160 / 499
第5部
第八章 火のカーニバル②
しおりを挟む
漆黒の鬼と半人半蛇が戦い始めた傍らで――。
愛機に乗るライザーを後ろに従えたギル=ボーガンは、息子であるセド=ボーガンの前で杖をつき、静かに佇んでいた。
その瞳はどこか哀しげな様子であった。
対するセドの方は、未だ尻持ちをついたまま視線を逸らしている。
言うまでもなく、穏やかとは呼べない雰囲気である。
『……ボーガン殿』
と、機体の胸部装甲を下ろしたライザーが声をかける。
『お急ぎを。ここはすでに戦場です』
実の息子を犯罪者として拘束しなければないらない。
その複雑な気持ちは分からなくもないが、今は状況が状況だ。
急ぎこの場から脱出しなければ、怪物達の戦いに巻き込まれてしまう。
「……ああ、承知している」
ギルはそう返すと、小さく嘆息した。
そして一歩前に踏み出し、セドに告げる。
「……セド。とりあえず立て。この場から離れなければならない」
「…………」
しかし、セドの方は無言で父を睨みつけるだけだった。
ギルは表情を変えず、淡々と言葉を続ける。
「セド。急げ、もう時間が――」
「……何故だ」
と、その時、初めてセドが口を開いた。
「何故、邪魔をしたんだ父さん! この計画が上手くいけば、ボーガン商会は世界にだって進出できたというのに!」
そしてセドは立ち上がり、一気に感情を爆発させた。
「順調だったんだ! 《黒陽社》の関係も良好だった! いずれ私はこの国の市場を支配できたんだ! そして世界に出て父さんにも出来なかったことを――」
セドは腕を横に振り、幼い子供のように叫び続ける――が、その時。
「このたわけがッ!!」
大空洞に響くほどの一喝がギルの口から放たれた。
その気迫は、セドはもちろん、ライザーさえも身を竦めるほどのものだった。
「……馬鹿息子が」
ギルは鬼のような形相でセドを睨みつけ、語り始める。
「お前は自分がやろうとしたことが、どれほど愚かなことなのか分かっているのか! 犯罪組織に加担するということは、自らも犯罪者に成り下がるということなのだぞ。我が商会の社員達は日々を真っ当に生きる者達だ。そんな社員達をお前は世間から後ろ指さされるような人間にしようとしたのだぞ!」
「そ、それは……」
父の気迫に圧され、セドは数歩後ずさる。
それに対し、ギルは杖をつき、息子の元へ近付いて行く。
「世界に打って出る。私を――父親を越える。その意気は認めよう。しかし、このような手段を用いて本懐を遂げたところで一体何の意味があるのだ!」
「わ、私は……」
セドは呆然とそう呟き、両膝をついた。
その瞳は、ただ父の姿だけを見つめている。
「……セドよ」
今までの怒気を押さえ、ギルは息子に告げる。
「今回、私にお前のことを伝えてくれたのはロアンなのだ」
「ロ、ロアン……? ロアン叔父さんが……」
セドが呆然と呟く。ロアンとはボーガン商会の重役でセドの母方の叔父だった。
セドにとっては幼い頃からの親しい人物でもある。
「ロアンは本当にお前のことを心配していたぞ。このままでは、お前はもう後戻りできなくなる。だからこそ悩んだ末にロアンは私に相談したのだ」
「…………」
セドは何も答えない。ただ、苦悩に満ちた表情を浮かべていた。
「ロアンも今のお前と同じような顔をしていたよ。セド。私は忙しさのあまり父親らしいことはしてこなかった。ここで父親面しても説得力もないだろう。だがな……」
ギルはそこで一拍置き、杖を持っていない左手をセドに差し伸べた。
「お前よりも経験を積んでいる者として言うぞ。たとえ道を間違え、失敗してもやり直す覚悟さえあるのなら、何度でも立ち上がることは可能だ。かつての私のようにな」
