やめて、アシュ君! 本当に恥ずかしいから!」
「ダメだぞ。今はお前を褒めて褒めて甘やかす時間なんだからな」
言って、もう何度目か分からないが、両頬を抑えられた。
流石に少し学習する。
逃げようとしたり、暴れようとしたりすると、こうされるのだ。
ミランシャは顔を赤くして、再び体を硬直させた。
実は、幼かった頃のユーリィが言うことを聞かなかった時にしていた対応なのだが、ミランシャはそこまでは知らない。
真っ直ぐ彼と視線がぶつかった。黒い眼差しがミランシャの心を射抜いてくる。
(………うあ)
青年の瞳には、困惑した様子のミランシャの顔が映り込んでいた。
まるで心の中の鏡を覗き込んだように、彼の瞳から、目を離せなくなった。
心臓が、激しく高鳴る。
「……や、やあぁ……」
戦闘時の勝気さからは考えられないほど、か細い声が零れ落ちた。
けれど、彼は容赦してくれない。
そうして、その『甘やかし』は、さらに数分間も続いた。
最初の頃は逃げようとしたり、アッシュの腕を掴もうとしていたりしたミランシャだったが、その手も徐々に力が入らなくなって、少しずつ、表情も変化していった。
そして最後に、
「本当によく頑張ったぞ。ミランシャ」
ギュッと、今まで以上に強く抱きしめられた。
その頃には、もうミランシャは完全に出来上がっていた。
その顔は火照っていて、唇は艶めいている。実に恍惚とした表情だった。
涙で滲んでいた瞳は潤んだものへと変わり、今はただただ、アッシュの背中にしがみついている。アッシュは、そんな彼女の肩を両手で掴んだ。
名残惜しそうに背中から手を離したミランシャに、ニカっと笑みを見せる。
(………あ)
ミランシャの胸が、強く、強く締め付けられた。
ゾクゾクと背筋が震えて、ふらっと彼の方に体を崩してしまう。
「お、おい! ミランシャ!」
アッシュは、慌てて彼女の体を片手で支えた。
大いに沸きあげる会場で、そこだけはシンとしていた。
アッシュたちが座る一角である。
アッシュたちは、神妙な顔で舞台を見つめていた。
沈黙が続く。と、
「……これは、意外な結末よね」
ポツリ、とサクヤが呟いた。
「負けちゃったね。ミランシャさん」
その呟きにも、アッシュは何も答えない。ユーリィは顔を上げて、アッシュの横顔を見つめ、オトハは、腕を組んだまま黙り込んでいた。
ややあって、
「……オト」
アッシュは舞台を見据えたまま、オトハに尋ねた。
「最後のあの動き、どう思う?」
「……そうだな」
オトハは、神妙な声で答える。
「明らかに動きが違っていた。恐らく恒力値が大幅に跳ね上がったのは確実だろう」
一拍おいて、
「二万……いや、三万は確実か。《極光石》クラスの出力だ」
「やっぱ、そうだよな……」
アッシュは、渋面を浮かべた。
すると、ユーリィが小首を傾げて、
「それって、フォクス選手の機体は、本当は三万超えの機体だったってこと?」
「まあ、そうなるな」
アッシュは腕を組んで答える。と、今度はサクヤが口を開いた。
「フォクス選手は、本当の恒力値を隠していたってこと? けどなんで?」
そこで、あごに指先を置いて。
「あ、そっか。いきなり出力を上げれば不意打ちになるから……」
「……それもあるだろうが」
サクヤの呟きに答えたのは、オトハだった。
オトハは、サクヤの方に目をやった。
「正直なところ、扱い切れないからだろう。恒力値・三万ジンというのは生半可な出力ではないからな。《七星》か、《九妖星》クラスの力量が必要になる。この国で、そのクラスの出力を使いこなせるとしたら、私とクライン、ミランシャ……あとは」
少し考えてから、指を二本折る。
「コウタ君と……レナといったところか。戦闘を見る限り、現時点のフォクス選手ではとても扱い切れない出力のはずだ」
「今のフォクス選手には、まだ無理だってのは俺も同意見だな。けどよ」
アッシュは、再び舞台に目をやった。
最後の戦闘を思い出す。
フォクス選手の愛機の動き。
あれは、出力に振り回されている動きではなかった。
「あの姉ちゃんは、あの出力を使いこなしていた。いくら不慣れな機体であっても、あのミランシャ相手に押し切ってみせた」
その瞬間、機体の出力みならず、操手の力量も跳ね上がったのだ。
機体の方は分かる。アッシュの相棒も普段は出力に制限をかけている。それと同じギミックを機体に仕込んでいたのだろう。
