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第3部
第一章 遊びに行こう!①
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「ふふ、うふふ」
ある晴れた日の早朝。その少女は浮かれていた。
美しい少女だった。温和かつ整った顔立ちと、琥珀色の瞳。
さらには、十六歳とは思えない抜群のプロポーションを持ち、ふわりとした涼やかなドレスも似合っている。美しさを示す要素を数え上げると、暇がない少女だ。
しかし、そんな彼女の最も特徴的な美しさは、その銀の髪だろう。
毛先を綺麗に揃えたストレートヘア。肩にかかる程度まで伸ばした髪だ。
彼女は他者の《願い》を叶えることが出来る神秘の種族――《星神》と人間との間に生まれたハーフだった。銀色の髪はその証である。
「うふふ、いよいよ今日からかあ……」
その少女――サーシャ=フラムは微笑む。
そこは彼女の実家の自室。
サーシャは今、今回の旅行のための荷物をまとめ終えたところだった。
――そう。今日から三日間。彼女は旅行に出るのだ。
季節は夏真っ盛り。騎士学校が長期休暇に入った折、サーシャの想い人である青年から旅行に誘われたのである。
日程は三日間。行先はアティス王国に所属する都市の一つであるラッセル。海水浴が盛んなリゾート地としても知られる街だ。
そんな場所へ遊びに行こうと想い人から誘われたのだ。嬉しいに決まっている。
「まあ、二人きりじゃないのは残念だけど……」
サーシャは少しだけ肩を落とす。
実は誘われたのはサーシャだけではない。彼女を含めて計七人もの大所帯だ。(まあ、その内の一人だけは泣いて懇願し、どうにか同行を許可されたのだが)
ともあれ、実態としては年上のお兄さんが引率する団体旅行といったところか。だからこそあの頑固な父も今回の旅行を許してくれたのだろう。
しかし、それでも愛しい人との初めての旅行であることに違いはない。
(うん。いずれにせよ、これはチャンスなのよ! もうそろそろ私達もただの師弟関係から次の段階に移っても……)
そして、サーシャは頬を染めて妄想に耽る。
(うふふ、そう! だって夏だもの! 海だもの! ここは積極的に攻めに入るべき! そ、そして、私はいよいよ大人の階段を……ッ!)
と、そんな感じでサーシャの妄想がピンク色を帯び始めた時、
「……ちょっと、サーシャちゃん」
「ひゃああああああああああ――ッ!?」
いきなり背後から声をかけられ、サーシャは絶叫を上げた。
そうして青ざめた顔で振り向くと、
「ナ、ナターシャおばさん……いつからそこに?」
「まったく。さっきからいたよ。相変わらず物想いに浸る子だねえ」
と、呆れた口調で告げるのは五十代後半の女性。
彼女の名はナターシャ=グラハム。二十年以上フラム家に仕える家政婦だ。
フラム家は一時期、とある一件で酷い財政難に陥っていた。
その時、彼女にはやむえず無期限の休暇を取ってもらっていたのだが、最近になってようやく呼び戻すことができた使用人の一人だ。
サーシャにとっては最も信頼を寄せる人物であり、母親代わりだったと言っても過言ではない女性であった。
「……ふむ」
そんな母親たるナターシャは、未だ頬が赤いサーシャをじっと見つめた。
そして、品定めするようにサーシャの上から下まで順に視線を動かす。
「え、えっと、ナターシャおばさん?」
サーシャは困惑した表情で眉根を寄せた。
すると、ナターシャはニカッと笑い、
「ふふっ、サーシャちゃんも恋をする年頃になったんだねえ。こりゃあ、旦那様が心配なさるのも無理もないさね」
唐突にそんなことを言い出した。サーシャの顔がカアアと赤くなる。
そしてナターシャは、サーシャの背中をバンバンと叩き、
「大丈夫! サーシャちゃんは誰よりも可愛い! 自信を持って攻めていきな!」
と、激励まで贈ってくれた。サーシャとしては赤くなるばかりだ。
「あ、あの! ナターシャおばさん! な、何か用があったんじゃ……」
思わず誤魔化すように尋ねるサーシャ。
それに対し、ナターシャはポンと手を打ち、
「ああ、そうだったね。私はサーシャちゃんを呼びに来たんだよ」
「……私を呼びに?」
「ああ、そうさ」
