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雨宮ソウスケ

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第1部

第八章 夜の女神と、星の騎士④

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 サーシャの闘いは、終始防戦一方だった。
 障害物のない広い場所では露骨なまでに戦力差が出る。そう判断したサーシャは戦場を森の中へと変えていた――が、


『あはははははッ! 鬼ごっこでもするのかい! サーシャ!』


 ジラール――《アドラ》は、サーシャの考えを嘲笑うかのように木々を薙ぎ倒しながら追ってくる。両の爪を伸ばして押し迫る様は、まるで神話にある三つ首竜のようだ。


(――くうッ! なんて怪物――ッ!)


 《ホルン》は頭上を襲う左の爪を両腕で支えた剣で防ぐ。
 盛大な火花が散った。たった一度凌いだだけで、愛機の両腕が悲鳴を上げているのが、はっきりと分かる。
 とにかく押し切られる前に、後方へ跳ぼうとしたサーシャは、ハッと息を呑む。
 目の前に右の爪が迫ってきていたのだ。
 咄嗟に《ホルン》の左腕にある、小さな円盾を胸にかざす。
 ギィィン、と甲高い音を立て、円盾が粉々に砕け散った。――が、たとえ小さくとも盾は盾。全外装の中でも最高の防御力を持っていたおかげで、どうにか致命傷は免れた。
 その代償に、派手に吹き飛ばされることにはなったが。


『う、うぐ……た、立ち上がって《ホルン》!』


 弾丸のような勢いで木に激突した《ホルン》が、よろめきつつも立ち上がる。
 衝突によるダメージは、《天鎧装》が防いでくれたのでほとんどない。
 しかし、吹き飛ばされたせいで《アドラ》を見失ってしまった。
 サーシャは警戒しながら黄金竜を探し――意外とすぐに見つかった。
 だが、その姿に、サーシャの背筋は凍りつく。
 《アドラ》は二十セージルほど離れた場所で、アギトを開いて待ち構えていたのだ。
 その太く鋭い牙の間から、零れ落ちるのは真紅の炎。
 サーシャは息を呑んだ。まさか、これは神話の中に記された――。

 ――《悪竜の劫火ドラゴンフレア》――

 アギトから巨大な火球が放たれたのは、その名称が思い浮かんだ時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――――!!

 直径三セージルを超える火球は、地表と木々を飲み込みながら《ホルン》に迫る!
 ――逃げ切れない。そう悟ったサーシャは、動揺する心を抑え込み、師から習いながらも未だ完全には会得に至っていない、とっておきの秘技の使用を決意する。
 真紅の火球は、眼前にまで迫って来ていた。
 サーシャは呼吸を整え、限界まで精神を集中する。
 そして――《ホルン》の両足から、落雷に似た爆発音が鳴り響いた。
 白い機体は凄まじい加速を得る。しかし、方向を一切考慮していなかったため真横に飛翔してしまい、火球こそ回避出来たが、盛大に木々を粉砕することになった。
 木片にまみれ、転がるように止まった機体をサーシャは何とか立ち上がらせる。


(や、やった! 初めて《雷歩》が出来た! 先生! 後で誉めて!)


 しかし、喜びも程々に、サーシャは鋭い視線で先程まで自分がいた場所を見つめる。
 そこには、まるで巨大な匙に抉られたような痕跡があった。火球の通過した場所には何も残っておらず、残滓たる炎だけが惨状を照らし出している。
 無意識の内にごくりと喉が鳴った。次は躱せないかもしれない。
 サーシャは《アドラ》を睨みつけた。同時に、その心は必死に打開策を講じる。
 とにかく武器が――破壊力が欲しい。
 今まで何度か試したが、攻撃は当たるのだ。
 ジラールは今、浮かれている。あの男が輪にかけて油断しているため《アドラ》の攻撃は粗い。両爪の攻撃は大雑把で、今の火球も、もっと近くでなら当てられたはずだ。

 結局、あの男は新しいおもちゃで遊んでいるだけなのだ。だからこそ剣も届く。
 しかし、どれだけ攻撃が当たっても破壊力がまるで足りない。
 渾身の一撃さえ、傷一つ付けられない状況だ。


(……一体、どうしたらいいの……)


