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第5部
エピローグ
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そこは《黒陽社》第5支部・支部長室。
すなわち、ボルド=グレッグの部屋だった。
「…………」
ボルドは執務席の上で指を組んだまま、ずっと沈黙していた。
その様子を秘書であるカテリーナ=ハリスは心配げに見つめていた。
言葉を発さなくなって、すでに一時間以上。
ここまで沈黙する上司の様子は初めてのことだった。
カテリーナはしばし悩んだ後、意を決して話しかけることにした。
こうしている間も業務が滞っていくこともあるが、何より彼女の愛する男のこんな沈痛な姿はもう見たくない。
「あ、あの……ボルド様」
「…………」
だが、ボルドは何も答えてくれない。
ただそれだけでカテリーナはこの上なく哀しくなった。
しかし、それでも話しかけ続ける。
「ボルド様。お気持ちは分かります。ですが……」
と、そこでボルドが視線を上げた。
「……すみません。カテリーナさん。気を遣わせてしましたか。ですが、重ねてすみません。どうか今日だけは私を一人にしてくれないでしょうか」
ボルドの口調はいつも通りの丁寧なものだったが、その言葉には有無を言わせない重みがあった。
それに対し、カテリーナは一瞬迷うが、
「……承知いたしました。今日の業務はすべてキャンセル致します」
そう告げて、支部長室から退室していった。
しばし支部長室に沈黙が訪れる。
そして、ボルドは背もたれに寄りかかり、小さく嘆息した。
「……ガレック。まさか、貴方が逝くとは……」
ほんの一時間前に入った訃報。
《九妖星》の一角。《火妖星》ガレック=オージスの死。
これには流石にボルドも動揺した。
まさか、あのガレックが――。
「……相手はクラインさんですか」
ボルドは自分の額に手を当てた。
「やれやれ。だから忠告したというのに。ですが、貴方のことです。さぞかし満足げな顔で逝ったのでしょうね」
ガレックは親しいとは言い難いし、馬も合わないが、それでも同僚だ。
その死はやはり心に突き刺さる。
「……ガレックの部下達は報復を口にするかもしれませんが、あの社長のことだ。しばらくは様子見でしょうね。なにしろ《火妖星》を落とす者。そんなおもちゃを簡単には壊したくないでしょうし」
ふうっと再び嘆息した。
「これで私とクラインさんの決着がまた遠のいた気がします」
思わずそんな愚痴も出る。
しかし、そのようなことはまた後で考えればいい。
ボルドは天井を見つめ、瞳を細めた。
「ガレック。安らかに、とは言いません。どうせ貴方は今、《火妖星》と共に煉獄の鬼相手に暴れ回っていることでしょう。存分に楽しんで下さい」
そしてボルドは完全に瞳を閉じる。
「……さようなら。ガレック=オージス」
そう呟いた彼の姿は、まるで黙祷しているかのようだった。
◆
「……えっと結局、今回の件ってうちの親父が仕組んでいたってことですか?」
ず~ん、と肩を落としてアリシアが呟く。
「ま、まあ、そう落ち込まないでアリシア」
と、彼女の隣に座るサーシャが励ました。
「……う~む」「けど、それってひでえよな」
ロックとエドワードは、苦笑を浮かべて顔を見合わせている。
時刻は午後四時半。そこはクライン工房の二階。
床には畳が敷かれ、中央に卓袱台が鎮座する久々の茶の間である。
そこには今、七名の人間が卓袱台を囲んで座っていた。
まず住人であるアッシュ、ユーリィ、オトハの三人。
そして客人であるアリシア、サーシャ、エドワード、ロックの四人だ。
ちなみに、アッシュとユーリィはクライン工房の白いつなぎ。
オトハはいつもの黒いレザースーツ。
サーシャ達四人もまた、いつもの騎士学校の制服といった格好だ。
今日は、今回の厄介事のあらましを学生達四人に伝えていたところだった。
「まあ、言いたくはないが、相当腹黒いよな。アリシアの親父さん」
と、アッシュは本気で言いづらそうに告げる。
隣に座るオトハも渋面を浮かべた。
「まさか、ほとんどエイシス団長の計画だったとはな。私は全く疑わなかったぞ」
そして、ふうと嘆息する。
「まあ、団長さんは嘘だけは一度も言ってなかったからな」
アッシュも同じく嘆息した。
それに対し、肩身が狭いのはガハルドの娘であるアリシアだ。
「……すいません。うちの父親が」
蒼い瞳と絹糸のような髪を持つ少女は、しょぼんと肩を落としてから、
「父にはよく言っておきます。あと、百回ほど『大嫌い』とも言っておきます」
「ま、まあ、お手柔らかにな」
苦笑を浮かべてアッシュは言う。
――今回の一件。
色々あったが、二週間経った今では少し落ち着いていた。
まず今回の騒動の中心人物であるセド=ボーガンだが、彼は現在裁判中だった。
