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第2部
第一章 平穏なる日々③
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そして十分後。クライン工房隣にある空き地にて。
燦々と輝く太陽の下。サーシャが搭乗した鎧機兵・《ホルン》がそこに佇んでいた。
アッシュとユーリィはそこから少し離れた場所で、白い機体を見つめている。
『そ、それじゃあ、やりますね!』
拡声器でアッシュ達に意志を伝えた後、サーシャはヘルムをしっかりと被った。ブレストプレートは暑いので今回は茶の間に置いたままだが、鎧機兵に乗る上でこれだけは外せない。今や自分のトレードマークだ。
そして馬の背に似た操縦シートの前方にある操縦棍を握りしめ、強く《雷歩》をイメージする。圧倒的な高速移動。イメージは足から噴き出すマグマか。
「おっ、イメージし始めたみたいだな」
アッシュが腕を組みながら呟いた。
白い機体の重心がわずかに沈み始めている。果たしてどうなるのか。
アッシュが固唾を呑んで弟子の愛機を見守っていると、何故か隣に立つユーリィが少しそわそわし始めていた。それに気付き、アッシュは眉根を寄せる。
「……? どうした? ユーリィ?」
そう尋ねると、
「……あのね、アッシュ。何だか私、ドキドキするの」
ユーリィがそんなことを言い始める。アッシュはますます眉をしかめた。
「はあ? ドキドキって、なんでだよ?」
「これは私の予感。あのね、多分この展開って――」
ユーリィはグッと拳を握りしめて言う。
「きっと面白いことが起きる!」
「……はあ? お前何を言って――」
その時だった。
豪快な雷音が鳴り響いたのは。
アッシュは驚いて前を見る。しまった。ユーリィの言葉に気を取られて発動の瞬間を見逃してしまった。自分の失態に舌打ちするが、眼前の光景にアッシュは眉を寄せた。
「――へ? なんで《ホルン》がいねえんだ?」
何故か《ホルン》の姿がどこにもない。《雷歩》は高速移動の闘技だが、移動距離は最大で十セージルほど。視界から完全に消える距離ではない。
「メ、メットさん? お~い! メットさんどこだ!?」
「ア、アッシュ! アッシュ! あそこ!」
困惑するアッシュの袖をユーリィが引っ張る。彼女は何故か空を指していた。
どうして空を――いや、まさか、うそだろう……?
アッシュは愕然とした表情で空を仰ぐ。そしてそこには――。
「そ、空を飛んでる!?」
蒼い空を遮る白い影。行方不明になっていた《ホルン》がその場にいた。
「ま、真上に加速したのか――はッ!? や、やべえ!?」
まずい! よく見たら、丁度自分達の真上に機体が落ちてきている!
このままではプチっと潰されてしまう。
アッシュはキラキラと目を輝かせているユーリィを横に抱きかかえ走り出した。全速力だ。一歩でも遠くへ離れなければ――。
「う、うおおおおおおおお――ッ!?」
アッシュは悲鳴じみた雄たけびを上げて力の限り跳んだ。ユーリィを両腕に抱え込み、ゴロゴロと地面に転がる。直後、地響きのような轟音が鳴り響いた。
「~~~~ッ!?」
濛々と砂煙が舞い上がり視界を奪う。ユーリィを抱きしめたまま、ふらふらと立ちあがったアッシュは目を細めて時が経つのを待った。
そして数十秒後。ようやく視界が晴れて、その光景にアッシュは絶句した。
「メ、メットさん……?」
そこには、予想通りの場所に落下してきた白い鎧機兵がいた。
ただし、逆さまになって上半身を地面に埋めていたが。
「え、えっと、メットさん……?」
アッシュはもう一度サーシャの愛称を呼んだ。すると、白い機体の両足が動き始めた。どうやら《天鎧装》が発動して無事のようだ。だがしかし、しっかり埋まりすぎているのか、足をジタバタさせるだけで、その場から動かない。
そしてしばらくして、
『せぇんせぇえェ……助けてえぇ』
泣き出しそうな――いや、多分泣いている少女の声が聞こえてきた。
アッシュがあまりの光景に呆然としていると、
「アッシュ、アッシュ」
