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第2部
第三章 蠢く蛇②
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その日。アティス王国騎士学校は、朝から騒々しかった。
「……何か、あったのかしら?」
「……そうだね。朝から変な空気だし」
講堂の長机。並んで座るアリシアとサーシャは呟き合う。どちらの少女も緊張した面持ちだった。なにせ、明らかに校内の様子が違う。
今朝登校した時、校内には外敵防衛を担う第二騎士団の騎士達、そして治安維持を任務とする第三騎士団の騎士達がそこら中にいたのだ。明らかに異様な光景だ。
しかも、始業時間になっても未だ教官がやってこない。
サーシャ達のクラスの担当教官は、自分にも他人にも厳しいことで有名な堅物だ。そんな彼が遅刻するなど初めてのことだった。
ざわざわざわ、と。
他の候補生達も異常に気付いているのだろう。講堂内はざわめきに包まれていた。
「……これは本当に何かあったのかもな」
ロックがそう声をかけてくる。
彼はエドワードと共に、サーシャ達の一つ上の段の長机に座っていた。
「……確かにね。ねえ、あなた達は何か知らないの?」
「いや、正直さっぱりだな」
と、アリシアの問いに、眉をひそめて答えるロック。
すると、彼の隣に座るエドワードが、
「……いや、俺はちょっとだけ知ってる。まあ、なんでかは分かんねえけど」
「えっ? オニキス、何か知ってるの?」
サーシャが少し驚いて振り向いた。
そして立ち上がり、上の段の長机に両手をついてエドワードと視線を合わせた。
「ねえ、オニキス。一体何を知ってるの?」
「お、おう……。いや、知ってるっていうか、見たっていうか」
かつての想い人――実は今でもたっぷり未練がある――に、間近で見つめられ、動揺するエドワード。そのためか、中々続きを話そうとしない。
すると、アリシアがジト目で睨みつけ、
「あのね。あなたはもう完膚なきまでに惨敗してるんだから、動揺しない。それより早く続きを言いなさいよ」
「ぐ、惨敗ってひでえな。……はあ、分かったよ。さっきさ、職員室前で見たんだよ」
そしてエドワードはようやく本題を告げる。
「赤い服の騎士達が、部屋に入っていくのをさ」
「「「ッ!」」」
サーシャ達が目を見開く。赤い服の騎士。それは王宮警護を担う第一騎士団の騎士だ。
これで、この国の三つの騎士団すべてが揃い踏みになったことになる。
「第一騎士団まで出張ってるってこと……?」
アリシアが呆然とした口調で呟く。
「まあ、そうなるよな。けど、三騎士団が総出で動くなんて……」
と、エドワードが困惑混じりの声で語った時、
――ガチャリ。
不意にドアが鳴った。
すべての候補生の視線が講堂の入口に集まる。そして全員が目を剥いた。
そこにいたのは、彼らの担当教官。それと、赤い服を着た二人の騎士だった。
「……またせてすまない」
まずは厳かな声で教官が謝罪する。
続いて教官は、ドアの横で直立不動に構える騎士達に、無言で頷き、コツコツと足音を鳴らして教壇の前に移動した。
明らかに緊迫した空気。全候補生達の表情に緊張が走る。
そして教官は、両手を教壇につき、教え子達へと視線を向ける。
「……本日は重要な連絡がある」
教官は、そう言って話を切り出した。
「先日。『ドランの大樹海』にて魔獣の生態調査を行っていた第二騎士団所属・ライガス小隊が帰還した」
候補生達は目を見合わせる。
「魔獣の調査ってなんでそんなことを? 第二騎士団は魔獣と戦うだけだろ?」
「いや、敵を知りって奴じゃねえの?」
「けど、そもそもなんで『ドラン』なんだ? 『ラフィル』じゃなくて?」
いきなり騒がしくなる講堂。教官は大きな、しかし静謐な声で一喝する。
「――静粛に!」
シン――とする講堂。教官は言葉を続ける。
「ライガス小隊が行っていたのは、魔獣の生態というよりも、その情報から現時点の魔獣の総数を予測するための調査だ」
「総数ですか?」
最前列にいた一人の候補生が思わず反芻する。
別に質問ではなかったのだが、教官は律儀に「ああ、そうだ」と答え、
「……かつてそれを見誤り我々は……いや。すまん、話を戻すぞ。ライガス小隊だが、彼らは他の小隊とも連携し『ドラン』の調査を行っていた。そして結果、予期せぬものを見つけてしまったのだ」
候補生達は沈黙を守り続けている。
教官はさらに話を進めた。
「彼らが発見したもの。それは一撃で殺されたであろう《尖角》の死体だった」
「「「ッ!」」」
候補生達の間に驚愕が走る。彼らは当然、魔獣に関する講義も受けている。
その講義において《尖角》とは最強クラスの魔獣だったはずだ。
それが、たった一撃で――。
「発見した《尖角》は内臓が丸ごとなかったそうだ。その状況からライガス殿はこう推測した。『恐らく《奴》は《尖角》を見つけるなり、腹部に喰らいつき、固い外殻ごと咀嚼。内臓を一呑みした後、次の獲物を求めて去っていった』と」
淡々と告げる教官に、候補生達はざわめき立つ。
「――そんな馬鹿な! だって《尖角》ですよ! 鎧機兵五機にも匹敵する魔獣ですよ! それがそんな一方的に!」
「そうですよ! そもそも《奴》って……」
と、皆が騒ぐ中、候補生の一人――サーシャだけは呆然としていた。
「ドランの大樹海」の調査。
見つかった《尖角》の死体。
そして、教官が語った《奴》の話。
彼女にはそれだけで充分な情報だった。
なにせ、この九年近くもの間、何度も何度も「あの件」については調べたのだ。
確信するには充分すぎた。
「……サーシャ? どうしたの?」
どうも親友の様子がおかしいことに気付いたアリシアが、心配そうに声をかける。しかし、サーシャから返答はない。ただ青ざめるだけだ。アリシアは眉根を寄せた。
「……サーシャ? あなた一体――」
と、アリシアが再度問おうとしたら、
「――静粛に!」
再び響く教官の一喝。効果は絶大で候補生達はすぐさま沈黙した。
「お前達が動揺するのも分かる。だが、最後まで聞いてくれ」
そう前置きしてから、教官は神妙な声で本題へと入る。
「結論から言うぞ。『ドラン』で《尖角》の死体を見つけたライガス小隊は確信したんだ。これは《奴》――《業蛇》の仕業に違いないと」
講堂内が静寂に包まれる。ほとんどの候補生が目を見開き、呼吸さえ忘れていた。
そんな中、サーシャだけは静かに肩を震わせていた。
「そ、そんな馬鹿な! 《業蛇》はまだあと一年は休眠中のはずだ!」
静寂を破り、声を張り上げたのはロックだ。
《業蛇》――。それは、災厄の蛇。怠惰にして暴食なる最悪の魔獣。
この国において、その魔獣の名を知らぬ者はいない。
「そうだよ! なんで今、《業蛇》が起きてんだよ!」
ロックにつられてか、エドワードも悲鳴じみた声を張り上げる。
他の候補生達は、突然の事態に呆然とするだけだ。
張り詰めた空気。教官は静かな眼差しでロックとエドワードを見据えた。
「……お前達の言いたいことは分かる。現時点ではまだ《業蛇》の姿の確認まではとれていない。しかし、高確率で奴はすでに目覚めていると三騎士団は考えている」
教官の言葉に、候補生達が壁際に立つ第一騎士団の騎士達に視線を向ける。
彼らは何も答えず沈黙するだけだが、それが逆に事態の重さを雄弁に語っていた。
静寂が講堂を支配する。と、
「……心して聞け」
湖畔に波紋を立てるように、教官が厳かに声を発した。
「環境でも変化したのか、原因は分からないが、《業蛇》はすでに目覚めている。それが何を意味するのか。この国で暮らすお前達ならば分かるはずだ」
全員が沈黙で返す。が、その中でサーシャだけは、くしゃりと表情を歪めた。
聞きたくない。その先を。その名称を聞きたくない。
しかし、そんな願いも空しく、教官は厳粛な声で告げるのだった。
「時期はまだ分からない。しかし、恐らくそう遠くない内に《大暴走》が来るぞ」