「…………父さん」
セドは呆然と父の手を見つめていた。
体調を壊しているためか、最後に見た時より随分と痩せてしまった手だ。
その手を見ただけで、父は本当に無理を押してこの場に来たのだと理解する。
「…………すまない、父さん」
セドはグッと唇をかみしめ、そう謝罪した。
すると、ギルはふっと目を細めて――。
「馬鹿息子が。お前が謝るべき相手はロアンと社員達だろう。まずはそこからだ。そしてこれからは私も厳しく指導していくからな。覚悟しておけ」
そう言って、老紳士は優しげに笑った。
セドはただ沈黙する。そして恐る恐る右手を動かすと、
「……分かったよ。父さん」
と呟き、およそ二年ぶりに、セドは父親の手を掴んだのだった。
◆
『――ふっ!』
アッシュの小さな呼気と共に、《朱天》が掌底を繰り出した。
その手からは不可視のエネルギーである恒力が噴き出されて《火妖星》へと襲い掛かる。
《黄道法》の放出系闘技――《穿風》だ。
しかし――。
『かかっ、モーションがデカすぎるぞ。アッシュ=クライン!』
明らかに高揚しているガレックの声が響き、不可視の衝撃波は蛇体を唸らせる《火妖星》に容易く回避され、岩壁に掌の形を残すだけだった。
『かかっ! 今度はこっちの番だな!』
蛇体はさらに疾走する。そして《火妖星》の上半身がまるで鎌首をもたげる竜のような動きを見せて、上空から《朱天》に襲い掛かった!
『――チッ!』
アッシュは舌打ちし、愛機を後方に跳躍させた。
その直後、《火妖星》の左右の爪が寸前まで《朱天》がいた場所を切りつける。八本の傷跡が地面に刻みつけられた。
『おっと、逃がさねえよ!』
ガレックはすぐに目測を《朱天》に向け直すが、次の行動はアッシュの方が早かった。
間髪いれず突進し《火妖星》の頭部を狙って拳を繰り出した――が、
――ブワッ。
と、突如《火妖星》の上半身が宙に浮かぶ。
蛇体を起点にして飛翔するように上空へと退避したのだ。
『くそッ! 相変わらずやりづらい機体だな』
《朱天》の中でアッシュは苛立ちを吐く。
対するガレックは、ニヤニヤと笑っていた。
『かかかっ! 俺は兵器開発部門の長なんだぜ。真っ当な機体な訳ねぇだろ』
揺るぎない自負を込めて、第2支部・支部長はそう嘯く。
その間も蛇体は蠢き、《火妖星》の上半身はゆらりゆらりと上空で漂っていた。
――常に敵の頭上に陣どり、攻撃時は死角から仕掛け、防御時は上空に逃げる。
蛇体を利用した、この予測不能な動きこそが《火妖星》の真骨頂だった。
その姿は、まるで宙を彷徨う亡霊のようで捉えるのは容易ではない。
『そうだな。全くもってデタラメな機体だ』
が、それに対し、アッシュはふっと笑い、
『だが、弱点もあんだろ!』
――ズガンッ!
と、《朱天》の足元から雷音が轟く。
恒力を足裏から噴出して高速移動する《雷歩》と呼ばれる闘技だ。
そして一歩で間合いを詰めた《朱天》は眼前の蛇体めがけて拳を振り上げる!
上半身を捉えるのは困難でも、その起点となる蛇体は別だ。
漆黒の剛拳が唸りを上げる。
しかし、ガレックは余裕の笑みを崩さなかった。
『かかっ! 甘いんだよ! アッシュ=クライン!』
『――なに!?』
アッシュは大きく目を瞠った。
何故なら、直撃した《朱天》の拳が何の抵抗もなく蛇体の中へ埋もれたからだ。
驚くべきことに全く拳に反動が来ない。しかも蛇体は大きく後方へ揺れ、完全に衝撃を逃がしてしまった。かつて戦った時にはなかった防御機構だ。
『ガレック=オージス! てめえこんな細工を――』
『かかかっ、お前も職人なら分かんだろ? 欠点がありゃあ改善ぐらいするさ!』
ガレックが自慢げにそう語ると同時に、《火妖星》が襲い掛かる!
