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第6部
第八章 月下の巨獣③
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――『彼』はとても困惑し、酷く苛立っていた。
何故なら、目を覚ました途端、まるで見知らぬ場所にいたからだ。
自分が縄張りにしていた森ではない。
何やら見た事のないモノ――恐らく木の一種か?――があちこちにある場所だ。
地面も白くてやけに硬い。こんな土は見たことがなかった。
そして無性に腹も減っている。
これは一体どういうことなのか。
何故、自分がこんな奇妙な場所にいるのか。
彼は目覚めたばかりの頭で最後の記憶を探った。
確か、自分は大樹が並ぶ深い森の中にいたはずだ。
しかし、いつものように獲物を喰らっていた時、不意にあいつが現れたのだ。
黄金の体毛を持つ、彼から見ればとても小さな生き物。
長く生きる彼は、それが『ニンゲン』と言う種族だと知っていた。
頭部の体毛が長いので恐らくニンゲンの雌か。
こいつらはやたらと硬い手足のついた『殻』を使って襲ってくる凶暴な種族だ。
しかし、目の前のニンゲンの雌は『殻』を持っていなかった。
そこで彼は少し考える。
このニンゲンの雌を喰うか、喰わざるか、だ。
正直、こんな小さな獲物を喰っても腹の足しにもならないし、そもそもこの時の彼は獲物を喰らったばかり。それほど空腹でもなかった。
なので彼は無視しようかと思っていたのだが、
――クスリ、と。
その時、ニンゲンの雌が笑ったのだ。
別種族の表情の変化など本来は分からないはずだった。
だが、この時、彼はこのニンゲンの雌に嘲笑されたと感じた。
――ぐるううるうう……。
怒気を込めて唸り声を上げる。
が、それにもニンゲンの雌は微笑みを崩さない。
彼は決めた。このニンゲンを喰らう。
そして彼はニンゲンの雌に襲い掛かったのだが――。
そこで記憶が途切れていた。
突然、あのニンゲンの姿が強烈な光に覆われ、大きくなったことだけは、うっすらと憶えているが、それが何だったのかは彼には分からない。
ただ分かることは、恐らく自分はあのニンゲンに負けた。
だが、今こうして生きているということは、殺されはしなかったということか。
ならば、何の問題ない。
重要なのは、自分がまだ生きているということだ。
とりあえず、あのニンゲンの雌には二度と関わらないことに決めた。
そして、まずは今の空腹をどうにかしなければ。
周囲に獲物が多くいるのならば、ここら辺を新たな縄張りにするのもいい。
彼はそう思っていたのだが、
『――おらよッ!』
強い衝撃が顔を打つ。彼は苛立った。
いま彼に襲い掛かってきたのは目覚めるなり彼の目の前に現れた黒い『殻』だ。
しかも極めて凶悪な『殻』だ。
彼は今までかなりの数の『殻』と戦ったことがあるが、この『殻』はその中でも別格の強さだった。怖ろしく素早く、その攻撃はかなり痛い。
そんな敵が、この空腹時に問答無用で襲いかかって来るのだ。
本来ならば、ここまで手強い敵との戦闘は極力避けるべきなのだが、彼の空腹はすでに限界だった。もはやこの飢餓に耐えられない。
――ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!
彼は怒りの咆哮を上げた。
ここを新たな餌場にするためにもこの厄介な『殻』を始末しなければならない。
そして彼は全力を以て、この忌わしい敵に対峙するのだった。
◆
――ガガガガッ、と。
石畳を軽々と削り砕く魔獣の一撃に、アッシュは舌打ちする。
『くそッ、マジで面倒な熊だな』
周囲の家屋を破壊し尽くす黒い魔獣の猛威は、留まる事を知らなかった。
このままでは、いつ野次馬や騎士団が来てもおかしくない。
どうにかして早期決着しなければ――。
『――ふっ!』
アッシュは呼気を吐き、愛機《朱天》は《雷歩》で加速した。そして一瞬で間合いを詰めると、まずは前脚に強烈な左拳を横なぐりに叩きつけた。
前脚を払われ、大きくぐらつく魔獣。
そこへすかさず跳躍し、右の拳を魔獣の横っ面に叩きこむ。
頭部を殴打された黒い巨獣は大きく仰け反るが、吹き飛ぶまでには至らない。
苛立ちを込めて唸りを上げる左の爪。
が、すでに《朱天》は間合いの外に退避していた――のだが、
「クライン! 気をつけろ!」
「――ッ!」
オトハの警告にアッシュは表情を険しくする。
そして《朱天》に右の手甲を構えさせた。
その直後。
――ギィィンッ!
