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第7部
第五章 見通す眼②
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その頃、アティス王国騎士学校にて。
ミランシャの策略に脅威を抱いていたのは、ユーリィだけではなかった。
シン、とした空気が流れるその場所は、各教官に割り当てられる教官室の一つ。
そこには今、部屋の主人であるオトハ=タチバナと、騎士候補生の制服を着たサーシャとアリシアの姿があった。
普段のレザースーツの上に教官用の赤いサーコートを着たオトハは執務席に座り、生徒であるサーシャ達は執務席の前で並んで立っている。
三人とも真剣な顔つきであるため、まるで教官が生徒を叱責する寸前のような雰囲気が漂っているが、実際は違う。
彼女達は一言で言えば同志なのだ。この集まりはいわゆる作戦会議だった。
「……さて」
長い沈黙が続いた後、年長者であるオトハが話を切り出した。
「最近、街で広がっている噂をお前達は知っているか」
口元を指で隠すように肘をつく彼女の顔は、無念そうに歪んでいた。
対し、サーシャとアリシアは互いの顔を見合わせ、
「はい、知っています」
「ミランシャさんがアッシュさんの嫁だって話ですよね」
彼女達の口調は重々しい。
オトハは「そうだ」と言って、ゆっくり首肯した。
続けて「あの赤毛女め」と小さく舌打ちし、
「まさか、自分であんな噂を流すとはな」
「……そうですよね」
アリシアが、重々しい溜息をつく。
「ミランシャさん、今回の件で落ち込んでいるとばかり思っていたら、タフと言うか、転んでもただでは起きないと言うか……」
「うん、そうだね」
と、サーシャも神妙な声で相槌を打つ。
「それもすっごい広範囲に広めているみたい。ラズンだけじゃなくて、ラッセルとか、グランゾにまで伝わってるとか」
アティス王国において、アッシュは何気に有名人だ。
それに加え、この上なく目立つミランシャの容姿とその愛機。
そんな彼女がアッシュの嫁を自称すればさぞかし面白い話題だったことだろう。きっと噂が広まる速度は雷音にも匹敵する速さだったに違いない。
「……完全に油断していたわ」
アリシアは額に手を当てて、力なくかぶりを振った。
「……うん。噂って結構馬鹿に出来ないもの」
隣に立つサーシャも肩を落として後悔する。
一方、視線を少し落として指を組んでいたオトハは、
「私も同じような噂は立っていたのに……もっと積極的にアピールすべきだった。くそ、どうしてそこまで思いつかなかったのか」
と、一人無念そうに舌打ちする。
サーシャとアリシアは、ジト目でオトハを睨みつけた。
「「…………オトハさん」」
二人の少女の剣呑な声に、ハッとするオトハ。
そして慌てて組んでいた指を解き、
「い、いや、その、まあ、それよりも問題はハウルの件だ!」
と、強引に議題を元に戻した。
「あの赤毛女、要するに情報操作を仕掛けて来たんだ。クラインの知名度と、自分の行動範囲の広さを利用した怖ろしい戦略だ」
オトハは真剣な顔で、まるで講義のように教え子達に告げる。
「フラムの言う通り、噂とは馬鹿に出来ん。戦場では虚偽の情報に踊らされて敗戦になったことなど腐るほどあるものだ」
「「……は、はあ」」
と、サーシャとアリシアは少し気のない返答をする。
オトハは緊張感のない教え子達に、やれやれと嘆息した。
「まったく。情報戦を侮るなよ。例えばだな、お前達はクラインの騎士時代のことはどれだけ知っている?」
「……え」「そ、それは……」
サーシャとアリシア達は口籠る。
それは、アッシュと出会う前の話だ。当然ながら知る由もない。
オトハは少女達を一瞥して淡々と告げる。
「あの赤毛女は、恐らくエマリアよりも騎士時代のクラインのことを知っている。その情報を元に戦術も組めるということだ」
サーシャ達は立ち尽くしたまま言葉もない。
すると、オトハはふっと笑った。
「情報とは見えない刃のようなものだ。それは、状況に応じてはどんな名剣よりも強力になる。騎士を目指すならそれを心得ておくんだな」
と教官として告げてから「さて、少し脱線したか」と続け、
「ともあれ、あの赤毛女をこのまま放置しておくのは危険だ」
「は、はい」「そう思います」
コクコクと頷くサーシャとアリシア。
オトハもこくんと頷き返した。
「あの女のことだ。他にも策を考えている可能性があるな」
教官の推測に、少女達は真剣な眼差しを向けた。
オトハはさらに言葉を続ける。
「早急に情報を探る必要がある。しかし、私とエマリアは、はっきり言ってハウルとは犬猿の仲だ。上手く情報は引き出せないだろう」
「「…………」」
沈黙して聞き入る少女達を一瞥し、オトハは重要な案件を告げる。
「そこでお前達に依頼したいのだ」
「い、依頼ですか」
アリシアが微かに喉を鳴らして、オトハの言葉を反芻する。
オトハは「そうだ」と答え、
「お前達はまだハウルにそこまで警戒されていない。ごく自然を装って、あの女を誘いだし情報を探って欲しいのだ」
そんなことを告げられ、アリシア達は互いの顔を見合わせた。
完全に密偵の真似事だ。騎士候補生としては気乗りしない。
しかし、『女』としてはオトハの懸念は重々理解していた。
二人はしばし執務席の前で悩むが、
「分かりました。お受けします」
結局、アリシアは緊迫した表情で引き受け、
「わ、私も。協力します」
アリシア以上に悩んだようだが、サーシャも承諾した。
「うむ。頼んだそ二人とも。わざわざ呼び出して済まなかったな」
オトハはふっと笑ってそう告げた。
これでこの話は終わりだ。サーシャ達は互いに頷くと、
「それでは、失礼します」
と、サーシャがぺこりと頭を下げ、
「上手く探りを入れてみますね」
アリシアが神妙な顔つきでそう告げる。
オトハは「うむ」と頷き、
「ああ、任せる。だが油断するなよ」
と、ミランシャをよく知る人間として忠告を入れる。
対し「はい」と力強く答える教え子達。
そうしてサーシャ達はドアを、バタンと閉めて退出していった。
少女達が去り、急に静かになる教官室。
一人となったオトハはしばし天井を見上げていた。
(……ハウル、か)
ミランシャの行動は気になる。
かなり重要な案件だ。みすみす手をこまねいている訳にはいかない。
だが、それ以上に気になることもあるのだ。
オトハは瞑目し、思考に入る。
そして数十秒が経過し、
「しかし、あの老人……」
彼女は椅子に深くよりかかり、ポツリと呟いた。
「果たしてこのまま大人しく引っ込むのか?」
ミランシャの策略に脅威を抱いていたのは、ユーリィだけではなかった。
シン、とした空気が流れるその場所は、各教官に割り当てられる教官室の一つ。
そこには今、部屋の主人であるオトハ=タチバナと、騎士候補生の制服を着たサーシャとアリシアの姿があった。
普段のレザースーツの上に教官用の赤いサーコートを着たオトハは執務席に座り、生徒であるサーシャ達は執務席の前で並んで立っている。
三人とも真剣な顔つきであるため、まるで教官が生徒を叱責する寸前のような雰囲気が漂っているが、実際は違う。
彼女達は一言で言えば同志なのだ。この集まりはいわゆる作戦会議だった。
「……さて」
長い沈黙が続いた後、年長者であるオトハが話を切り出した。
「最近、街で広がっている噂をお前達は知っているか」
口元を指で隠すように肘をつく彼女の顔は、無念そうに歪んでいた。
対し、サーシャとアリシアは互いの顔を見合わせ、
「はい、知っています」
「ミランシャさんがアッシュさんの嫁だって話ですよね」
彼女達の口調は重々しい。
オトハは「そうだ」と言って、ゆっくり首肯した。
続けて「あの赤毛女め」と小さく舌打ちし、
「まさか、自分であんな噂を流すとはな」
「……そうですよね」
アリシアが、重々しい溜息をつく。
「ミランシャさん、今回の件で落ち込んでいるとばかり思っていたら、タフと言うか、転んでもただでは起きないと言うか……」
「うん、そうだね」
と、サーシャも神妙な声で相槌を打つ。
「それもすっごい広範囲に広めているみたい。ラズンだけじゃなくて、ラッセルとか、グランゾにまで伝わってるとか」
アティス王国において、アッシュは何気に有名人だ。
それに加え、この上なく目立つミランシャの容姿とその愛機。
そんな彼女がアッシュの嫁を自称すればさぞかし面白い話題だったことだろう。きっと噂が広まる速度は雷音にも匹敵する速さだったに違いない。
「……完全に油断していたわ」