アッシュは舌打ちし、《朱天》に手甲を身構えさせる。
そして火花が散った。
『――くッ!』
とりあえず凌いだアッシュは、《朱天》を後方へ跳躍させ間合いを取り直した。
アッシュは険しい表情で《火妖星》を睨みつける。
『やってくれるな。だが、もう一つの弱点は改善しようがねえだろ!』
言って、アッシュは愛機の重心を沈めた。
そうしてゆらゆらと動く《火妖星》の上半身を見据えて――。
――ズガンッ!
再び雷音が響く。《朱天》は漆黒の砲弾となって《火妖星》に体当たりした。
『――グオッ!?』
流石に目を瞠るガレック。
直後、《火妖星》は《朱天》に肩を抑えられた状態で岩壁に叩きつけられた。
『てめえの機体は根本的に瞬発力が足んねえのさ! 間合いを広く取れば上半身を掴むぐらい訳ねえよ!』
岩壁にめり込む《火妖星》に、アッシュが不敵な笑みを見せて告げる。
すると、ガレックは「フン」と笑い、
『はン。それは確かに《火妖星》の弱点だな。だがよアッシュ=クライン。瞬発力がなくても馬力がないとは限らないんだぜ!』
そう言い返して、ガレックは愛機を動かした。
グググと蛇体が動き、《朱天》を掴んだまま岩壁から機体が離れていく。
現在、《朱天》の両足は宙に浮いている。《七星》随一の剛力を誇る《朱天》でも、地に足がつかなければ全力は発揮できない。
次の展開を予測し、アッシュは険しい顔で後ろにいるユーリィへと叫ぶ。
「くそッ! ユーリィ! 歯を喰いしばれ!」
「――ん!」
と、短い返事をするユーリィ。
『かかかっ! お返しだ! 受け取りな!』
ガレックの哄笑が大空洞に響く。
そしてその数秒後、直前の攻防を巻き戻すように《朱天》は《火妖星》に掴まれた状態で地面に叩きつけられた!
『かかかかか――ッ!』
大地に亀裂が走り、岩土が舞う中、ガレックの哄笑がさらに響いた。
『どうよ! 少しは効いたかアッシュ=クライン!』
そして不敵な笑みを浮かべるが――すぐに表情が一変する。
――ズドンッ!
大空洞に驚く衝撃音。同時に《朱天》を地に抑えつけていた《火妖星》の上半身が勢いよく真上に跳ね上がった。
そこで初めてガレックは苛立ちの表情を浮かべた。
『……てめえ、《穿風》をッ!』
『モーションがデカいと指摘されたからな。工夫してみたんだよ』
と、ふてぶてしく言い放つアッシュ。
蛇体を伸ばして上空で警戒する《火妖星》の装甲――人間でいう脇腹辺りには、大きな亀裂が刻まれていた。
ほんの一瞬前のことだ。《朱天》は地面に横たわったまま敵機の脇腹に手を添え、密着状態から《穿風》を撃ち出したのだ。
その衝撃で《火妖星》は宙に吹き飛ばされたのである。
ガレックは小さく舌打ちした。
『けッ、やってくれるぜ』
だが、本来そんな不安定な状態の《穿風》に、そこまでの威力はない。
《火妖星》の外装に亀裂を刻むほどの威力となると、考えられるのは一つだ。
ガレックは《火妖星》の中ですっと目を細める。
『……《朱焔》か。早速使ってきやがったな』
いつしか《朱天》の前二本の角が紅い鬼火に包まれていた。
A級《星導石》から加工された外部動力炉――《朱焔》。
これにより今の《朱天》の恒力値は、五万六千ジンまで増大していた。
不安定な状態でありながら《穿風》の威力が格段に上がったのはこのためだ。
『てめえに手加減してやる義理もねえしな』
『かかかっ! いいねえ。背筋がゾクゾクしてきたぞ』
ガレックのその呟きに合わせ、《火妖星》がゆらりと動き始める。
対するアッシュは、やれやれと笑い、
『おい、おっさんよ。それって年齢からくるヤバい兆候じゃないのか?』
『……嫌なこと言うなよ小僧。結構ナイーブな年代なんだぞ』
何気に本気で眉をしかめるガレック。
『知らねえよ。敵に気遣いを求めんな。おっさん』
と、くだらない冗談を飛ばしつつ――。
『さて、と』
鬼火を揺らして《朱天》は静かに身構えた。
『そんじゃあ続きと行こうぜ。ガレックのおっさんよ』
愛機に乗るライザーを後ろに従えたギル=ボーガンは、息子であるセド=ボーガンの前で杖をつき、静かに佇んでいた。
その瞳はどこか哀しげな様子であった。
対するセドの方は、未だ尻持ちをついたまま視線を逸らしている。
言うまでもなく、穏やかとは呼べない雰囲気である。
『……ボーガン殿』
と、機体の胸部装甲を下ろしたライザーが声をかける。
『お急ぎを。ここはすでに戦場です』
実の息子を犯罪者として拘束しなければないらない。