鋭い金属音が響く。
魔獣の左腕から生えた刀剣のような突起物に薙ぎ払われたのだ。
防御こそ間に合ったが、大きく弾き飛ばされる《朱天》。漆黒の鎧機兵は近くの家屋に勢いよく衝突し、木片を撒き散らした。
アッシュは舌打ちする。
「くそッ! あの剣、腕からも出し入れ自由なのかよ!」
先程までは魔獣の腕に剣など生えていなかった。
あの化け物は背中の剣を数本、腕に移動させてリーチを伸ばしたのだ。
「……流石は固有種だな。生物とは思えん能力だ」
と、アッシュの背中を掴むオトハも呻くように呟いた。
そして立ち上がろうとする《朱天》だったが、そこでアッシュ達は息を呑む。
すぐ間近で巨獣が押し潰さんとばかりに右爪を振り上げていたからだ。
咄嗟に《朱天》は両腕で掌打を受け止めた。
石畳に亀裂を走らせる《朱天》の両足。
圧倒的な質量の前に、ギシギシと機体が軋みを上げた。
『くそッ! 《朱天》! 《朱焔》だ!』
アッシュは愛機に緊急の指示を出した。
途端、《朱天》のアギトが開き、莫大な星霊を吸収する。
そして鬼火のような光りを灯す《朱天》の後方にある二本の角。漆黒の鎧機兵は五万六千ジンもの恒力値を手に入れ、その膂力は一気に跳ね上がった。
『うおおおおおおッ!』
雄たけびを上げるアッシュ。《朱天》は両眼を光らせて主人の意志に応えた。
地を踏みしめながら、両腕に力を込め、恐らく四倍以上の体重差があるはずの魔獣の巨体を持ち上げたのだ。
生まれて初めて体を持ち上げられ、大きく動揺する魔獣。
が、《朱天》は一切構わず魔獣を後方に放り投げた。
――ズズウウウウウゥゥン……。
周辺の家屋を押し潰し、魔獣は背中から地面に倒れ込んだ。
もうもうと土埃が舞い上がり、魔獣は『ぐるうう』と唸り声を上げた。
「クライン! 今だ!」
「ああ、分かっている!」
今、魔獣は腹を見せた無防備な状態だ。
あの巨体だ。立ち上がるには流石に時間がかかる。
今こそ、攻勢に出るべき時――。
即座に《朱天》は宙へと跳躍した。
魔獣の腹の上から猛攻を繰り出すつもりだった。
――しかし。
「な、なに!?」
アッシュ、そしてオトハも目を剥いた。
無防備に急所を見せていた魔獣。その腹部に無数の刀剣が生えていたのだ。
大きな隙を見せたのは、ただの擬態。
完全に騙された。宙空にいてはもう回避もできない。
「――くそッ!」
アッシュは《朱天》を亀のように身構えさせた。
このままでは鋭利な剣山に自分から飛び込むようなものだ。せめて少しでもダメージを軽減させなければならない。
だが、そこでまたしても予想外の事態が起きた。
いきなり魔獣の腹部にあった無数の刀剣が、砲弾のように射出されたのである。
数百にも至る刀剣が怖ろしい勢いで《朱天》に襲い掛かる!
