クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
43 / 499
第2部

第三章 蠢く蛇②

しおりを挟む
 その日。アティス王国騎士学校は、朝から騒々しかった。

「……何か、あったのかしら?」

「……そうだね。朝から変な空気だし」

 講堂の長机。並んで座るアリシアとサーシャは呟き合う。どちらの少女も緊張した面持ちだった。なにせ、明らかに校内の様子が違う。
 今朝登校した時、校内には外敵防衛を担う第二騎士団の騎士達、そして治安維持を任務とする第三騎士団の騎士達がそこら中にいたのだ。明らかに異様な光景だ。
 しかも、始業時間になっても未だ教官がやってこない。
 サーシャ達のクラスの担当教官は、自分にも他人にも厳しいことで有名な堅物だ。そんな彼が遅刻するなど初めてのことだった。

 ざわざわざわ、と。
 他の候補生達も異常に気付いているのだろう。講堂内はざわめきに包まれていた。

「……これは本当に何かあったのかもな」

 ロックがそう声をかけてくる。
 彼はエドワードと共に、サーシャ達の一つ上の段の長机に座っていた。

「……確かにね。ねえ、あなた達は何か知らないの?」

「いや、正直さっぱりだな」

 と、アリシアの問いに、眉をひそめて答えるロック。
 すると、彼の隣に座るエドワードが、

「……いや、俺はちょっとだけ知ってる。まあ、なんでかは分かんねえけど」

「えっ? オニキス、何か知ってるの?」

 サーシャが少し驚いて振り向いた。
 そして立ち上がり、上の段の長机に両手をついてエドワードと視線を合わせた。

「ねえ、オニキス。一体何を知ってるの?」

「お、おう……。いや、知ってるっていうか、見たっていうか」

 かつての想い人――実は今でもたっぷり未練がある――に、間近で見つめられ、動揺するエドワード。そのためか、中々続きを話そうとしない。
 すると、アリシアがジト目で睨みつけ、

「あのね。あなたはもう完膚なきまでに惨敗してるんだから、動揺しない。それより早く続きを言いなさいよ」

「ぐ、惨敗ってひでえな。……はあ、分かったよ。さっきさ、職員室前で見たんだよ」

 そしてエドワードはようやく本題を告げる。

「赤い服の騎士達が、部屋に入っていくのをさ」

「「「ッ!」」」

 サーシャ達が目を見開く。赤い服の騎士。それは王宮警護を担う第一騎士団の騎士だ。
 これで、この国の三つの騎士団すべてが揃い踏みになったことになる。

「第一騎士団まで出張ってるってこと……?」

 アリシアが呆然とした口調で呟く。

「まあ、そうなるよな。けど、三騎士団が総出で動くなんて……」

 と、エドワードが困惑混じりの声で語った時、
 ――ガチャリ。
 不意にドアが鳴った。
 すべての候補生の視線が講堂の入口に集まる。そして全員が目を剥いた。
 そこにいたのは、彼らの担当教官。それと、赤い服を着た二人の騎士だった。

「……またせてすまない」

 まずは厳かな声で教官が謝罪する。
 続いて教官は、ドアの横で直立不動に構える騎士達に、無言で頷き、コツコツと足音を鳴らして教壇の前に移動した。
 明らかに緊迫した空気。全候補生達の表情に緊張が走る。
 そして教官は、両手を教壇につき、教え子達へと視線を向ける。

「……本日は重要な連絡がある」

 教官は、そう言って話を切り出した。

「先日。『ドランの大樹海』にて魔獣の生態調査を行っていた第二騎士団所属・ライガス小隊が帰還した」

 候補生達は目を見合わせる。

「魔獣の調査ってなんでそんなことを? 第二騎士団は魔獣と戦うだけだろ?」

「いや、敵を知りって奴じゃねえの?」

「けど、そもそもなんで『ドラン』なんだ? 『ラフィル』じゃなくて?」

 いきなり騒がしくなる講堂。教官は大きな、しかし静謐な声で一喝する。

「――静粛に!」

 シン――とする講堂。教官は言葉を続ける。

「ライガス小隊が行っていたのは、魔獣の生態というよりも、その情報から現時点の魔獣の総数を予測するための調査だ」

「総数ですか?」

 最前列にいた一人の候補生が思わず反芻する。
 別に質問ではなかったのだが、教官は律儀に「ああ、そうだ」と答え、

「……かつてそれを見誤り我々は……いや。すまん、話を戻すぞ。ライガス小隊だが、彼らは他の小隊とも連携し『ドラン』の調査を行っていた。そして結果、予期せぬものを見つけてしまったのだ」

