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第5部
第八章 火のカーニバル③
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――ギュウゥゥ。
と、ユーリィは必死にアッシュの腰を掴んでいた。
言葉は発さない。
ユーリィが悲鳴の一つでも上げればアッシュが動揺するからだ。
(……アッシュ)
内心でユーリィは考える。
素人判断だが、今のところ戦況は互角のように見えた。
互いにある程度、手の内を知っている分、若干膠着状態にあるようだ。
だからこそ、アッシュの集中力を削ってはいけない。
相手は《九妖星》の一角。
わずかな動揺が敗北を招く可能性は、充分すぎるほどある。
(だから邪魔しちゃいけない)
そう決意し、ユーリィは声を出さず手に力を込める。
これだけで自分が無事だと、アッシュにはっきり伝わるだろう。
そして、ユーリィはグッと唇をかみしめて――。
(……アッシュ、頑張って)
と、心の中で青年に声援を贈った。
◆
『かかかか――ッ!』
と、大空洞にガレックの哄笑が響き、《火妖星》の上半身が宙を蠢く。
そして身構える動作もなく突如加速し、鋭利な爪で《朱天》に襲い掛かる!
『――チッ!』
手甲での防御が間に合わないと判断したアッシュは、わずかに機体の重心を沈めて回避する――が、完全にはかわせず装甲の第一層が抉られた。
黒い破片が宙を舞った。
しかし、アッシュとてやられっぱなしではない。
再び宙空へ《火妖星》が離脱する前に、敵機の二の腕、手首を掴み、剛力にものを言わせて地面に投げつける!
『――ぬおおッ!?』
流石に動揺するガレック。《火妖星》は二度、三度と地面をバウンドした。操縦席にいるガレックにとっては堪ったものではない。
その上ダメ押しとばかりに《穿風》まで叩きつけてくる。無防備な状態で直撃を受けた真紅の装甲に亀裂が走り、重心を崩した《火妖星》は片手で機体を支えた。
『かかっ! やってくれるな! アッシュ=クライン!』
少しふらつく頭を振りながら、ガレックはそれでも楽しげに笑う。
そして愛機・《火妖星》はもう片方の手もズシンと地につけ、四足獣のように身構えた状態で《朱天》と対峙する。
『職人なんぞ酔狂な事やってから腕が落ちてるのかと思ってたぜ』
そんなことを告げるガレックに対し、
『余計な心配だ。それなりに訓練はしてるよ』
と、皮肉気に答えるアッシュ。
『それに俺の二つ名は《双金葬守》だぞ。ユーリィを嫁に出す日までは戦士を引退できねえ――って、ユーリィ? なんで俺の腹に爪を立てるんだ?』
何故か、無言でアッシュの腹筋に爪を立てるユーリィに疑問を覚えつつ。
『ともあれ、てめえを生かしておいても俺にはデメリットしかねえ。この場で後腐れなく塵にさせてもらうぜ』
『かかかっ! おっかねえ野郎だな。そんじゃあ殺されちゃあ敵わねえから、そろそろ俺も芸の一つでも見せようか』
言って、不敵に笑うガレック。
その直後、蛇の頭部を象った兜から真っ白い霧のような物が噴き出してきた。
それは瞬く間に周囲に散布され、《火妖星》の機体を覆い隠す。
『――ッ! てめえ!』
アッシュはすぐさま《穿風》を繰り出した――が、不可視の力は霧に穴を穿ちつつもそこにはすでに《火妖星》はいなかった。
――恐らく、霧に紛れて襲い掛かるつもりか。
(……だが、どうするつもりだ? ここまで霧で覆い尽くしちまうと、かなり近付かねえ限り互いに見えねえはずなんだが……)
この霧には見覚えがある。
互いの姿が一切見えなくなる撤退用の煙幕だ。
本来ならば、戦闘に使用するものではないのだが……。
と、その時、アッシュの背筋に悪寒が走る!
『――くッ!』
アッシュは《朱天》を加速させた。直後、霧に四つの斬線が奔る!
その不可視の爪撃は、咄嗟に回避した《朱天》のすぐ傍を通り抜け、岩壁に大きな亀裂を刻みつけた……。
恒力を刃の形で放出する《黄道法》の闘技・《飛刃》だ。
オトハがよく使う闘技であり、今の威力は彼女のそれと遜色ないものだった。
(……あっぶねえ。大雑把に当たりをつけて放ったのか?)