腕に抱えていたユーリィが、やけに興奮した声でアッシュの名を呼び始めた。
アッシュは訝しげな表情で視線を腕の中に向け、
「ユ、ユーリィ!? お前、なんで金色化してんだ!?」
愛娘の姿に再び絶句する。
今、ユーリィの姿は普段とはまるで違う変化をしていた。その空色の髪が淡い輝きを放つ金色に変わっていたのだ。これは彼女の生まれつきの力――《星神》の能力だ。
《星神》は能力を使用する時、その髪が銀色に変化する。ユーリィはその《星神》の希少種、髪が金色に変化する《金色の星神》だった。
しかし、ユーリィは滅多に能力は使わない。この能力のせいでよからぬ連中に目をつけられ、アッシュと出会うまでかなり悲惨な日々を送っていたからだ。
だというのに、何故か今、彼女は能力を使おうとしている。
「お、お前、なんで今、能力を……」
「あのね、アッシュ。お願いがあるの」
いきなりそんな事を言う。
アッシュは一瞬だけ怪訝そうに眉根を寄せたが、即座にユーリィが何を考えているのかを理解した。と、同時に彼女の身体を地面に下ろす。
「ああ、もしかしてお願いって……あれか? お前の《願い》を俺が代わりにお前に頼んで、お前の能力で叶えるってことか?」
《星神》は自らの《願い》は叶えられない。だが、裏技もある。それが、今アッシュの言ったのような代理で《願い》を伝える方法だった。
「うん、そう! あのね、欲しいものがあるの」
「……今、この状況でか?」
「うん! むしろこの状況だから。私、さっき凄いことを思いついたの。あのね、私の欲しいものは……」
いつになく饒舌なユーリィは、そこで一旦言葉を切り、
「鎧機兵がすっぽり入るような大きな樽と、沢山の大きな剣が欲しいの!」
アッシュは眉をしかめた。一体、何だそれは……?
「そんなの何に使うんだよ?」
率直に尋ねるアッシュに、ユーリィは両手を握りしめて、
「まずは《ホルン》を樽の中に入れる」
「ふんふん」
「次に剣を樽に突き刺していくの」
「……おい」
「もちろん剣はダミー。おもちゃの剣。けど一つだけ本物があって、それが《ホルン》に突き刺さった時――」
金色の髪の少女は高らかに叫ぶ。
「飛ぶの! 博打的な要素を取り入れた娯楽。名付けて『白騎士危機一ぱ――」
「なんつう酷いこと考えるんだよお前!? メットさん友達なんだろ!?」
と、少女の言葉を遮って、アッシュはユーリィの頭の上に拳骨を落とした。ユーリィの髪の輝きがしなしなと消えて、空色へと戻る。そしてユーリィは「……むう」と呻くと、両手で頭を押さえてアッシュを睨みつけた。
「……アッシュ、酷い……」
「酷いのはお前だ! ったく」
アッシュはユーリィから視線を前に戻す。そこには未だ『せんせぇえェ、助けてえぇ』と繰り返して足をバタバタさせる鎧機兵の姿があった。
アッシュはポリポリと頭をかき、
「あ~、とりあえず掘り起こしてやるか」
そして約十五分後。どうにか《朱天》に引っこ抜いてもらった《ホルン》が、土まみれの姿で立ち尽くしていた。拡声器からは今も『ヒック、ヒック』と少女のしゃっくり音が聞こえてきている。それが、何とも言えない哀愁を演出していた。
「あ~、メットさん。もう大丈夫だ。降りてきな」
『ヒック、わ、分かりましたあ……』
アッシュの声に答えるサーシャ。すると、ゆっくりと《ホルン》の胸部装甲が開く。
そしてアッシュは機体内の様子を窺って、
(……おっ、良かった。怪我はないみてえだな)
そこには目を赤く腫らした少女がぽつんと座っていた。一度逆さまになったのでヘルムは脱げてしまったようだが、見たところ、それ以外は搭乗前と変わりない。
アッシュはホッと安堵の息をもらした――その時。
「せ、せぇんせぇえェ……」
「う、うお!?」
不意にサーシャがか細い声を上げて抱きついてきた。腹部辺りに感じるむにゅんとした二つの柔らかな感触に、流石に動揺を隠せない。これは思いがけない役得だ。
実は以前にもサーシャを抱きしめる機会があったのだが、その時は心にまるで余裕がなかった。しかし今は違う。心に余裕がある分、男の本能も強く出てしまう。
(……おお、こいつは想像以上にでかいな……って、ダメだろ俺!)