その複雑な気持ちは分からなくもないが、今は状況が状況だ。
急ぎこの場から脱出しなければ、怪物達の戦いに巻き込まれてしまう。
「……ああ、承知している」
ギルはそう返すと、小さく嘆息した。
そして一歩前に踏み出し、セドに告げる。
「……セド。とりあえず立て。この場から離れなければならない」
「…………」
しかし、セドの方は無言で父を睨みつけるだけだった。
ギルは表情を変えず、淡々と言葉を続ける。
「セド。急げ、もう時間が――」
「……何故だ」
と、その時、初めてセドが口を開いた。
「何故、邪魔をしたんだ父さん! この計画が上手くいけば、ボーガン商会は世界にだって進出できたというのに!」
そしてセドは立ち上がり、一気に感情を爆発させた。
「順調だったんだ! 《黒陽社》の関係も良好だった! いずれ私はこの国の市場を支配できたんだ! そして世界に出て父さんにも出来なかったことを――」
セドは腕を横に振り、幼い子供のように叫び続ける――が、その時。
「このたわけがッ!!」
大空洞に響くほどの一喝がギルの口から放たれた。
その気迫は、セドはもちろん、ライザーさえも身を竦めるほどのものだった。
「……馬鹿息子が」
ギルは鬼のような形相でセドを睨みつけ、語り始める。
「お前は自分がやろうとしたことが、どれほど愚かなことなのか分かっているのか! 犯罪組織に加担するということは、自らも犯罪者に成り下がるということなのだぞ。我が商会の社員達は日々を真っ当に生きる者達だ。そんな社員達をお前は世間から後ろ指さされるような人間にしようとしたのだぞ!」
「そ、それは……」
父の気迫に圧され、セドは数歩後ずさる。
それに対し、ギルは杖をつき、息子の元へ近付いて行く。
「世界に打って出る。私を――父親を越える。その意気は認めよう。しかし、このような手段を用いて本懐を遂げたところで一体何の意味があるのだ!」
「わ、私は……」
セドは呆然とそう呟き、両膝をついた。
その瞳は、ただ父の姿だけを見つめている。
「……セドよ」
今までの怒気を押さえ、ギルは息子に告げる。
「今回、私にお前のことを伝えてくれたのはロアンなのだ」
「ロ、ロアン……? ロアン叔父さんが……」
セドが呆然と呟く。ロアンとはボーガン商会の重役でセドの母方の叔父だった。
セドにとっては幼い頃からの親しい人物でもある。
「ロアンは本当にお前のことを心配していたぞ。このままでは、お前はもう後戻りできなくなる。だからこそ悩んだ末にロアンは私に相談したのだ」
「…………」
セドは何も答えない。ただ、苦悩に満ちた表情を浮かべていた。
「ロアンも今のお前と同じような顔をしていたよ。セド。私は忙しさのあまり父親らしいことはしてこなかった。ここで父親面しても説得力もないだろう。だがな……」
ギルはそこで一拍置き、杖を持っていない左手をセドに差し伸べた。
「お前よりも経験を積んでいる者として言うぞ。たとえ道を間違え、失敗してもやり直す覚悟さえあるのなら、何度でも立ち上がることは可能だ。かつての私のようにな」
「…………父さん」
セドは呆然と父の手を見つめていた。
体調を壊しているためか、最後に見た時より随分と痩せてしまった手だ。
その手を見ただけで、父は本当に無理を押してこの場に来たのだと理解する。
「…………すまない、父さん」
セドはグッと唇をかみしめ、そう謝罪した。
すると、ギルはふっと目を細めて――。
「馬鹿息子が。お前が謝るべき相手はロアンと社員達だろう。まずはそこからだ。そしてこれからは私も厳しく指導していくからな。覚悟しておけ」
そう言って、老紳士は優しげに笑った。
セドはただ沈黙する。そして恐る恐る右手を動かすと、
「……分かったよ。父さん」
と呟き、およそ二年ぶりに、セドは父親の手を掴んだのだった。
◆
『――ふっ!』
アッシュの小さな呼気と共に、《朱天》が掌底を繰り出した。
その手からは不可視のエネルギーである恒力が噴き出されて《火妖星》へと襲い掛かる。
《黄道法》の放出系闘技――《穿風》だ。
しかし――。
『かかっ、モーションがデカすぎるぞ。アッシュ=クライン!』
明らかに高揚しているガレックの声が響き、不可視の衝撃波は蛇体を唸らせる《火妖星》に容易く回避され、岩壁に掌の形を残すだけだった。
『かかっ! 今度はこっちの番だな!』
蛇体はさらに疾走する。そして《火妖星》の上半身がまるで鎌首をもたげる竜のような動きを見せて、上空から《朱天》に襲い掛かった!