と、アッシュが眉をしかめている内にも《飛刃》はさらに襲い掛かってくる。
目の前の霧に幾つもの斬線が走った。
『くそッ!』
アッシュは直感のみで斬撃を回避した。そして斬線が走った場所に《穿風》を撃ち返すのだが、やはりその場に《火妖星》の影はない。
察するに、反撃を予測して攻撃と同時に移動しているのだろう。
アッシュは忌々しげに唇をかむがその間も爪撃は襲い来る。同じ場所には一度も留まらず常に場所を変えているのだが、《飛刃》は正確に《朱天》を狙ってくる。
不可解な戦況に、アッシュは眉根を寄せた。
(どういうことだ? あいつは何故こうも正確に――)
と、そこでアッシュは自分の失態に気付く。
『しまった! 《朱焔》の光か!』
現在《朱天》は《朱焔》を二本開放している。
その紅水晶のような角には、鬼火のような紅い光が灯っているはずだ。
だとすれば、霧越しであっても《火妖星》の目には、さぞかし分かりやすい目印になっていることだろう。どこに逃げても一目瞭然だ。
霧の中に光。あまりにも定石すぎる目印に、かえって失念していた。
(くそッ! 一旦《朱焔》を解除するか? いや、この状況なら――)
と、アッシュはすぐさま対応策を考えるが、わずかばかり遅かった。
突如、目の前の霧に四つの斬線が走ったのだ。
『――ッ!』
対策に思考を割いていた分、ほんの一瞬だけ反応が遅れる。
その直後、《朱天》が衝撃で震えた。
そして、ズズンと重い落下音が間近で響く。
ただそれだけで、アッシュは愛機の損害状態を知った。
『……くそったれが』
アッシュは小さく呻いた。
「――おっ! もしかして大当たりか!」
霧の向こうから聞こえた重い振動音に、ガレックはほくそ笑む。
この霧は逃走用なのだが今の状況なら使えると判断したのは正解だったようだ。
「かかかっ! 目立ちすぎんだよ。お前さんの《朱焔》はな!」
ガレックは不敵に笑い、更に追撃を加えようと愛機の右腕を振り上げさせた。
しかし、その寸前にガレックは目を瞠った。
「な、なんだ……ッ!」
いきなり霧が鳴動し始めたのだ。
まるで広範囲の突風に押し流されるように霧全体が振動していた。
「う、うおッ!?」
その上、《火妖星》の巨体までが不可視の力に呑み込まれる。
予想外の不意打ちだったため、その場に留まることも出来ず《火妖星》は岩壁まで吹き飛ばされ、勢いよく叩きつけられる。
ガラガラと岩壁が崩れた。
『お、おい。何だ今のは……』
流石に困惑を隠せないガレック。
すると、前方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
『……《天鎧装》って言うんだ。憶えときな』
そう告げるのはアッシュの声だった。
『へえ、聞いたことのねえ闘技だな。お前のオリジナルか?』
『ああ、この国に来てから開発したんだよ』
と、淡々と語るアッシュに対し、ガレックは小さく舌打ちする。
いつしか大空洞の霧は完全に晴れていた。今の衝撃波で一掃したのだろう。
――《黄道法》の放出系闘技・《天鎧装》。
機体全身から全方位に向けて恒力を噴出する闘技である。
本来は防御用なのだが、アッシュはそれを、霧を一掃するのに使用したのだ。
『かかかっ、やっぱこんな小細工は長くは続かねえか』
ガレックは自嘲するように笑う。
しかし、同時に、ニヤアと目尻を下げた。
『だが、思いのほか成果はあったみてえだな。かかかっ、いくら訓練していても実戦から離れりゃあ勘だけは鈍るか』
『…………』
ガレックの挑発に、アッシュは何も答えない。
正論すぎて反論できなかったからだ。
アッシュはちらりと愛機の右腕へと目をやった。
大地をも砕く鋼の剛腕。
本来あるべきそれが――今はなかった。
丁度、二の腕辺りから見事に切断されているのである。
『かかかっ! まさか、あんな小細工で片腕を奪えるとはな。おいおい、結構ヤベえ状況なんじゃねえの? アッシュ=クラインよ』
ズズズッと蛇体を動かして立ち上がる《火妖星》。
ガレックはくつくつと笑っていた。
『さて。俺の《火妖星》相手に片腕でどこまでやれるか見せてもらおうか』
言って、《火妖星》を身構えさせる。
対するアッシュはしばし無言だったが、不意にふっと笑い、
『……これぐらいなら問題ねえよ。昔から《朱天》はやたらと腕をもがれることが多かったからな。対応策ならいくらでもある』
と、気負いもなく言い放つ。
主人の闘志を受け、愛機である《朱天》も左拳を構えて《火妖星》と対峙した。
二機の鎧機兵は互いに円を描くように間合いを測り始める。
そしてそんな緊迫の中、アッシュは臆せずに告げた。
『さあ、かかってきな。てめえなんぞ片手で充分だってことを証明してやるよ』
と、ユーリィは必死にアッシュの腰を掴んでいた。
言葉は発さない。
ユーリィが悲鳴の一つでも上げればアッシュが動揺するからだ。
(……アッシュ)
内心でユーリィは考える。
素人判断だが、今のところ戦況は互角のように見えた。
互いにある程度、手の内を知っている分、若干膠着状態にあるようだ。
だからこそ、アッシュの集中力を削ってはいけない。
相手は《九妖星》の一角。
わずかな動揺が敗北を招く可能性は、充分すぎるほどある。
(だから邪魔しちゃいけない)
そう決意し、ユーリィは声を出さず手に力を込める。
これだけで自分が無事だと、アッシュにはっきり伝わるだろう。
そして、ユーリィはグッと唇をかみしめて――。
(……アッシュ、頑張って)
と、心の中で青年に声援を贈った。
◆
『かかかか――ッ!』
と、大空洞にガレックの哄笑が響き、《火妖星》の上半身が宙を蠢く。
そして身構える動作もなく突如加速し、鋭利な爪で《朱天》に襲い掛かる!