ガハルドの話ではそう重い罪にはならないらしい。元々、そこら辺はギル=ボーガンと司法取引をしており、後は執行猶予がつくかどうかが、今の論点だそうだ。
次に《黒陽社》について。
これについては、流石は《黒陽社》としか言いようがなかった。
アッシュが倒したガレック=オージス以外の社員は、全員迅速に逃げおおせてしまったのだ。結局、捕縛できたのは雇われ作業員のみ。何とも不本意な結果だ。
そして最後にアッシュ達。
今、彼らがこの工房にいることが何よりの成果の証明だろう。
遂に、アッシュは自分の工房を取り戻したのだ。
ギル=ボーガンは約束を何一つ違えることなく果たしてくれた。
おかげでアッシュは内心ではご機嫌だった。
「まあ、何にせよ、今回の一件はようやく決着したってことだ」
にこやかな笑顔でアッシュはそう告げる。
確かに散々な目にあった。
帰国するなり工房を追いだされ最終的には《九妖星》との戦闘にまで発展した。
しかし、結果的に見れば、工房は土地つきで取り戻せたし、鉱山街グランゾでは結構な額の収入を得た。
アッシュにとっては、いいことばかりだ。
まあ、長期休業していたので、これからが本当に大変なのだが。
「一応、挨拶回りはしたけど、お客様は戻ってくるの?」
と、アッシュの右隣に座るユーリィが少し不安そうに告げる。
すると、アッシュはくしゃくしゃと彼女の頭を撫で、
「そこは努力次第だな。頑張ろうなユーリィ」
「うん。分かった。頑張る」
言って、ユーリィは笑った。
と、その時だった。
何やら一階から人の呼ぶ声が聞こえてきた。
一番廊下に近かったサーシャが真っ先にそれに気付く。
「あっ、先生。誰か来たみたいですよ! もしかしたらお客様かも!」
「おう。そんじゃあ行くか、ユーリィ」
「うん。分かった」
そう言ってアッシュとユーリィは一階に降りて行った。
階段を降りたすぐそこは、工房の作業場だ。
そして、さらにその奥――要するに外なのだが、そこには一人佇む年配の農夫と、その後ろに待機する農業用の鎧機兵の姿が見えた。
すると、年配の農夫もアッシュ達の姿に気付いたようで、
「ああ、クラインさん。ちょっと鎧機兵の調子が悪くてさ。見てもらえるかな?」
と、声をかけてきた。
どうやら大当たり。最初のお客様のようだ。
「ああ、もちろんさ」
アッシュは腕まくりをして笑う。ユーリィも彼に続いた。
そして二人はお客様に笑顔を向け、声をそろえて歓迎するのだった。
「「クライン工房へようこそ!」」
第五部、第一シーズン〈了〉
すなわち、ボルド=グレッグの部屋だった。
「…………」
ボルドは執務席の上で指を組んだまま、ずっと沈黙していた。
その様子を秘書であるカテリーナ=ハリスは心配げに見つめていた。
言葉を発さなくなって、すでに一時間以上。
ここまで沈黙する上司の様子は初めてのことだった。
カテリーナはしばし悩んだ後、意を決して話しかけることにした。
こうしている間も業務が滞っていくこともあるが、何より彼女の愛する男のこんな沈痛な姿はもう見たくない。
「あ、あの……ボルド様」
「…………」
だが、ボルドは何も答えてくれない。
ただそれだけでカテリーナはこの上なく哀しくなった。
しかし、それでも話しかけ続ける。
「ボルド様。お気持ちは分かります。ですが……」
と、そこでボルドが視線を上げた。
「……すみません。カテリーナさん。気を遣わせてしましたか。ですが、重ねてすみません。どうか今日だけは私を一人にしてくれないでしょうか」
ボルドの口調はいつも通りの丁寧なものだったが、その言葉には有無を言わせない重みがあった。
それに対し、カテリーナは一瞬迷うが、
「……承知いたしました。今日の業務はすべてキャンセル致します」
そう告げて、支部長室から退室していった。
しばし支部長室に沈黙が訪れる。
そして、ボルドは背もたれに寄りかかり、小さく嘆息した。
「……ガレック。まさか、貴方が逝くとは……」
ほんの一時間前に入った訃報。
《九妖星》の一角。《火妖星》ガレック=オージスの死。
これには流石にボルドも動揺した。
まさか、あのガレックが――。
「……相手はクラインさんですか」
ボルドは自分の額に手を当てた。
「やれやれ。だから忠告したというのに。ですが、貴方のことです。さぞかし満足げな顔で逝ったのでしょうね」
ガレックは親しいとは言い難いし、馬も合わないが、それでも同僚だ。
その死はやはり心に突き刺さる。
「……ガレックの部下達は報復を口にするかもしれませんが、あの社長のことだ。しばらくは様子見でしょうね。なにしろ《火妖星》を落とす者。そんなおもちゃを簡単には壊したくないでしょうし」
ふうっと再び嘆息した。
「これで私とクラインさんの決着がまた遠のいた気がします」
思わずそんな愚痴も出る。
しかし、そのようなことはまた後で考えればいい。
ボルドは天井を見つめ、瞳を細めた。
「ガレック。安らかに、とは言いません。どうせ貴方は今、《火妖星》と共に煉獄の鬼相手に暴れ回っていることでしょう。存分に楽しんで下さい」
そしてボルドは完全に瞳を閉じる。
「……さようなら。ガレック=オージス」
そう呟いた彼の姿は、まるで黙祷しているかのようだった。
◆
「……えっと結局、今回の件ってうちの親父が仕組んでいたってことですか?」
ず~ん、と肩を落としてアリシアが呟く。
「ま、まあ、そう落ち込まないでアリシア」
と、彼女の隣に座るサーシャが励ました。
「……う~む」「けど、それってひでえよな」
ロックとエドワードは、苦笑を浮かべて顔を見合わせている。
時刻は午後四時半。そこはクライン工房の二階。
床には畳が敷かれ、中央に卓袱台が鎮座する久々の茶の間である。
そこには今、七名の人間が卓袱台を囲んで座っていた。
まず住人であるアッシュ、ユーリィ、オトハの三人。
そして客人であるアリシア、サーシャ、エドワード、ロックの四人だ。
ちなみに、アッシュとユーリィはクライン工房の白いつなぎ。
オトハはいつもの黒いレザースーツ。
サーシャ達四人もまた、いつもの騎士学校の制服といった格好だ。
今日は、今回の厄介事のあらましを学生達四人に伝えていたところだった。
「まあ、言いたくはないが、相当腹黒いよな。アリシアの親父さん」
と、アッシュは本気で言いづらそうに告げる。
隣に座るオトハも渋面を浮かべた。
「まさか、ほとんどエイシス団長の計画だったとはな。私は全く疑わなかったぞ」
そして、ふうと嘆息する。
「まあ、団長さんは嘘だけは一度も言ってなかったからな」
アッシュも同じく嘆息した。
それに対し、肩身が狭いのはガハルドの娘であるアリシアだ。
「……すいません。うちの父親が」
蒼い瞳と絹糸のような髪を持つ少女は、しょぼんと肩を落としてから、
「父にはよく言っておきます。あと、百回ほど『大嫌い』とも言っておきます」
「ま、まあ、お手柔らかにな」
苦笑を浮かべてアッシュは言う。
――今回の一件。
色々あったが、二週間経った今では少し落ち着いていた。
まず今回の騒動の中心人物であるセド=ボーガンだが、彼は現在裁判中だった。
ガハルドの話ではそう重い罪にはならないらしい。元々、そこら辺はギル=ボーガンと司法取引をしており、後は執行猶予がつくかどうかが、今の論点だそうだ。
次に《黒陽社》について。
これについては、流石は《黒陽社》としか言いようがなかった。
アッシュが倒したガレック=オージス以外の社員は、全員迅速に逃げおおせてしまったのだ。結局、捕縛できたのは雇われ作業員のみ。何とも不本意な結果だ。
そして最後にアッシュ達。
今、彼らがこの工房にいることが何よりの成果の証明だろう。
遂に、アッシュは自分の工房を取り戻したのだ。
ギル=ボーガンは約束を何一つ違えることなく果たしてくれた。
おかげでアッシュは内心ではご機嫌だった。
「まあ、何にせよ、今回の一件はようやく決着したってことだ」
にこやかな笑顔でアッシュはそう告げる。
確かに散々な目にあった。
帰国するなり工房を追いだされ最終的には《九妖星》との戦闘にまで発展した。
しかし、結果的に見れば、工房は土地つきで取り戻せたし、鉱山街グランゾでは結構な額の収入を得た。
アッシュにとっては、いいことばかりだ。
まあ、長期休業していたので、これからが本当に大変なのだが。
「一応、挨拶回りはしたけど、お客様は戻ってくるの?」
と、アッシュの右隣に座るユーリィが少し不安そうに告げる。
すると、アッシュはくしゃくしゃと彼女の頭を撫で、
「そこは努力次第だな。頑張ろうなユーリィ」
「うん。分かった。頑張る」
言って、ユーリィは笑った。
と、その時だった。
何やら一階から人の呼ぶ声が聞こえてきた。
一番廊下に近かったサーシャが真っ先にそれに気付く。
「あっ、先生。誰か来たみたいですよ! もしかしたらお客様かも!」
「おう。そんじゃあ行くか、ユーリィ」
「うん。分かった」
そう言ってアッシュとユーリィは一階に降りて行った。
階段を降りたすぐそこは、工房の作業場だ。
そして、さらにその奥――要するに外なのだが、そこには一人佇む年配の農夫と、その後ろに待機する農業用の鎧機兵の姿が見えた。
すると、年配の農夫もアッシュ達の姿に気付いたようで、
「ああ、クラインさん。ちょっと鎧機兵の調子が悪くてさ。見てもらえるかな?」
と、声をかけてきた。
どうやら大当たり。最初のお客様のようだ。
「ああ、もちろんさ」
アッシュは腕まくりをして笑う。ユーリィも彼に続いた。
そして二人はお客様に笑顔を向け、声をそろえて歓迎するのだった。
「「クライン工房へようこそ!」」
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