『――チッ!』
アッシュは舌打ちし、愛機を後方に跳躍させた。
その直後、《火妖星》の左右の爪が寸前まで《朱天》がいた場所を切りつける。八本の傷跡が地面に刻みつけられた。
『おっと、逃がさねえよ!』
ガレックはすぐに目測を《朱天》に向け直すが、次の行動はアッシュの方が早かった。
間髪いれず突進し《火妖星》の頭部を狙って拳を繰り出した――が、
――ブワッ。
と、突如《火妖星》の上半身が宙に浮かぶ。
蛇体を起点にして飛翔するように上空へと退避したのだ。
『くそッ! 相変わらずやりづらい機体だな』
《朱天》の中でアッシュは苛立ちを吐く。
対するガレックは、ニヤニヤと笑っていた。
『かかかっ! 俺は兵器開発部門の長なんだぜ。真っ当な機体な訳ねぇだろ』
揺るぎない自負を込めて、第2支部・支部長はそう嘯く。
その間も蛇体は蠢き、《火妖星》の上半身はゆらりゆらりと上空で漂っていた。
――常に敵の頭上に陣どり、攻撃時は死角から仕掛け、防御時は上空に逃げる。
蛇体を利用した、この予測不能な動きこそが《火妖星》の真骨頂だった。
その姿は、まるで宙を彷徨う亡霊のようで捉えるのは容易ではない。
『そうだな。全くもってデタラメな機体だ』
が、それに対し、アッシュはふっと笑い、
『だが、弱点もあんだろ!』
――ズガンッ!
と、《朱天》の足元から雷音が轟く。
恒力を足裏から噴出して高速移動する《雷歩》と呼ばれる闘技だ。
そして一歩で間合いを詰めた《朱天》は眼前の蛇体めがけて拳を振り上げる!
上半身を捉えるのは困難でも、その起点となる蛇体は別だ。
漆黒の剛拳が唸りを上げる。
しかし、ガレックは余裕の笑みを崩さなかった。
『かかっ! 甘いんだよ! アッシュ=クライン!』
『――なに!?』
アッシュは大きく目を瞠った。
何故なら、直撃した《朱天》の拳が何の抵抗もなく蛇体の中へ埋もれたからだ。
驚くべきことに全く拳に反動が来ない。しかも蛇体は大きく後方へ揺れ、完全に衝撃を逃がしてしまった。かつて戦った時にはなかった防御機構だ。
『ガレック=オージス! てめえこんな細工を――』
『かかかっ、お前も職人なら分かんだろ? 欠点がありゃあ改善ぐらいするさ!』
ガレックが自慢げにそう語ると同時に、《火妖星》が襲い掛かる!
アッシュは舌打ちし、《朱天》に手甲を身構えさせる。
そして火花が散った。
『――くッ!』
とりあえず凌いだアッシュは、《朱天》を後方へ跳躍させ間合いを取り直した。
アッシュは険しい表情で《火妖星》を睨みつける。
『やってくれるな。だが、もう一つの弱点は改善しようがねえだろ!』
言って、アッシュは愛機の重心を沈めた。
そうしてゆらゆらと動く《火妖星》の上半身を見据えて――。
――ズガンッ!
