175 / 499
第6部
幕間一 彼女の願い
しおりを挟む
「……随分とタチの悪い性格をしているようだな、こいつは」
部下が提出した件の男に関する資料を一読し、ハンはやれやれと呟く。
そこは彼らの隠れ家。地下室の中だ。
ハンも含めて九人の男達が各自資料に目を通している。
「はい。まだ若いということを差し引いても、かなり短絡的な男のようです」
と、資料を製作した部下が、自分の意見を告げる。
「しかし、だからこそ扱いやすい男なのかもしれません」
「……ふむ」
ハンは資料に視線を落としたまま首肯する。
「確かにそうかもな。この手の人間は、餌を取り上げると何をするか分からんが、逆に言えば餌さえ与えておけば、その行動は読みやすいものだしな」
まるで動物に対する扱いだな、と皮肉気に呟く。
しかし、それも仕方がないことだろう。
資料を読む限り、件の男の精神性はかなり幼い。全く他者を省みず、自分の願望のみを優先させるような男だ。下手すると獣より協調性がないのかもしれない。
まあ、それはそれで都合良くもあるのだが。
「ところで」
ハンは別の部下の方へと視線を向けた。
「『血』のストックはどうなっている? 採取は順調なのか?」
「はい。それですが……」
問われた部下は、懐から二つの小瓶を取り出した。
中には赤い液体――『血』が入っている。
「現時点で採取したのは『騎士』。そして念のために『父親』のモノも入手しています」
「……そうか。それなら、どうにかなりそうだな」
ハンは資料を片手にあごに手をやった。
この条件ならば作戦次第で目的を果たせそうだ。
(……ならばいよいよ動く時か)
出来れば、建国祭とやらに入る前に任務を完遂したい。
建国祭時は警備も通常以上に厳しくなるのは容易に想像できる。
任務が果たせたとしても、この国からの脱出が困難になるのは明らかだ。
動くのならば早い方がいい。
(……よし)
ハンは静かに瞑目し、決断した。
「みな聞け。これからバルゴアス監獄に向かうぞ」
そう告げられた八人の部下達は、神妙な面持ちで頷いた。
それを確認してからハンも頷き返した。
そして彼らの首領は、淡々とした口調で宣言する。
「我らの目的はただ一つ。件の男――アンディ=ジラールの確保だ」
◆
ゴオオオッ、と燃え上がる炎を掲げた祭壇にて。
偽りの夜空と、果てなき水面を背にして彼女は一人佇んでいた。
「そろそろかしら」
ポツリと呟く。
「ギシンさん達が動き始めるのは」
黒髪の少女は、仮面の下ですっと目を細めた。
時期的に、すでにハン達はアティス王国に潜伏しているはず。
ならば、そろそろ行動を起こす頃合いだろう。
「それにしてもアンディ=ジラールか」
少女は小さな声で独白する。
アドバイスとして、ハンに伝えた男の名前。
陽動には使えそうと思ったのは間違いなく事実だ。
しかし、彼女の真意は別にあった。
別に陽動ならば現地のならず者でも雇えばいい。他にも方法はいくらでもある。
にも拘らず、わざわざあの男の名前を教えたのは、アンディ=ジラールがサーシャ=フラムと因縁ある間柄だったからだ。
あの男を解放するのは、言わば嫌がらせだ。
全く面識のないサーシャへの、ただの嫌がらせだった。
「……私ってこんなに嫉妬深ったかしら?」
ついそんなことを呟くが、結局、嫌がらせをしているので言い訳もできない。
それに、嫉妬はサーシャに対してだけではなかった。
他にも気に喰わない相手はいる。特に現在『彼』の傍にいるサーシャを含めた四人の女性陣は本当に気に喰わない。素直に言えば、全員が目ざわりだった。
アンディ=ジラールという男の件は、たまたまサーシャに嫌がらせできる状況と合致しただけなのだ。
「まったく。完全に公私混同ね」
少女は皮肉気に口元を緩め、ふっと笑った。
別に彼女は聖女などではない。昔から嫉妬の感情は確かにあった。
しかし、嫌がらせを思いつき、ましてや実行するなど初めての経験だ。
自分の性格は、そこまで激しくはなかったはずなのだが……。
少女は、ふうっと嘆息する。
「……やはり私は『変質』しているのね」
彼女は自分の豊かな胸元に、そっと片手を添えた。
これもまた、宿命なのかもしれない。
「けど、それでも私は奇跡を得た」
一度はすべてを失った。
故郷も。養父も。愛する人も。
そのすべてをだ。
だが、何の因果かこうして奇跡を得たのだ。
ならば、この奇跡を活かさなくてどうするのか。
「……トウヤ」
黒髪の少女は『彼』の名前を呟く。
「……逢いたいよ。トウヤ」
思わず本音が零れた。
しかし、まだその時期ではないことを、彼女は理解していた。
彼女を縛る状況が、それを許してくれなかった。
現時点で出来る事と言えば、それこそ嫌がらせぐらいだ。
公私混同だろうが構わない。機会があれば徹底して邪魔をする。
――誰にも『彼』を渡したりはしない。
「ごめんね、サーシャちゃん」
炎を見上げつつ、少女はわずかに微笑む。
それから、彼女はポツリと呟いた。
「でも、私のトウヤに近付くのだから、これぐらいは覚悟してね」
ゴオオオオッ、と炎が激しく燃え盛る。
炎にかき消された彼女の声には、どこか妖艶な響きがあった――。
部下が提出した件の男に関する資料を一読し、ハンはやれやれと呟く。
そこは彼らの隠れ家。地下室の中だ。
ハンも含めて九人の男達が各自資料に目を通している。
「はい。まだ若いということを差し引いても、かなり短絡的な男のようです」
と、資料を製作した部下が、自分の意見を告げる。
「しかし、だからこそ扱いやすい男なのかもしれません」
「……ふむ」
ハンは資料に視線を落としたまま首肯する。
「確かにそうかもな。この手の人間は、餌を取り上げると何をするか分からんが、逆に言えば餌さえ与えておけば、その行動は読みやすいものだしな」
まるで動物に対する扱いだな、と皮肉気に呟く。
しかし、それも仕方がないことだろう。
資料を読む限り、件の男の精神性はかなり幼い。全く他者を省みず、自分の願望のみを優先させるような男だ。下手すると獣より協調性がないのかもしれない。
まあ、それはそれで都合良くもあるのだが。
「ところで」
ハンは別の部下の方へと視線を向けた。
「『血』のストックはどうなっている? 採取は順調なのか?」
「はい。それですが……」
問われた部下は、懐から二つの小瓶を取り出した。
中には赤い液体――『血』が入っている。
「現時点で採取したのは『騎士』。そして念のために『父親』のモノも入手しています」
「……そうか。それなら、どうにかなりそうだな」
ハンは資料を片手にあごに手をやった。
この条件ならば作戦次第で目的を果たせそうだ。
(……ならばいよいよ動く時か)
出来れば、建国祭とやらに入る前に任務を完遂したい。
建国祭時は警備も通常以上に厳しくなるのは容易に想像できる。
任務が果たせたとしても、この国からの脱出が困難になるのは明らかだ。
動くのならば早い方がいい。
(……よし)
ハンは静かに瞑目し、決断した。
「みな聞け。これからバルゴアス監獄に向かうぞ」
そう告げられた八人の部下達は、神妙な面持ちで頷いた。
それを確認してからハンも頷き返した。
そして彼らの首領は、淡々とした口調で宣言する。
「我らの目的はただ一つ。件の男――アンディ=ジラールの確保だ」
◆
ゴオオオッ、と燃え上がる炎を掲げた祭壇にて。
偽りの夜空と、果てなき水面を背にして彼女は一人佇んでいた。
「そろそろかしら」
ポツリと呟く。
「ギシンさん達が動き始めるのは」
黒髪の少女は、仮面の下ですっと目を細めた。
時期的に、すでにハン達はアティス王国に潜伏しているはず。
ならば、そろそろ行動を起こす頃合いだろう。
「それにしてもアンディ=ジラールか」
少女は小さな声で独白する。
アドバイスとして、ハンに伝えた男の名前。
陽動には使えそうと思ったのは間違いなく事実だ。
しかし、彼女の真意は別にあった。
別に陽動ならば現地のならず者でも雇えばいい。他にも方法はいくらでもある。
にも拘らず、わざわざあの男の名前を教えたのは、アンディ=ジラールがサーシャ=フラムと因縁ある間柄だったからだ。
あの男を解放するのは、言わば嫌がらせだ。
全く面識のないサーシャへの、ただの嫌がらせだった。
「……私ってこんなに嫉妬深ったかしら?」
ついそんなことを呟くが、結局、嫌がらせをしているので言い訳もできない。
それに、嫉妬はサーシャに対してだけではなかった。
他にも気に喰わない相手はいる。特に現在『彼』の傍にいるサーシャを含めた四人の女性陣は本当に気に喰わない。素直に言えば、全員が目ざわりだった。
アンディ=ジラールという男の件は、たまたまサーシャに嫌がらせできる状況と合致しただけなのだ。
「まったく。完全に公私混同ね」
少女は皮肉気に口元を緩め、ふっと笑った。
別に彼女は聖女などではない。昔から嫉妬の感情は確かにあった。
しかし、嫌がらせを思いつき、ましてや実行するなど初めての経験だ。
自分の性格は、そこまで激しくはなかったはずなのだが……。
少女は、ふうっと嘆息する。
「……やはり私は『変質』しているのね」
彼女は自分の豊かな胸元に、そっと片手を添えた。
これもまた、宿命なのかもしれない。
「けど、それでも私は奇跡を得た」
一度はすべてを失った。
故郷も。養父も。愛する人も。
そのすべてをだ。
だが、何の因果かこうして奇跡を得たのだ。
ならば、この奇跡を活かさなくてどうするのか。
「……トウヤ」
黒髪の少女は『彼』の名前を呟く。
「……逢いたいよ。トウヤ」
思わず本音が零れた。
しかし、まだその時期ではないことを、彼女は理解していた。
彼女を縛る状況が、それを許してくれなかった。
現時点で出来る事と言えば、それこそ嫌がらせぐらいだ。
公私混同だろうが構わない。機会があれば徹底して邪魔をする。
――誰にも『彼』を渡したりはしない。
「ごめんね、サーシャちゃん」
炎を見上げつつ、少女はわずかに微笑む。
それから、彼女はポツリと呟いた。
「でも、私のトウヤに近付くのだから、これぐらいは覚悟してね」
ゴオオオオッ、と炎が激しく燃え盛る。
炎にかき消された彼女の声には、どこか妖艶な響きがあった――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜
昼寝部
ファンタジー
2XXX年、X月。
俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。
そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。
その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。
俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。
これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる