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第6部
第八章 月下の巨獣②
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「ごおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
黒い巨獣はいきなり宙を跳んだ。
まるで黒い山が天から落ちてくるような威容だ。
アッシュはその姿を一瞥すると、《雷歩》を使って別の場所へと退避する。
その直後、ズズンと地面が鳴動し、木片が宙を舞う。木造とは言え、そこそこ頑丈の造りだった屋敷は、紙細工のように容易く砕け散った。
(……この巨体でここまで跳ぶのか)
その様子を見やり、アッシュは表情を険しくする。
固有種の魔獣は、一世代限りの突然変異種。
その戦闘力は最強クラスの鎧機兵――《七星騎》にも匹敵する。
すなわちこの魔獣は一軍にも等しい敵ということだった。
「やれやれ。まさか、街中で固有種とやり合うとは、夢にも思わなかったな」
と、アッシュが愚痴めいた台詞を吐くと、
「なんだ、気弱だなクライン。今からでも私が《鬼刃》で助太刀してやろうか?」
背にいるオトハは、冗談混じりの口調でそう告げた。
アッシュは苦笑する。
「それはダメだ。今日は俺がお前を守るって言っただろ」
「……ふふ、そうか。なら守ってくれ」
そう言ってオトハは微笑むと、柔らかな双丘をアッシュの背中にぎゅうぅと押しつけ、さらには頬まですり寄せる。
色々あったせいか、今日はかなり大胆になるオトハだった。
もはや想いを全開放している状態である。
当然、アッシュも男。オトハの女性らしい側面に少しドギマギするが、
(けどまあ、あんな醜態を見せちまったしなあ)
実に残念なことに、鈍感の覇者たるアッシュは、そんな彼女のかなり直接的な愛情表現でさえも自分を気遣ったおふざけ程度にしか感じていなかった。
「まあ、たまにはお姫さま気分を満喫してくれよ」
ふふっと笑って、そんなことを言う。
そして、アッシュは向きを反転して威嚇する魔獣を改めて見据えた。
魔獣の姿自体は一般的な熊そのものだ。
全身が黒く瞳は赤い。ただ背中には刀剣のような突起物を無数に生やしていた。
かなり鋭利なのは容易に窺い知れる。警戒しなければならない武器だ。
(さて。とりあえず一発ぶん殴ってみるか)
アッシュはそう判断し、《朱天》を身構えさせた。
――が、その直前に。
「ごおおおおおおおおおおお――ッ!!」
咆哮を上げて、魔獣が襲い掛かって来た。
巨大な爪を横薙ぎに振るう!
『――チッ』
アッシュは小さく舌打ちし、後方に《朱天》を跳躍させた。
大気を切り裂いて、魔獣の爪が空を切る。
思わずゾッとするような轟音を立てる一撃だったが、おかげで隙が出来た。
――ズガンッッ!
漆黒の鎧機兵の足元から雷音が轟く!
《朱天》は一瞬で魔獣の懐に潜り込むと、天を突くように拳を振り上げた。
「――があッ!?」
腹部に衝撃を受け、魔獣が呻く。
それに加え、全長十五セージルを超える巨体が少しばかり宙に浮いた。
――が、
『チイッ! こいつ!』
アッシュは舌打ちする。
剛拳の直撃を受けたにも拘わらず、魔獣はすぐさま反撃をして来たのだ。
邪魔者を払うため、巨大な右の掌が《朱天》に襲い掛かる!
