クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
203 / 499
第7部

第四章 働くお嬢さま①

しおりを挟む
「な、なんで……?」


 そこはクライン工房の一階。作業場ガレージにて。
 ユーリィ=エマリアは、愕然とした表情を浮かべていた。
 隣に立つサーシャやオトハも同様に唖然としている。
 今そこには八人の人間がいた。
 まずは留守番をしていたユーリィ、サーシャ、オトハの三人。
 続いて帰宅した工房の主人であるアッシュ。
 彼について来た客人のアリシア、エドワード、ロックの三人。
 そして最後に、予期せぬ来訪者である――。


「あははっ、久しぶりだね。三人とも」


 と、ミランシャが、頭に手を当てて笑う。


「えっと、さっき、アシュ君が説明してくれたけど、二ヶ月程ここでお世話になることになったからよろしくね」


 そんなことを宣言され、ユーリィ達留守番組は一歩後ずさった。
 どうしてこうなったのか。全くもって理解できない。
 今日は彼女達にとって、とても不満な日だった。
 気落ちするアリシアを見かねて、不本意ながらもアッシュとのデートを認めた。
 ユーリィにしろサーシャにしろ、その事自体はもう割り切っていたのだが、それがどうして同居人――しかも恋敵――が増える結果にへと繋がるのか。
 ミランシャの同行人――何故かいるエドワードとロックや、当人であるアリシアに視線を送るのだが、三人とも上手く答えられないようだった。


「まあ、そういうことだ。色々分からないことは教えてやってくれよ」


 と、アッシュがのほほんと宣った。
 ユーリィ達は、もはや呆然とするしかなかった。
 と、そんな中、


「……おい、ハウル」


 このメンバーの中では、そこそこミランシャとの付き合いが長いオトハが、呆れた果てたような様子で突然の居候に詰め寄った。


「お前な、一体どういうつもりだ。少し不謹慎だぞ。若い女がいくら友人といっても男の家に転がり込むなど……」

「オトハさん、オトハさん」


 と、ユーリィが半眼で紫紺の髪の居候を睨みつけた。


「あなたの頭カラッポなの? 完全に自分のことを棚に上げている。天罰いる?」

「う……」図星すぎてオトハは沈黙した。


 サーシャとアリシアも言葉にはしなかったが、似たような眼差しを向けている。


「……ふう」


 小さく息を吐き出して脱力するユーリィ。何にせよ、オトハが話を切り出してくれたおかげで、彼女は少しだけ冷静さを取り戻した。
 そしておもむろに顔を上げて、


「……状況は分かった。けど、本当に二ヶ月で済むの?」


 と、ユーリィはミランシャにではなく、アッシュに問う。
 クライン工房の主人は、ボリボリと頭をかいた。


「う~ん、そうだな。正直アルフ次第だな。あの爺さんのことだ。あいつがいねえと話し合いにもなんねえだろうし」


 それがアッシュの素直な意見だった。
 結局、アルフレッドを仲裁人に立てる以外、改善案がないのである。


「アルフのことだ。帰国して事情を知ったらすぐに動くだろうし、それを逆算すると二ヶ月ぐらいってのが妥当なところだと思うぞ」

「………そう」


 ユーリィはぶすっとした表情で呻いた。
 確かにその通り。妥当な計算だ。
 不本意ではあるが、ミランシャの祖父の理不尽さはユーリィもよく知っている。
 赤毛女のことは嫌いだが、ここで見捨てるのも後味が悪い。
 ならば、二ヶ月ぐらいなら我慢すべきか。
 ユーリィはしばし悩み続け、ようやく結論を出した。


