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第6部
第四章 潜む者たち①
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「………ふう」
そこは、市街区にある第三騎士団の詰め所。
その団長室にて、ガハルド=エイシスはコーヒーを片手に一息ついていた。
「しかし、一向に終わらんな」
ガハルドはそう呟き、目の前の執務机に置かれた資料の束をちらりと見て、心底疲れ果てた表情を浮かべた。
これらは、露店の申請書などの建国祭に向けての資料だった。
毎年、この時期は本当に地獄だ。
どれだけ承認しても、次から次へと報告書が舞い込んでくる。
まるで底なし沼にハマってしまったような気分だった。
「しかも準備だけでも大変なのに、毎年何かしらの騒動が起きるからな」
それを思うと、うんざりする。
自分の仕事に誇りを持っているとはいえ、キツイものはキツイのである。
「………ふう」
ガハルドは再び嘆息した。
そしてコーヒーカップを机の端に置き、肩をコキンと鳴らした。
何にせよ、仕事はしなければ終わらない。
「さて。再開するか」
そう意気込んで、書類の一枚を手に取った時だった。
――コンコン、と。
不意に団長室のドアがノックされた。
「……? 誰だ? 鍵なら開いている。入っていいぞ」
「ああ、では失礼する」
そう返して部屋の中に入ってきた人物に、ガハルドは目を剥いた。
「何だ、シンじゃないか。どうしたのだ?」
入室してきたのは、緑色の制服を着た一人の騎士。
三十代後半の左目に傷を持つ隻眼の男性だ。
彼の名前は、シン=ライガス。
ガハルドの十年来の友人であり、第二騎士団に所属する上級騎士である。
「お忙しいところ申し訳ない。エイシス団長」
そう言って、深々と頭を下げるシン。
その様子を見て、ガハルドは面持ちを真剣なものに改めた。
普段のシンはガハルドを「さん」付けではあるが、名前で呼ぶ。
口調ももう少し砕けており、ガハルドの親友であるアランも誘って、よく三人で呑みに行くような間柄だ。所属こそ違うが、かなり親しい人間だった。
しかし、そのシンが、こうも格式ばった態度を取るということは――。
「……何かあったのか。ライガス上級騎士」
ガハルドが第三騎士団の長の顔でシンに尋ねる。と、
「はい」
真剣な面持ちでそう返し、シンは報告し始めた。
「第二騎士団長から各団長への緊急連絡です。昨日の深夜二時頃。バルゴアス監獄が襲撃を受けました」
「………な、に?」
ガハルドは一瞬唖然とした――が、
「な、なんだとッ!? シン! どういうことだ!」
ダンッと執務机を両手で叩き、勢いよく立ち上がった。
「監獄の襲撃だと! 誰がそんなことを!?」
「現在、第二騎士団の団員が調査中です。幸いにも死傷者はいません」
シンは淡々と答える。
「ただ、現時点で分かっていることは、どうやら内部からの手引きがあったこと。そして脱獄者は一名ということです」
「……内部からの手引きだと?」
ガハルドは眉間にしわを寄せる。
「警備の騎士に内通者がいたのか? 一体誰だ? 捕えているのか?」
「はい。複数の証言から、内通者は監獄の管理官の一人であった第二騎士団の下級騎士であると判明しています。その人物も今朝、自宅にいる所を捕縛しました。しかし、おかしな点がありまして」
と、少し躊躇いがちに告げるシンに、ガハルドは腕を組んで尋ねる。
「おかしな点? 内通者であることは断定しているのだろう?」
「はい。ただ、その騎士にはアリバイがあるのです」
「……アリバイだと? どういう意味だ? 目撃証人がいるからこそ捕縛したのではないのか。アリバイなどそもそも関係ないだろう」
まるで謎かけのようなシンの報告に、ガハルドはわずかに苛立った。
すると、シンは非常に困ったような表情を見せた。
「実は、その騎士が脱獄の手引きをしたと思われる時間帯、彼は市街区の娼館にいたそうなんです。これも複数の娼婦から証言が取れました」
「……なに?」
ガハルドは目をすっと細めた。
「要するにそれは、同じ時間帯にその男は二か所の場所にいたという事か?」
「……そうなります。正直不可解な状況であり、これに関しては第二騎士団も困惑していまして現在詳細な状況を調査中なのです」
「……そうか」
ガハルドはあごに手をやり呻いた。
不可解な話だが、これは報告を待つしかないだろう。
「まぁいい。今はその件は置いておこう。それでシン。脱獄者は一名なんだな?」
ガハルドはシンの顔を見据えて問うた。
正直、こちらの方が気になる内容だ。凶悪な囚人なら一名でも危険だった。
「はい。その一名なのですが……」
そこでシンは柳眉を吊り上げた。
その顔には明らかに苛立ちが滲んでいる。
ガハルドは訝しげに眉をひそめた。
「……シン? 一体どうした?」
そう尋ねるガハルドに、
「ガハルドさん。どうか落ち着いて聞いてくれ」
と、普段の口調に変えるシン。
そしてガハルドの旧友は、神妙な声で告げた。
「脱獄したのは、あのアンディ=ジラールなんだよ」
そこは、市街区にある第三騎士団の詰め所。
その団長室にて、ガハルド=エイシスはコーヒーを片手に一息ついていた。
「しかし、一向に終わらんな」
ガハルドはそう呟き、目の前の執務机に置かれた資料の束をちらりと見て、心底疲れ果てた表情を浮かべた。
これらは、露店の申請書などの建国祭に向けての資料だった。
毎年、この時期は本当に地獄だ。
どれだけ承認しても、次から次へと報告書が舞い込んでくる。
まるで底なし沼にハマってしまったような気分だった。
「しかも準備だけでも大変なのに、毎年何かしらの騒動が起きるからな」
それを思うと、うんざりする。
自分の仕事に誇りを持っているとはいえ、キツイものはキツイのである。
「………ふう」
ガハルドは再び嘆息した。
そしてコーヒーカップを机の端に置き、肩をコキンと鳴らした。
何にせよ、仕事はしなければ終わらない。
「さて。再開するか」
そう意気込んで、書類の一枚を手に取った時だった。
――コンコン、と。
不意に団長室のドアがノックされた。
「……? 誰だ? 鍵なら開いている。入っていいぞ」
「ああ、では失礼する」
そう返して部屋の中に入ってきた人物に、ガハルドは目を剥いた。
「何だ、シンじゃないか。どうしたのだ?」
入室してきたのは、緑色の制服を着た一人の騎士。
三十代後半の左目に傷を持つ隻眼の男性だ。
彼の名前は、シン=ライガス。
ガハルドの十年来の友人であり、第二騎士団に所属する上級騎士である。
「お忙しいところ申し訳ない。エイシス団長」
そう言って、深々と頭を下げるシン。
その様子を見て、ガハルドは面持ちを真剣なものに改めた。
普段のシンはガハルドを「さん」付けではあるが、名前で呼ぶ。
口調ももう少し砕けており、ガハルドの親友であるアランも誘って、よく三人で呑みに行くような間柄だ。所属こそ違うが、かなり親しい人間だった。
しかし、そのシンが、こうも格式ばった態度を取るということは――。
「……何かあったのか。ライガス上級騎士」
ガハルドが第三騎士団の長の顔でシンに尋ねる。と、
「はい」
真剣な面持ちでそう返し、シンは報告し始めた。
「第二騎士団長から各団長への緊急連絡です。昨日の深夜二時頃。バルゴアス監獄が襲撃を受けました」
「………な、に?」
ガハルドは一瞬唖然とした――が、
「な、なんだとッ!? シン! どういうことだ!」
ダンッと執務机を両手で叩き、勢いよく立ち上がった。
「監獄の襲撃だと! 誰がそんなことを!?」
「現在、第二騎士団の団員が調査中です。幸いにも死傷者はいません」
シンは淡々と答える。
「ただ、現時点で分かっていることは、どうやら内部からの手引きがあったこと。そして脱獄者は一名ということです」
「……内部からの手引きだと?」
ガハルドは眉間にしわを寄せる。
「警備の騎士に内通者がいたのか? 一体誰だ? 捕えているのか?」
「はい。複数の証言から、内通者は監獄の管理官の一人であった第二騎士団の下級騎士であると判明しています。その人物も今朝、自宅にいる所を捕縛しました。しかし、おかしな点がありまして」
と、少し躊躇いがちに告げるシンに、ガハルドは腕を組んで尋ねる。
「おかしな点? 内通者であることは断定しているのだろう?」
「はい。ただ、その騎士にはアリバイがあるのです」
「……アリバイだと? どういう意味だ? 目撃証人がいるからこそ捕縛したのではないのか。アリバイなどそもそも関係ないだろう」
まるで謎かけのようなシンの報告に、ガハルドはわずかに苛立った。
すると、シンは非常に困ったような表情を見せた。
「実は、その騎士が脱獄の手引きをしたと思われる時間帯、彼は市街区の娼館にいたそうなんです。これも複数の娼婦から証言が取れました」
「……なに?」
ガハルドは目をすっと細めた。
「要するにそれは、同じ時間帯にその男は二か所の場所にいたという事か?」
「……そうなります。正直不可解な状況であり、これに関しては第二騎士団も困惑していまして現在詳細な状況を調査中なのです」
「……そうか」
ガハルドはあごに手をやり呻いた。
不可解な話だが、これは報告を待つしかないだろう。
「まぁいい。今はその件は置いておこう。それでシン。脱獄者は一名なんだな?」
ガハルドはシンの顔を見据えて問うた。
正直、こちらの方が気になる内容だ。凶悪な囚人なら一名でも危険だった。
「はい。その一名なのですが……」
そこでシンは柳眉を吊り上げた。
その顔には明らかに苛立ちが滲んでいる。
ガハルドは訝しげに眉をひそめた。
「……シン? 一体どうした?」
そう尋ねるガハルドに、
「ガハルドさん。どうか落ち着いて聞いてくれ」
と、普段の口調に変えるシン。
そしてガハルドの旧友は、神妙な声で告げた。
「脱獄したのは、あのアンディ=ジラールなんだよ」
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