アッシュとオトハはただ息を呑んだ。
そして一瞬後。
無数の刀剣の奔流は漆黒の鎧機兵を呑み込み、夜空を切り裂いた。
何故なら、目を覚ました途端、まるで見知らぬ場所にいたからだ。
自分が縄張りにしていた森ではない。
何やら見た事のないモノ――恐らく木の一種か?――があちこちにある場所だ。
地面も白くてやけに硬い。こんな土は見たことがなかった。
そして無性に腹も減っている。
これは一体どういうことなのか。
何故、自分がこんな奇妙な場所にいるのか。
彼は目覚めたばかりの頭で最後の記憶を探った。
確か、自分は大樹が並ぶ深い森の中にいたはずだ。
しかし、いつものように獲物を喰らっていた時、不意にあいつが現れたのだ。
黄金の体毛を持つ、彼から見ればとても小さな生き物。
長く生きる彼は、それが『ニンゲン』と言う種族だと知っていた。
頭部の体毛が長いので恐らくニンゲンの雌か。
こいつらはやたらと硬い手足のついた『殻』を使って襲ってくる凶暴な種族だ。
しかし、目の前のニンゲンの雌は『殻』を持っていなかった。
そこで彼は少し考える。
このニンゲンの雌を喰うか、喰わざるか、だ。
正直、こんな小さな獲物を喰っても腹の足しにもならないし、そもそもこの時の彼は獲物を喰らったばかり。それほど空腹でもなかった。
なので彼は無視しようかと思っていたのだが、
――クスリ、と。
その時、ニンゲンの雌が笑ったのだ。
別種族の表情の変化など本来は分からないはずだった。
だが、この時、彼はこのニンゲンの雌に嘲笑されたと感じた。
――ぐるううるうう……。
怒気を込めて唸り声を上げる。
が、それにもニンゲンの雌は微笑みを崩さない。
彼は決めた。このニンゲンを喰らう。
そして彼はニンゲンの雌に襲い掛かったのだが――。
そこで記憶が途切れていた。
突然、あのニンゲンの姿が強烈な光に覆われ、大きくなったことだけは、うっすらと憶えているが、それが何だったのかは彼には分からない。
ただ分かることは、恐らく自分はあのニンゲンに負けた。
だが、今こうして生きているということは、殺されはしなかったということか。
ならば、何の問題ない。
重要なのは、自分がまだ生きているということだ。
とりあえず、あのニンゲンの雌には二度と関わらないことに決めた。
そして、まずは今の空腹をどうにかしなければ。
周囲に獲物が多くいるのならば、ここら辺を新たな縄張りにするのもいい。
彼はそう思っていたのだが、
『――おらよッ!』
強い衝撃が顔を打つ。彼は苛立った。
いま彼に襲い掛かってきたのは目覚めるなり彼の目の前に現れた黒い『殻』だ。
しかも極めて凶悪な『殻』だ。
彼は今までかなりの数の『殻』と戦ったことがあるが、この『殻』はその中でも別格の強さだった。怖ろしく素早く、その攻撃はかなり痛い。
そんな敵が、この空腹時に問答無用で襲いかかって来るのだ。
本来ならば、ここまで手強い敵との戦闘は極力避けるべきなのだが、彼の空腹はすでに限界だった。もはやこの飢餓に耐えられない。
――ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!
彼は怒りの咆哮を上げた。
ここを新たな餌場にするためにもこの厄介な『殻』を始末しなければならない。
そして彼は全力を以て、この忌わしい敵に対峙するのだった。
◆
――ガガガガッ、と。
石畳を軽々と削り砕く魔獣の一撃に、アッシュは舌打ちする。
『くそッ、マジで面倒な熊だな』
周囲の家屋を破壊し尽くす黒い魔獣の猛威は、留まる事を知らなかった。
このままでは、いつ野次馬や騎士団が来てもおかしくない。
どうにかして早期決着しなければ――。
『――ふっ!』
アッシュは呼気を吐き、愛機《朱天》は《雷歩》で加速した。そして一瞬で間合いを詰めると、まずは前脚に強烈な左拳を横なぐりに叩きつけた。
前脚を払われ、大きくぐらつく魔獣。
そこへすかさず跳躍し、右の拳を魔獣の横っ面に叩きこむ。
頭部を殴打された黒い巨獣は大きく仰け反るが、吹き飛ぶまでには至らない。
苛立ちを込めて唸りを上げる左の爪。
が、すでに《朱天》は間合いの外に退避していた――のだが、
「クライン! 気をつけろ!」
「――ッ!」
オトハの警告にアッシュは表情を険しくする。
そして《朱天》に右の手甲を構えさせた。
その直後。
――ギィィンッ!