 思い悩むサーシャは、大きく息を吐いた。
 大分精神が疲弊しているようだ。とにかく気を張り直さねば。


(……そうだ。まずは《ホルン》のダメージ確認を……)


 そして、サーシャは《星系脈》を起動させようとし――ふと気付く。
 いつの間にか《万天図》が起動している。何度も衝突したため、誤作動でも起こしたのだろうか? 目を細めて円形図を確認すると、そこには二つの光点と数値が記されていた。
 一つは近距離――。これは《アドラ》だ。恒力値も十万を超えている。
 その圧倒的すぎる数値にうんざりしながらも、サーシャは少し離れた位置にあるもう一つの光点に視線を向けた。恐らくこちらは《朱天》のはず。
 サーシャは、何気なくその光点の数値を確認し――言葉を失った。


(……う、そ、何これ……?)


 驚くべきことに《朱天》の恒力値は、六万ジンを超えていたのだ。


(……こんな馬鹿げた恒力値、一体どうやって……)


 と、困惑を見せるサーシャだったが、不意にキュッと眉を寄せた。
 気付いたのだ。これが本当に師を記しているとしたら、アッシュは今、尋常ではない敵と対峙していることになる。
 すなわち、《黄金の聖骸主》ユーリィ=エマリアと。
 サーシャは唇を強くかむ。
 そして、月と星々を従えた少女の姿を思い浮かべて……。


(――――え?)


 それは突然閃いた。あるアイディアが天啓の如く脳裏に浮かび上がる。
 確かあの時、ユーリィは重力を操っていた。そう……重力だ! 
 もしかしたら、この作戦ならば《アドラ》を葬れるかもしない。
 しかし、ユーリィは自分の思惑通りに動いてくれるだろうか。
 ――いや、その心配はいらないか。
 今、ユーリィが相手にしているのは、セラ大陸最強の騎士なのだ。いつまでも補充もなしで戦える相手ではない。ならば――やるべきことは一つだ。


(どうにかして、ユーリィちゃんの領域にまで辿り着くことが出来れば!)


 サーシャは決意を秘めた声で吠える。


『ジラール! 来なさい! 決着をつけて上げる!!』



       ◆



 ジラールは不審に思っていた。サーシャの鎧機兵の動きがどうもおかしい。
 「決着をつける」と言っておきながら、その態度は妙に逃げ腰だ。かと思えば《アドラ》が方向を変えると、慌てて襲い掛かってくる。
 まるで「行きたい所があるのでついて来て」と、全力でアピールしているようだ。


(……相変わらず分かりやすい女だな。罠にでも誘いこむ気か? まあ、いいさ。何があろうと、僕の《アドラ》が踏み潰すまでだ!)


 ジラールは背を向け走る《ホルン》に、右の爪を目測もつけずに撃ち出す。
 邪魔な木々を食い破るように粉砕しながら、右の爪は白い鎧機兵に襲い掛かった。
 ギャリン、と背中を浅くかすめ、白い機体が無様に倒れ込む。
 ジラールは嗜虐の笑みを浮かべた。
 恒力値の差は二十八倍以上。闇雲に腕を振り回しているだけで勝利出来る。
 まさに王者の力。もはやこれは勝負ではない。ただの処刑なのだ。


(くくくっ、あーはっははははははははははッ! 最高だ! 最高だよ!)


 恍惚とした思いに身も心も浸っていたジラールだったが、不意にその目を細める。
 少し目を離した隙に、白い鎧機兵が立ち上がっていたのだ。
 しかも明らかに雰囲気が変わっている。
 自然体で構えるその姿は自信に満ちていた。
 ジラールは笑う。なるほど。ようやく到着したということか。


『ここが目的地なのかい? サーシャ。くくくっ。はてさて一体何があるのやら?』 






 ジラールの言葉に、サーシャは思わず硬直する。
 が、即座に気持ちを持ち直すと、自信を込めた笑みを浮かべた。


(……流石に露骨すぎたかな……けど、もう遅いわ。だってここは……)


 横目でちらりと《万天図》を確認する。円形図に映った《朱天》の光点は、《ホルン》から、およそ半径五百セージル以内に入っている。ここまで近付けば充分だった。
 ここはすでに、ユーリィの支配下にある場所なのだ。
 そして、それはすぐに訪れた。
 突如、木々が軋み始め、大地が揺れたのだ。
 いきなりの天変地異にジラールは動揺したが、サーシャは冷静だった。
 ――否、むしろ喜んでいた。何故なら、これこそが彼女の望んでいた状況なのだから。
 サーシャは生身の時にも感じた浮遊感を、《ホルン》を通じてわずかに感じ取る。
 どうやらこの重力低減は、鎧機兵ほどの重量になると影響が少ないようだ。
 《ホルン》はもちろん、さらに巨大な《アドラ》に至っては、ビクともしていない。
 恐らく中のジラールは、異常にさえ気付いてもいないだろう。

 だが、これでいい。
 サーシャの目的は、《アドラ》を宙に浮かび上がらせることではない。
 自分自身が、飛ぶことにあるのだから。

 そして――《ホルン》が飛翔する。
 重力低減の影響を受けないのは地に足をつけているからだ。勢いをつけて自ら跳ぶとなったら話は別である。――結果、《ホルン》の跳躍は実に九セージルを超えた。
 しかし、この高さでもまだ足りない。
 あと一手。最後に眼前の敵に打ち上げてもらう事でサーシャの策は完成する。
 そんな彼女の真意に気付かないまま、いきなり大跳躍を果たした《ホルン》を前に、ジラールは呆然としていた。九セージルも飛翔する鎧機兵など初めて見たのだ。
 流石に動揺を隠せないジラールだったが、不意に邪念を払うかのようにかぶりを振った。
 今やるべきことは驚愕などではない。――迎撃だ!


『……よくも驚かせてくれたな……サーシャ。だが、甘いぞ!』


 《アドラ》の左右の爪が撃ち出され、頭上にいる《ホルン》に襲い掛かった。
 この位置なら確実に当たる!

 ――ガゴンッッ!! 

 凄まじい炸裂音が響き渡る。黄金の爪は容赦なく《ホルン》を捉えた。
 それは遂に訪れた決着。――が、目の前の結果に、ジラールは言葉を失った。
 白い鎧機兵の末路が、彼の予測とはまるで違うものだったからだ。
 本来ならば粉々にされるところを、剣を盾に、両腕を犠牲にして、どうにか防いだのは分かる。そのおかげで、白い機体が原型を留めていることも。
 しかし、一撃をくらった《ホルン》が、まるで弾丸のように遥か上空へと飛んでいったのは一体どういうことだ……? 
 幾ら《アドラ》の剛力でも、この加速は考えられない。
 ジラールは言い知れぬ不安を感じながら、《ホルン》の消えた夜空を凝視していた。





「くうううううううッ!!」


 サーシャは必死に歯を食いしばっていた。どうにか思惑通り敵の攻撃を利用することが出来たが、まさか、これほどの勢いだったとは――。
 急激すぎる加速に吐き気さえする。視界の端に映る《アドラ》が、あまりにも遠い……。
 果たして、自分の作戦は成功するのだろうか……?
 そんな不安が胸中をよぎるが、サーシャは無理やり自分を奮い立たせた。


(――違う! 何としても成功させるの!)


 サーシャの作戦。それは簡潔に言えば、自らを――鉄槌に変えることだった。
 アッシュとの闘いで銀の星を消耗させたユーリィが、再び月を操って星を補充する時をひたすら待ち、重力が低減し始めた時に便乗して《アドラ》に空高く打ち上げさせる。
 そうして、超々高所から自由落下で加速させた蹴撃を、あの黄金竜に叩きつけるのだ。
 外せば自滅。上手くいっても自機の大ダメージは免れない。
 まさしく、一度きりの捨て身の作戦だった。


(ここまでは予定通り……後は《ホルン》の体勢さえ、調整出来れば――)


 しかし、ここで彼女にとって想定外のことが起こる。サーシャは失念していたのだ。ユーリィの支配領域内で宙空にあるものは、すべて銀の星の材料にされることを。
 突然、宙空で《ホルン》が静止し、機体が音を立て軋み出す。
 ユーリィの圧縮が始まったのだ。そこで初めてサーシャは状況を理解する。


(――しまッ! なんてミスを……、このままだと……ッ)


 この上なく危機的な状況だった。あの圧縮は、恐らく何十倍もの重力の渦だ。
 もし、あんなものに巻きこまれたりでもしたら――。
 最悪の結末を思い浮かべ、我知らず、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
 が、そんな中、しばらくすると、どうしてか機体の軋む音が聞こえなくなった。
 サーシャは怪訝な表情で外の様子を確認し――。


(―――え?)