再び雷音が響く。《朱天》は漆黒の砲弾となって《火妖星》に体当たりした。
『――グオッ!?』
流石に目を瞠るガレック。
直後、《火妖星》は《朱天》に肩を抑えられた状態で岩壁に叩きつけられた。
『てめえの機体は根本的に瞬発力が足んねえのさ! 間合いを広く取れば上半身を掴むぐらい訳ねえよ!』
岩壁にめり込む《火妖星》に、アッシュが不敵な笑みを見せて告げる。
すると、ガレックは「フン」と笑い、
『はン。それは確かに《火妖星》の弱点だな。だがよアッシュ=クライン。瞬発力がなくても馬力がないとは限らないんだぜ!』
そう言い返して、ガレックは愛機を動かした。
グググと蛇体が動き、《朱天》を掴んだまま岩壁から機体が離れていく。
現在、《朱天》の両足は宙に浮いている。《七星》随一の剛力を誇る《朱天》でも、地に足がつかなければ全力は発揮できない。
次の展開を予測し、アッシュは険しい顔で後ろにいるユーリィへと叫ぶ。
「くそッ! ユーリィ! 歯を喰いしばれ!」
「――ん!」
と、短い返事をするユーリィ。
『かかかっ! お返しだ! 受け取りな!』
ガレックの哄笑が大空洞に響く。
そしてその数秒後、直前の攻防を巻き戻すように《朱天》は《火妖星》に掴まれた状態で地面に叩きつけられた!
『かかかかか――ッ!』
大地に亀裂が走り、岩土が舞う中、ガレックの哄笑がさらに響いた。
『どうよ! 少しは効いたかアッシュ=クライン!』
そして不敵な笑みを浮かべるが――すぐに表情が一変する。
――ズドンッ!
大空洞に驚く衝撃音。同時に《朱天》を地に抑えつけていた《火妖星》の上半身が勢いよく真上に跳ね上がった。
そこで初めてガレックは苛立ちの表情を浮かべた。
『……てめえ、《穿風》をッ!』
『モーションがデカいと指摘されたからな。工夫してみたんだよ』
と、ふてぶてしく言い放つアッシュ。
蛇体を伸ばして上空で警戒する《火妖星》の装甲――人間でいう脇腹辺りには、大きな亀裂が刻まれていた。
ほんの一瞬前のことだ。《朱天》は地面に横たわったまま敵機の脇腹に手を添え、密着状態から《穿風》を撃ち出したのだ。
その衝撃で《火妖星》は宙に吹き飛ばされたのである。
ガレックは小さく舌打ちした。
『けッ、やってくれるぜ』
だが、本来そんな不安定な状態の《穿風》に、そこまでの威力はない。
《火妖星》の外装に亀裂を刻むほどの威力となると、考えられるのは一つだ。
ガレックは《火妖星》の中ですっと目を細める。
『……《朱焔》か。早速使ってきやがったな』
いつしか《朱天》の前二本の角が紅い鬼火に包まれていた。
A級《星導石》から加工された外部動力炉――《朱焔》。
これにより今の《朱天》の恒力値は、五万六千ジンまで増大していた。
不安定な状態でありながら《穿風》の威力が格段に上がったのはこのためだ。
『てめえに手加減してやる義理もねえしな』
『かかかっ! いいねえ。背筋がゾクゾクしてきたぞ』
ガレックのその呟きに合わせ、《火妖星》がゆらりと動き始める。
対するアッシュは、やれやれと笑い、
『おい、おっさんよ。それって年齢からくるヤバい兆候じゃないのか?』
『……嫌なこと言うなよ小僧。結構ナイーブな年代なんだぞ』
何気に本気で眉をしかめるガレック。
『知らねえよ。敵に気遣いを求めんな。おっさん』
と、くだらない冗談を飛ばしつつ――。
『さて、と』
鬼火を揺らして《朱天》は静かに身構えた。
『そんじゃあ続きと行こうぜ。ガレックのおっさんよ』
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる