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第3部
第八章 妖しの《星》⑤
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(ひゃ、ひゃあ!? な、なにこれ!?)
所狭しと《雷歩》で疾走する《朱天》の中で、サーシャは目を回していた。
機体内部に映された景色が高速で移り変わり、時々強い衝撃が操縦席を揺らす。頭がくらくらとし、もはや自分がどこにいるのかも分からなくなってきていた。
とにかく、サーシャはアッシュの背中に密着して力いっぱいしがみついていた。そうしないと《朱天》の操縦席の中で掻き回され、壁に叩きつけられるだろう。
それほどまで二機の戦闘は――常軌を逸していた。
『――おらよッ!』
アッシュが気勢を上げるのに合わせて《朱天》は掌底を繰り出した。
直後、放たれる不可視の力。
掌から恒力を撃ち出す《黄道法》の放出系闘技――《穿風》だ。
『甘いですよ! クラインさん!』
しかし、その程度の闘技は、ボルド=グレッグが操る《地妖星》には通じない。
半人半獣の鎧機兵は戦鎚を振るうと、容易く恒力の塊を打ち砕く。
さらに獣の足が甲板に爪を立て、《地妖星》は跳んだ。
怖ろしく速い。《天架》や《雷歩》などの高速移動の闘技を使った訳ではない。
ただ、四本足の膂力を最大限に生かした突進だった。
同時に《地妖星》は戦鎚を逆手に構えた。槍の穂先のように尖った石突を《朱天》の喉元に向けた突進だ。直撃すれば喉を貫かれて頭部は弾け飛ぶ。
しかし――。
『てめえも甘いんだよ!』
アッシュが吠える。そして《朱天》は両手で戦鎚の柄を掴んだ。だが、戦鎚は止められても、突進の勢いまで殺し切れない。
ギャリギャリギャリと漆黒の鎧機兵の両足が、甲板に火線を引く。
ボルドはこのまま《朱天》を船楼――甲板上の建造物を示す――に叩きつけるつもりなのだろう。さらに加速する!
だが、アッシュは不敵に笑った。
『ふん! 舐めんじゃねえよ!』
そう叫んだ途端、《朱天》がバカンッと口を開いた。
そして《朱天》の四本角の内、前二本が輝き、鬼火のような光を灯す。
『――ほうッ! 《朱焔》ですか!』
ボルドが呻く。《地妖星》の突進はその場でピタリと止められた。船楼からわずか一セージルの位置だ。技でも何でもない。強引に力で止められたのだ。
――《朱焔》。《朱天》の切り札である外部動力炉。一本につき、約九千ジンの恒力を供給する《星導石》だ。その内の二本を起動させたのである。
グオオオオオオオオオ――ッ!
雄々しく咆哮を上げる《朱天》。現在、漆黒の鎧機兵の恒力値は五万六千ジンに至っていた。《地妖星》といえど押し切れる膂力ではない。
『《朱天》と力比べなんざ百年早えよ!』
アッシュがそう告げるなり、《朱天》は戦鎚を握りしめたまま《地妖星》の巨体を持ちあげた。そして勢いよく港の方へ放り投げる。
この甲板上では全力は発揮できないと判断したのだ。
『いやはや乱暴ですね、クラインさん』
甲板から港に放り出された《地妖星》だったが、何事もなかったかのように空中で反転、石造りの地面に着地する。やはり猫科を思わす軽やかな動きだ。
『チッ、そこはコケとけよ』
アッシュは舌打ちしつつも《朱天》を跳躍させ、同じく港に降り立つ。
そうして戦場を変え、再び対峙する二機の鎧機兵。
《地妖星》が戦鎚を大きな弧を描くように、ゆっくりと動かし始めた。
対する《朱天》は、左右の拳をギシリと握りしめる。
と、ボルドが実に楽しげに笑みを深めた。
『ふふ、いやぁ少し興奮してきましたよ。流石はクラインさん。腕は落ちていない』
『うっせえよ。つうか、そのままポックリ逝けよ。クソジジイ』
『……それはまた不安になることを言いますね。ですが、私はまだまだ働き盛り。ここでポックリ逝く訳にはいきませんよ』
そんな冗談めいた会話を交わす二人。しかし、互いに目は笑っていなかった。
一瞬の隙も見逃さない。二人の眼差しはそう語っていた。
潮風が吹き、月光が静かに地表を照らす。
そして再び二機が間合いを詰めようとした――そんな時だった。
「……う、うぅ」
不意に聞こえた少女の呻き声に、アッシュの顔が強張る。
「ッ! サーシャ!」
振り向くことはしない。しかし、明らかに集中力が途切れてしまった。
ボルドがニヤリと笑う。《地妖星》が地を蹴り加速した。
そして両手を使って戦鎚を振りかぶる!
