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第6部
第二章 白亜の王城ラスセーヌ①
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アティス王国・王城区の高台。
そのほぼ中央の位置に、王都ラズンの全景を見下ろす優雅な建造物があった。
アティス王国の主城。白亜の王城――ラスセーヌだ。
コツコツ、と。
その最上階である六階にて。
謁見の間へと続く渡り廊下を、靴を鳴らして歩く一人の騎士がいた。
年の頃は四十代前半。その大柄な体躯には黄系統の制服と同色のサーコートを着込み、見事なカイゼル髭をたくわえた精悍な男性。
ガハルド=エイシス。
アリシアの父であり、治安維持を担う第三騎士団の団長でもある人物だ。
彼はやや険しい表情で謁見の間に向かっていた。
と、その時、
「おや? エイシス団長ではありませんか」
不意に後ろから呼び止められた。
ガハルドが「ん?」と呟き、一旦足を止めて後ろに目をやると、そこには赤系統で統一された制服とサーコートを纏う一人の騎士が立っていた。
年の頃はガハルドとほぼ同じ。
ひょろっとした体格に温和な顔立ちをしており、いかにも争い事が苦手そうな人物ではあるが、意外にも彼は王城の警護を担う第一騎士団の団長である。
ローグ=ハティア。
それが彼の名前だった。
「これはハティア団長。もしやあなたも謁見の間へ?」
ガハルドがそう尋ねると、ローグは「ええ、そうですよ」と頷いた。
「陛下に呼ばれまして。多分フォクス団長も呼ばれているのでは?」
「……フォクス団長もですか?」
そう反芻し、ガハルドは渋面を浮かべた。
彼らの言うフォクス団長とは、魔獣などの外敵から王都を防衛する第二騎士団の団長であった。全騎士団における最年長者であり、今年で六十八歳になる老騎士だ。かなりの頑固者であるため、ガハルドが苦手とする人物でもある。
「この時期に三騎士団長が呼び出されるという事は……今年も建国祭が迫って来たって事ですね。恐らく例年のように陛下から激励のお言葉を頂けるのでしょう」
と、ローグが頭をボリボリとかいて笑う。
「まあ、そうでしょうな」
ガハルドは苦笑を浮かべた。
「この時期は本当に忙しく、気が緩みやすいですからな」
アティス王はそれを危惧し、毎年こうして三騎士団長に激励をくれるのだ。
主君の心遣いに感謝しつつ、二人は歩きだす。
「しかし、今年は色々ありましたね。特にあの《業蛇》の討伐には驚きましたよ。エイシス団長のご息女はまさに英雄ですよ」
コツコツと歩きながら、ローグがそう言うと、
「いえ、運が良かっただけですよ。行動力があると言えば聞こえはいいのですが、あれはただの考えなしです。全くもってお恥ずかしい」
と、謙遜ではなく、半ば本気で思っていることを口にするガハルド。
しかし、ローグは「ふふっ、何を仰いますか。エイシス団長」と笑う。
「あなたのご息女と、あのエレナ殿のご息女。そして彼女達の学友達の活躍は誇るべきことですよ。かの魔獣の討伐は我らの悲願だったのですから」
同僚にそう言われ、ガハルドは少しばかり困ったような顔を浮かべた。
今から半年ほど前の事だ。
ガハルドの娘であるアリシアと、親友アランの娘であるサーシャ。そして彼女達の学友である二人の少年は、長年この国を苦しめてきた固有種の魔獣である《業蛇》を幾つかの幸運もあり、討ち倒すことに成功したのだ。
今やアリシア達は、ちょっとした英雄扱いである。
しかし、ガハルドとしては下手をすれば愛娘を失いかねない大事件でもあった。正直な所、いまいち素直に誉められないのが親としての心情だ。
だからこそ、この一件を持ち出されると何とも困ってしまう。
(……まったく。あの馬鹿娘は)
と、ガハルドが内心のみで渋面を浮かべていたら、
「……おっ、到着しましたね」
ローグが言う。彼らは大きな扉の前に辿り着いていた。
王城ラスセーヌの謁見の間だ。
重厚な扉の左右には、第一騎士団の騎士達が守衛をしている。
守衛の騎士達はガハルド達に敬礼をした。
「陛下はおられるか?」
