クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第3部

第二章 リゾート都市「ラッセル」③

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(…………むう)

 燦々と照りつける太陽の下。
 光輝く大海原を前にして、オトハは、ずっと不機嫌だった。
 腕を組んだまま微動だにせず、ただ黙り込んでいる。
 彼女が不機嫌な理由は単純明快。未だアッシュ達が来ないからだ。

「ねえねえ、お姉さん達。俺達と――」

「うるさい。黙れ。失せろ」

「……はい」

 そこは、リゾート都市「ラッセル」の白い砂浜。
 男性陣を待っていたところに気安く声をかけてきた派手な男達を、オトハはたった三言と鋭い眼光だけで追い払った。

(……まったく。さっきから何度も何度も)

 そろそろオトハはうんざりしていた。
 砂浜に着いてから約十分。待ち合わせの時間より早めに来たのは失敗だった。
 なにせ、先程から次から次へと男どもが声をかけてくるのだ。

(まあ、それも仕方がないか)

 オトハは隣に並んで座る少女達に、ちらりと視線を向ける。オトハを含めて全員がパーカーを着ているが、彼女達はすでに水着に着替えていた。

 まずは銀色の髪に、琥珀色の瞳を持つ少女――サーシャ=フラム。
 アッシュの弟子であるという彼女は、白いビキニを纏っていた。抜群のスタイルを持つサーシャにはよく似合う組み合わせだ。そして何より、わずかな仕種でたゆんと揺れる豊かな双丘は女のオトハでもドキッとするほど壮観だった。

 次に、アリシア=エイシス。栗色の髪を腰までのばした蒼い瞳の少女だ。
 オトハの教え子の中でも群を抜いて優秀な彼女は、桜色のワンピース水着を身に着けていた。スレンダーな肢体のしなやかさを強調させるチョイスである。彼女の美脚には行きかう男どもも一度は視線を向けていた。

 そして最後の一人。肩辺りまでのばした空色の髪と、翡翠色の瞳を持つ少女――ユーリィ=エマリア。言うまでもなくアッシュが溺愛する愛娘だ。
 見た目的には十二歳程度に見える彼女は、自分の髪と同じ色のフリル付きワンピース水着を着ていた。スタイルという点では二人に劣る彼女だが、特筆すべきはその肌の白さだろう。彼女のきめ細かい肌は真夏において雪を彷彿させるほど綺麗だった。

(やれやれだな……)

 オトハは内心で深い溜息をつく。
 三者三様の美少女達。男が群がって来るのも当然だ。
 しかも、彼女達全員がオトハの想い人に恋心を抱いているのだ。

(……はあ、こいつら全員が私の「敵」とはな……)

 そう考えると気が重い。溜息も漏れてしまうというものだ。
 と、その時だった。

「あの、オトハさん。さっきからすみません。男の人を追い払ってもらって……」

 サーシャが申し訳なさそうにそう告げてきた。
 オトハはふっと笑みをこぼす。

「構わんさ。気にするほどのことじゃない」

 そう言って、彼女は再び大海原へ視線を戻した。

「…………」

 サーシャは無言でオトハを見つめた。
 オトハ=タチバナ。かの《七星》の一人にして、名うての傭兵でもある女傑。
 そんな物騒な肩書を持っていながらも彼女は実に美しい女性だった。
 艶やかな紫紺色の髪と、美麗な顔立ち。その上、抜群なプロポーションまで持ち合わせている。そして彼女は今その身体に黒と紫のチェック柄のビキニを身に着けていた。スタイルだけならばサーシャもそう劣ってはいないのだが、醸し出す色香が違う。きっと先程まで群がっていた男達の中には、オトハ狙いの者も多かったことだろう。