ざわめき一つない講堂。
その宣告は、静かに講堂内に沁み渡っていった――。
「……何か、あったのかしら?」
「……そうだね。朝から変な空気だし」
講堂の長机。並んで座るアリシアとサーシャは呟き合う。どちらの少女も緊張した面持ちだった。なにせ、明らかに校内の様子が違う。
今朝登校した時、校内には外敵防衛を担う第二騎士団の騎士達、そして治安維持を任務とする第三騎士団の騎士達がそこら中にいたのだ。明らかに異様な光景だ。
しかも、始業時間になっても未だ教官がやってこない。
サーシャ達のクラスの担当教官は、自分にも他人にも厳しいことで有名な堅物だ。そんな彼が遅刻するなど初めてのことだった。
ざわざわざわ、と。
他の候補生達も異常に気付いているのだろう。講堂内はざわめきに包まれていた。
「……これは本当に何かあったのかもな」
ロックがそう声をかけてくる。
彼はエドワードと共に、サーシャ達の一つ上の段の長机に座っていた。
「……確かにね。ねえ、あなた達は何か知らないの?」
「いや、正直さっぱりだな」
と、アリシアの問いに、眉をひそめて答えるロック。
すると、彼の隣に座るエドワードが、
「……いや、俺はちょっとだけ知ってる。まあ、なんでかは分かんねえけど」
「えっ? オニキス、何か知ってるの?」
サーシャが少し驚いて振り向いた。
そして立ち上がり、上の段の長机に両手をついてエドワードと視線を合わせた。
「ねえ、オニキス。一体何を知ってるの?」
「お、おう……。いや、知ってるっていうか、見たっていうか」
かつての想い人――実は今でもたっぷり未練がある――に、間近で見つめられ、動揺するエドワード。そのためか、中々続きを話そうとしない。
すると、アリシアがジト目で睨みつけ、
「あのね。あなたはもう完膚なきまでに惨敗してるんだから、動揺しない。それより早く続きを言いなさいよ」
「ぐ、惨敗ってひでえな。……はあ、分かったよ。さっきさ、職員室前で見たんだよ」
そしてエドワードはようやく本題を告げる。
「赤い服の騎士達が、部屋に入っていくのをさ」
「「「ッ!」」」
サーシャ達が目を見開く。赤い服の騎士。それは王宮警護を担う第一騎士団の騎士だ。
これで、この国の三つの騎士団すべてが揃い踏みになったことになる。
「第一騎士団まで出張ってるってこと……?」
アリシアが呆然とした口調で呟く。
「まあ、そうなるよな。けど、三騎士団が総出で動くなんて……」
と、エドワードが困惑混じりの声で語った時、
――ガチャリ。
不意にドアが鳴った。
すべての候補生の視線が講堂の入口に集まる。そして全員が目を剥いた。
そこにいたのは、彼らの担当教官。それと、赤い服を着た二人の騎士だった。
「……またせてすまない」
まずは厳かな声で教官が謝罪する。
続いて教官は、ドアの横で直立不動に構える騎士達に、無言で頷き、コツコツと足音を鳴らして教壇の前に移動した。
明らかに緊迫した空気。全候補生達の表情に緊張が走る。
そして教官は、両手を教壇につき、教え子達へと視線を向ける。
「……本日は重要な連絡がある」
教官は、そう言って話を切り出した。
「先日。『ドランの大樹海』にて魔獣の生態調査を行っていた第二騎士団所属・ライガス小隊が帰還した」
候補生達は目を見合わせる。
「魔獣の調査ってなんでそんなことを? 第二騎士団は魔獣と戦うだけだろ?」
「いや、敵を知りって奴じゃねえの?」
「けど、そもそもなんで『ドラン』なんだ? 『ラフィル』じゃなくて?」
いきなり騒がしくなる講堂。教官は大きな、しかし静謐な声で一喝する。
「――静粛に!」
シン――とする講堂。教官は言葉を続ける。
「ライガス小隊が行っていたのは、魔獣の生態というよりも、その情報から現時点の魔獣の総数を予測するための調査だ」
「総数ですか?」
最前列にいた一人の候補生が思わず反芻する。
別に質問ではなかったのだが、教官は律儀に「ああ、そうだ」と答え、
「……かつてそれを見誤り我々は……いや。すまん、話を戻すぞ。ライガス小隊だが、彼らは他の小隊とも連携し『ドラン』の調査を行っていた。そして結果、予期せぬものを見つけてしまったのだ」
候補生達は沈黙を守り続けている。
教官はさらに話を進めた。
「彼らが発見したもの。それは一撃で殺されたであろう《尖角》の死体だった」
「「「ッ!」」」
候補生達の間に驚愕が走る。彼らは当然、魔獣に関する講義も受けている。
その講義において《尖角》とは最強クラスの魔獣だったはずだ。
それが、たった一撃で――。
「発見した《尖角》は内臓が丸ごとなかったそうだ。その状況からライガス殿はこう推測した。『恐らく《奴》は《尖角》を見つけるなり、腹部に喰らいつき、固い外殻ごと咀嚼。内臓を一呑みした後、次の獲物を求めて去っていった』と」
淡々と告げる教官に、候補生達はざわめき立つ。
「――そんな馬鹿な! だって《尖角》ですよ! 鎧機兵五機にも匹敵する魔獣ですよ! それがそんな一方的に!」
「そうですよ! そもそも《奴》って……」
と、皆が騒ぐ中、候補生の一人――サーシャだけは呆然としていた。
「ドランの大樹海」の調査。
見つかった《尖角》の死体。
そして、教官が語った《奴》の話。
彼女にはそれだけで充分な情報だった。
なにせ、この九年近くもの間、何度も何度も「あの件」については調べたのだ。
確信するには充分すぎた。
「……サーシャ? どうしたの?」
どうも親友の様子がおかしいことに気付いたアリシアが、心配そうに声をかける。しかし、サーシャから返答はない。ただ青ざめるだけだ。アリシアは眉根を寄せた。
「……サーシャ? あなた一体――」
と、アリシアが再度問おうとしたら、
「――静粛に!」
再び響く教官の一喝。効果は絶大で候補生達はすぐさま沈黙した。
「お前達が動揺するのも分かる。だが、最後まで聞いてくれ」
そう前置きしてから、教官は神妙な声で本題へと入る。
「結論から言うぞ。『ドラン』で《尖角》の死体を見つけたライガス小隊は確信したんだ。これは《奴》――《業蛇》の仕業に違いないと」
講堂内が静寂に包まれる。ほとんどの候補生が目を見開き、呼吸さえ忘れていた。
そんな中、サーシャだけは静かに肩を震わせていた。
「そ、そんな馬鹿な! 《業蛇》はまだあと一年は休眠中のはずだ!」
静寂を破り、声を張り上げたのはロックだ。
《業蛇》――。それは、災厄の蛇。怠惰にして暴食なる最悪の魔獣。
この国において、その魔獣の名を知らぬ者はいない。
「そうだよ! なんで今、《業蛇》が起きてんだよ!」
ロックにつられてか、エドワードも悲鳴じみた声を張り上げる。
他の候補生達は、突然の事態に呆然とするだけだ。
張り詰めた空気。教官は静かな眼差しでロックとエドワードを見据えた。
「……お前達の言いたいことは分かる。現時点ではまだ《業蛇》の姿の確認まではとれていない。しかし、高確率で奴はすでに目覚めていると三騎士団は考えている」
教官の言葉に、候補生達が壁際に立つ第一騎士団の騎士達に視線を向ける。
彼らは何も答えず沈黙するだけだが、それが逆に事態の重さを雄弁に語っていた。
静寂が講堂を支配する。と、
「……心して聞け」
湖畔に波紋を立てるように、教官が厳かに声を発した。
「環境でも変化したのか、原因は分からないが、《業蛇》はすでに目覚めている。それが何を意味するのか。この国で暮らすお前達ならば分かるはずだ」
全員が沈黙で返す。が、その中でサーシャだけは、くしゃりと表情を歪めた。
聞きたくない。その先を。その名称を聞きたくない。
しかし、そんな願いも空しく、教官は厳粛な声で告げるのだった。
「時期はまだ分からない。しかし、恐らくそう遠くない内に《大暴走》が来るぞ」
ざわめき一つない講堂。
その宣告は、静かに講堂内に沁み渡っていった――。
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