と、ローグが尋ねると騎士の一人が「はっ!」と答えた。
「おられます。すでに第二騎士団長もお待ちになっておられます」
「……そうか」
と、呟いたのは一瞬だけ渋面を浮かべたガハルド。
ローグはそんな同僚に苦笑を見せつつ、「では開けてくれ」と部下達に命じた。
守衛の騎士達は「はっ!」と応えると、扉の取っ手を掴み、ゆっくりと開いた。
ガハルドとローグは謁見の間に足を踏み入れた。
赤い豪華な絨毯が敷かれた広い室内には、護衛として壁際に並ぶ十数人の騎士達を除くと、三名の人物がいた。
「おおっ! 来たか! ハティア。エイシスよ」
と、最初に声を上げたのは玉座に座る人物だった。
年の頃は五十代前半。赤い外套を纏う豊かな髭が印象的な初老の男性だ。
この国を統べる七代目のアティス王。
ガハルド達の主君である、アロス=アティスその人だった。
「よく来て下さいました。ハティア殿。エイシス殿」
と、温和な声で告げるのは、アティス王の隣で佇む貴婦人。
見事なプロポーションを純白のドレスで優雅に着飾った彼女は、一見するとアロスの娘のようにも見えるが、実は違う。
サリア=アティス。
彼女はアティス王の妃なのである。
実年齢は三十代半ばなのだが、未だ二十代前半にも見える若々しい美女であり、信じがたい事だが、これでも十四の娘がいる母でもあった。
「お待たせして申し訳ありません。陛下。王妃さま」
ガハルドとローグはそれぞれがそう謝罪し、頭を垂れた。
王も王妃も気にしなくていいと笑うのだが一人だけ違う反応を見せる者がいる。
玉座の前。王達の御前にて佇む一人の老騎士。
緑系統の制服とサーコートを纏った第二騎士団団長・カザン=フォクスである。
「ふん。小僧どもが」
老騎士は眉をしかめて告げる。
「陛下と王妃さまをお待たせするとは何たる不敬か」
「まあ、そう申すな。フォクスよ。急に呼び出した余が悪いのだ」
温和で有名な王は苦笑を浮かべて言う。
「ともあれ、よくぞ来てくれた。三騎士団長よ」
主君に歓迎され、ガハルド達は横一列に並び、揃って片膝をついた。
そして沈黙を以て主君の言葉を待つ。
「ふむ」
アロスは豊かな髭を撫でて呟く。
「お主らを呼び出したのは他でもない。間近に迫った建国祭についてだ」
やはり建国祭についてか。
三人の騎士団長は面には出さず反応した。
アロスはその様子に気付いたが、あえて指摘はせず言葉を続けた。
「毎年、こうして建国祭を迎えられるのはお主ら三騎士団のおかげだ。しかし、年の終わりともなれば民も気が大きくなろうというもの。お主らには平時よりも気を引き締めて建国祭を迎えて欲しいと願う」
「「「――はっ!」」」
三騎士団長は声を揃えて主君に応えた。
ここまでは例年通りだ。
しかし、今年はここから先が違った。
「そしてもう一つ。余からお主らに願いがあるのだ」
三騎士団長は少し驚き、顔を上げた。
「……それは一体何でございましょうか」
と、ローグが代表して主君に尋ねる。
すると、アティス王は「……ふむ」と呟き、
「今年はアティス王国において特別な年となった。なにせ、長年苦しめられてきたかの魔獣の討伐を果たしたのだからな」
主君の言葉に、ローグとカザンは頷き、ガハルドは少し頬を引きつらせた。
アロスは話を続ける。
「ゆえに今年の建国祭は例年よりも賑やかなものにしたかったのだ」
「そう仰られますと?」
今度はカザンが尋ねた。
アロスは「うむ」と頷く。
「三ヶ月ほど前に財務大臣とも相談してな。毎年行うこのラスセーヌでの展示会。あれを少々豪華なものにしようと考えたのだ」
そこで一拍置き、
「まあ、それ自体は中々の逸品を収集し、すでに準備も完了しておるのだが、その際、かなり風変わりな品も手に入れてな」
「風変わりな品、ですか」
眉根を寄せて反芻するローグに、アロスは首肯した。
「うむ。何の因果か余の元に迷い込んだのだ。かなりいわくつきの一品よ」
そう語るアロスは何とも言えない微妙な表情をしていた。
「正直、扱いに困る品なのだが、極めて珍しい物でもある。ゆえに余はこれも展示会に出そうと思うのだが、そこでお主らに願いがあるのだ」
わずかに困惑するガハルド達。アロスは微かに苦笑を浮かべた。
そしてアティス王は、臣下達にこう告げるのだった。
「要はその訳ありの逸品の警護を、お主らに頼みたいのだ」
そのほぼ中央の位置に、王都ラズンの全景を見下ろす優雅な建造物があった。
アティス王国の主城。白亜の王城――ラスセーヌだ。
コツコツ、と。
その最上階である六階にて。
謁見の間へと続く渡り廊下を、靴を鳴らして歩く一人の騎士がいた。
年の頃は四十代前半。その大柄な体躯には黄系統の制服と同色のサーコートを着込み、見事なカイゼル髭をたくわえた精悍な男性。
ガハルド=エイシス。
アリシアの父であり、治安維持を担う第三騎士団の団長でもある人物だ。
彼はやや険しい表情で謁見の間に向かっていた。
と、その時、
「おや? エイシス団長ではありませんか」
不意に後ろから呼び止められた。
ガハルドが「ん?」と呟き、一旦足を止めて後ろに目をやると、そこには赤系統で統一された制服とサーコートを纏う一人の騎士が立っていた。
年の頃はガハルドとほぼ同じ。
ひょろっとした体格に温和な顔立ちをしており、いかにも争い事が苦手そうな人物ではあるが、意外にも彼は王城の警護を担う第一騎士団の団長である。
ローグ=ハティア。
それが彼の名前だった。
「これはハティア団長。もしやあなたも謁見の間へ?」
ガハルドがそう尋ねると、ローグは「ええ、そうですよ」と頷いた。
「陛下に呼ばれまして。多分フォクス団長も呼ばれているのでは?」
「……フォクス団長もですか?」
そう反芻し、ガハルドは渋面を浮かべた。
彼らの言うフォクス団長とは、魔獣などの外敵から王都を防衛する第二騎士団の団長であった。全騎士団における最年長者であり、今年で六十八歳になる老騎士だ。かなりの頑固者であるため、ガハルドが苦手とする人物でもある。
「この時期に三騎士団長が呼び出されるという事は……今年も建国祭が迫って来たって事ですね。恐らく例年のように陛下から激励のお言葉を頂けるのでしょう」
と、ローグが頭をボリボリとかいて笑う。
「まあ、そうでしょうな」
ガハルドは苦笑を浮かべた。
「この時期は本当に忙しく、気が緩みやすいですからな」
アティス王はそれを危惧し、毎年こうして三騎士団長に激励をくれるのだ。
主君の心遣いに感謝しつつ、二人は歩きだす。
「しかし、今年は色々ありましたね。特にあの《業蛇》の討伐には驚きましたよ。エイシス団長のご息女はまさに英雄ですよ」
コツコツと歩きながら、ローグがそう言うと、
「いえ、運が良かっただけですよ。行動力があると言えば聞こえはいいのですが、あれはただの考えなしです。全くもってお恥ずかしい」
と、謙遜ではなく、半ば本気で思っていることを口にするガハルド。
しかし、ローグは「ふふっ、何を仰いますか。エイシス団長」と笑う。
「あなたのご息女と、あのエレナ殿のご息女。そして彼女達の学友達の活躍は誇るべきことですよ。かの魔獣の討伐は我らの悲願だったのですから」
同僚にそう言われ、ガハルドは少しばかり困ったような顔を浮かべた。
今から半年ほど前の事だ。
ガハルドの娘であるアリシアと、親友アランの娘であるサーシャ。そして彼女達の学友である二人の少年は、長年この国を苦しめてきた固有種の魔獣である《業蛇》を幾つかの幸運もあり、討ち倒すことに成功したのだ。
今やアリシア達は、ちょっとした英雄扱いである。
しかし、ガハルドとしては下手をすれば愛娘を失いかねない大事件でもあった。正直な所、いまいち素直に誉められないのが親としての心情だ。
だからこそ、この一件を持ち出されると何とも困ってしまう。
(……まったく。あの馬鹿娘は)
と、ガハルドが内心のみで渋面を浮かべていたら、
「……おっ、到着しましたね」
ローグが言う。彼らは大きな扉の前に辿り着いていた。
王城ラスセーヌの謁見の間だ。
重厚な扉の左右には、第一騎士団の騎士達が守衛をしている。
守衛の騎士達はガハルド達に敬礼をした。
「陛下はおられるか?」
と、ローグが尋ねると騎士の一人が「はっ!」と答えた。
「おられます。すでに第二騎士団長もお待ちになっておられます」
「……そうか」
と、呟いたのは一瞬だけ渋面を浮かべたガハルド。
ローグはそんな同僚に苦笑を見せつつ、「では開けてくれ」と部下達に命じた。
守衛の騎士達は「はっ!」と応えると、扉の取っ手を掴み、ゆっくりと開いた。
ガハルドとローグは謁見の間に足を踏み入れた。
赤い豪華な絨毯が敷かれた広い室内には、護衛として壁際に並ぶ十数人の騎士達を除くと、三名の人物がいた。
「おおっ! 来たか! ハティア。エイシスよ」
と、最初に声を上げたのは玉座に座る人物だった。
年の頃は五十代前半。赤い外套を纏う豊かな髭が印象的な初老の男性だ。
この国を統べる七代目のアティス王。
ガハルド達の主君である、アロス=アティスその人だった。
「よく来て下さいました。ハティア殿。エイシス殿」
と、温和な声で告げるのは、アティス王の隣で佇む貴婦人。
見事なプロポーションを純白のドレスで優雅に着飾った彼女は、一見するとアロスの娘のようにも見えるが、実は違う。
サリア=アティス。
彼女はアティス王の妃なのである。
実年齢は三十代半ばなのだが、未だ二十代前半にも見える若々しい美女であり、信じがたい事だが、これでも十四の娘がいる母でもあった。
「お待たせして申し訳ありません。陛下。王妃さま」
ガハルドとローグはそれぞれがそう謝罪し、頭を垂れた。
王も王妃も気にしなくていいと笑うのだが一人だけ違う反応を見せる者がいる。
玉座の前。王達の御前にて佇む一人の老騎士。
緑系統の制服とサーコートを纏った第二騎士団団長・カザン=フォクスである。
「ふん。小僧どもが」
老騎士は眉をしかめて告げる。
「陛下と王妃さまをお待たせするとは何たる不敬か」
「まあ、そう申すな。フォクスよ。急に呼び出した余が悪いのだ」
温和で有名な王は苦笑を浮かべて言う。
「ともあれ、よくぞ来てくれた。三騎士団長よ」
主君に歓迎され、ガハルド達は横一列に並び、揃って片膝をついた。
そして沈黙を以て主君の言葉を待つ。
「ふむ」
アロスは豊かな髭を撫でて呟く。
「お主らを呼び出したのは他でもない。間近に迫った建国祭についてだ」
やはり建国祭についてか。
三人の騎士団長は面には出さず反応した。
アロスはその様子に気付いたが、あえて指摘はせず言葉を続けた。
「毎年、こうして建国祭を迎えられるのはお主ら三騎士団のおかげだ。しかし、年の終わりともなれば民も気が大きくなろうというもの。お主らには平時よりも気を引き締めて建国祭を迎えて欲しいと願う」
「「「――はっ!」」」
三騎士団長は声を揃えて主君に応えた。
ここまでは例年通りだ。
しかし、今年はここから先が違った。
「そしてもう一つ。余からお主らに願いがあるのだ」
三騎士団長は少し驚き、顔を上げた。
「……それは一体何でございましょうか」
と、ローグが代表して主君に尋ねる。
すると、アティス王は「……ふむ」と呟き、
「今年はアティス王国において特別な年となった。なにせ、長年苦しめられてきたかの魔獣の討伐を果たしたのだからな」
主君の言葉に、ローグとカザンは頷き、ガハルドは少し頬を引きつらせた。
アロスは話を続ける。
「ゆえに今年の建国祭は例年よりも賑やかなものにしたかったのだ」
「そう仰られますと?」
今度はカザンが尋ねた。
アロスは「うむ」と頷く。
「三ヶ月ほど前に財務大臣とも相談してな。毎年行うこのラスセーヌでの展示会。あれを少々豪華なものにしようと考えたのだ」
そこで一拍置き、
「まあ、それ自体は中々の逸品を収集し、すでに準備も完了しておるのだが、その際、かなり風変わりな品も手に入れてな」
「風変わりな品、ですか」
眉根を寄せて反芻するローグに、アロスは首肯した。
「うむ。何の因果か余の元に迷い込んだのだ。かなりいわくつきの一品よ」
そう語るアロスは何とも言えない微妙な表情をしていた。
「正直、扱いに困る品なのだが、極めて珍しい物でもある。ゆえに余はこれも展示会に出そうと思うのだが、そこでお主らに願いがあるのだ」
わずかに困惑するガハルド達。アロスは微かに苦笑を浮かべた。
そしてアティス王は、臣下達にこう告げるのだった。
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