「分かった。私も同居を認める」

「……エマリア」


 最も反対しそうな少女の同意に、オトハは苦笑を浮かべた。


「エマリアが許可するのなら私が反対する理由がない。そもそも私も居候だからな」


 そう言って彼女もミランシャの同居を受け入れた。


「おう。ありがとな」


 と、彼女達の苦悩や心情には全く気付かずに、アッシュはにこやかに笑った。
 すると、ユーリィがじいっとアッシュを見つめ、


「アッシュ。後で絶対『抱っこ』してもらう」

「……は? ユ、ユーリィ? なんでいきなり? どうしたんだ?」


 突然そんな要求をされ、目を丸くするアッシュ。
 と、今度はオトハがアッシュを睨み、


「クライン。私には何か奢れ。美味いものだぞ」

「へ? なんでオトまで?」


 立て続けの要求にアッシュは唖然とした。
 サーシャとアリシアは「はあ」と溜息をついている。
 その微妙な空気を読んだのか、苦労人のロックが話題を変えた。


「ところで、ミランシャさん」

「ん? 何かなロック君」


 と、ミランシャがロックに視線を向ける。
 他のメンバーも大柄な少年に注目した。


「師匠の所で居候するのはいいですが、生活費などはどうするんですか? もしかして教官のように俺達の学校で働くとか」


 二ヶ月という期間は長い。流石にその期間滞在するのに、残金が少ないないという手持ちの金だけでは持たないだろう。バイトでもしないと生活ができない。
 その期間、アッシュが生活費を代替えする案もあるが、それはユーリィが許可をしないのは目に見えている。働かざる者食うべからずだ。
 クライン工房の懐事情を抑える彼女は、とてもシビアなのである。


「あ、それなら私がうちの父親に頼みましょうか?」


 と、アリシアが提案する。
 元々オトハもアリシアの父の紹介で、今の職についている。
 同じ《七星》であるミランシャならきっと受け入れてくれるだろう。
 アリシアはそう思ったのだが、


「それは無理だぞ」


 その提案をオトハが腕を組んで否定する。


「この馬鹿女は特殊すぎる。教え方も雑で教官には絶対に向かない人間だ」

「まあ、確かにな」


 ミランシャをよく知るアッシュも同意した。


「基本や基礎を重視するアルフに比べて、ミランシャはかなり大雑把だからな。そもそも愛機からして特殊すぎんだろ」

「……ム、二人とも酷くない?」


 同胞二人の酷評に、ミランシャがムッとした表情を見せた。
 が、すぐに頬に手を当て嘆息すると、


「けどまあ、そうかもね」


 自分でも向いていないことを認めた。
 すると、エドワードが「はいはーい!」と手を上げた。


「なら、ウエイトレスとかどうっすか! すっげえ似合いそうっすよ!」


 と、ミランシャの容姿だけを考慮した案を挙げる。
 ちなみにその時エドワードの脳内では、ウエイトレス姿のミランシャ――何故かユーリィの姿も思い浮かんでいた。


「お前なあ……」


 対し、友人であるロックは呆れたように苦笑した。
 だが、エドワードの気持ちも分からなくもない。
 ミランシャは誰もが認める美女だ。ウエイトレス姿もさぞかし似合うだろう。
 正直、ロックも見てみたい気分になった。


「まあ、確かにミランシャさんなら凄く似合いそうね」

「あははっ、きっとそうだね」


 と、アリシア、サーシャもあごに指を当てて想像する。
 しかし、その案に対し、アッシュは残念な表情を浮かべてかぶりを振った。


「いやいや、こいつって案外お嬢なんだぞ。客商売なんてかなり相性が悪くないか? つうか多分無理だろ」

「そうだな。私もそう思う。客を客と思わない気がしてならん。気にくわないことがあれば即座に殴りかかりそうだ」


 オトハも小さく嘆息して、そんなことを言う。
 二人とも変わらずの酷評だった。


「……本当に酷い言い草ね、二人とも」


 ミランシャが半眼で同胞二人を睨みつける。


「……なら、どうするの?」


 と、状況を見守っていたユーリィが、不安を抱いた声でミランシャに尋ねた。
 クライン工房の財布のひもを握る彼女としては、居候が増える事までは許容するが、タダ飯喰らいが増えるのだけは許可できない。
 だが、そんな少女の不安に対し、ミランシャはニコッと笑った。


「大丈夫よ! アタシに秘策があるわ!」


 と、持ち前の明るさを取り戻して堂々と宣言する。
 続けて、ビシッと親指を立てると、


「心配しないで、ユーリィちゃん! 生活費ならバッチリ稼いで見せるわ!」


 自信満々にそう告げて、彼女は満面の笑みを見せるのだった。


「それこそ、十年でも二十年でも、ここで暮らしていけるぐらいね!」

「…………そう」


 洒落にならない台詞を吐くミランシャに別の意味で不安になるユーリィだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

処理中です...