『隙ありですよ! クラインさん!』
『くッ、しまッ――』
直後、機体に横殴りの衝撃が走った。戦鎚の一撃を喰らったのだ。
咄嗟に右腕で防御したので大きな損傷はないが《朱天》は弾き飛ばされ、機体内は激しく揺れた。
両足で火線を引きつつ、海に落ちる寸前で《朱天》は止まった。
アッシュは下唇をかむ。しまった。油断――いや、動揺してしまった。
「……サーシャ! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫、です。気に、しないで」
息も絶え絶えに、それでも気丈に答える少女。
背中越しに彼女の荒い息遣いが聞こえた。恐らくは深刻なレベルの乗り物酔い。今すぐ機体から降ろして、安静にしなければならないほどの危険な状態だ。
アッシュは《地妖星》を見据えつつ、歯を軋ませる。
今更ながら思う。本当にしくじった。きっとサーシャを無事救出できたことで知らず知らずの内に安心していたのだろう。
鎧機兵乗りとしては、サーシャはまだまだ未熟だ。それがいきなりこんな高速戦闘に巻き込まれては、精神も身体も耐えられるはずがない。
(くそ! 俺は馬鹿か! あんな安い挑発に乗って……ッ!)
事前に撤退すると決めていたはずなのに。
今思えばボルドが戦闘前にあんな話をしていたのは完全に挑発だったのだろう。
すべてはアッシュの神経を逆撫でして、戦闘に持ち込むために――。
そのせいで今、アッシュの大切な少女の一人が苦しんでいる。
(くそったれが!)
アッシュは《朱天》を身構えさせながら対策を練る。
サーシャはかなり危険な状態だ。これ以上の戦闘はするべきではない。
(……逃げるしかねえな。だが、その隙があるのか……?)
アッシュは静かに息を呑んだ。
一方、ボルドも少し困惑していた。
敵の状況はすぐに察した。
どうやら同乗しているあの少女が、かなり危険な状態にあるようだ。
これは少々予定外だった。まさか、こうなるとは……。
(う~ん。困りましたねぇ。クラインさんがお弟子さんだと言っていたので大丈夫だと思っていたのですが……)
言うまでもなく、この戦いはボルドの「お遊び」だ。本気の《双金葬守》と死合う命懸けの「お遊び」。だからこそ、当然相手には全力を尽くしてもらいたい。
でなければ、何の面白みもないではないか。
(本当に困りましたねぇ)
正直なところ、あの少女が同乗しても足枷にはならないと考えていた。
なにせ、あの《双金葬守》の直弟子。
船内での大立ち回りといい、それなりの実力者と推測していた。
それが、たったこれだけの戦闘で限界が来るとは思いもよらなかったのだ。
ボルドは一瞬だけ考える。ここはどうすればいいのか。
「……仕方がありませんね。今回は」
そして、結論付けた。
ボルドはやれやれといった感じの表情で《朱天》を見据える。
――いや、正確にはその機体内にいる少女の姿を幻視していた。
そうして、おもむろに口を開く。
「彼女には死んでもらいますか」
温厚な笑みは一切崩さず、ボルドは、はっきりとそう宣告した。
今の彼の望みは、アッシュ=クラインと存分に戦うことだ。
ならば、邪魔な足枷は取り外さねばならない。
「まあ、このまま戦闘を続けていれば勝手に虫の息になるでしょうし」
進んで人殺しをするのは主義ではないが、自分の「欲望」を抑えつけてまでの信念でもない。今、ボルドはアッシュ=クラインと戦いたいのだ。
心底申し訳なさそうに、ボルドは頬をかいた。
「すみませんねぇ。クラインさん。これで私も正真正銘あなたの仇になりますね」
だが、それも仕方がないだろう。
そう思いつつ苦笑して、ボルドは《地妖星》を動かそうとしたその時だった。
ボルドが細い目をすうっと開く。視界の端。丁度《万天図》を起動させれば真上に当たる位置に、いきなり数字が表示されたのだ。どんどん減数していく。これは密かに組み込んでおいた愛機の特殊な機能だった。
まさか、これが起動してしまうとは――。
そしてボルドにしては非常に珍しい、緊迫した表情を浮かべて呟いた。
「これは……まずいですね」
