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第2部
第二章 来訪、そして再会②
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アティス王国・市街区――。
そこは木造の家屋が多く並び、鎧機兵の工房や多種に渡る店舗、さらには闘技場など娯楽施設もあるアティス王国の中でも最も活気のある地区である。
しかし、だからと言って、どこもかしこも人だらけという訳ではない。
中には人通りの少ない路地裏も存在する。
エドワードとロックの二人は、そんな人通りの少ない路地裏を歩いていた。
「ちくしょう……お前はいいよなあ、エイシスはまだフリーだし」
「いや。彼女は彼女でガードが堅すぎて大変なんだぞ?」
気落ちするエドワードに、できるだけ明るい口調で声をかけるロック。
けれど、石畳で舗装された道を進むエドワードの重い足取りは変わらなかった。
「ううぅ、ひでえよ。俺の恋は告白もしない内に終わったのか……」
「……まあ、流石に気にするなとは言えんなあ」
どん底まで落ち込むエドワードの肩をロックはポンと叩いた。
しかし、友人は溜息を返すだけ。ロックはやれやれと苦笑をもらす。
(これは重症だな)
彼らは今、「路地裏の隠れた名店」と評判だったパスタ店で昼食をとった後だった。
今日は週末のため、騎士学校が午前中に終わった。だからこの機会にエドワードを少しでも励まそうと食事に誘ったのだが、大して成果はなかったようだ。
「ううぅ、よりにもよって相手があれかよ……」
エドワードのテンションはますます下がっていく。
ロックは再び苦笑した。エドワードがここまで落ち込む理由はよく分かる。
何故ならアリシアから聞いたエドワードの恋敵とは、あの――。
(……流れ星師匠か)
正直、あまり思い出したくない名前に、ロックは深々と溜息をつく。流れ星師匠とは最近有名になった、とある人物の二つ名であった。
かの人物のことを尋ねると、みな口をそろえて言う。
とにかく強い。とんでもなく強い、と。
いわく、彼の操る鎧機兵は掌底一発で装甲を砕き、さらには空まで飛べるらしい。流石に胡散臭すぎて鼻で笑う者も多いのだが、ロック、そしてエドワードにとってはとてもじゃないが笑えない話だ。
なにしろ、その噂を生み出す切っ掛けを作ったのは自分達なのだから。
ず~ん、と肩を落とすエドワードを横目で捉え、ロックは再び溜息をついた。
(……あの時は本気でビビったもんな。しかも、今やフラムの師匠とはな。しかし、これって間違いなく俺達が出会いを作ったんだろうなあ)
そう。あれは今から半年ほど前のことだった。
あの日、たまたま市街区に出向いていたロックとエドワードは花屋の娘をナンパしていた。まあ、エドワードの悪癖のようなもので悪ノリしていたと自分でも思っている。
ただ、どうやら花屋の娘の方はナンパに慣れていなかったようで、彼女はみるみる涙目になっていた。ロックもエドワードも流石にまずいかなと思っていた矢先、
「……あなた達、何をしているの?」
不機嫌そうなサーシャが現れたのだ。
そして、まだ当時は彼女に恋心を抱いてはいなかったエドワードと激しい口論になり、普段ならエドワードを止めるロックまでムキになってしまい、結果、鎧機兵を用いた喧嘩までに発展したのだ。……今更だが、我ながらアホだったと思う。
が、その私闘こそが、あの流れ星師匠を呼び込むことになってしまったのだ。まあ、簡潔に言ってしまえば、サーシャを庇った師匠に二人揃ってぶちのめされたのである。
(……むう、これでもしフラムと師匠が結ばれでもしたら、完全に俺達がキューピッドだな。エドが落ち込むのも仕方がないか)
