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第4部

第六章 誕生祭②

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 ラスティアン宮殿の最上階。第一皇女の私室にて。
 金色の髪に白銀のティアラ。目を瞠るような純白のドレスを纏う、お伽話に出てきそうな可憐な少女――フェリシア=グレイシアは、その美麗な顔に陰りを浮かべていた。

(……テロリストですか)

 一人椅子に座り、キュッと拳を握りしめる。
 彼女とて皇族だ。ましてやグレイシア皇国ほどの大国ともなれば、嫌でも恨みや憎しみを買うことはよく理解している。
 しかし、いざ自分がターゲットにされた時の緊張感は流石に違う。

(いえ、それもありますが、本当に市民の方々に危険はないのでしょうか……)

 フェリシアは不安そうに眉根を寄せた。
 今回のテロ予告。市民には一切知らされていない。
 ソフィア=アレール騎士団長は騎士団の総力を以て警護に当たると告げ、父の側近である大宰相も案ずることはないと言っていた。
 だが、それでもフェリシアは不安だった。
 ソフィアも大宰相も信頼に足る人物だが、本当に市民に犠牲を出さずに、テロリストの補縛など出来るのだろうか。ここは皇国の面子などに拘らず、誕生祭は中止にすべきではないのだろうか。やはりそう考えてしまうのだ。

「……はあ」

 つい溜息がこぼれる。
 こんな時、自分にも相談できる友人でもいればと思ってしまう。
 しかし、自分には同世代の友人などいない。
 そんなことを考えて、また落ち込んでしまう。と、

(……ああ、友人といえば……)

 友人。思い浮かぶのはここ数日で親しくなった少女のことだ。
 そして異国の騎士候補生達。彼らと交わした会話は本当に楽しかった。
 そのことを思い出すと、少しだけ元気が出てきた。

「……市民の方々のことはソフィア様を信じましょう。私が落ち込んだ顔をしては皆様を不安にさせるだけです」

 と呟き、フェリシアは表情を改めた。
 自分は次代の皇王。しっかりしなければ!
 そう決意し、フェリシアは椅子から立ち上がった。
 その時だった。
 不意に、ドアがコンコンとノックされる。
 フェリシアはキョトンと首を傾げた。まだパレードまで時間がある。
 支度もすでに終えている今、一体誰が来たのだろうか……?
 ともあれ、フェリシアは「お待ちください。今鍵を開けます」と声をかけた。
 すると、ドアの向こうから、聞き慣れた少女の声が返ってきた。

「……ん。ありがとう」

 それはユーリィの声だった。
 フェリシアの表情が、華やかに輝く。

「ユーリィ様! 来て下さったのですか!」

 まさか、ユーリィが来てくれるとは。
 フェリシアは喜び勇んでドアの鍵を開けた。

「ユーリィ様! まさか、来て頂けるなんて――えっ?」

 しかし、フェリシアはドアを開けた途端、目を丸くした。
 廊下に立って待っていたのが、法衣姿のユーリィだけではなかったからだ。

「ク、クライン様!」

 空色の髪の少女の隣には黒い儀礼服の上に、白いサーコートを着た青年――アッシュ=クラインが立っていた。
 アッシュはややぎこちない笑みを浮かべると、

「ご機嫌麗しゅうございます。皇女殿下」

 そう告げて頭を下げた。対するフェリシアは驚くだけだ。
 すると、ユーリィが横目でアッシュを見つめて呟く。

「……アッシュ、口調が全然似合ってない」

「(いや、似合わなくても仕方がねえだろ。ユーリィ。第一、皇族への礼節なんて俺は知らねえんだぞ。ただの副団長の真似だ。副団長ってこんな感じだろ?)」

 と、アッシュは小声でユーリィに返した。

「皇女様はあまり気にしない」

「(いや、でもよ、ここは礼儀として――)」

 と、未だ小声でしゃべるアッシュに対し、フェリシアは口元を押さえてクスクスと笑みをこぼした。

「クライン様。敬語は別に構いませんわ。普段と同じく気軽にお話し下さい。ユーリィ様にもそうお願いしています」

「そ、そうですか。なら、まあ……ぼちぼちと」

「ふふっ、お二人ともようこそおいで下さいました。どうぞお入り下さい」

 言って、フェリシアは上機嫌にアッシュ達を室内に案内した。
 そうして二人は皇女に勧められ、丸いテーブルを囲む椅子に座った。

「少々お待ち下さい。今、紅茶をご用意致しますので」

「いや、皇女様! 流石に一国の皇女にそれは――」

「いえ、クライン様。私は自分のことは自分でするようにと父より教わっております。お客様がいらっしゃったのならば歓迎するのは当然ですわ」

「は、はあ……」

 どうにも皇女の性格を把握しきれず、困惑するアッシュだった。
 そして五分後。テーブルの上には三つのティーカップが置かれていた。

「いい匂い……」

 そう呟いてユーリィがカップを手に取り、紅茶の香りを堪能する。

「確かにな。普段はコーヒーばっか飲んでたが、紅茶も悪くねえな」

 アッシュもカップを手に取り、独白する。
 フェリシアはふふっと笑う。

「そう仰って頂けると光栄ですわ」

 そして三人はしばらく談笑を交わした。
 最初は少し動揺していたフェリシアも徐々に緊張がほどけていく。

(そろそろ大丈夫そうだな)