所狭しと《雷歩》で疾走する《朱天》の中で、サーシャは目を回していた。
機体内部に映された景色が高速で移り変わり、時々強い衝撃が操縦席を揺らす。頭がくらくらとし、もはや自分がどこにいるのかも分からなくなってきていた。
とにかく、サーシャはアッシュの背中に密着して力いっぱいしがみついていた。そうしないと《朱天》の操縦席の中で掻き回され、壁に叩きつけられるだろう。
それほどまで二機の戦闘は――常軌を逸していた。
『――おらよッ!』
アッシュが気勢を上げるのに合わせて《朱天》は掌底を繰り出した。
直後、放たれる不可視の力。
掌から恒力を撃ち出す《黄道法》の放出系闘技――《穿風》だ。
『甘いですよ! クラインさん!』
しかし、その程度の闘技は、ボルド=グレッグが操る《地妖星》には通じない。
半人半獣の鎧機兵は戦鎚を振るうと、容易く恒力の塊を打ち砕く。
さらに獣の足が甲板に爪を立て、《地妖星》は跳んだ。
怖ろしく速い。《天架》や《雷歩》などの高速移動の闘技を使った訳ではない。
ただ、四本足の膂力を最大限に生かした突進だった。
同時に《地妖星》は戦鎚を逆手に構えた。槍の穂先のように尖った石突を《朱天》の喉元に向けた突進だ。直撃すれば喉を貫かれて頭部は弾け飛ぶ。
しかし――。
『てめえも甘いんだよ!』
アッシュが吠える。そして《朱天》は両手で戦鎚の柄を掴んだ。だが、戦鎚は止められても、突進の勢いまで殺し切れない。
ギャリギャリギャリと漆黒の鎧機兵の両足が、甲板に火線を引く。
ボルドはこのまま《朱天》を船楼――甲板上の建造物を示す――に叩きつけるつもりなのだろう。さらに加速する!
だが、アッシュは不敵に笑った。
『ふん! 舐めんじゃねえよ!』
そう叫んだ途端、《朱天》がバカンッと口を開いた。
そして《朱天》の四本角の内、前二本が輝き、鬼火のような光を灯す。
『――ほうッ! 《朱焔》ですか!』
ボルドが呻く。《地妖星》の突進はその場でピタリと止められた。船楼からわずか一セージルの位置だ。技でも何でもない。強引に力で止められたのだ。
――《朱焔》。《朱天》の切り札である外部動力炉。一本につき、約九千ジンの恒力を供給する《星導石》だ。その内の二本を起動させたのである。
グオオオオオオオオオ――ッ!
雄々しく咆哮を上げる《朱天》。現在、漆黒の鎧機兵の恒力値は五万六千ジンに至っていた。《地妖星》といえど押し切れる膂力ではない。
『《朱天》と力比べなんざ百年早えよ!』
アッシュがそう告げるなり、《朱天》は戦鎚を握りしめたまま《地妖星》の巨体を持ちあげた。そして勢いよく港の方へ放り投げる。
この甲板上では全力は発揮できないと判断したのだ。
『いやはや乱暴ですね、クラインさん』
甲板から港に放り出された《地妖星》だったが、何事もなかったかのように空中で反転、石造りの地面に着地する。やはり猫科を思わす軽やかな動きだ。
『チッ、そこはコケとけよ』
アッシュは舌打ちしつつも《朱天》を跳躍させ、同じく港に降り立つ。
そうして戦場を変え、再び対峙する二機の鎧機兵。
《地妖星》が戦鎚を大きな弧を描くように、ゆっくりと動かし始めた。
対する《朱天》は、左右の拳をギシリと握りしめる。
と、ボルドが実に楽しげに笑みを深めた。
『ふふ、いやぁ少し興奮してきましたよ。流石はクラインさん。腕は落ちていない』
『うっせえよ。つうか、そのままポックリ逝けよ。クソジジイ』
『……それはまた不安になることを言いますね。ですが、私はまだまだ働き盛り。ここでポックリ逝く訳にはいきませんよ』
そんな冗談めいた会話を交わす二人。しかし、互いに目は笑っていなかった。
一瞬の隙も見逃さない。二人の眼差しはそう語っていた。
潮風が吹き、月光が静かに地表を照らす。
そして再び二機が間合いを詰めようとした――そんな時だった。
「……う、うぅ」
不意に聞こえた少女の呻き声に、アッシュの顔が強張る。
「ッ! サーシャ!」
振り向くことはしない。しかし、明らかに集中力が途切れてしまった。
ボルドがニヤリと笑う。《地妖星》が地を蹴り加速した。
そして両手を使って戦鎚を振りかぶる!