「(やっぱり強敵よね。オトハさんって……)」

 隣に座るアリシアが小声で語りかけてくる。

「(うん。そうだね。特にあのスタイルは反則だと思う)」

 サーシャが苦笑してそう答えると、ユーリィがムッとした表情を浮かべた。
 アリシアの方も険悪な眼差しを向けている。

「(スタイルで言えば、メットさんもそう変わらない)」

「(そうよねえ……恵まれた者の余裕の台詞って奴かしら?)」

 ピリピリとした気配を放つ友人達に、サーシャは頬を引きつらせた。

「(え、えっと、まあ、それよりも! もうじき先生達が来る時間だよ! ここはもう一度作戦を確認しておこうよ!)」

 と、露骨に話題を変えるサーシャ。
 アリシアとユーリィは顔を見合わせた。

「(そうね。ユーリィちゃん。今回はお願いできる?)」

「(うん。分かっている。オトハさんの方は任せておいて。今日は、メットさんとアリシアさんに機会を譲る)」

「(うん。ありがとう。ユーリィちゃん)」

 アリシアは笑みを浮かべて、ユーリィに礼を述べる。
 彼女達「少女同盟」は早速活動を開始していた。
 まずは本日。ユーリィがオトハに泳ぎを習いたいと誘って足止めし、その間にサーシャとアリシアがアッシュにアピールする作戦だ。
 こうして誰かがオトハの抑え役を担当するのが、彼女達の作戦の骨子だった。

「(まかせておいて。オトハさんは完璧に封じてみせる)」

 ユーリィが頼もしい台詞を言い放つ。サーシャとアリシアはこくんと頷いた。
 ちなみに彼女達の頭にはエドワードとロックの事は欠片も存在していなかった。
 と、そうこうしている内に、

「おっ、いたいた。またせたなみんな!」

 不意に後ろから声が響いた。彼女達の想い人の声だ。
 ようやく、男性陣が到着したのだろう。
 サーシャ達は一斉に立ち上がる。そして笑みを浮かべて振り返った――が、

「「「…………えっ」」」

 三人の声が重なった。サーシャ達は思わず目を丸くする。
 何故なら、アッシュの――いや、男性陣三人の姿が意外なものだったからだ。
 まず男性陣は全員ハーフパンツ型の水着とパーカーを着ていた。それはいい。想像以上に鍛え上げられたアッシュの身体に女性陣は揃ってドキッとしたが、それも別の話だ。

 問題は彼らが手に持っている道具にある。
 言葉が出ない三人の少女の代わりに、オトハが眉をしかめて問い質した。

「……その格好は何の真似だクライン?」

「ん? ああ、なに。俺ら三人の方は、今日は磯釣りでもしようと思ってな」

「「「い、磯釣り!?」」」

 声を合わせて驚愕の声を上げる女性陣。
 ――そう。アッシュ達は釣り竿と魚を入れるためのバケツを持っていたのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! アッシュさん!? 女の子と一緒に海へ遊びに来たのに、選ぶ選択肢が男だけの磯釣りなんですか!?」

 愕然として問うアリシアにアッシュは釣り竿を持った手でポリポリと頬をかき、

「う~ん、俺も最初はみんなと遊ぶつもりだったんだけど、どうもエロ僧の奴が油断ならなくてな。ロックには悪りいとは思ったんだが急きょ磯釣りにしたんだよ」

 女性陣が一斉に、エドワードへと視線を向ける。
 彼女達全員が「何しやがったてめえ」という眼差しをしていた。
 エドワードが一歩後ずさる――と、不意にユーリィがアッシュの前に出てきた。
 原因はエドワードにあるが、さらに辿れば自分にもある。
 ユーリィは、アッシュのパーカーの裾をギュッと掴んで懇願する。

「アッシュ。私、アッシュと一緒に遊びたい」

 愛娘の「お願い」に、アッシュは困ったように眉を寄せた。
 そして、釣り竿を砂浜に突き立ててからバケツを横に置くと、片膝を曲げてユーリィの頭を申し訳なさそうに撫で始めた。