 驚きから、目を瞠った。
 白い機体を覆うように、光の粒子が舞っている。
 それは、遅まきながら機体の危機を感知した《天鎧装》による自動防御だった。本来不可視のはずの恒力が輝いているのは、超重力に干渉しているためだろうか。
 サーシャの口元に、微かな笑みが浮かんだ。

 ……ああ、また、あの人が助けてくれたんだ。

 師であり想い人でもある青年に、サーシャは深く感謝する。
 そして彼女は、再び機体の体勢を調整しようと操縦棍に意志を込めた。
 しかし、《ホルン》はギシギシと軋みを上げるだけで動かない。
 いや、それどころか、機体がいきなり落下し始めた。


「ッ! 待って《ホルン》! お願い! もう少しだけでいいから頑張って!」


 と、サーシャが懇願するが、機体の落下は止まらない。
 もはや勢いは止まらず、さらには縦方向にゆっくりと回転までし始める。


(――――くうッ!)


 咄嗟に両足の内側にグッと力を入れ、操縦棍を強く握りしめることで、どうにか身体を固定するが、今にも上下の感覚を見失ってしまいそうだ。思わず歯がみするサーシャ。
 しかし、わずかな沈黙の後、彼女は小さく嘆息してかぶりを振った。

 ……まったく。自分は何をしているのだろうか。
 自分は弱者だ。それこそ、アッシュの足元にも及ばない未熟者だ。
 だったら、無様でいいじゃないか。
 見苦しくてもいいじゃないか。
 格好などつけて一体何になるのだろうか。


(うん。もういい。技にも体勢にもこだわらない……)


 サーシャは、すうっと息を吸い、


『《ホルン》! 何でもいい! 飛び蹴りでも頭突きでも体当たりでもいいから! だからお願い! あいつに当たって! ジラールを――ぶちのめしてッ!!』


 拡声器を通して、夜空に響く少女の声。
 主の切なる願いに、《ホルン》の両眼がわずかに輝いた。






 ジラールは警戒しながら、夜空を見上げていた。


(……サーシャめ。一体、どこに……)


 その時、空に何かが見えた。
 ジラールは目を凝らす。どうやら白い球体のようだ。
 月光に照らされ、淡い光を放つ白い球体が、流星の如く落下してきている。


『……何だ、あれは? 星が……落ちて……?』


 そこでジラールはすべてを察した。
 ――あれはサーシャだ。あの白い鎧機兵に違いない。
 元々ジラールは操者としての技量は高くはないが、戦況の判断力には優れている。
 サーシャの狙いが何なのかを悟るのに、二秒とかからなかった。


(……なるほど……。何故、あそこまで跳べたかまでは分からないが……)


 ジラールは少女の策を鼻で笑う。これはまた、随分と身体を張ったものだ。
 しかし、この策には致命的な欠陥がある。あんな高さから標的に当てることなど奇跡にも等しい行為だ。そもそも気付いた以上、とっとと逃げてしまえばいい。
 そう判断し、ジラールは《アドラ》を退避させようとして――不意に思い留まった。


(……いや。女々しく逃げるなど、僕の《アドラ》にふさわしくないか)


 次いで再度白い鎧機兵の位置――その軌道を確認して、にやりと笑う。
 ――ドウンッッ!! 
 唐突に黄金竜は火球を撃ち出した。
 先程のお遊びとは違う、全力の《悪竜の劫火》だ。
 直径六セージルの大火球が森と地表を抉り、ゴオオッと夜空を照らす巨大な火柱が立つ。
 そして《アドラ》は、未だ劫火が残るクレーターの中心に降り立った。
 恐らくここが、あの鎧機兵の着弾点となるはず――。


『……いいだろう、サーシャ。君がそこまでするというのなら……僕も全力で応えよう。《アドラ》の力を――僕の力を、思い知らしてやろう!』


 ゴオオオオオオオオオオオッ――!!