咄嗟に《朱天》は防御の構えを取るが、重すぎる一撃に踏ん張ることも出来ず、勢いよく吹き飛ばされてしまった。
そして近くに民家に叩きつけられる。
「――くそッ! 大丈夫かオト」
ガラガラと民家を崩して立ち上がる《朱天》の中で、アッシュがオトハに問う。
「ああ、この程度慣れたものだ。しかし――」
オトハは、アッシュの腰を掴みながら神妙な声で呟く。
「まずいな。クライン。あいつは……」
「ああ、見た目通りの奴だな。こりゃあ、まずいか」
そう言って、アッシュは魔獣を睨みつけた。
先程の拳の感触。これが非常にまずい。衝撃をほぼ感じなかったのだ。
要するに、分厚い脂肪と強靭な筋肉に衝撃が吸収されたのである。
元々熊という生き物は、やたらと打撃には強い。
生半可な打撃ならば、モノともしない強靭な種族だ。
そしてこの魔獣もまたその見た目通り、ずば抜けた耐久力を持っていた。
が、それに対し、《朱天》は闘士型の鎧機兵。
その主な攻撃方法は打撃だった。
はっきり言えば相性が最悪。攻撃が極めて効きにくい相手なのである。
アッシュは、やれやれと嘆息する。
「こいつは長期戦を覚悟しねえといけねえかな」
「しかし、そうもいかないだろう。時間が経てば野次馬や騎士団も来る。流石に固有種が相手だと死者が出るぞ」
と、オトハが神妙な声色で言う。
強敵といえど、あまり時間をかけられないのが実状だった。
「けどよ……っと、来るか!」
アッシュがそう呟きかけた時、魔獣は地響きを立てて突進してきた。
対する《朱天》は地を蹴り、横に回避した――が、黒い巨獣は構わず街を破壊しながら突進を続けた。そして幾つもの家屋を粉砕し、ようやく止まる。
「ぐるうううう……」
唸り声を上げて、ゆっくりと反転する魔獣。
その光景を前にして、アッシュは内心で肝を冷やす。
ここが廃墟区域で本当に良かった。
こんな化け物が人の大勢いる市街区や王城区で暴れるなど笑い話にもならない。
やはり、ここで仕留めなければならないと改めて思う。
「相性が悪いなんて言ってらんねえか……」
そう呟き、アッシュは《朱天》を身構えさせた。
ズシンッと右足を強く踏み込み、太い尾で石畳を叩く。
鋼の拳はギシリと鳴った。
対する魔獣も唸り声を大きくして前脚を沈め、前傾に構える。
牙を剥き出し、爪は地面に突き立てた。その赤い双眸には敵意を宿していた。
空には雲のかかる月。地には崩れた廃墟。
一機の鎧機兵と一頭の魔獣の間には、緊迫感が張り詰める。
そして――。
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
突如、雄たけびを上げる魔獣。
ビリビリと大気が震え、近くの瓦礫は次々と飛び散った。
「……本当に元気なクマさんだな。じゃあ、本格的に遊んでやるよ」
アッシュはそう嘯くと、《朱天》に重心を沈めさせた。
――ズガンッッ!
と、《雷歩》で加速する漆黒の鎧機兵。が、同時に黒い巨獣も跳躍した。
そうして、宙空にて。
二体の黒い怪物は、真正面から撃突するのだった。
黒い巨獣はいきなり宙を跳んだ。
まるで黒い山が天から落ちてくるような威容だ。
アッシュはその姿を一瞥すると、《雷歩》を使って別の場所へと退避する。
その直後、ズズンと地面が鳴動し、木片が宙を舞う。木造とは言え、そこそこ頑丈の造りだった屋敷は、紙細工のように容易く砕け散った。
(……この巨体でここまで跳ぶのか)
その様子を見やり、アッシュは表情を険しくする。
固有種の魔獣は、一世代限りの突然変異種。
その戦闘力は最強クラスの鎧機兵――《七星騎》にも匹敵する。
すなわちこの魔獣は一軍にも等しい敵ということだった。
「やれやれ。まさか、街中で固有種とやり合うとは、夢にも思わなかったな」
と、アッシュが愚痴めいた台詞を吐くと、
「なんだ、気弱だなクライン。今からでも私が《鬼刃》で助太刀してやろうか?」
背にいるオトハは、冗談混じりの口調でそう告げた。
アッシュは苦笑する。
「それはダメだ。今日は俺がお前を守るって言っただろ」
「……ふふ、そうか。なら守ってくれ」
そう言ってオトハは微笑むと、柔らかな双丘をアッシュの背中にぎゅうぅと押しつけ、さらには頬まですり寄せる。
色々あったせいか、今日はかなり大胆になるオトハだった。
もはや想いを全開放している状態である。
当然、アッシュも男。オトハの女性らしい側面に少しドギマギするが、
(けどまあ、あんな醜態を見せちまったしなあ)
実に残念なことに、鈍感の覇者たるアッシュは、そんな彼女のかなり直接的な愛情表現でさえも自分を気遣ったおふざけ程度にしか感じていなかった。
「まあ、たまにはお姫さま気分を満喫してくれよ」
ふふっと笑って、そんなことを言う。
そして、アッシュは向きを反転して威嚇する魔獣を改めて見据えた。
魔獣の姿自体は一般的な熊そのものだ。
全身が黒く瞳は赤い。ただ背中には刀剣のような突起物を無数に生やしていた。
かなり鋭利なのは容易に窺い知れる。警戒しなければならない武器だ。
(さて。とりあえず一発ぶん殴ってみるか)
アッシュはそう判断し、《朱天》を身構えさせた。
――が、その直前に。
「ごおおおおおおおおおおお――ッ!!」
咆哮を上げて、魔獣が襲い掛かって来た。
巨大な爪を横薙ぎに振るう!
