クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第二章 来訪、そして再会①

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 その少年と初めて出会ったのは、彼女が十四歳の時だった。
 年の頃は十五、六。ボロボロの衣服を纏い、何よりその真っ白な髪と、強い意志を秘めた黒い瞳が印象的な少年だった。
 そして少年は、父に対して出会いがしらにこう告げた。

「強くなりたいんだ。俺を傭兵団に入れてくれ」

 父は沈黙する。彼女の父は傭兵団《黒蛇》を率いる団長だった。
 《黒蛇》とは全団員が耐熱・耐冷に優れるクマンオオトカゲの革から作ったレザースーツを纏っていることで有名な、第一級の実力を持つ傭兵団だ。
 そんな傭兵団にわざわざ訪れて来たのは、恐らく傭兵に憧れる子供なのだろう。
 その場に居合わせた団員達が、苦笑を浮かべる。時々こういう子供が現れる。退屈な村から飛び出し、腕っ節一つで成り上がろうとする夢見がちなガキだ。

「おい。傭兵なめんじゃねえぞガキ。とっとと家に帰んな」

「家族が心配しているぞ。どうしてもなりたいのなら大人になってからにしな」

 親切心からか、または傭兵生活を舐めている少年への怒りからか。
 次々と声をかける団員達を少年は一切無視する。彼の眼差しは団長である父だけを見つめていた。父もまた、少年の視線を真直ぐに受け止める。
 しばしの沈黙。そして、ようやく父が口を開いた。

「……いいだろう。今日からこの団がてめえの家だ」

 父の了承の言葉に周りが騒ぎだす。娘である少女も同様だ。父がこの類の子供に入団を許可したのは初めてのことだった。当然、団員達は困惑し、中には反対する者もいたが、父は頑として言葉を覆すことはなかった。
 こうして、少年は傭兵団《黒蛇》の団員になったのである。
 とは言え、少年は平穏な村で暮らしてきた普通の子供。戦闘経験もなく、勝手の分からない傭兵暮らしに戸惑っていた。その上、団員達も不快感から手を貸さない。少年は団の中で孤立していた……のだが、

「オト。てめえが面倒みてやんな」

 父の一声で状況は変わった。

「だ、団長!? お嬢にあんなガキの面倒をみさせんで!?」

「そ、そんな、お嬢もそろそろ年頃ですぜ? 万が一のことがあれば……」

 周りは再び騒ぎだすが、「うるせえ。俺の決めたことだ」と、父の言葉に黙り込むことになった。団長の決定は絶対だ。少女も団員である以上、渋々ながら了承した。
 そうして、少女は改めて少年と向かい合うことになった。

「……今日からお前の指導員をすることになった、オトハ=タチバナだ。お前の名前は何と言う?」

 少女――オトハは、彼の名前をまだ知らなかった。
 対して少年は「……そうか」と小さく呟くと、自分の名前を告げた。
 それからオトハは少年に色々なことを教えた。傭兵生活における基本や、各都市にあるギルドの使用方法。いざという時のサバイバル技術などもだ。
 少年は物覚えが良く次々と習得していった。が、その中でも一番目を引いたのは鎧機兵の戦闘方法の習得についてだった。指導していたオトハの背筋が凍るほどの鬼気迫る集中力で、少年はメキメキと腕を上げていった。

 そして一年後。少年は傭兵団でもトップクラスの実力を身につけていた。
 過酷な生活にも逃げ出さなかった少年に他の団員達も一目置き、少年は完全に団員の一人として認められていた。オトハはそれがとても誇らしく、何より嬉しかった。

 その頃になると、少年はオトハの対等な相棒となっていたのだ。
 仕事をする時はいつも二人で。食事の時も、休暇の時も二人でいることが多かった。
 はしゃぐオトハに、どこか寂しげに笑う少年。そんな光景が日常になっていた。
 あまりの仲睦まじさから、団員である女傭兵に、