 《アドラ》が、大気を裂くような咆哮を上げた。
 続けて両腕を腰だめに構えると、竜頭が天を見上げる。

 ――真っ向勝負で打ち破ってやる!

 尋常ではない力みから、ギシギシと人工筋肉が軋みを上げた。
 白い鎧機兵は、遠目からならば球体に見えるほどの速度で回転していた。
 それは、まるで流星のような姿だった。
 ジラールの直感が告げる。これは遊んでいいような相手ではない。敵の速度、間合いを慎重に計りつつ、ジラールは呟くようにカウントを取り始める。

 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、

 ――そして。


『今だ! 打ち砕け! 《アドラ》ッ!!』


 黄金竜の左右の爪が、天に向かって撃ち出された!
 小細工は一切なし。真正面から白き流星と、黄金の爪が激突する!

 ギャリリリリリリリリリリリリリリィ――――ッ!!

 甲高い金属音が大気を揺らした。
 《ホルン》の装甲と《アドラ》の爪が火花を散らす。
 そして両者の力は数秒間に渡って膠着するが、

 ――ギャリンッ!!

 一際大きな音を立てると、唐突に勝敗を決した。
 ジラールが愕然とする。


(……う、そだ……うそだ! うそだ! うそだああああアァ――ッ!!)


 敗れたのは、左右へと勢いよく弾かれたのは――《アドラ》の爪だったのだ。
 ――恐らくここで勝敗を分けた理由は、いくつかあるのだろう。

 例えば打ちおろす攻撃と打ち上げる攻撃では重力がある以上、大きな差がある。
 例えば球体に見えるほどの回転を加えた攻撃と、ただの突きでは威力が違う。
 そもそも機体丸ごとの体当たりと、腕二本では質量が違いすぎる。

 しかし、それらはすべて些細な理由だった。
 決め手となった理由はただ一つ。

 ――覚悟の差。
 友達を救うために捨て身になった少女と、終始自分のことしか考えなかった男の――覚悟の差だ。
 そして今、少女の願いは結実する。

 ――ズドンッッ!!

 夜空に響く轟音。
 障害を振り払った白き流星の矢が、遂に黄金の巨竜を射抜いたのだ。
 《ホルン》の捨て身の一撃の前に、《アドラ》の鎌首がメキメキッと押し潰されていく。黄金竜の両足は膝をつき、巨体が杭の如く地に沈みこんだ。

 まさに一撃必殺――。

 だが、やはり《ホルン》も、ただではすまなかった。
 黄金竜の頭部が崩れていくのと引き換えに、白い外装にも巨大な亀裂が幾つも走り抜け、機体内外の様々な部品が弾け飛ぶ。さらに、衝突の反動も凄まじく――。
 最終的に《ホルン》は大きくバウンドして、再び宙に浮いた。大量の破片を撒き散らしながら、《ホルン》は大きく弧を描き、森の中へと落下する。
 数秒間、バキバキと木々がへし折れる音が響いていたが森はすぐに沈黙した。
 そしてしばらくすると、森の中から一人の少女――サーシャが出てきた。
 彼女の顔は青ざめていた。が、それでもふらふらと足を前に進め、どうにか視界の開けた平地まで辿り着くと、その場で倒れ込んでしまう。
 この時、サーシャの三半規管は、まともな状態ではなかった。
 高所からの落下と、高速回転、さらには最後の激突――。
 幸い大きな怪我こそなかったが、彼女は今、気絶しそうなほど脳を揺さぶられていた。
 だが、それでもサーシャは意識を手放さない。
 どうしても、どうしても確認しなければならないことがあったからだ。

 サーシャは最後の力を振り絞って、目的のものを凝視する。
 その視線の先にあるものは――頭部を失い、力なく両膝をつく黄金の鎧機兵。
 サーシャの口元がわずかに綻んだ。
 最も見たかったものが、遂に確認出来たからだ。
 それは、黄金の機体の損傷部から溢れ出す光の粒子――。
 構成が崩れ、星霊に戻ろうとする鎧機兵の姿だった。


(やった……。私やりました、先生。やったよ、ユーリィちゃん)


 そして勝利を見届けたサーシャは、幸せそうな笑顔で意識を失った。
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