『――チッ!』
手甲での防御が間に合わないと判断したアッシュは、わずかに機体の重心を沈めて回避する――が、完全にはかわせず装甲の第一層が抉られた。
黒い破片が宙を舞った。
しかし、アッシュとてやられっぱなしではない。
再び宙空へ《火妖星》が離脱する前に、敵機の二の腕、手首を掴み、剛力にものを言わせて地面に投げつける!
『――ぬおおッ!?』
流石に動揺するガレック。《火妖星》は二度、三度と地面をバウンドした。操縦席にいるガレックにとっては堪ったものではない。
その上ダメ押しとばかりに《穿風》まで叩きつけてくる。無防備な状態で直撃を受けた真紅の装甲に亀裂が走り、重心を崩した《火妖星》は片手で機体を支えた。
『かかっ! やってくれるな! アッシュ=クライン!』
少しふらつく頭を振りながら、ガレックはそれでも楽しげに笑う。
そして愛機・《火妖星》はもう片方の手もズシンと地につけ、四足獣のように身構えた状態で《朱天》と対峙する。
『職人なんぞ酔狂な事やってから腕が落ちてるのかと思ってたぜ』
そんなことを告げるガレックに対し、
『余計な心配だ。それなりに訓練はしてるよ』
と、皮肉気に答えるアッシュ。
『それに俺の二つ名は《双金葬守》だぞ。ユーリィを嫁に出す日までは戦士を引退できねえ――って、ユーリィ? なんで俺の腹に爪を立てるんだ?』
何故か、無言でアッシュの腹筋に爪を立てるユーリィに疑問を覚えつつ。
『ともあれ、てめえを生かしておいても俺にはデメリットしかねえ。この場で後腐れなく塵にさせてもらうぜ』
『かかかっ! おっかねえ野郎だな。そんじゃあ殺されちゃあ敵わねえから、そろそろ俺も芸の一つでも見せようか』
言って、不敵に笑うガレック。
その直後、蛇の頭部を象った兜から真っ白い霧のような物が噴き出してきた。
それは瞬く間に周囲に散布され、《火妖星》の機体を覆い隠す。
『――ッ! てめえ!』
アッシュはすぐさま《穿風》を繰り出した――が、不可視の力は霧に穴を穿ちつつもそこにはすでに《火妖星》はいなかった。
――恐らく、霧に紛れて襲い掛かるつもりか。
(……だが、どうするつもりだ? ここまで霧で覆い尽くしちまうと、かなり近付かねえ限り互いに見えねえはずなんだが……)
この霧には見覚えがある。
互いの姿が一切見えなくなる撤退用の煙幕だ。
本来ならば、戦闘に使用するものではないのだが……。
と、その時、アッシュの背筋に悪寒が走る!
『――くッ!』
アッシュは《朱天》を加速させた。直後、霧に四つの斬線が奔る!
その不可視の爪撃は、咄嗟に回避した《朱天》のすぐ傍を通り抜け、岩壁に大きな亀裂を刻みつけた……。
恒力を刃の形で放出する《黄道法》の闘技・《飛刃》だ。
オトハがよく使う闘技であり、今の威力は彼女のそれと遜色ないものだった。
(……あっぶねえ。大雑把に当たりをつけて放ったのか?)
