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第4部
第六章 誕生祭③
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『……もうじき作戦時刻だ。準備はいいか、お前達』
『問題ありません。隊長』
そこは岩壁に囲われた薄暗い一本道。
炎炭を燃料にするランタンの光を頼りに、二十数機の鎧機兵が待機していた。
『作戦決行直後に、動力を炎炭から恒力に切り替える。いいな』
隊長機が全機にそう告げる。
作戦決行の段階ともなれば、もう隠密性を気にする必要もない。ならば、高出力かつ動力切れのない恒力を使う方がベストだ。
『『『了解』』』
全機が即座に頷く。
『すでに陛下の《獅子帝》はもちろん、《右剣》、《左盾》ともに定位置に待機しているはずだ。我らはその先陣を切る。各自覚悟はいいな』
『愚問ですな、隊長』
『我らはこの日の為に生きてきたのですからな』
部下達は次々と苦笑を浮かべてそう答える。
彼らのほとんどは、レイディア国の生き残りかその一族の者。グレイシア皇国に耐えがたき辛酸を舐めさせられた者達だ。その怨讐は生半可ではない。
――すでに一兵残らず討ち死にする覚悟だった。
隊長機は部下達に告げる。
『我々の役目は囮だ。奇襲をかけ、派手に暴れて敵を撹乱する。だが、敵の数からして確実に敗北するだろう。だからこそ――』
隊長機に乗る男は、暗く笑う。
『各自に告げる。一人でも多く道連れにしてやるんだ。皇国の民も騎士も関係なく力尽きるまで殺せ。我らが味わった苦しみをこの地に刻みつけてから逝くんだ』
その台詞に一瞬沈黙が訪れる。が、
『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッ!!』』』
一気に湧き上がる怒号。
溢れ出す憎悪、恨み、狂気は瞬く間にその場を呑み込んだ。
それに対し、隊長は再び笑う。
そして彼らは静かに時を持ち続け、遂に――。
『……時間だ。いよいよ決戦の時だ! 奇襲を開始する!』
今ここに亡霊が動き出した。
◆
「「「おおおお―――ッ!!」」」
不意に湧き上がる大歓声。
そこは、皇都ディノスの一番地。ラスティアン宮殿が鎮座する地区だ。
時刻は午後一時。いよいよ本日のメインイベント。
フェリシア=グレイシア皇女のパレードが始まったのだ。
「おおッ! 来たぞ!」
大橋に集まった民衆の一人が声を張り上げた。
ラスティアン宮殿の城門が開かれ、悠然と巨大な馬車が進んでくる。
――その外見は、車輪をつけた『舞台』と言った方が正確かもしれない。
上から見て矢じりのような形の大きな下段に、天蓋付きの謁見の間のような上段。二段で構成された『舞台』だ。それを十数頭の馬が引いている。
その前後には、十数機の鎧機兵と数十の騎兵が列をなして行進していた。
「おおお――ッ! 姫様、いつ見ても可愛いよな!」
「お、おい! 姫様の隣にいんのってユーリィちゃんだよな!」
「あ、ああ、確かにそうだ! アッシュ=クラインもいるぞ! マ、マジか! 滅多に揃わねえ《七星》が全員いるぞ!」
と、大橋に集まった人々のざわめきがさらに増す。
そんな中、今回の主役、フェリシア皇女は民衆に向かって手を振っていた。
彼女は玉座に座り、その少し後ろにはユーリィが控えている。
そして彼女達の下段には、ソフィアを先頭に右側に三人――ライアン、アッシュ、ブライ。左側にはミランシャ、オトハ、アルフレッドの三人が立っていた。
「ふふっ、今回の誕生祭も盛況な様子ですね」
そう呟いてソフィアが笑う。と、
「姫様――ッ!」「ユーリィちゃあああん!」「うおお……。オトハさまああァ!」「ミランシャちゃああん! 大好きだ!」
次々と女性陣へとかけられる大声援。
それを聞き、ソフィアの頬が少し引きつった。
「……どうして私の名前は呼ばれないのでしょうか?」
別にちやほやされたいとは思わないが一人ぐらい声援をくれてもいいではないか。
これが年齢の壁なのだろうか。少し落ち込むソフィアだった。
と、そうしている内に馬車は大橋を渡りきり、一番地の大通りに差しかかった。
ここからは市街区だ。気を引き締めなければならない。
そうして大通りをゆっくりと進むこと十分。
誰もが笑顔でいる中、遂に「それ」は起こった。
――パンッ!
突如、蒼い空に打ち上げられた赤い信号弾。接敵を現す色だ。
それが皇都のあちこちの地区で上がる。その数は十を越えていた。
「……? 何だ? 花火か?」「いや、地味すぎだろ」「誰かのいたずらか?」
ザワザワザワ、と観衆からそんな声が上がる。
「……団長。これは……」
ライアンがソフィアに話しかけてくる。
すでに他の《七星》達も臨戦の面持ちだった。
「やはり観衆に紛れ込んでいた、と考えるべきですか……」
「いや、だが副団長殿。いきなり接敵の合図だぞ。奇襲を受けた時に使う信号弾だ。これだけの地区が揃って奇襲を受けたのか?」
と、空を見上げて、オトハが独白するように尋ねた。
蒼い空には赤以外の信号弾はなかった。それは騎士達が誰ひとり敵の気配に気付けなかったということでもあった。優秀で知られる皇国騎士達が、だ。
「……何か別の手段を使ったってことか?」
アッシュが真剣な面持ちで唸る。
ちらりと上段を見やると、フェリシアもユーリィも不安そうだった。
「現状ではまだ分かりませんね。早く報告が来れば――」
と、ソフィアが呟いた時だった。
「――団長! 報告が入りました!」
馬に乗った一人の騎士が馬車に近付いてきた。伝書鳩を扱う通信兵の騎士だ。
騎士は馬車に並ぶと、軽やかな身のこなしで馬車の上に飛び乗った。訓練された愛馬はそのまま並走を続けている。
「どういう状況ですか?」
「――はッ! ご報告いたします!」
そう告げて、騎士はソフィアに各地区の状況を報告し始める。
「現在襲撃を受けている地区は十二箇所。各区の敵戦力は鎧機兵が二十数機前後。各警備兵が応戦中です」
「市民の避難状況はどうなっていますか?」
「現在避難活動を行っている最中です。現時点では死傷者はいません」
「そうですか……」
少しホッとするソフィア。想定外の状況であっても最善の結果で応えてくれる部下達の優秀さには感謝するばかりだ。
しかし、腑に落ちないこともある。
「どうして奇襲を受けたのです? 誰も気付けなかったのですか?」
「それが……報告によると、敵鎧機兵は突如、水路から飛び出してきたそうです」
その報告にソフィアを始め、集まってきていた他の《七星》も目を丸くした。
「なんだそりゃあ? そいつら水路をずっと泳いできたのか? 鎧機兵で?」
想像できないシュールな絵面に、ブライが顔をしかめた。
「いくらなんでもそれはないでしょう。水底を歩いて来たんじゃないの?」
と言うミランシャに、アッシュは嘆息した。
一応、鎧機兵を扱う工房の主人として意見する。
「いや、それも無茶だろ。そこまで密封できねえし、もし胸部装甲とかを溶接したとしても空気の供給が出来ねえから窒息すんぞ」
短時間水底を歩くことだけなら一般的な鎧機兵でも可能だろう。
しかし、たとえ溶接しても水漏れは完全には防げないだろうし、長時間移動するには酸素が持たない。踏破するには距離がありすぎた。
「まあ、確かにアシュ兄の言う通りだね。だから、水中用の鎧機兵は物理的に無理だって言われてるんだし」
と、アルフレッドもアッシュの言葉に続いた。
「……では、奴らは水路からどうやって出て来たんだ?」
そう呟いて、オトハが首を傾げた時だった。
「ッ! 失礼!」
通信兵の騎士が不意に空を見上げる。
そこには二羽の鳩が近付いてくる姿があった。
通信兵は二羽を肩と腕に止まらせると足に着けている小さな書簡を手に取った。
そして、その内容に目を通し――思わず息を呑んだ。
「――くッ! 団長! ご報告があります!」
「今度は何ですか」
ソフィアの眼差しは鋭い。
悪い知らせなのは、通信兵の顔を見れば明白だ。
「実は……」
そう切り出して通信兵は報告する。
緊張を以て告げられる内容。ソフィアとアッシュ達の表情は徐々に険しくなる。
そして――。
「そういうことですか……」
ソフィアは赤い信号弾を睨みつけた。
正確にはその下にいるであろう敵の姿を、だ。
そして彼女は忌々しげに吐き捨てる。
「随分と手の込んだことを。やってくれましたね。亡霊……ッ!」
『問題ありません。隊長』
そこは岩壁に囲われた薄暗い一本道。
炎炭を燃料にするランタンの光を頼りに、二十数機の鎧機兵が待機していた。
『作戦決行直後に、動力を炎炭から恒力に切り替える。いいな』
隊長機が全機にそう告げる。
作戦決行の段階ともなれば、もう隠密性を気にする必要もない。ならば、高出力かつ動力切れのない恒力を使う方がベストだ。
『『『了解』』』
全機が即座に頷く。
『すでに陛下の《獅子帝》はもちろん、《右剣》、《左盾》ともに定位置に待機しているはずだ。我らはその先陣を切る。各自覚悟はいいな』
『愚問ですな、隊長』
『我らはこの日の為に生きてきたのですからな』
部下達は次々と苦笑を浮かべてそう答える。
彼らのほとんどは、レイディア国の生き残りかその一族の者。グレイシア皇国に耐えがたき辛酸を舐めさせられた者達だ。その怨讐は生半可ではない。
――すでに一兵残らず討ち死にする覚悟だった。
隊長機は部下達に告げる。
『我々の役目は囮だ。奇襲をかけ、派手に暴れて敵を撹乱する。だが、敵の数からして確実に敗北するだろう。だからこそ――』
隊長機に乗る男は、暗く笑う。
『各自に告げる。一人でも多く道連れにしてやるんだ。皇国の民も騎士も関係なく力尽きるまで殺せ。我らが味わった苦しみをこの地に刻みつけてから逝くんだ』
その台詞に一瞬沈黙が訪れる。が、
『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッ!!』』』
一気に湧き上がる怒号。
溢れ出す憎悪、恨み、狂気は瞬く間にその場を呑み込んだ。
それに対し、隊長は再び笑う。
そして彼らは静かに時を持ち続け、遂に――。
『……時間だ。いよいよ決戦の時だ! 奇襲を開始する!』
今ここに亡霊が動き出した。
◆
「「「おおおお―――ッ!!」」」
不意に湧き上がる大歓声。
そこは、皇都ディノスの一番地。ラスティアン宮殿が鎮座する地区だ。
時刻は午後一時。いよいよ本日のメインイベント。
フェリシア=グレイシア皇女のパレードが始まったのだ。
「おおッ! 来たぞ!」
大橋に集まった民衆の一人が声を張り上げた。
ラスティアン宮殿の城門が開かれ、悠然と巨大な馬車が進んでくる。
――その外見は、車輪をつけた『舞台』と言った方が正確かもしれない。
上から見て矢じりのような形の大きな下段に、天蓋付きの謁見の間のような上段。二段で構成された『舞台』だ。それを十数頭の馬が引いている。
その前後には、十数機の鎧機兵と数十の騎兵が列をなして行進していた。
「おおお――ッ! 姫様、いつ見ても可愛いよな!」
「お、おい! 姫様の隣にいんのってユーリィちゃんだよな!」
「あ、ああ、確かにそうだ! アッシュ=クラインもいるぞ! マ、マジか! 滅多に揃わねえ《七星》が全員いるぞ!」
と、大橋に集まった人々のざわめきがさらに増す。
そんな中、今回の主役、フェリシア皇女は民衆に向かって手を振っていた。
彼女は玉座に座り、その少し後ろにはユーリィが控えている。
そして彼女達の下段には、ソフィアを先頭に右側に三人――ライアン、アッシュ、ブライ。左側にはミランシャ、オトハ、アルフレッドの三人が立っていた。
「ふふっ、今回の誕生祭も盛況な様子ですね」
そう呟いてソフィアが笑う。と、
「姫様――ッ!」「ユーリィちゃあああん!」「うおお……。オトハさまああァ!」「ミランシャちゃああん! 大好きだ!」
次々と女性陣へとかけられる大声援。
それを聞き、ソフィアの頬が少し引きつった。
「……どうして私の名前は呼ばれないのでしょうか?」
別にちやほやされたいとは思わないが一人ぐらい声援をくれてもいいではないか。
これが年齢の壁なのだろうか。少し落ち込むソフィアだった。
と、そうしている内に馬車は大橋を渡りきり、一番地の大通りに差しかかった。
ここからは市街区だ。気を引き締めなければならない。
そうして大通りをゆっくりと進むこと十分。
誰もが笑顔でいる中、遂に「それ」は起こった。
――パンッ!