それに加え、その時エドワードは師匠から容赦ない「お仕置き」を喰らっており、きついトラウマを抱えていた。根本的に立ち向かう心がへし折れているのだろう。
闘う意志が湧き上がらない以上、諦めるしか他ない。
「なあ、エド。女は別にフラムだけじゃない。新しい恋でも見つけたらどうだ?」
と、一応前向きにもとれる提案を友人に持ちかけるが、エドワードの心には届かない。それどころか憤慨した表情を浮かべ、
「はん! 一体どこに新しい恋があんだよ。あのフラムに匹敵する女がそんなゴロゴロいんのか? あのキュッとくびれた細い腰に、しなやかな足のライン。何よりもすべてを包み込むようなあの見事なおっぱいを、他の誰が――」
と、そこで半ばセクハラじみたエドワードの台詞がピタリと止まる。
何故かエドワードは前を見据えたまま硬直していた。
「……エド? どうしたんだ?」
ロックは訝しげにエドワードの顔を覗き込んだ。
すると、エドワードはポツリと呟く。
「……見つけた」
「見つけた? 何を……」
ロックが再び尋ねると、エドワードは震える指先を前に向け、
「……新しい恋を見つけた」
「……新しい、恋、だと?」
ロックはエドワードの言葉を反芻して、友人の指差す方へと視線を向けた。
すると、そこには一人の女性がいた。
年の頃は二十歳ほど。いや、もしかしたらまだ十代かもしれない。
短い紫紺色の髪を持ち、スカーフのような赤い眼帯で右側の顔の半分を覆っている美しい女性だ。が、エドワードの視線を釘付けにしているのは、そのスタイルだろう。
(……おお、こいつは凄いな)
ロックもまた、思わず喉を鳴らす。
彼女はエドワードが熱く語った、腰も足も胸に至るまでサーシャに匹敵――否、それ以上の見事なプロポーションをしていた。しかも身に纏う黒いレザースーツが、その身体のラインを際立させている。エドワードが見惚れるのも仕方がないだろう。
「お、おおおお、俺は今運命を感じたぞ!」
「エ、エド? お、落ち着け。フラムの事はどうした?」
「え? フラムって?」
「お前、ホントに軽いな!?」
友人の変わり身の早さに思わずツッコむロックだったが、エドワードには聞こえていないようだ。魚を前にした猫のような身軽さで女性へと走り出す。
「お嬢さん! 何かお困りで!」
「――えっ、な、何だお前は……」
いきなり声をかけられ困惑する女性。エドワードのまるで迷いのない行動力に、長い付き合いであるロックでさえも呆れてしまった。
「いえ。お見受けしたところ何やらお困りのご様子。お嬢さんのようなお美しい方が眉を寄せるなど、このエドワード=オニキス、到底看過などできませぬ。ささ、お困り事があるのならば、このエドワードに何なりとお申し付け下さいませ」
変なスイッチでも入っているのか、エドワードが時代錯誤な口上を述べている。女性の方は完全に困惑顔だ。ロックまでもが唖然としてしまった。
「い、いや、そ、そうだな。実は道に迷ったんだが……」
と、律儀に言葉を返す女性。それを聞き、ロックは改めて女性の姿を見た。
(ああ、なるほど)
よくよく見れば、彼女は腰に反りの入った短剣を提げ、肩には筒状の大きな布製鞄をかけている。どうやら旅人のようだ。この王都ラズンは広大だ。市街区だけでも端から端まで歩けば丸一日かかる。ましてや裏路地ともなれば似たような建物ばかりで、一度入り込んでしまうと初めての者は大抵迷うものだ。彼女が困っていると一瞬で見抜いたエドワードの眼力は何気に凄いのかもしれない。
「なんと! そうでしたか! ならば、このエドワード=オニキスがお嬢さんを大通りまでエスコート致しましょう!」
と言うなり、エドワードは女性の肩に手を回した。女性の顔が嫌悪で歪む。が、よほど浮かれているのか、エドワードは気付かず「ささ、参りましょう」と女性を促した。
(お、おい待てエド。それは少し馴れ馴れしすぎるぞ!)