「なんか、もうこのまま結婚してしまいそうな勢いね」

 と言われ、耳まで真っ赤になった覚えがある。この時のオトハは、結婚はともかく、彼とはこれからも先、ずっと一緒にいるものだと思っていた。

 しかし、その一年後。
 それは、キャラバンに皆が集まった日のこと。

「……今まで世話になった。俺は明日ここを出ていく」

 少年の唐突な退団宣言。オトハは愕然とし、団員達も騒然とした。
 取り乱したオトハは少年に詰め寄り、彼の肩を揺らして問い質した。涙目になって少年の真意を聞こうとした。緊迫した空気に、団員達は固唾を呑んでその様子を見守った。
 しかし、少年は何も語ろうとしない。オトハは苛立ち、いつしか堪え切れなくなった涙が頬を濡らしていた。このままでは殴りかねないほどに彼女は混乱していた。

「お、お嬢……」「オトハちゃん」

 流石に見かねた団員達が、オトハを止めようとした時、

「……小僧。理由を話せ。俺らは家族だ。知る権利があるだろう」

 ずっと沈黙を守っていた団長が、厳かな口調で告げた。
 少年は一瞬躊躇うような表情を浮かべたが、大恩ある団長の言葉を無視することなどできない。彼はようやく重い口を開いた。
 そして少年は語り始める。二年前自分の村に起こった事件を。その結果、彼の恋人だった少女がどうなったのかを。何故彼が力を求めたのか。その力でこれから何をするつもりなのかも包み隠さず語った。
 オトハを含め、団員達は言葉もなかった。

「……そうか」

 そんな中、父がおもむろに口を開く。

「分かった。退団を認めてやろう。《朱天》は餞別代りにくれてやる」

 その言葉に、再び騒然とする団員達を父は一喝する。

「――馬鹿野郎どもが! 男が腹くくって決めたことだ! 口出しすんじゃねえ!」

 シン――とするキャラバン内。団員達は一様に口をつぐみ、オトハは状況が呑み込めずただ呆然とするだけだった。
 そして静寂の中、父は少年に告げる。

「てめえが決めた生き方を否定するつもりはねえ。だがな、これだけは言っとくぞ。俺達は家族だ。辛くなった時、帰る場所があるってことを忘れんなよ」

「…………」

 少年は出会った頃のように父をじっと見つめると、深々と頭を下げた。
 彼が傭兵団を発ったのは翌日のことだった。
 すべての団員達が彼を見送った中、オトハだけはそこに立ち合わなかった。
 彼に会えば、感情が爆発してしまいそうな気がしたのだ。あの時の感情が一体どんなものだったのかは、正直、今でも分からない。

 自分は一体どうしたかったのか。
 泣いてでも引き留めたかったのか。
 胸に抱く淡い想いを伝えたかったのか。
 死んだ恋人のことなど忘れて欲しいと願いたかったのか。

 それとも――。

「……私はすべてを捨ててでも、あいつについていきたかったのか」

 汽笛の音に耳を傾けながら、オトハはそう呟く。
 海原を軽快に渡る最新の鉄甲船。彼女は今、一人船首に佇んでいた。目の前には端の見えないほど巨大な島が確認できる。確か名前はグラム島といったか。

「予想より随分と早く着いたな」

 恒力を補助にしか使わない通常の帆船で二週間かかる距離を、恒力のみで動くこの鉄甲船は七日で渡り切ってしまった。技術の進歩とは大したものだと、しみじみ思う。
 オトハは島の方へと視線を向ける。そこには、大きな港の影が見え始めていた。
 あと数分もすれば、あそこに辿り着くだろう。

「あれが、アティス王国……」

 オトハがぽつりと呟く。何故か港が近付くほどに、トクンと鼓動が大きくなっていくのを感じた。オトハは静かに胸元に手を添えた。
 そして――。

「ここに……クラインがいるのか」

 愛しげにも聞こえる声で友人の名を呟くのだった。
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