と、アッシュが眉をしかめている内にも《飛刃》はさらに襲い掛かってくる。
目の前の霧に幾つもの斬線が走った。
『くそッ!』
アッシュは直感のみで斬撃を回避した。そして斬線が走った場所に《穿風》を撃ち返すのだが、やはりその場に《火妖星》の影はない。
察するに、反撃を予測して攻撃と同時に移動しているのだろう。
アッシュは忌々しげに唇をかむがその間も爪撃は襲い来る。同じ場所には一度も留まらず常に場所を変えているのだが、《飛刃》は正確に《朱天》を狙ってくる。
不可解な戦況に、アッシュは眉根を寄せた。
(どういうことだ? あいつは何故こうも正確に――)
と、そこでアッシュは自分の失態に気付く。
『しまった! 《朱焔》の光か!』
現在《朱天》は《朱焔》を二本開放している。
その紅水晶のような角には、鬼火のような紅い光が灯っているはずだ。
だとすれば、霧越しであっても《火妖星》の目には、さぞかし分かりやすい目印になっていることだろう。どこに逃げても一目瞭然だ。
霧の中に光。あまりにも定石すぎる目印に、かえって失念していた。
(くそッ! 一旦《朱焔》を解除するか? いや、この状況なら――)
と、アッシュはすぐさま対応策を考えるが、わずかばかり遅かった。
突如、目の前の霧に四つの斬線が走ったのだ。
『――ッ!』
対策に思考を割いていた分、ほんの一瞬だけ反応が遅れる。
その直後、《朱天》が衝撃で震えた。
そして、ズズンと重い落下音が間近で響く。
ただそれだけで、アッシュは愛機の損害状態を知った。
『……くそったれが』
アッシュは小さく呻いた。
「――おっ! もしかして大当たりか!」
霧の向こうから聞こえた重い振動音に、ガレックはほくそ笑む。
この霧は逃走用なのだが今の状況なら使えると判断したのは正解だったようだ。
「かかかっ! 目立ちすぎんだよ。お前さんの《朱焔》はな!」
ガレックは不敵に笑い、更に追撃を加えようと愛機の右腕を振り上げさせた。
しかし、その寸前にガレックは目を瞠った。
「な、なんだ……ッ!」
いきなり霧が鳴動し始めたのだ。
まるで広範囲の突風に押し流されるように霧全体が振動していた。
「う、うおッ!?」
その上、《火妖星》の巨体までが不可視の力に呑み込まれる。
予想外の不意打ちだったため、その場に留まることも出来ず《火妖星》は岩壁まで吹き飛ばされ、勢いよく叩きつけられる。
ガラガラと岩壁が崩れた。
『お、おい。何だ今のは……』
流石に困惑を隠せないガレック。
すると、前方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
『……《天鎧装》って言うんだ。憶えときな』
そう告げるのはアッシュの声だった。
『へえ、聞いたことのねえ闘技だな。お前のオリジナルか?』
『ああ、この国に来てから開発したんだよ』
と、淡々と語るアッシュに対し、ガレックは小さく舌打ちする。
いつしか大空洞の霧は完全に晴れていた。今の衝撃波で一掃したのだろう。
――《黄道法》の放出系闘技・《天鎧装》。
機体全身から全方位に向けて恒力を噴出する闘技である。
本来は防御用なのだが、アッシュはそれを、霧を一掃するのに使用したのだ。
『かかかっ、やっぱこんな小細工は長くは続かねえか』
ガレックは自嘲するように笑う。
しかし、同時に、ニヤアと目尻を下げた。
『だが、思いのほか成果はあったみてえだな。かかかっ、いくら訓練していても実戦から離れりゃあ勘だけは鈍るか』
『…………』
ガレックの挑発に、アッシュは何も答えない。
正論すぎて反論できなかったからだ。
アッシュはちらりと愛機の右腕へと目をやった。
大地をも砕く鋼の剛腕。
本来あるべきそれが――今はなかった。
丁度、二の腕辺りから見事に切断されているのである。
『かかかっ! まさか、あんな小細工で片腕を奪えるとはな。おいおい、結構ヤベえ状況なんじゃねえの? アッシュ=クラインよ』
ズズズッと蛇体を動かして立ち上がる《火妖星》。
ガレックはくつくつと笑っていた。
『さて。俺の《火妖星》相手に片腕でどこまでやれるか見せてもらおうか』
言って、《火妖星》を身構えさせる。
対するアッシュはしばし無言だったが、不意にふっと笑い、
『……これぐらいなら問題ねえよ。昔から《朱天》はやたらと腕をもがれることが多かったからな。対応策ならいくらでもある』
と、気負いもなく言い放つ。
主人の闘志を受け、愛機である《朱天》も左拳を構えて《火妖星》と対峙した。
二機の鎧機兵は互いに円を描くように間合いを測り始める。
そしてそんな緊迫の中、アッシュは臆せずに告げた。
『さあ、かかってきな。てめえなんぞ片手で充分だってことを証明してやるよ』
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