ロックは二人から少し離れた後方で焦りの表情を浮かべていた。行動が拙速すぎる。これは叩かれても仕方がないパターンだ。
しかし、女性は人通りのない路地裏に迷い込んで本当に困っていたのだろう。不快感を露わにしつつもエドワードのエスコート(?)を受けることにしたようだ。
「……そうか。なら、すまないが大通りまで案内を頼む」
「ええ、もちろんですとも! このラズンは私の庭のようなもの。大通りとは言わずお嬢さんの望む所ならばどこへでも案内致しますぞ!」
女性の了承を得て調子に乗ったエドワードは、軽快な足取りで進み始めた。肩を掴まれた女性も渋々といった感じで歩を進める。後を追うロックとしてはひやひやものだ。
(お、おい、エド)
エドワードは彼女の美貌に見惚れて気付いてもいないかもしれないが、女性の口調、さらには腰に差した短剣。恐らく彼女は鎧機兵乗り――恐らく傭兵の類だ。
鎧機兵乗りの女傭兵には、気の強い女性が多いと聞く。
(あまり調子に乗っていると今度こそぶっ叩かれるぞ。自重しろよエド……)
と、友人の身を案じるロックだったが、残念ながら彼の心配は見事に的中した。
一体どこまで調子に乗るのか、エドワードは女性とさらに密着するため、「おっと石が」と呟き(ちなみに外壁近くの田園部ならともかく石畳で舗装されている市街区に石が落ちていることはない)、不自然なぐらい強引に彼女を抱きよせたのだ。ロックは青ざめた。後ろから見ると、まるで痴漢が抱きついているようにしか見えない。
(ば、馬鹿ッ! それはやりすぎだ!)
思わず制止の声を上げかけたが、すべては遅かった。
――ギリッ。
「へ? ひ、ひぎゃああああああああ―――ッ!」
路地裏に響くエドワードの悲鳴。ロックは力なく額を打った。
「……調子に乗りすぎだ。小僧」
「ひぎゃあ! や、やめて、ごめんなさいいイィィい!」
ギリギリギリ、と。
女性はエドワードの右手の甲をつねっていた。指の力が桁違いなのか、エドワードが必死に逃げ出そうと身体を動かしているのにも関わらず、右手だけは女性から離れようとしない。エドワードの顔色がどんどん悪くなる。
「……私も本当に困っていたからな。多少の事なら大目に見るが、お前は調子に乗りすぎだ。私はそこまで気安くない。私を抱いていいのは私よりも強い男だけだ」
言って、女性はエドワードの手を離した。
「ひ、ひいいイィィ……ッ」
右手を押さえながら、涙目になって後ずさるエドワード。しかし、女性は最後まで容赦がない。トスンと布製鞄を落として身軽になってから、大きく右手を振りかぶる。
(うわっ、これはやはりぶっ叩かれるか)
その一部始終を後ろから見ていたロックはそう思った。
が、結果はもっと厳しかった。女性は右手を振りかぶった勢いでエドワードの右腕を掴むと、そのまま流れるような動きで彼の身体を背負い、投げたのだ。
「ッ!? う、うおおおおおおおッ!?」
驚愕の声を上げ、宙を舞うエドワード。ロックも目を丸くしていた。
そして頑丈な石畳の上に叩きつけられる少年の身体。受身など知らないエドワードは衝撃を逃がすこともできず、モロにダメージを喰らうことになった。
「ぐ、ぐが、ぐげが……」
「エ、エド! し、しっかりしろエド!」
何やらヤバげな呻き声を上げるエドワードに、ロックは流石に焦りを覚えた。これはまずいかもしれない。急ぎ駆け寄り、エドワードの上半身を抱き上げる。血の気が失せた友人は呻き声を上げていたが、不意に、最後の力を振り絞るように口元を動かし始めた。どうやら伝えたいことがあるようだ。
「な、何だエド!? 何が言いたいんだ!?」
「ロ、ロック……そこにいるのか?」
「ああ、ここにいる。何だ? 何が言いたい?」
と、心配げに問うロックに対し、
「す、すっげえ良い匂いだった……」
エドワードはやり遂げた男の顔で告げる。
「はあ?」
キョトンとするロック。そして最後に、
「へへ、柔らかかったぜ……」
と言い残すと、エドワードはそのまま気絶してしまった。
「お、お前、それが最後の台詞か!?」
まさか、こうなることを覚悟した上であんな暴挙に出たのだろうか? 浮かれているように見せかけ、脈が全くないのを瞬時に悟り、せめて感触だけでも、と?
だとすると、ある意味凄い男だ。
「エ、エド……お前って奴は……」
呆れ半分、驚嘆半分でロックが呻いていると、
「……何だ? この程度で気絶したのか?」
女性の呆れたような声が路地裏に響く。ロックは反射的に身体を強張らせるが、別に彼に話しかけたのではなく、ただの独り言だったようだ。彼女は布製鞄を拾い上げるとそのまま立ち去ろうとした。もう案内は不要らしい。当然と言えば当然か。
ロックとしても引き留める理由もないので見送るつもりだったのだが、
「……まったく。クラインの奴はどこにいるんだ?」
不意に聞こえてきた女性の嘆息混じりの呟きに眉根を寄せた。
クライン。聞き覚えのある名前だ。
「クライン? アッシュ=クラインのことか?」
思わず思考を口に出してしまった。
「……え?」
女性がキョトンとした表情で振り返る。
彼女はしばし、じっと立ち尽くしていたが、
「……お前、クラインのことを知っているのか?」
そう告げて、ロックと横たわるエドワードに近付いてきた。
そして彼女は、まじまじとロック達を見つめてくる。
「え? い、いや、確かにアッシュ=クラインなら知っているが……」
ロックは困惑の表情を浮かべた。彼が今口にした「アッシュ=クライン」とは流れ星師匠の本名だ。知らない訳がない。
ロックの返答に女性はあごに手を当てた。そして「……よし」と呟くなり、両手を腰に当てると前かがみになってロックに視線を近付ける。上半身の勢いにつられて大きな胸がたゆんと揺れる様は、エドワードが起きていれば大喜びしそうな光景だったが、ロックには見惚れる余裕すらなかった。なにせ、女性の眼光が笑えない。まるで黒豹と向かい合っているような圧迫感だ。
ごくり、とロックが喉を鳴らして委縮していると、
「お前、私をクラインの元まで案内しろ」
いきなり女性はそんなことを言い出した。
「え? な、なんで俺が――」
「そこに寝てるのはお前の友人なのだろう? なら連帯責任だ。それに今ならお前の方は投げないでいてやるぞ?」
(……むう)
ロックは内心で呻いた。確かにエドワードが痴漢に等しい行為をしたのは事実だ。しかも今の彼女の台詞だと、断った場合、自分まで投げられることが確定している。
ロックはしばし考えた後、「……分かった。案内するよ」と答えた。
「うむ。よろしい。では頼むぞ少年」
と、ご満悦な笑みを浮かべる女性に、ロックは深々と溜息をついた。
ああ、エドワードがナンパをする日はロクな目に合わない。
しみじみと、そう痛感するロックだった。
そこは木造の家屋が多く並び、鎧機兵の工房や多種に渡る店舗、さらには闘技場など娯楽施設もあるアティス王国の中でも最も活気のある地区である。
しかし、だからと言って、どこもかしこも人だらけという訳ではない。
中には人通りの少ない路地裏も存在する。
エドワードとロックの二人は、そんな人通りの少ない路地裏を歩いていた。
「ちくしょう……お前はいいよなあ、エイシスはまだフリーだし」
「いや。彼女は彼女でガードが堅すぎて大変なんだぞ?」
気落ちするエドワードに、できるだけ明るい口調で声をかけるロック。
けれど、石畳で舗装された道を進むエドワードの重い足取りは変わらなかった。
「ううぅ、ひでえよ。俺の恋は告白もしない内に終わったのか……」
「……まあ、流石に気にするなとは言えんなあ」
どん底まで落ち込むエドワードの肩をロックはポンと叩いた。
しかし、友人は溜息を返すだけ。ロックはやれやれと苦笑をもらす。
(これは重症だな)
彼らは今、「路地裏の隠れた名店」と評判だったパスタ店で昼食をとった後だった。
今日は週末のため、騎士学校が午前中に終わった。だからこの機会にエドワードを少しでも励まそうと食事に誘ったのだが、大して成果はなかったようだ。