弟子を相手に邪な気持ちを抱いてどうするか!
根が真面目なアッシュは煩悩を振り払うと表情を改め、抱きついたまましゃっくりを繰り返すサーシャの肩を片手で優しく抱きしめ、もう一方の手で銀の髪を梳かすように撫で始める。すると驚いたのだろう。サーシャの身体が微かに震えた。
それを見て、アッシュは優しく微笑み、
「うん。大丈夫だ。もう怖くねえ。大丈夫だ」
「ふえェ、せぇんせぇえェ……」
ただ、彼女が落ち着くまで言葉を繰り返す。
一方、その様子をユーリィは愕然とした表情で凝視していた。
――何たることか、まさかこの状況は……。
(メ、メットさん……これは策略、なの?)
恋敵の真意を図りかね、思わず眉を寄せるユーリィ。
アッシュにとってユーリィは愛娘だ。しかし、アッシュは嘆くかもしれないが、ユーリィにとってアッシュは父親という感覚ではない。ユーリィにとってアッシュは想い人だった。それも、かれこれ三年以上も想いを寄せている相手だ。
そして、サーシャもまたアッシュに恋心を抱いていた。サーシャはユーリィの大切な友達ではあるが、同時に強力な恋敵でもあるのだ。
だからこそ邪推してしまう。
(まさか、こうなることを最初から見越していたの? だから鎧を外してダイレクトにおっぱいが当たるように……私にはないあの武器を十全に使うために……ッ!)
未来予知の如き戦略に驚愕するユーリィ。まあ、実際は完全な邪推であり、サーシャにそこまでの意図はなかったのだが。
……ただし。
(えへへ、先生の、アッシュの匂いだあ。えへへ、たまには失敗するのもいいのかな)
と、アッシュには見えない角度でにやけるサーシャ。偶然を利用するぐらいのしたたかさは持ち合わせている少女であった。
が、まあ、そんな少女達の思惑など、当の青年は露知らず。
アッシュはサーシャの頭を撫でながら、ふと空を見上げた。一年を通してもこの国の日中は長い。そろそろ時刻は五時半を過ぎるのだが、まだ昼頃にさえ見える青天だ。空には悠々と雲が流れ、鳥達も心地良さげに羽ばたいている。
その牧歌的な風景を前にして、
(ははっ、まったく。この国は平和だな)
アッシュは口元を綻ばせ、そんなことを思った。
と、その傍ら。
「……メットさん。そろそろ離れて」
「え? いや、だけどもう少しぐらいは……って、ユ、ユーリィちゃん!? なんで足を私の脇腹に向けてるの!?」
「いい加減にしないと――射抜く」
「射抜くって!?」
と、何やら物騒なやり取りも聞こえてくるが、アッシュは構わず物思いに耽る。
本当に平和な日々だ。かつての頃とはまるで違う。
多分、明日も明後日もこんな平穏な日々が続くのだろう。
アッシュは漠然とだが、そう感じていた。
平穏を望んでこの国に来たのは、きっと正解に違いない。
「ま、待って! 今離れるから! せ、先生離して! でないと私の脇腹が――」
「十、九、八、七、六……」
「カウントダウンはやめてユーリィちゃん!?」
と、何やら騒がしい少女達は気にせずに、アッシュは笑みを浮かべて呟くのだった。
「はははっ、本当に平和だなあ」
――まさか、たった数日後。
旧友との再会を皮切りに、あんな騒動になろうとは知る由もないアッシュであった。
燦々と輝く太陽の下。サーシャが搭乗した鎧機兵・《ホルン》がそこに佇んでいた。
アッシュとユーリィはそこから少し離れた場所で、白い機体を見つめている。
『そ、それじゃあ、やりますね!』
拡声器でアッシュ達に意志を伝えた後、サーシャはヘルムをしっかりと被った。ブレストプレートは暑いので今回は茶の間に置いたままだが、鎧機兵に乗る上でこれだけは外せない。今や自分のトレードマークだ。
そして馬の背に似た操縦シートの前方にある操縦棍を握りしめ、強く《雷歩》をイメージする。圧倒的な高速移動。イメージは足から噴き出すマグマか。
「おっ、イメージし始めたみたいだな」
アッシュが腕を組みながら呟いた。
白い機体の重心がわずかに沈み始めている。果たしてどうなるのか。
アッシュが固唾を呑んで弟子の愛機を見守っていると、何故か隣に立つユーリィが少しそわそわし始めていた。それに気付き、アッシュは眉根を寄せる。
「……? どうした? ユーリィ?」
そう尋ねると、
「……あのね、アッシュ。何だか私、ドキドキするの」
ユーリィがそんなことを言い始める。アッシュはますます眉をしかめた。
「はあ? ドキドキって、なんでだよ?」
「これは私の予感。あのね、多分この展開って――」
ユーリィはグッと拳を握りしめて言う。
「きっと面白いことが起きる!」
「……はあ? お前何を言って――」
その時だった。
豪快な雷音が鳴り響いたのは。
アッシュは驚いて前を見る。しまった。ユーリィの言葉に気を取られて発動の瞬間を見逃してしまった。自分の失態に舌打ちするが、眼前の光景にアッシュは眉を寄せた。
「――へ? なんで《ホルン》がいねえんだ?」
何故か《ホルン》の姿がどこにもない。《雷歩》は高速移動の闘技だが、移動距離は最大で十セージルほど。視界から完全に消える距離ではない。
「メ、メットさん? お~い! メットさんどこだ!?」
「ア、アッシュ! アッシュ! あそこ!」
困惑するアッシュの袖をユーリィが引っ張る。彼女は何故か空を指していた。
どうして空を――いや、まさか、うそだろう……?
アッシュは愕然とした表情で空を仰ぐ。そしてそこには――。
「そ、空を飛んでる!?」
蒼い空を遮る白い影。行方不明になっていた《ホルン》がその場にいた。
「ま、真上に加速したのか――はッ!? や、やべえ!?」
まずい! よく見たら、丁度自分達の真上に機体が落ちてきている!
このままではプチっと潰されてしまう。
アッシュはキラキラと目を輝かせているユーリィを横に抱きかかえ走り出した。全速力だ。一歩でも遠くへ離れなければ――。
「う、うおおおおおおおお――ッ!?」
アッシュは悲鳴じみた雄たけびを上げて力の限り跳んだ。ユーリィを両腕に抱え込み、ゴロゴロと地面に転がる。直後、地響きのような轟音が鳴り響いた。
「~~~~ッ!?」
濛々と砂煙が舞い上がり視界を奪う。ユーリィを抱きしめたまま、ふらふらと立ちあがったアッシュは目を細めて時が経つのを待った。
そして数十秒後。ようやく視界が晴れて、その光景にアッシュは絶句した。
「メ、メットさん……?」
そこには、予想通りの場所に落下してきた白い鎧機兵がいた。
ただし、逆さまになって上半身を地面に埋めていたが。
「え、えっと、メットさん……?」
アッシュはもう一度サーシャの愛称を呼んだ。すると、白い機体の両足が動き始めた。どうやら《天鎧装》が発動して無事のようだ。だがしかし、しっかり埋まりすぎているのか、足をジタバタさせるだけで、その場から動かない。
そしてしばらくして、
『せぇんせぇえェ……助けてえぇ』
泣き出しそうな――いや、多分泣いている少女の声が聞こえてきた。
アッシュがあまりの光景に呆然としていると、
「アッシュ、アッシュ」
腕に抱えていたユーリィが、やけに興奮した声でアッシュの名を呼び始めた。
アッシュは訝しげな表情で視線を腕の中に向け、
「ユ、ユーリィ!? お前、なんで金色化してんだ!?」
愛娘の姿に再び絶句する。
今、ユーリィの姿は普段とはまるで違う変化をしていた。その空色の髪が淡い輝きを放つ金色に変わっていたのだ。これは彼女の生まれつきの力――《星神》の能力だ。