 それを確認し、アッシュが本題を切り出す。

「……フェリシア皇女。実は君に話があるんだ」

 ユーリィと談笑していたフェリシアは、眉根を寄せてアッシュを見つめた。

「一体何でしょうか。クライン様」

「……話は二つある。どちらも今日のパレードについてのことだ」

「――ッ!」

 アッシュの言葉に、フェリシアの面持ちに緊張が走る。
 わざわざ《七星》の一人が告げることだ。重要な事柄なのだろう。

「……お聞きしましょう」

 居ずまいを正してそう告げるフェリシア。
 その凛とした態度は、流石は皇族といったところか。
 アッシュはゆっくりと頷き、話を切り出した。

「まず一つ。今日のパレードについてだが、そこにいるユーリィも参加することになっている。それも君の傍で控える侍女としてだ」

「えっ」

 フェリシアは目を剥いた。

「ユーリィは皇国では君と並ぶ有名人だからな。団長はいたずらっぽく笑って、きっと絵になると言っていたよ」

「そ、そんな……それではユーリィ様まで危険な目にッ!」

 フェリシアの近くにいては、テロに巻き込まれる可能性が高い。それを案じて珍しく声を荒らげるフェリシアに、アッシュは優しい笑みを浮かべた。

「……ユーリィやサーシャ達の言った通り、君は優しい子だな」

 いきなりそんなことを言われ、フェリシアの頬に朱が入る。

「な、何を……そ、それよりクライン様はそれでよろしいのですか! 愛娘のように慈しみ、大切にされておられるユーリィ様が危険に晒されるというのにッ!」

「お、皇女様……心配してくれるは嬉しいけど、そこまで言われると恥ずかしい」

 思わずユーリィが困惑した表情を浮かべた。少し頬が赤い。
 そんな少女達に対し、アッシュは笑みをこぼす。

「ああ、実は、これは俺も望んだことなんだ。サーシャ達には自分を守れるだけの実力はあるが、ユーリィにはそれがない。だからこそ、俺の目の届く位置に呼んだんだ」

 アッシュはさらに言葉を続ける。

「そして、それがもう一つの話なんだ。今日の君の護衛だが、その中に皇国の上級騎士はほとんどいない。いるのは経験の浅い新米騎士ばかりだ」

「……え?」

 再び目を丸くするフェリシア。が、それも当然だろう。
 なにせ、テロ予告がされているというのに、最も重要な皇女の護衛に新米騎士を配属するなど聞いたこともない。
 対し、アッシュは紅茶に一口つけた後、苦笑を浮かべた。

「団長の指示でな。中級から上級騎士の総員は市街の警備に回してある。はっきり言うと君の護衛は俺達《七星》だけで担うことになっているんだ」

「そ、それは一体……?」

 フェリシアが眉を寄せた。
 カチャリとカップをソーサーに置き、アッシュは皇女の疑問に答える。

「このパレードは《七星》も揃って参加することになっている。逆に言えば市街の警備に俺達は加われないんだ。だったら、いっそ実力のある騎士は全員市街側に当てて、皇女様の護衛は《七星》だけでやってしまおうというのが、団長の発案だ」

 アッシュの説明に、フェリシアは言葉もなかった。
 一人ひとりが一軍に匹敵するとまで謳われる《七星》。
 確かに彼らが護衛に回るのなら、他の護衛はいらないかもしれない。
 フェリシアはふうと息を吐いた。

「分かりました。少々驚きましたが、そういう事ならば私に異論はありませんわ」

 皇女の承諾に、アッシュは無言で頷く。これで伝えるべき話は伝えた。
 アッシュはユーリィに目配せする。それに気付いたユーリィはこくんと頷いた。

「……皇女様。それじゃあ俺達はそろそろお暇するよ。また後で会おう」

「皇女様。紅茶ありがとう。美味しかった」

 そう告げて立ち上がるアッシュ達に対し、フェリシアも席を立った。

「いえ、大したおもてなしも出来ず申し訳ありません」

 と、やり取りし、三人はドアに向かった。
 そしてアッシュがドアノブに触れようとした時、

「あ、あのクライン様……」

 不意に、フェリシアに呼び止められる。
 アッシュは振り返った。そこには何かを訴えかけるような眼差しの少女の姿。

「……皇女様?」

 アッシュは首を傾げるが、不意にクイクイとサーコートの裾を引っ張られた。ユーリィだ。彼女も何か目で訴えかけている。長い付き合いでこっちは何となく分かった。

「(いや、でも相手は皇女様だぞ?)」

「(……違う。今は不安を抱いている女の子)」

 と、小声で話すアッシュとユーリィ。
 ユーリィの真剣な眼差しに、観念したアッシュは小さく嘆息した。
 そして、フェリシアに一歩近付き、

「皇女様。失礼」

「……え」

 ふわり、と。
 アッシュはフェリシアの金色の髪に触れた。
 そして、少しぎこちなく少女の頭を撫で始める。

「ク、クライン様……」

「大丈夫だ。君は俺達が守る」

 フェリシアはいきなりのことで少し困惑していたが、すぐに嬉しそうに破顔すると、はしたないと思いつつアッシュの腰に抱きついた。
 アッシュが目を剥く。

「お、皇女様……?」

「ええ、信じています。よろしくお願いしますクライン様」

 そう言って、フェリシアは笑った。

 一方その傍らで――。
「……そこまで甘えるのはダメ」と、ユーリィは少々不貞腐れていた。
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