突如、蒼い空に打ち上げられた赤い信号弾。接敵を現す色だ。
それが皇都のあちこちの地区で上がる。その数は十を越えていた。
「……? 何だ? 花火か?」「いや、地味すぎだろ」「誰かのいたずらか?」
ザワザワザワ、と観衆からそんな声が上がる。
「……団長。これは……」
ライアンがソフィアに話しかけてくる。
すでに他の《七星》達も臨戦の面持ちだった。
「やはり観衆に紛れ込んでいた、と考えるべきですか……」
「いや、だが副団長殿。いきなり接敵の合図だぞ。奇襲を受けた時に使う信号弾だ。これだけの地区が揃って奇襲を受けたのか?」
と、空を見上げて、オトハが独白するように尋ねた。
蒼い空には赤以外の信号弾はなかった。それは騎士達が誰ひとり敵の気配に気付けなかったということでもあった。優秀で知られる皇国騎士達が、だ。
「……何か別の手段を使ったってことか?」
アッシュが真剣な面持ちで唸る。
ちらりと上段を見やると、フェリシアもユーリィも不安そうだった。
「現状ではまだ分かりませんね。早く報告が来れば――」
と、ソフィアが呟いた時だった。
「――団長! 報告が入りました!」
馬に乗った一人の騎士が馬車に近付いてきた。伝書鳩を扱う通信兵の騎士だ。
騎士は馬車に並ぶと、軽やかな身のこなしで馬車の上に飛び乗った。訓練された愛馬はそのまま並走を続けている。
「どういう状況ですか?」
「――はッ! ご報告いたします!」
そう告げて、騎士はソフィアに各地区の状況を報告し始める。
「現在襲撃を受けている地区は十二箇所。各区の敵戦力は鎧機兵が二十数機前後。各警備兵が応戦中です」
「市民の避難状況はどうなっていますか?」
「現在避難活動を行っている最中です。現時点では死傷者はいません」
「そうですか……」
少しホッとするソフィア。想定外の状況であっても最善の結果で応えてくれる部下達の優秀さには感謝するばかりだ。
しかし、腑に落ちないこともある。
「どうして奇襲を受けたのです? 誰も気付けなかったのですか?」
「それが……報告によると、敵鎧機兵は突如、水路から飛び出してきたそうです」
その報告にソフィアを始め、集まってきていた他の《七星》も目を丸くした。
「なんだそりゃあ? そいつら水路をずっと泳いできたのか? 鎧機兵で?」
想像できないシュールな絵面に、ブライが顔をしかめた。
「いくらなんでもそれはないでしょう。水底を歩いて来たんじゃないの?」
と言うミランシャに、アッシュは嘆息した。
一応、鎧機兵を扱う工房の主人として意見する。
「いや、それも無茶だろ。そこまで密封できねえし、もし胸部装甲とかを溶接したとしても空気の供給が出来ねえから窒息すんぞ」
短時間水底を歩くことだけなら一般的な鎧機兵でも可能だろう。
しかし、たとえ溶接しても水漏れは完全には防げないだろうし、長時間移動するには酸素が持たない。踏破するには距離がありすぎた。
「まあ、確かにアシュ兄の言う通りだね。だから、水中用の鎧機兵は物理的に無理だって言われてるんだし」
と、アルフレッドもアッシュの言葉に続いた。
「……では、奴らは水路からどうやって出て来たんだ?」
そう呟いて、オトハが首を傾げた時だった。
「ッ! 失礼!」
通信兵の騎士が不意に空を見上げる。
そこには二羽の鳩が近付いてくる姿があった。
通信兵は二羽を肩と腕に止まらせると足に着けている小さな書簡を手に取った。
そして、その内容に目を通し――思わず息を呑んだ。
「――くッ! 団長! ご報告があります!」
「今度は何ですか」
ソフィアの眼差しは鋭い。
悪い知らせなのは、通信兵の顔を見れば明白だ。
「実は……」
そう切り出して通信兵は報告する。
緊張を以て告げられる内容。ソフィアとアッシュ達の表情は徐々に険しくなる。
そして――。
「そういうことですか……」
ソフィアは赤い信号弾を睨みつけた。
正確にはその下にいるであろう敵の姿を、だ。
そして彼女は忌々しげに吐き捨てる。
「随分と手の込んだことを。やってくれましたね。亡霊……ッ!」
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