 候補生達は沈黙を守り続けている。
 教官はさらに話を進めた。

「彼らが発見したもの。それは一撃で殺されたであろう《尖角》の死体だった」

「「「ッ!」」」

 候補生達の間に驚愕が走る。彼らは当然、魔獣に関する講義も受けている。
 その講義において《尖角》とは最強クラスの魔獣だったはずだ。
 それが、たった一撃で――。

「発見した《尖角》は内臓が丸ごとなかったそうだ。その状況からライガス殿はこう推測した。『恐らく《奴》は《尖角》を見つけるなり、腹部に喰らいつき、固い外殻ごと咀嚼。内臓を一呑みした後、次の獲物を求めて去っていった』と」

 淡々と告げる教官に、候補生達はざわめき立つ。

「――そんな馬鹿な! だって《尖角》ですよ! 鎧機兵五機にも匹敵する魔獣ですよ! それがそんな一方的に!」

「そうですよ! そもそも《奴》って……」

 と、皆が騒ぐ中、候補生の一人――サーシャだけは呆然としていた。

「ドランの大樹海」の調査。
 見つかった《尖角》の死体。
 そして、教官が語った《奴》の話。

 彼女にはそれだけで充分な情報だった。
 なにせ、この九年近くもの間、何度も何度も「あの件」については調べたのだ。
 確信するには充分すぎた。

「……サーシャ? どうしたの?」

 どうも親友の様子がおかしいことに気付いたアリシアが、心配そうに声をかける。しかし、サーシャから返答はない。ただ青ざめるだけだ。アリシアは眉根を寄せた。

「……サーシャ? あなた一体――」

 と、アリシアが再度問おうとしたら、

「――静粛に!」

 再び響く教官の一喝。効果は絶大で候補生達はすぐさま沈黙した。

「お前達が動揺するのも分かる。だが、最後まで聞いてくれ」

 そう前置きしてから、教官は神妙な声で本題へと入る。

「結論から言うぞ。『ドラン』で《尖角》の死体を見つけたライガス小隊は確信したんだ。これは《奴》――《業蛇》の仕業に違いないと」

 講堂内が静寂に包まれる。ほとんどの候補生が目を見開き、呼吸さえ忘れていた。
 そんな中、サーシャだけは静かに肩を震わせていた。

「そ、そんな馬鹿な! 《業蛇》はまだあと一年は休眠中のはずだ!」

 静寂を破り、声を張り上げたのはロックだ。 
 《業蛇》――。それは、災厄の蛇。怠惰にして暴食なる最悪の魔獣。
 この国において、その魔獣の名を知らぬ者はいない。

「そうだよ! なんで今、《業蛇》が起きてんだよ!」

 ロックにつられてか、エドワードも悲鳴じみた声を張り上げる。
 他の候補生達は、突然の事態に呆然とするだけだ。
 張り詰めた空気。教官は静かな眼差しでロックとエドワードを見据えた。

「……お前達の言いたいことは分かる。現時点ではまだ《業蛇》の姿の確認まではとれていない。しかし、高確率で奴はすでに目覚めていると三騎士団は考えている」

 教官の言葉に、候補生達が壁際に立つ第一騎士団の騎士達に視線を向ける。
 彼らは何も答えず沈黙するだけだが、それが逆に事態の重さを雄弁に語っていた。
 静寂が講堂を支配する。と、

「……心して聞け」

 湖畔に波紋を立てるように、教官が厳かに声を発した。

「環境でも変化したのか、原因は分からないが、《業蛇》はすでに目覚めている。それが何を意味するのか。この国で暮らすお前達ならば分かるはずだ」

 全員が沈黙で返す。が、その中でサーシャだけは、くしゃりと表情を歪めた。
 聞きたくない。その先を。その名称を聞きたくない。
 しかし、そんな願いも空しく、教官は厳粛な声で告げるのだった。

「時期はまだ分からない。しかし、恐らくそう遠くない内に《大暴走》が来るぞ」

 ざわめき一つない講堂。
 その宣告は、静かに講堂内に沁み渡っていった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...