そして、ナターシャは再びニカッと笑って用件を告げた。
「アリシアちゃんと二人の坊やが迎えにきたんだよ」
◆
王城区・フラム邸の正門前。
トスン、と小さなサックを地面に置いて、アリシア=エイシスは溜息をついた。
彼女もまた美しい少女だった。
切れ長の蒼い瞳を持ち、凛とした雰囲気を放つ少女。普段は下ろしている絹糸のような栗色の長い髪は、今は頭頂部辺りで結っている。
そしてしなやかさを感じさせるスレンダーな身体には、清潔感が溢れる白いシャツと、サスペンダーで支えた茶系統のホットパンツを着こんでいた。
これは、今回のために選んだ服だった。
(……う~ん、結局、この服で良かったのかしら……)
サーシャを待ちながら、アリシアは再び溜息をついた。
彼女もまた今回の旅行の参加者だった。
親友の師から旅行に誘われた時、アリシアは気軽な口調で「OK」と答えた。
しかし、内心では激しく動揺していたのだ。
なにせ好きな人にいきなり旅行に誘われたのである。動揺するのも当然だ。
その日からアリシアは悩んだ。
彼女の好きな男性はとにかくモテる人間だった。
知っているだけでも彼に好意を寄せる人間が三人もいる。しかも歳はバラバラだが、全員が美少女。もしくは美女だ。
ちなみに、その内の一人は自分の親友でもある。
アリシアは自分が出遅れている自覚があった。この旅行はその遅れを挽回するチャンスだと彼女は考えた。そのためにまずはどんな服装で行こうかと熟考したのだが――。
(……はあ、私ってこんなに悩むタイプだったっけ……)
小悪魔的な感じでいくか、清楚な路線でいくか。それとも小細工などせず自分の性格に合わせたボーイッシュなスタイルがベストなのか。
ただそれだけで悩みに悩みぬき、結局、この服装に落ち着いたのだ。
(まぁ変な小細工は通じない……と言うより気付いてさえもらえない気がするし)
それほどまでにアリシアの好きな人は鈍い。
アリシアは力なくかぶりを振った――その時だった。
「へへっ、いよいよこの日がやってきたぜ!」
やけに意気揚々な声が後ろから聞こえてきた。
アリシアが振り向くと、そこには二人の少年がいた。
一人は先程の声の主――エドワード=オニキス。
ブラウンの髪を持つ小柄な少年だ。
そしてもう一人は、若草色の髪を短く刈りそろえた大柄な少年。エドワードの友人・ロック=ハルトだ。簡単な刺繍を施したラフなシャツを着た彼らは、アリシアとサーシャの同級生であり、今回の旅行の同行者でもあった。
アリシアはジト目で二人を一瞥し、
「随分と楽しそうね。あなた達……」
「あン? そりゃあ楽しみに決まってんだろ! ユーリィさんと一緒に旅行だぜ!」
と、満面の笑みを浮かべて答えるエドワード。
しかし、ロックの方は小さく嘆息し、淡々と告げた。
「俺も楽しみではあるが、なにせエドがこの調子だからな。果たしていつ師匠の逆鱗に触れて塵にされるのか。それを考えると少し胃が痛い」
生真面目な性格のせいか、何も起きていない内から友人の身を心配するロックに、アリシアは苦笑を浮かべてフォローを入れる。
「……まあ、その馬鹿もアッシュさんの前では馬鹿はしないでしょう」
「いやエイシス。お前はエドの馬鹿っぷりを侮りすぎだ」
しかし、ロックはにべもない。彼は異性としてアリシアに好意を寄せていたが、こればかりは賛同できない。すでに引き金は引かれているのだ。
「『あの日』を思い出せ。この馬鹿はあの状況でなお馬鹿を貫こうとしたんだぞ」
「…………」
それを言われると、アリシアは黙るしかなかった。
確かに「あの日」は凄かった。誉れ高い《七星》の中でも《双金葬守》が最強と謳われるのも納得の光景だった。だというのにエドワードは……。
アリシアは眉根を寄せて小さく嘆息する。
もはやこの旅行が終わった時、人数が減っていないことを祈るばかりか。
と、その時。
「みんなあ! おはよう! 待たせてごめんね!」
そう言って手を振りつつ、サックを背負ったサーシャが正門前に現れた。
「あっ、おはよ。サーシャ」
と、笑みを浮かべてアリシアが応え、
「ああ、おはようフラム」
「ういーす! 今日は絶好の天気だなフラム」
ロック、エドワードが続けて挨拶する。
「うん。これでみんな揃ったわね」
そうして騎士候補生達四人が揃ったのを見届けてから、アリシアは告げた。
「それじゃあ、アッシュさんの所――クライン工房へ行きましょうか!」
ある晴れた日の早朝。その少女は浮かれていた。
美しい少女だった。温和かつ整った顔立ちと、琥珀色の瞳。
さらには、十六歳とは思えない抜群のプロポーションを持ち、ふわりとした涼やかなドレスも似合っている。美しさを示す要素を数え上げると、暇がない少女だ。
しかし、そんな彼女の最も特徴的な美しさは、その銀の髪だろう。
毛先を綺麗に揃えたストレートヘア。肩にかかる程度まで伸ばした髪だ。
彼女は他者の《願い》を叶えることが出来る神秘の種族――《星神》と人間との間に生まれたハーフだった。銀色の髪はその証である。
「うふふ、いよいよ今日からかあ……」
その少女――サーシャ=フラムは微笑む。
そこは彼女の実家の自室。
サーシャは今、今回の旅行のための荷物をまとめ終えたところだった。
――そう。今日から三日間。彼女は旅行に出るのだ。
季節は夏真っ盛り。騎士学校が長期休暇に入った折、サーシャの想い人である青年から旅行に誘われたのである。
日程は三日間。行先はアティス王国に所属する都市の一つであるラッセル。海水浴が盛んなリゾート地としても知られる街だ。
そんな場所へ遊びに行こうと想い人から誘われたのだ。嬉しいに決まっている。
「まあ、二人きりじゃないのは残念だけど……」
サーシャは少しだけ肩を落とす。
実は誘われたのはサーシャだけではない。彼女を含めて計七人もの大所帯だ。(まあ、その内の一人だけは泣いて懇願し、どうにか同行を許可されたのだが)
ともあれ、実態としては年上のお兄さんが引率する団体旅行といったところか。だからこそあの頑固な父も今回の旅行を許してくれたのだろう。
しかし、それでも愛しい人との初めての旅行であることに違いはない。
(うん。いずれにせよ、これはチャンスなのよ! もうそろそろ私達もただの師弟関係から次の段階に移っても……)
そして、サーシャは頬を染めて妄想に耽る。
(うふふ、そう! だって夏だもの! 海だもの! ここは積極的に攻めに入るべき! そ、そして、私はいよいよ大人の階段を……ッ!)
と、そんな感じでサーシャの妄想がピンク色を帯び始めた時、
「……ちょっと、サーシャちゃん」
「ひゃああああああああああ――ッ!?」
いきなり背後から声をかけられ、サーシャは絶叫を上げた。
そうして青ざめた顔で振り向くと、
「ナ、ナターシャおばさん……いつからそこに?」
「まったく。さっきからいたよ。相変わらず物想いに浸る子だねえ」
と、呆れた口調で告げるのは五十代後半の女性。
彼女の名はナターシャ=グラハム。二十年以上フラム家に仕える家政婦だ。
フラム家は一時期、とある一件で酷い財政難に陥っていた。
その時、彼女にはやむえず無期限の休暇を取ってもらっていたのだが、最近になってようやく呼び戻すことができた使用人の一人だ。
サーシャにとっては最も信頼を寄せる人物であり、母親代わりだったと言っても過言ではない女性であった。
「……ふむ」
そんな母親たるナターシャは、未だ頬が赤いサーシャをじっと見つめた。
そして、品定めするようにサーシャの上から下まで順に視線を動かす。
「え、えっと、ナターシャおばさん?」
サーシャは困惑した表情で眉根を寄せた。
すると、ナターシャはニカッと笑い、
「ふふっ、サーシャちゃんも恋をする年頃になったんだねえ。こりゃあ、旦那様が心配なさるのも無理もないさね」
唐突にそんなことを言い出した。サーシャの顔がカアアと赤くなる。
そしてナターシャは、サーシャの背中をバンバンと叩き、
「大丈夫! サーシャちゃんは誰よりも可愛い! 自信を持って攻めていきな!」
と、激励まで贈ってくれた。サーシャとしては赤くなるばかりだ。
「あ、あの! ナターシャおばさん! な、何か用があったんじゃ……」
思わず誤魔化すように尋ねるサーシャ。
それに対し、ナターシャはポンと手を打ち、
「ああ、そうだったね。私はサーシャちゃんを呼びに来たんだよ」
「……私を呼びに?」
「ああ、そうさ」
そして、ナターシャは再びニカッと笑って用件を告げた。
「アリシアちゃんと二人の坊やが迎えにきたんだよ」
◆
王城区・フラム邸の正門前。
トスン、と小さなサックを地面に置いて、アリシア=エイシスは溜息をついた。