《星神》は能力を使用する時、その髪が銀色に変化する。ユーリィはその《星神》の希少種、髪が金色に変化する《金色の星神》だった。
しかし、ユーリィは滅多に能力は使わない。この能力のせいでよからぬ連中に目をつけられ、アッシュと出会うまでかなり悲惨な日々を送っていたからだ。
だというのに、何故か今、彼女は能力を使おうとしている。
「お、お前、なんで今、能力を……」
「あのね、アッシュ。お願いがあるの」
いきなりそんな事を言う。
アッシュは一瞬だけ怪訝そうに眉根を寄せたが、即座にユーリィが何を考えているのかを理解した。と、同時に彼女の身体を地面に下ろす。
「ああ、もしかしてお願いって……あれか? お前の《願い》を俺が代わりにお前に頼んで、お前の能力で叶えるってことか?」
《星神》は自らの《願い》は叶えられない。だが、裏技もある。それが、今アッシュの言ったのような代理で《願い》を伝える方法だった。
「うん、そう! あのね、欲しいものがあるの」
「……今、この状況でか?」
「うん! むしろこの状況だから。私、さっき凄いことを思いついたの。あのね、私の欲しいものは……」
いつになく饒舌なユーリィは、そこで一旦言葉を切り、
「鎧機兵がすっぽり入るような大きな樽と、沢山の大きな剣が欲しいの!」
アッシュは眉をしかめた。一体、何だそれは……?
「そんなの何に使うんだよ?」
率直に尋ねるアッシュに、ユーリィは両手を握りしめて、
「まずは《ホルン》を樽の中に入れる」
「ふんふん」
「次に剣を樽に突き刺していくの」
「……おい」
「もちろん剣はダミー。おもちゃの剣。けど一つだけ本物があって、それが《ホルン》に突き刺さった時――」
金色の髪の少女は高らかに叫ぶ。
「飛ぶの! 博打的な要素を取り入れた娯楽。名付けて『白騎士危機一ぱ――」
「なんつう酷いこと考えるんだよお前!? メットさん友達なんだろ!?」
と、少女の言葉を遮って、アッシュはユーリィの頭の上に拳骨を落とした。ユーリィの髪の輝きがしなしなと消えて、空色へと戻る。そしてユーリィは「……むう」と呻くと、両手で頭を押さえてアッシュを睨みつけた。
「……アッシュ、酷い……」
「酷いのはお前だ! ったく」
アッシュはユーリィから視線を前に戻す。そこには未だ『せんせぇえェ、助けてえぇ』と繰り返して足をバタバタさせる鎧機兵の姿があった。
アッシュはポリポリと頭をかき、
「あ~、とりあえず掘り起こしてやるか」
そして約十五分後。どうにか《朱天》に引っこ抜いてもらった《ホルン》が、土まみれの姿で立ち尽くしていた。拡声器からは今も『ヒック、ヒック』と少女のしゃっくり音が聞こえてきている。それが、何とも言えない哀愁を演出していた。
「あ~、メットさん。もう大丈夫だ。降りてきな」
『ヒック、わ、分かりましたあ……』
アッシュの声に答えるサーシャ。すると、ゆっくりと《ホルン》の胸部装甲が開く。
そしてアッシュは機体内の様子を窺って、
(……おっ、良かった。怪我はないみてえだな)
そこには目を赤く腫らした少女がぽつんと座っていた。一度逆さまになったのでヘルムは脱げてしまったようだが、見たところ、それ以外は搭乗前と変わりない。
アッシュはホッと安堵の息をもらした――その時。
「せ、せぇんせぇえェ……」
「う、うお!?」
不意にサーシャがか細い声を上げて抱きついてきた。腹部辺りに感じるむにゅんとした二つの柔らかな感触に、流石に動揺を隠せない。これは思いがけない役得だ。
実は以前にもサーシャを抱きしめる機会があったのだが、その時は心にまるで余裕がなかった。しかし今は違う。心に余裕がある分、男の本能も強く出てしまう。
(……おお、こいつは想像以上にでかいな……って、ダメだろ俺!)