アリシアは額に手を当てて、力なくかぶりを振った。
「……うん。噂って結構馬鹿に出来ないもの」
隣に立つサーシャも肩を落として後悔する。
一方、視線を少し落として指を組んでいたオトハは、
「私も同じような噂は立っていたのに……もっと積極的にアピールすべきだった。くそ、どうしてそこまで思いつかなかったのか」
と、一人無念そうに舌打ちする。
サーシャとアリシアは、ジト目でオトハを睨みつけた。
「「…………オトハさん」」
二人の少女の剣呑な声に、ハッとするオトハ。
そして慌てて組んでいた指を解き、
「い、いや、その、まあ、それよりも問題はハウルの件だ!」
と、強引に議題を元に戻した。
「あの赤毛女、要するに情報操作を仕掛けて来たんだ。クラインの知名度と、自分の行動範囲の広さを利用した怖ろしい戦略だ」
オトハは真剣な顔で、まるで講義のように教え子達に告げる。
「フラムの言う通り、噂とは馬鹿に出来ん。戦場では虚偽の情報に踊らされて敗戦になったことなど腐るほどあるものだ」
「「……は、はあ」」
と、サーシャとアリシアは少し気のない返答をする。
オトハは緊張感のない教え子達に、やれやれと嘆息した。
「まったく。情報戦を侮るなよ。例えばだな、お前達はクラインの騎士時代のことはどれだけ知っている?」
「……え」「そ、それは……」
サーシャとアリシア達は口籠る。
それは、アッシュと出会う前の話だ。当然ながら知る由もない。
オトハは少女達を一瞥して淡々と告げる。
「あの赤毛女は、恐らくエマリアよりも騎士時代のクラインのことを知っている。その情報を元に戦術も組めるということだ」
サーシャ達は立ち尽くしたまま言葉もない。
すると、オトハはふっと笑った。
「情報とは見えない刃のようなものだ。それは、状況に応じてはどんな名剣よりも強力になる。騎士を目指すならそれを心得ておくんだな」
と教官として告げてから「さて、少し脱線したか」と続け、
「ともあれ、あの赤毛女をこのまま放置しておくのは危険だ」
「は、はい」「そう思います」
コクコクと頷くサーシャとアリシア。
オトハもこくんと頷き返した。
「あの女のことだ。他にも策を考えている可能性があるな」
教官の推測に、少女達は真剣な眼差しを向けた。
オトハはさらに言葉を続ける。
「早急に情報を探る必要がある。しかし、私とエマリアは、はっきり言ってハウルとは犬猿の仲だ。上手く情報は引き出せないだろう」
「「…………」」
沈黙して聞き入る少女達を一瞥し、オトハは重要な案件を告げる。
「そこでお前達に依頼したいのだ」
「い、依頼ですか」
アリシアが微かに喉を鳴らして、オトハの言葉を反芻する。
オトハは「そうだ」と答え、
「お前達はまだハウルにそこまで警戒されていない。ごく自然を装って、あの女を誘いだし情報を探って欲しいのだ」
そんなことを告げられ、アリシア達は互いの顔を見合わせた。
完全に密偵の真似事だ。騎士候補生としては気乗りしない。
しかし、『女』としてはオトハの懸念は重々理解していた。
二人はしばし執務席の前で悩むが、
「分かりました。お受けします」
結局、アリシアは緊迫した表情で引き受け、
「わ、私も。協力します」
アリシア以上に悩んだようだが、サーシャも承諾した。
「うむ。頼んだそ二人とも。わざわざ呼び出して済まなかったな」
オトハはふっと笑ってそう告げた。
これでこの話は終わりだ。サーシャ達は互いに頷くと、
「それでは、失礼します」
と、サーシャがぺこりと頭を下げ、
「上手く探りを入れてみますね」
アリシアが神妙な顔つきでそう告げる。
オトハは「うむ」と頷き、
「ああ、任せる。だが油断するなよ」
と、ミランシャをよく知る人間として忠告を入れる。
対し「はい」と力強く答える教え子達。
そうしてサーシャ達はドアを、バタンと閉めて退出していった。
少女達が去り、急に静かになる教官室。
一人となったオトハはしばし天井を見上げていた。
(……ハウル、か)
ミランシャの行動は気になる。
かなり重要な案件だ。みすみす手をこまねいている訳にはいかない。
だが、それ以上に気になることもあるのだ。
オトハは瞑目し、思考に入る。
そして数十秒が経過し、
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