彼女もまた美しい少女だった。
切れ長の蒼い瞳を持ち、凛とした雰囲気を放つ少女。普段は下ろしている絹糸のような栗色の長い髪は、今は頭頂部辺りで結っている。
そしてしなやかさを感じさせるスレンダーな身体には、清潔感が溢れる白いシャツと、サスペンダーで支えた茶系統のホットパンツを着こんでいた。
これは、今回のために選んだ服だった。
(……う~ん、結局、この服で良かったのかしら……)
サーシャを待ちながら、アリシアは再び溜息をついた。
彼女もまた今回の旅行の参加者だった。
親友の師から旅行に誘われた時、アリシアは気軽な口調で「OK」と答えた。
しかし、内心では激しく動揺していたのだ。
なにせ好きな人にいきなり旅行に誘われたのである。動揺するのも当然だ。
その日からアリシアは悩んだ。
彼女の好きな男性はとにかくモテる人間だった。
知っているだけでも彼に好意を寄せる人間が三人もいる。しかも歳はバラバラだが、全員が美少女。もしくは美女だ。
ちなみに、その内の一人は自分の親友でもある。
アリシアは自分が出遅れている自覚があった。この旅行はその遅れを挽回するチャンスだと彼女は考えた。そのためにまずはどんな服装で行こうかと熟考したのだが――。
(……はあ、私ってこんなに悩むタイプだったっけ……)
小悪魔的な感じでいくか、清楚な路線でいくか。それとも小細工などせず自分の性格に合わせたボーイッシュなスタイルがベストなのか。
ただそれだけで悩みに悩みぬき、結局、この服装に落ち着いたのだ。
(まぁ変な小細工は通じない……と言うより気付いてさえもらえない気がするし)
それほどまでにアリシアの好きな人は鈍い。
アリシアは力なくかぶりを振った――その時だった。
「へへっ、いよいよこの日がやってきたぜ!」
やけに意気揚々な声が後ろから聞こえてきた。
アリシアが振り向くと、そこには二人の少年がいた。
一人は先程の声の主――エドワード=オニキス。
ブラウンの髪を持つ小柄な少年だ。
そしてもう一人は、若草色の髪を短く刈りそろえた大柄な少年。エドワードの友人・ロック=ハルトだ。簡単な刺繍を施したラフなシャツを着た彼らは、アリシアとサーシャの同級生であり、今回の旅行の同行者でもあった。
アリシアはジト目で二人を一瞥し、
「随分と楽しそうね。あなた達……」
「あン? そりゃあ楽しみに決まってんだろ! ユーリィさんと一緒に旅行だぜ!」
と、満面の笑みを浮かべて答えるエドワード。
しかし、ロックの方は小さく嘆息し、淡々と告げた。
「俺も楽しみではあるが、なにせエドがこの調子だからな。果たしていつ師匠の逆鱗に触れて塵にされるのか。それを考えると少し胃が痛い」
生真面目な性格のせいか、何も起きていない内から友人の身を心配するロックに、アリシアは苦笑を浮かべてフォローを入れる。
「……まあ、その馬鹿もアッシュさんの前では馬鹿はしないでしょう」
「いやエイシス。お前はエドの馬鹿っぷりを侮りすぎだ」
しかし、ロックはにべもない。彼は異性としてアリシアに好意を寄せていたが、こればかりは賛同できない。すでに引き金は引かれているのだ。
「『あの日』を思い出せ。この馬鹿はあの状況でなお馬鹿を貫こうとしたんだぞ」
「…………」
それを言われると、アリシアは黙るしかなかった。
確かに「あの日」は凄かった。誉れ高い《七星》の中でも《双金葬守》が最強と謳われるのも納得の光景だった。だというのにエドワードは……。
アリシアは眉根を寄せて小さく嘆息する。
もはやこの旅行が終わった時、人数が減っていないことを祈るばかりか。
と、その時。
「みんなあ! おはよう! 待たせてごめんね!」
そう言って手を振りつつ、サックを背負ったサーシャが正門前に現れた。
「あっ、おはよ。サーシャ」
と、笑みを浮かべてアリシアが応え、
「ああ、おはようフラム」
「ういーす! 今日は絶好の天気だなフラム」
ロック、エドワードが続けて挨拶する。
「うん。これでみんな揃ったわね」
そうして騎士候補生達四人が揃ったのを見届けてから、アリシアは告げた。
「それじゃあ、アッシュさんの所――クライン工房へ行きましょうか!」
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