『隙ありですよ! クラインさん!』
『くッ、しまッ――』
直後、機体に横殴りの衝撃が走った。戦鎚の一撃を喰らったのだ。
咄嗟に右腕で防御したので大きな損傷はないが《朱天》は弾き飛ばされ、機体内は激しく揺れた。
両足で火線を引きつつ、海に落ちる寸前で《朱天》は止まった。
アッシュは下唇をかむ。しまった。油断――いや、動揺してしまった。
「……サーシャ! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫、です。気に、しないで」
息も絶え絶えに、それでも気丈に答える少女。
背中越しに彼女の荒い息遣いが聞こえた。恐らくは深刻なレベルの乗り物酔い。今すぐ機体から降ろして、安静にしなければならないほどの危険な状態だ。
アッシュは《地妖星》を見据えつつ、歯を軋ませる。
今更ながら思う。本当にしくじった。きっとサーシャを無事救出できたことで知らず知らずの内に安心していたのだろう。
鎧機兵乗りとしては、サーシャはまだまだ未熟だ。それがいきなりこんな高速戦闘に巻き込まれては、精神も身体も耐えられるはずがない。
(くそ! 俺は馬鹿か! あんな安い挑発に乗って……ッ!)
事前に撤退すると決めていたはずなのに。
今思えばボルドが戦闘前にあんな話をしていたのは完全に挑発だったのだろう。
すべてはアッシュの神経を逆撫でして、戦闘に持ち込むために――。
そのせいで今、アッシュの大切な少女の一人が苦しんでいる。
(くそったれが!)
アッシュは《朱天》を身構えさせながら対策を練る。
サーシャはかなり危険な状態だ。これ以上の戦闘はするべきではない。
(……逃げるしかねえな。だが、その隙があるのか……?)
アッシュは静かに息を呑んだ。
一方、ボルドも少し困惑していた。
敵の状況はすぐに察した。
どうやら同乗しているあの少女が、かなり危険な状態にあるようだ。
これは少々予定外だった。まさか、こうなるとは……。
(う~ん。困りましたねぇ。クラインさんがお弟子さんだと言っていたので大丈夫だと思っていたのですが……)
言うまでもなく、この戦いはボルドの「お遊び」だ。本気の《双金葬守》と死合う命懸けの「お遊び」。だからこそ、当然相手には全力を尽くしてもらいたい。
でなければ、何の面白みもないではないか。
(本当に困りましたねぇ)
正直なところ、あの少女が同乗しても足枷にはならないと考えていた。
なにせ、あの《双金葬守》の直弟子。
船内での大立ち回りといい、それなりの実力者と推測していた。
それが、たったこれだけの戦闘で限界が来るとは思いもよらなかったのだ。
ボルドは一瞬だけ考える。ここはどうすればいいのか。
「……仕方がありませんね。今回は」
そして、結論付けた。
ボルドはやれやれといった感じの表情で《朱天》を見据える。
――いや、正確にはその機体内にいる少女の姿を幻視していた。
そうして、おもむろに口を開く。
「彼女には死んでもらいますか」
温厚な笑みは一切崩さず、ボルドは、はっきりとそう宣告した。
今の彼の望みは、アッシュ=クラインと存分に戦うことだ。
ならば、邪魔な足枷は取り外さねばならない。
「まあ、このまま戦闘を続けていれば勝手に虫の息になるでしょうし」
進んで人殺しをするのは主義ではないが、自分の「欲望」を抑えつけてまでの信念でもない。今、ボルドはアッシュ=クラインと戦いたいのだ。
心底申し訳なさそうに、ボルドは頬をかいた。
「すみませんねぇ。クラインさん。これで私も正真正銘あなたの仇になりますね」
だが、それも仕方がないだろう。
そう思いつつ苦笑して、ボルドは《地妖星》を動かそうとしたその時だった。
ボルドが細い目をすうっと開く。視界の端。丁度《万天図》を起動させれば真上に当たる位置に、いきなり数字が表示されたのだ。どんどん減数していく。これは密かに組み込んでおいた愛機の特殊な機能だった。
まさか、これが起動してしまうとは――。
そしてボルドにしては非常に珍しい、緊迫した表情を浮かべて呟いた。
「これは……まずいですね」
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