だがしかし、操手の力量に関しては……。
(一体何をして……いや、もしかして)
アッシュは少し考え込んでから、おもむろに立ち上がった。
「アッシュ?」
ユーリィが顔を上げた。
「どこに……」と言いかけたところで、「ミランシャさんのところに行くの?」と言い直した。今のタイミングで立つとしたら、そうとしか考えられない。
「ああ」
アッシュは、ユーリィの頭をポンと叩いて頷いた。
「ちょいと、ミランシャに確認したいこともあるしな。直でやりあったミランシャなら気付いたこともあるだろう。それに」
そこで、アッシュは苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「多分、あいつ今、相当拗ねてるだろうしな」
◆
選手控室。
ミランシャ=ハウルは、未だ操手衣のまま、膨れっ面を浮かべていた。
――負けた、負けた、負けた。
頭の中はそればかりだ。
仮にも《七星》の一人が。
第五座である自分が、負けてしまった。
悔しい……途轍もなく悔しかった。
これほどの悔しさは、最近ではオトハに先に夜を越された時ぐらいか。
(……ムムム)
その敗戦も思い出して、ますます頬を膨らませるミランシャ。
あの時も。今回の敗北も。
顔には出さなかったが、内心ではこの上なく悔しかったのだ。
本当には、叫び声を上げたいぐらいだった。
けれど、かなりひねくれた負けず嫌いのミランシャは、表面上では平静を装ってしまう癖があるのだ。結果、心の中に不満をため込んでしまうのである。
そして、一人になると爆発するのである。
「ああ、もうっ!」
誰もいない控室でミランシャは叫ぶ!
「――悔しいっ! 悔しいっ! 悔しいっ!」
長椅子に座って、子供のようにバタバタと足を大きく揺らす。
「なんでッ! あと少しだったのに! なんで負けちゃうのよ! アタシの馬鹿!」
じわあっと涙まで滲んできた。
今回の敗北だけではない。
本当は、もの凄く悔しかったのだ。オトハにアッシュを奪われたことは。
一夫多妻自体は、もう受け入れている。
犬猿の仲だったオトハのことも。
彼に一番愛されて、いまいち気にくわないサクヤのことも。
ユーリィも、サーシャも、アリシアも、ルカも、シャルロットも。
最後に入ったレナさえも。
彼を支えて、これから共に生きていくことを受け入れていた。
けれど、それでも自分は最初に愛して欲しかった。
サクヤに関しては、流石に無理であっても。
誰よりも、誰よりもライバル視していたオトハにだけは勝ちたかった。
だけど、負けてしまった。
「………ううゥ」
そのことが胸に突き刺さる。
そして今回の敗北で、自分が愛される機会は、さらに遠のいてしまった。
物理的にも、精神的にも、とても遠のいてしまったのだ。
ボロボロと、赤い瞳から涙が零れていく。
――悔しい、悔しい、悔しい……。
頭の中は、もうぐちゃぐちゃだった。
「ひっく、ひっく……」
嗚咽も零れ始めた。
ゴシゴシ、と両手で涙を拭くが止まらない。
――と、その時だった。
『……ミランシャ?』
(……え)
不意に、控室のドアの向こうから声を掛けられたのだ。
ミランシャは目を見開いてドアを見つめた。
それは、彼女の愛しい人の声だった。
『ミランシャ。まだいるか?』
「あ、うん」
ドア越しにミランシャは答える。
「いるよ。まだ着替えてもないし」
『そっか。なら、少し部屋に入ってもいいか?』
「え? ちょ、ちょっと待って。アシュ君」
ミランシャは少し焦った。
なにせ、いま自分は泣き顔だ。こんな無様な顔を彼には見られたくない。
ミランシャは、何か言い訳を考えて断ろうとするが、
『ちょいとお前に聞きたいことがあるんだ。入るぞ』
意外とアッシュは強引で、返答を待たずにドアが開かれた。
「え、ま、待って……」
ミランシャは、水を浴びせられたネコのように顔を両手で隠そうとした。
その姿を目にして、アッシュは、
「……そこまで落ち込んでたのかよ」
後ろ手にゆっくりとドアを閉めて、小さく嘆息した。
「ア、アシュ君?」
困惑するミランシャに、アッシュは近づいてくる。
「……負けちまったな」
「……ううゥ」
優しい声でそう告げるアッシュに、ミランシャは下唇を噛んで俯いた。
「……けど、あれは仕方がねえ。慣れねえ機体でお前はよく頑張ったよ」
「……ううゥ、けど……」
ミランシャは、ボロボロと涙を零す。
「アタシ、アタシは《七星》なのに……負けちゃいけないのに」
「……いや。《七星》だって負ける時は負けるさ」
アッシュは苦笑を浮かべた。
「敗北と無縁の戦士なんていねえぞ。オトの親父さんでさえだ」
「……ううゥ、いま、オトハちゃんの名前を出さないでェ……」
ミランシャの涙は、まるで止まらない。
アッシュは、そんな彼女を数瞬ほど見つめた。
そして小さく嘆息し、
「……お前って、やっぱ泣き虫だよな」
そう言って近づくと、おもむろにミランシャの頬に両手で触れた。
落ち込む彼女の顔を少し強引に上に向かせる。ミランシャは目を瞬かせた。
「ア、アシュ君?」
「お前は、本当によく頑張ったよ」
ミランシャの頬を抑えたまま、アッシュは優しい目でそう告げた。
「だけど、お前って、あんま褒められたことがねえんだろ?」
「そ、それは……」
ミランシャは眉をひそめた。
それは事実だった。ミランシャはあまり努力を認められた経験がない。
打たれ弱さも、結局のところはそこに起因する。
「なにせ、あの偏屈で偏狂な爺さんに育てられたんだしな。甘やかされた経験もロクにねえんじゃあ、そうもなるか」
アッシュは改めて、ミランシャを見つめた。
そして、
「おし。なら、頑張ったお前を、俺が今から全力で褒めて甘やかすからな」
「……え?」
キョトンとするミランシャ。
そんな彼女をアッシュは腕の中に引き寄せて、ギュッと抱きしめた。
「……ん。よく頑張ったぞ。ミランシャ」
ポンポンと頭を叩く。次いで、涙で滲んだ瞳を瞬かせて困惑する彼女を少し離すと、くしゃくしゃと両手で彼女の頭を撫で始めた。
「ア、アシュ君!?」
流石に狼狽してアッシュの腕を掴もうとするが、
「ん、いい子だ。ミランシャは、頑張り屋さんのいい子だな」
再び、両手で頬を抑えられて硬直してしまう。
耳にまで指先が触れて、ミランシャは口をパクパクと開いた。
「本当によく頑張ったぞ。偉かったな。ミランシャ」
――くしゃくしゃくしゃ。
優しい面持ちで、アッシュは、さらにミランシャを褒めながら、頭を撫でてくる。
まるで不機嫌なネコを宥めるような扱いである。
けれど、その効果はまさに絶大だった。
ミランシャの顔は、みるみる赤くなっていく。
「や、やめて、アシュ君! 本当に恥ずかしいから!」
「ダメだぞ。今はお前を褒めて褒めて甘やかす時間なんだからな」
言って、もう何度目か分からないが、両頬を抑えられた。
流石に少し学習する。
逃げようとしたり、暴れようとしたりすると、こうされるのだ。
ミランシャは顔を赤くして、再び体を硬直させた。
実は、幼かった頃のユーリィが言うことを聞かなかった時にしていた対応なのだが、ミランシャはそこまでは知らない。
真っ直ぐ彼と視線がぶつかった。黒い眼差しがミランシャの心を射抜いてくる。
(………うあ)
青年の瞳には、困惑した様子のミランシャの顔が映り込んでいた。
まるで心の中の鏡を覗き込んだように、彼の瞳から、目を離せなくなった。
心臓が、激しく高鳴る。
「……や、やあぁ……」
戦闘時の勝気さからは考えられないほど、か細い声が零れ落ちた。
けれど、彼は容赦してくれない。
そうして、その『甘やかし』は、さらに数分間も続いた。
最初の頃は逃げようとしたり、アッシュの腕を掴もうとしていたりしたミランシャだったが、その手も徐々に力が入らなくなって、少しずつ、表情も変化していった。
そして最後に、
「本当によく頑張ったぞ。ミランシャ」
ギュッと、今まで以上に強く抱きしめられた。
その頃には、もうミランシャは完全に出来上がっていた。
その顔は火照っていて、唇は艶めいている。実に恍惚とした表情だった。
涙で滲んでいた瞳は潤んだものへと変わり、今はただただ、アッシュの背中にしがみついている。アッシュは、そんな彼女の肩を両手で掴んだ。
名残惜しそうに背中から手を離したミランシャに、ニカっと笑みを見せる。
(………あ)
ミランシャの胸が、強く、強く締め付けられた。
ゾクゾクと背筋が震えて、ふらっと彼の方に体を崩してしまう。
「お、おい! ミランシャ!」
アッシュは、慌てて彼女の体を片手で支えた。
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