「ううぅ、よりにもよって相手があれかよ……」
エドワードのテンションはますます下がっていく。
ロックは再び苦笑した。エドワードがここまで落ち込む理由はよく分かる。
何故ならアリシアから聞いたエドワードの恋敵とは、あの――。
(……流れ星師匠か)
正直、あまり思い出したくない名前に、ロックは深々と溜息をつく。流れ星師匠とは最近有名になった、とある人物の二つ名であった。
かの人物のことを尋ねると、みな口をそろえて言う。
とにかく強い。とんでもなく強い、と。
いわく、彼の操る鎧機兵は掌底一発で装甲を砕き、さらには空まで飛べるらしい。流石に胡散臭すぎて鼻で笑う者も多いのだが、ロック、そしてエドワードにとってはとてもじゃないが笑えない話だ。
なにしろ、その噂を生み出す切っ掛けを作ったのは自分達なのだから。
ず~ん、と肩を落とすエドワードを横目で捉え、ロックは再び溜息をついた。
(……あの時は本気でビビったもんな。しかも、今やフラムの師匠とはな。しかし、これって間違いなく俺達が出会いを作ったんだろうなあ)
そう。あれは今から半年ほど前のことだった。
あの日、たまたま市街区に出向いていたロックとエドワードは花屋の娘をナンパしていた。まあ、エドワードの悪癖のようなもので悪ノリしていたと自分でも思っている。
ただ、どうやら花屋の娘の方はナンパに慣れていなかったようで、彼女はみるみる涙目になっていた。ロックもエドワードも流石にまずいかなと思っていた矢先、
「……あなた達、何をしているの?」
不機嫌そうなサーシャが現れたのだ。
そして、まだ当時は彼女に恋心を抱いてはいなかったエドワードと激しい口論になり、普段ならエドワードを止めるロックまでムキになってしまい、結果、鎧機兵を用いた喧嘩までに発展したのだ。……今更だが、我ながらアホだったと思う。
が、その私闘こそが、あの流れ星師匠を呼び込むことになってしまったのだ。まあ、簡潔に言ってしまえば、サーシャを庇った師匠に二人揃ってぶちのめされたのである。
(……むう、これでもしフラムと師匠が結ばれでもしたら、完全に俺達がキューピッドだな。エドが落ち込むのも仕方がないか)
それに加え、その時エドワードは師匠から容赦ない「お仕置き」を喰らっており、きついトラウマを抱えていた。根本的に立ち向かう心がへし折れているのだろう。
闘う意志が湧き上がらない以上、諦めるしか他ない。
「なあ、エド。女は別にフラムだけじゃない。新しい恋でも見つけたらどうだ?」
と、一応前向きにもとれる提案を友人に持ちかけるが、エドワードの心には届かない。それどころか憤慨した表情を浮かべ、
「はん! 一体どこに新しい恋があんだよ。あのフラムに匹敵する女がそんなゴロゴロいんのか? あのキュッとくびれた細い腰に、しなやかな足のライン。何よりもすべてを包み込むようなあの見事なおっぱいを、他の誰が――」
と、そこで半ばセクハラじみたエドワードの台詞がピタリと止まる。
何故かエドワードは前を見据えたまま硬直していた。
「……エド? どうしたんだ?」
ロックは訝しげにエドワードの顔を覗き込んだ。
すると、エドワードはポツリと呟く。
「……見つけた」
「見つけた? 何を……」
ロックが再び尋ねると、エドワードは震える指先を前に向け、
「……新しい恋を見つけた」
「……新しい、恋、だと?」
ロックはエドワードの言葉を反芻して、友人の指差す方へと視線を向けた。
すると、そこには一人の女性がいた。
年の頃は二十歳ほど。いや、もしかしたらまだ十代かもしれない。
短い紫紺色の髪を持ち、スカーフのような赤い眼帯で右側の顔の半分を覆っている美しい女性だ。が、エドワードの視線を釘付けにしているのは、そのスタイルだろう。
(……おお、こいつは凄いな)
ロックもまた、思わず喉を鳴らす。
彼女はエドワードが熱く語った、腰も足も胸に至るまでサーシャに匹敵――否、それ以上の見事なプロポーションをしていた。しかも身に纏う黒いレザースーツが、その身体のラインを際立させている。エドワードが見惚れるのも仕方がないだろう。
「お、おおおお、俺は今運命を感じたぞ!」
「エ、エド? お、落ち着け。フラムの事はどうした?」
「え? フラムって?」
「お前、ホントに軽いな!?」
友人の変わり身の早さに思わずツッコむロックだったが、エドワードには聞こえていないようだ。魚を前にした猫のような身軽さで女性へと走り出す。
「お嬢さん! 何かお困りで!」
「――えっ、な、何だお前は……」
いきなり声をかけられ困惑する女性。エドワードのまるで迷いのない行動力に、長い付き合いであるロックでさえも呆れてしまった。
「いえ。お見受けしたところ何やらお困りのご様子。お嬢さんのようなお美しい方が眉を寄せるなど、このエドワード=オニキス、到底看過などできませぬ。ささ、お困り事があるのならば、このエドワードに何なりとお申し付け下さいませ」
変なスイッチでも入っているのか、エドワードが時代錯誤な口上を述べている。女性の方は完全に困惑顔だ。ロックまでもが唖然としてしまった。
「い、いや、そ、そうだな。実は道に迷ったんだが……」
と、律儀に言葉を返す女性。それを聞き、ロックは改めて女性の姿を見た。
(ああ、なるほど)
よくよく見れば、彼女は腰に反りの入った短剣を提げ、肩には筒状の大きな布製鞄をかけている。どうやら旅人のようだ。この王都ラズンは広大だ。市街区だけでも端から端まで歩けば丸一日かかる。ましてや裏路地ともなれば似たような建物ばかりで、一度入り込んでしまうと初めての者は大抵迷うものだ。彼女が困っていると一瞬で見抜いたエドワードの眼力は何気に凄いのかもしれない。
「なんと! そうでしたか! ならば、このエドワード=オニキスがお嬢さんを大通りまでエスコート致しましょう!」
と言うなり、エドワードは女性の肩に手を回した。女性の顔が嫌悪で歪む。が、よほど浮かれているのか、エドワードは気付かず「ささ、参りましょう」と女性を促した。
(お、おい待てエド。それは少し馴れ馴れしすぎるぞ!)
ロックは二人から少し離れた後方で焦りの表情を浮かべていた。行動が拙速すぎる。これは叩かれても仕方がないパターンだ。
しかし、女性は人通りのない路地裏に迷い込んで本当に困っていたのだろう。不快感を露わにしつつもエドワードのエスコート(?)を受けることにしたようだ。
「……そうか。なら、すまないが大通りまで案内を頼む」
「ええ、もちろんですとも! このラズンは私の庭のようなもの。大通りとは言わずお嬢さんの望む所ならばどこへでも案内致しますぞ!」
女性の了承を得て調子に乗ったエドワードは、軽快な足取りで進み始めた。肩を掴まれた女性も渋々といった感じで歩を進める。後を追うロックとしてはひやひやものだ。
(お、おい、エド)
エドワードは彼女の美貌に見惚れて気付いてもいないかもしれないが、女性の口調、さらには腰に差した短剣。恐らく彼女は鎧機兵乗り――恐らく傭兵の類だ。
鎧機兵乗りの女傭兵には、気の強い女性が多いと聞く。
(あまり調子に乗っていると今度こそぶっ叩かれるぞ。自重しろよエド……)
と、友人の身を案じるロックだったが、残念ながら彼の心配は見事に的中した。
一体どこまで調子に乗るのか、エドワードは女性とさらに密着するため、「おっと石が」と呟き(ちなみに外壁近くの田園部ならともかく石畳で舗装されている市街区に石が落ちていることはない)、不自然なぐらい強引に彼女を抱きよせたのだ。ロックは青ざめた。後ろから見ると、まるで痴漢が抱きついているようにしか見えない。
(ば、馬鹿ッ! それはやりすぎだ!)