鋭い金属音が響く。
魔獣の左腕から生えた刀剣のような突起物に薙ぎ払われたのだ。
防御こそ間に合ったが、大きく弾き飛ばされる《朱天》。漆黒の鎧機兵は近くの家屋に勢いよく衝突し、木片を撒き散らした。
アッシュは舌打ちする。
「くそッ! あの剣、腕からも出し入れ自由なのかよ!」
先程までは魔獣の腕に剣など生えていなかった。
あの化け物は背中の剣を数本、腕に移動させてリーチを伸ばしたのだ。
「……流石は固有種だな。生物とは思えん能力だ」
と、アッシュの背中を掴むオトハも呻くように呟いた。
そして立ち上がろうとする《朱天》だったが、そこでアッシュ達は息を呑む。
すぐ間近で巨獣が押し潰さんとばかりに右爪を振り上げていたからだ。
咄嗟に《朱天》は両腕で掌打を受け止めた。
石畳に亀裂を走らせる《朱天》の両足。
圧倒的な質量の前に、ギシギシと機体が軋みを上げた。
『くそッ! 《朱天》! 《朱焔》だ!』
アッシュは愛機に緊急の指示を出した。
途端、《朱天》のアギトが開き、莫大な星霊を吸収する。
そして鬼火のような光りを灯す《朱天》の後方にある二本の角。漆黒の鎧機兵は五万六千ジンもの恒力値を手に入れ、その膂力は一気に跳ね上がった。
『うおおおおおおッ!』
雄たけびを上げるアッシュ。《朱天》は両眼を光らせて主人の意志に応えた。
地を踏みしめながら、両腕に力を込め、恐らく四倍以上の体重差があるはずの魔獣の巨体を持ち上げたのだ。
生まれて初めて体を持ち上げられ、大きく動揺する魔獣。
が、《朱天》は一切構わず魔獣を後方に放り投げた。
――ズズウウウウウゥゥン……。
周辺の家屋を押し潰し、魔獣は背中から地面に倒れ込んだ。
もうもうと土埃が舞い上がり、魔獣は『ぐるうう』と唸り声を上げた。
「クライン! 今だ!」
「ああ、分かっている!」
今、魔獣は腹を見せた無防備な状態だ。
あの巨体だ。立ち上がるには流石に時間がかかる。
今こそ、攻勢に出るべき時――。
即座に《朱天》は宙へと跳躍した。
魔獣の腹の上から猛攻を繰り出すつもりだった。
――しかし。
「な、なに!?」
アッシュ、そしてオトハも目を剥いた。
無防備に急所を見せていた魔獣。その腹部に無数の刀剣が生えていたのだ。
大きな隙を見せたのは、ただの擬態。
完全に騙された。宙空にいてはもう回避もできない。
「――くそッ!」
アッシュは《朱天》を亀のように身構えさせた。
このままでは鋭利な剣山に自分から飛び込むようなものだ。せめて少しでもダメージを軽減させなければならない。
だが、そこでまたしても予想外の事態が起きた。
いきなり魔獣の腹部にあった無数の刀剣が、砲弾のように射出されたのである。
数百にも至る刀剣が怖ろしい勢いで《朱天》に襲い掛かる!
アッシュとオトハはただ息を呑んだ。
そして一瞬後。
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