「ごめんなユーリィ。けど、エロ僧は危険なんだ。水着姿のお前にこいつを近付けさせてはいけない。俺の戦士の勘がそう告げるんだよ」

「……アッシュ」

 今にも泣き出しそうなユーリィの頭を、アッシュは優しく撫で続ける。
 と、その時だった。

「うおおおおッ! ユーリィさん! そんな哀しい顔をしないでくれ!」

 突如、元凶たる少年が雄たけびを上げた。
 女性陣はもちろん、どこか諦めきった表情で今まで沈黙していたロックまでもがギョッとした表情を浮かべる。周囲にいる海水浴客も何事かと注目していた。
 その少年――エドワードはバケツと竿を投げ捨てると、ビシッとアッシュを指差した。

「おい、師匠! いやさアッシュ=クライン!」

「……何だ? エロ僧」

 ユーリィの頭を撫でるのをやめ、どすの利いた声で返すアッシュ。
 エドワードは一瞬たじろぐが、それでも一歩踏み出した。

「大体てめえは過保護すぎんだよ! いくら父親代わりでもユーリィさんにべったりしすぎなんだよ! それにしても、ああッ、ちくしょう! うらやましいぞ! 俺だってユーリィさんの頭を撫でたい!」

 余程うっぷんが溜まっていたのだろうか。暴言と願望を撒き散らすエドワード。
 その威勢の良さに、何も知らない海水浴客達は「おお~」と感嘆の声を上げた。
 だがしかし、事情を知っているアッシュの連れは違う。
 サーシャとアリシアは、同級生の暴挙に目を覆った。
 ロックは、友人の蛮勇にただただ蒼白になった。
 彼らの教官であるオトハは、もはやかぶりを振るだけだった。
 そして、肝心のユーリィは――。

『ああ、こいつもう死んだな』

 といった冷めた眼差しでエドワードを見据えていた。
 そんな中、おもむろにアッシュが立ち上がる。サーシャ達は息を呑んだ。
 いよいよ処刑が始まるのか、と思いきや。

「……なるほど。お前の言い分にも一理あるな」

 意外な言葉が飛び出してきた。
 目を丸くするサーシャ達をよそに、アッシュは言葉を続ける。

「お前の言う通り、確かに俺は少々過保護かもしれん。しかし、俺にも『お父さん』としての言い分があるんだよ」

「な、なんだよ、それは……」

 淡々とした口調のアッシュに圧されつつエドワードが問う。
 アッシュは腕を組んで答えた。

「ユーリィを託す以上、俺にも譲れん条件があんだよ。まあ、出来れば家柄がしっかりしていて裕福だとか、ちゃんとした職についているとかもあるが……」

「そ、それなら俺ん家は一応貴族っすよ。それなりに裕福っす。それに職の方もいずれは騎士になるつもりっすから……」

 と、ちゃっかり自分をアピールするエドワード。
 しかし、アッシュは、やれやれとかぶりを振った。

「出来れば、と言っただろう。それらは必須じゃねえ。俺の要望は一つだけだ」

 アッシュは一拍置いてから宣言する。

「俺よりも強いこと。俺より弱い奴にユーリィを託すつもりは一切ねえ」

 宣告された、たった一つの要望。
 しかし、そのハードルの高さに、エドワードは絶句した。
 そして周囲の海水浴客は何故か「おお~」と声を上げ、まばらに拍手していた。
 一方その傍らで、サーシャ達は深々と溜息をついていた。今の台詞は「ユーリィを嫁に出す気はない」と断言したのも同じだったからだ。
 おかげでユーリィだけは口元に「……ふふっ」と笑みを浮かべて上機嫌だ。
 だが、それでもエドワードの心は折れなかったようだ。

「……ああ、分かったよ。アッシュ=クライン……」

 眼光鋭くアッシュの名を呼ぶ。
 そして、グッと強く拳を握りしめ、

「要はあんたを倒せば、ユーリィさんと付き合っても文句はねえってことだな?」

 アッシュの素性――大国・グレイシア皇国において最強の七人の一人であることを知った上での言葉に、サーシャ達は息を呑んだ。
 まさか、この馬鹿はアッシュに挑むつもりなのか――。
 それに青ざめたのは友人であるロックだ。

「や、やめろ! エド! 相手は師匠だぞ! タチバナ教官に匹敵する人だぞ!」

「止めるなロック! 男には挑まなきゃなんねえ時があんだよ!」

 エドワードはどうやら本気のようだった。
 アッシュは無言のまま観察するような眼差しをエドワードに向けていた。

「アッシュ=クライン! あんたは確かに強えェよ。しかし、それは鎧機兵があってこそだ! ここは男同士、拳で語ろうぜ!」

「……ああ、なるほど。それなら鎧機兵戦よりはハードルは低いな」

 アッシュが興味なさそうに呟いた。
 その台詞を耳にして、エドワードは不敵な笑みを浮かべる。

「まあ、さっきはちょい油断してやられたが、今度はそうはいかねえぜ! 俺はこう見えても対人戦績はクラスでも上位なんだ!」

 それは一応事実だった。
 小柄な体格の割に、エドワードは対人戦に優れていたのだ。
 そんな相対する二人の男を前にして、アリシアとサーシャは小声で囁き合う。

「オニキスって姑息よね。いきなり自分の得意分野で勝負を持ちこむ気だわ。けどチャンスかもね。これでオニキスが勝つか善戦すれば、アッシュさんも心変わりするかも」

「うん。一応オニキスって強いもんね。これなら勝ち目があるかも……」

 その会話に、ロックも加わってくる。

「むう。確かにこれならばエドにも……ここは応援すべきか……」

 しかし、そんな騎士候補生達の会話を聞いたオトハが呆れたように嘆息した。

「お前らな。まさかクラインの奴が、対人戦闘に弱いとでも思っているのか?」

「それは仕方がない。メットさん達はアッシュが喧嘩する所を見た事がない」

 と、ユーリィもオトハの言葉に続いた。

「「「……えっ?」」」

 全員がキョトンとした声を上げた――その時だった。

「うおおおおおおおおおお――ッ! いくぜ! アッシュ=クライン!」

 エドワードが、雄たけびを上げて突進する!
 周囲の海水浴客達が「オオッ」と声を上げた。
 サーシャ達も固唾を呑んで見守る。
 果たして、エドワードの勝負の行方は――。

「ぱげら」

 しかし、まあ、結果は当然の如くアッシュの拳が炸裂した。
 右頬に拳を喰らったエドワードは横軸にきりもみ回転しながら吹き飛び、そして砂浜に何度かバウンドしてから沈んだ。カウンターであった分、凶悪な一撃だった。
 アッシュはコキコキと手首を鳴らすと、

「んじゃあ、俺らはそろそろ行くわ。オト。そっちの引率頼んだぜ」

 言って、完全に沈黙したエドワードの足首を掴み、引きずっていった。
 困惑しつつ、ロックも荷物を持ってその後についていく。
 サーシャ達はあまりにもあっさりした決着の前に呼びとめる事も忘れていた。

「……まあ、当然の結果だな。なにせ、クラインは私より強いんだ。私にも勝てないオニキスが勝てる訳がないだろう」

「うん。アッシュに勝てる人間なんていない」

 オトハが呆れ果てた表情で呟き、ユーリィが嬉しそうに笑う。
 サーシャとアリシアは脱力するように嘆息した。

「……ユーリィちゃんには悪いけど、チャンスだと思ったのに……」

「……うぅ、先生が、行っちゃった……」

 
 かくして、想い人と海に行くという絶好の状況でありながら、当人が磯釣りに出かけてしまったため、何一つアピールが出来ないまま少女達は初日を終えたのであった。

 だがしかし――。

「そうね。サーシャ、明日はオニキスを首まで埋めて封じましょう」

「あっそっか。その手があったね。アリシアって賢い」

「私も協力する。あいつは迷惑」

「お前らのオニキスの扱いはかなり酷いな。だが、私も賛同だ」

 まだまだ初日。チャンスはある。
 決して諦めることを知らない女性陣であった。
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