『――チッ』
アッシュは小さく舌打ちし、後方に《朱天》を跳躍させた。
大気を切り裂いて、魔獣の爪が空を切る。
思わずゾッとするような轟音を立てる一撃だったが、おかげで隙が出来た。
――ズガンッッ!
漆黒の鎧機兵の足元から雷音が轟く!
《朱天》は一瞬で魔獣の懐に潜り込むと、天を突くように拳を振り上げた。
「――があッ!?」
腹部に衝撃を受け、魔獣が呻く。
それに加え、全長十五セージルを超える巨体が少しばかり宙に浮いた。
――が、
『チイッ! こいつ!』
アッシュは舌打ちする。
剛拳の直撃を受けたにも拘わらず、魔獣はすぐさま反撃をして来たのだ。
邪魔者を払うため、巨大な右の掌が《朱天》に襲い掛かる!
咄嗟に《朱天》は防御の構えを取るが、重すぎる一撃に踏ん張ることも出来ず、勢いよく吹き飛ばされてしまった。
そして近くに民家に叩きつけられる。
「――くそッ! 大丈夫かオト」
ガラガラと民家を崩して立ち上がる《朱天》の中で、アッシュがオトハに問う。
「ああ、この程度慣れたものだ。しかし――」
オトハは、アッシュの腰を掴みながら神妙な声で呟く。
「まずいな。クライン。あいつは……」
「ああ、見た目通りの奴だな。こりゃあ、まずいか」
そう言って、アッシュは魔獣を睨みつけた。
先程の拳の感触。これが非常にまずい。衝撃をほぼ感じなかったのだ。
要するに、分厚い脂肪と強靭な筋肉に衝撃が吸収されたのである。
元々熊という生き物は、やたらと打撃には強い。
生半可な打撃ならば、モノともしない強靭な種族だ。
そしてこの魔獣もまたその見た目通り、ずば抜けた耐久力を持っていた。
が、それに対し、《朱天》は闘士型の鎧機兵。
その主な攻撃方法は打撃だった。
はっきり言えば相性が最悪。攻撃が極めて効きにくい相手なのである。
アッシュは、やれやれと嘆息する。
「こいつは長期戦を覚悟しねえといけねえかな」
「しかし、そうもいかないだろう。時間が経てば野次馬や騎士団も来る。流石に固有種が相手だと死者が出るぞ」
と、オトハが神妙な声色で言う。
強敵といえど、あまり時間をかけられないのが実状だった。
「けどよ……っと、来るか!」
アッシュがそう呟きかけた時、魔獣は地響きを立てて突進してきた。
対する《朱天》は地を蹴り、横に回避した――が、黒い巨獣は構わず街を破壊しながら突進を続けた。そして幾つもの家屋を粉砕し、ようやく止まる。
「ぐるうううう……」
唸り声を上げて、ゆっくりと反転する魔獣。
その光景を前にして、アッシュは内心で肝を冷やす。
ここが廃墟区域で本当に良かった。
こんな化け物が人の大勢いる市街区や王城区で暴れるなど笑い話にもならない。
やはり、ここで仕留めなければならないと改めて思う。
「相性が悪いなんて言ってらんねえか……」
そう呟き、アッシュは《朱天》を身構えさせた。
ズシンッと右足を強く踏み込み、太い尾で石畳を叩く。
鋼の拳はギシリと鳴った。
対する魔獣も唸り声を大きくして前脚を沈め、前傾に構える。
牙を剥き出し、爪は地面に突き立てた。その赤い双眸には敵意を宿していた。
空には雲のかかる月。地には崩れた廃墟。
一機の鎧機兵と一頭の魔獣の間には、緊迫感が張り詰める。
そして――。
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
突如、雄たけびを上げる魔獣。
ビリビリと大気が震え、近くの瓦礫は次々と飛び散った。
「……本当に元気なクマさんだな。じゃあ、本格的に遊んでやるよ」
アッシュはそう嘯くと、《朱天》に重心を沈めさせた。
――ズガンッッ!
と、《雷歩》で加速する漆黒の鎧機兵。が、同時に黒い巨獣も跳躍した。
そうして、宙空にて。
二体の黒い怪物は、真正面から撃突するのだった。
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