弟子を相手に邪な気持ちを抱いてどうするか!
根が真面目なアッシュは煩悩を振り払うと表情を改め、抱きついたまましゃっくりを繰り返すサーシャの肩を片手で優しく抱きしめ、もう一方の手で銀の髪を梳かすように撫で始める。すると驚いたのだろう。サーシャの身体が微かに震えた。
それを見て、アッシュは優しく微笑み、
「うん。大丈夫だ。もう怖くねえ。大丈夫だ」
「ふえェ、せぇんせぇえェ……」
ただ、彼女が落ち着くまで言葉を繰り返す。
一方、その様子をユーリィは愕然とした表情で凝視していた。
――何たることか、まさかこの状況は……。
(メ、メットさん……これは策略、なの?)
恋敵の真意を図りかね、思わず眉を寄せるユーリィ。
アッシュにとってユーリィは愛娘だ。しかし、アッシュは嘆くかもしれないが、ユーリィにとってアッシュは父親という感覚ではない。ユーリィにとってアッシュは想い人だった。それも、かれこれ三年以上も想いを寄せている相手だ。
そして、サーシャもまたアッシュに恋心を抱いていた。サーシャはユーリィの大切な友達ではあるが、同時に強力な恋敵でもあるのだ。
だからこそ邪推してしまう。
(まさか、こうなることを最初から見越していたの? だから鎧を外してダイレクトにおっぱいが当たるように……私にはないあの武器を十全に使うために……ッ!)
未来予知の如き戦略に驚愕するユーリィ。まあ、実際は完全な邪推であり、サーシャにそこまでの意図はなかったのだが。
……ただし。
(えへへ、先生の、アッシュの匂いだあ。えへへ、たまには失敗するのもいいのかな)
と、アッシュには見えない角度でにやけるサーシャ。偶然を利用するぐらいのしたたかさは持ち合わせている少女であった。
が、まあ、そんな少女達の思惑など、当の青年は露知らず。
アッシュはサーシャの頭を撫でながら、ふと空を見上げた。一年を通してもこの国の日中は長い。そろそろ時刻は五時半を過ぎるのだが、まだ昼頃にさえ見える青天だ。空には悠々と雲が流れ、鳥達も心地良さげに羽ばたいている。
その牧歌的な風景を前にして、
(ははっ、まったく。この国は平和だな)
アッシュは口元を綻ばせ、そんなことを思った。
と、その傍ら。
「……メットさん。そろそろ離れて」
「え? いや、だけどもう少しぐらいは……って、ユ、ユーリィちゃん!? なんで足を私の脇腹に向けてるの!?」
「いい加減にしないと――射抜く」
「射抜くって!?」
と、何やら物騒なやり取りも聞こえてくるが、アッシュは構わず物思いに耽る。
本当に平和な日々だ。かつての頃とはまるで違う。
多分、明日も明後日もこんな平穏な日々が続くのだろう。
アッシュは漠然とだが、そう感じていた。
平穏を望んでこの国に来たのは、きっと正解に違いない。
「ま、待って! 今離れるから! せ、先生離して! でないと私の脇腹が――」
「十、九、八、七、六……」
「カウントダウンはやめてユーリィちゃん!?」
と、何やら騒がしい少女達は気にせずに、アッシュは笑みを浮かべて呟くのだった。
「はははっ、本当に平和だなあ」
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