思わず制止の声を上げかけたが、すべては遅かった。
――ギリッ。
「へ? ひ、ひぎゃああああああああ―――ッ!」
路地裏に響くエドワードの悲鳴。ロックは力なく額を打った。
「……調子に乗りすぎだ。小僧」
「ひぎゃあ! や、やめて、ごめんなさいいイィィい!」
ギリギリギリ、と。
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「……私も本当に困っていたからな。多少の事なら大目に見るが、お前は調子に乗りすぎだ。私はそこまで気安くない。私を抱いていいのは私よりも強い男だけだ」
言って、女性はエドワードの手を離した。
「ひ、ひいいイィィ……ッ」
右手を押さえながら、涙目になって後ずさるエドワード。しかし、女性は最後まで容赦がない。トスンと布製鞄を落として身軽になってから、大きく右手を振りかぶる。
(うわっ、これはやはりぶっ叩かれるか)
その一部始終を後ろから見ていたロックはそう思った。
が、結果はもっと厳しかった。女性は右手を振りかぶった勢いでエドワードの右腕を掴むと、そのまま流れるような動きで彼の身体を背負い、投げたのだ。
「ッ!? う、うおおおおおおおッ!?」
驚愕の声を上げ、宙を舞うエドワード。ロックも目を丸くしていた。
そして頑丈な石畳の上に叩きつけられる少年の身体。受身など知らないエドワードは衝撃を逃がすこともできず、モロにダメージを喰らうことになった。
「ぐ、ぐが、ぐげが……」
「エ、エド! し、しっかりしろエド!」
何やらヤバげな呻き声を上げるエドワードに、ロックは流石に焦りを覚えた。これはまずいかもしれない。急ぎ駆け寄り、エドワードの上半身を抱き上げる。血の気が失せた友人は呻き声を上げていたが、不意に、最後の力を振り絞るように口元を動かし始めた。どうやら伝えたいことがあるようだ。
「な、何だエド!? 何が言いたいんだ!?」
「ロ、ロック……そこにいるのか?」
「ああ、ここにいる。何だ? 何が言いたい?」
と、心配げに問うロックに対し、
「す、すっげえ良い匂いだった……」
エドワードはやり遂げた男の顔で告げる。
「はあ?」
キョトンとするロック。そして最後に、
「へへ、柔らかかったぜ……」
と言い残すと、エドワードはそのまま気絶してしまった。
「お、お前、それが最後の台詞か!?」
まさか、こうなることを覚悟した上であんな暴挙に出たのだろうか? 浮かれているように見せかけ、脈が全くないのを瞬時に悟り、せめて感触だけでも、と?
だとすると、ある意味凄い男だ。
「エ、エド……お前って奴は……」
呆れ半分、驚嘆半分でロックが呻いていると、
「……何だ? この程度で気絶したのか?」
女性の呆れたような声が路地裏に響く。ロックは反射的に身体を強張らせるが、別に彼に話しかけたのではなく、ただの独り言だったようだ。彼女は布製鞄を拾い上げるとそのまま立ち去ろうとした。もう案内は不要らしい。当然と言えば当然か。
ロックとしても引き留める理由もないので見送るつもりだったのだが、
「……まったく。クラインの奴はどこにいるんだ?」
不意に聞こえてきた女性の嘆息混じりの呟きに眉根を寄せた。
クライン。聞き覚えのある名前だ。
「クライン? アッシュ=クラインのことか?」
思わず思考を口に出してしまった。
「……え?」
女性がキョトンとした表情で振り返る。
彼女はしばし、じっと立ち尽くしていたが、
「……お前、クラインのことを知っているのか?」
そう告げて、ロックと横たわるエドワードに近付いてきた。
そして彼女は、まじまじとロック達を見つめてくる。
「え? い、いや、確かにアッシュ=クラインなら知っているが……」
ロックは困惑の表情を浮かべた。彼が今口にした「アッシュ=クライン」とは流れ星師匠の本名だ。知らない訳がない。
ロックの返答に女性はあごに手を当てた。そして「……よし」と呟くなり、両手を腰に当てると前かがみになってロックに視線を近付ける。上半身の勢いにつられて大きな胸がたゆんと揺れる様は、エドワードが起きていれば大喜びしそうな光景だったが、ロックには見惚れる余裕すらなかった。なにせ、女性の眼光が笑えない。まるで黒豹と向かい合っているような圧迫感だ。
ごくり、とロックが喉を鳴らして委縮していると、
「お前、私をクラインの元まで案内しろ」
いきなり女性はそんなことを言い出した。
「え? な、なんで俺が――」
「そこに寝てるのはお前の友人なのだろう? なら連帯責任だ。それに今ならお前の方は投げないでいてやるぞ?」
(……むう)
ロックは内心で呻いた。確かにエドワードが痴漢に等しい行為をしたのは事実だ。しかも今の彼女の台詞だと、断った場合、自分まで投げられることが確定している。
ロックはしばし考えた後、「……分かった。案内するよ」と答えた。
「うむ。よろしい。では頼むぞ少年」
と、ご満悦な笑みを浮かべる女性に、ロックは深々と溜息をついた。
ああ、エドワードがナンパをする日はロクな目に合わない。
しみじみと、そう痛感するロックだった。
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ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
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異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
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ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
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戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
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命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
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【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
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ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
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ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
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