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第7部
第五章 見通す眼①
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「おや、ミランシャちゃん。今日はいい野菜が入っているよ!」
「うん。また後で寄るね!」
と、八百屋の店主に手を振るミランシャ。
そこは『ミネルバ噴水広場』の近くにある市街区の大通り。
ミランシャは、紙袋を片手に持って一人買い物に勤しんでいた。
家出娘ミランシャ=ハウルが、クライン工房に居候して、早や三週間。
元来活発で社交的な彼女は、驚くほどの速度で周囲に馴染んでいた。
その目立つ容姿も相まって、もはや市街区辺りでは彼女を知らない者がいないと言っても過言ではないぐらいだ。
今も、ただ歩いているだけで声をかけられる次第だった。
「う~ん、それにしても」
ミランシャは手に持ったメモを一瞥しながら、独白する。
彼女は今、仕事の合間に、夕飯の食材の買い出しに来ているのだ。
「やっぱりアタシも料理を習おうかな」
そして、この手に持つメモは今朝出かける前に手渡されたモノだった。
その小さな紙には、事細かく必要な食材が書き込まれている。
これはオトハの手書きによる食材リストであった。
(……まさか、オトハちゃんがあんなに家庭的だったなんて)
わずかに目を細めると同時に、ミランシャは内心で舌を巻いた。
今回、居候して一番驚いたのは、超一流の傭兵で知られるオトハによってクライン工房の食卓が管理されていたことだった。
朝昼晩。そのすべてをオトハが献立まで考えて作っていたのである。
『……え? それマジなの? 冗談でしょうオトハちゃん?』
『いや、何が冗談なのだ? 私が料理をしたらおかしいのか?』
と、それが《七星》の女傑同士の会話だった。
あまりにもイメージにそぐわないので、ミランシャは本気で目を丸くした。
てっきり料理はユーリィが担当している――余談だが、それを尋ねた時、アッシュは凄まじく残念な顔をした――とばかり思っていたので意外だったのもある。
どうも話(※ユーリィ談)によると、ユーリィもそれなりに料理は出来るのだが、アッシュが何故か止めるらしい。そのため、料理はオトハに一任されているそうだ。
いずれにせよ、かねてからミランシャが最も警戒していた恋敵は、まだ彼女の知らない牙を持っていたということだ。
(やっぱり油断できないわね。オトハちゃんは)
紙袋を持ち直し、ミランシャは少し面持ちを鋭くした。
それにユーリィを始め、アッシュの近くにいる少女達も侮れない。
初めて出会った時から察していたが、サーシャ達も間違いなく恋敵だろう。彼女達の態度を見れば丸わかりである。気付いていないのはアッシュ本人だけか。
ミランシャは足を止め、やれやれとかぶりを振った。
「……まったく。アシュ君って、なんであんなに鈍感なのよ」
アッシュは決して空気が読めない人間ではない。
むしろ相手の心情には聡い方なのだが、何故か女心だけは悟れないのだ。
(まあ、実際のところ、アシュ君の場合、鈍感に加えてまだ《彼女》のことが割り切れていないんでしょうね)
と、一応理解も示すが、それでも完全には納得いかなかった。
正直、もう少し自分がモテる事を自覚して欲しいと思う。
なにせ、異国の地に赴いて一度は人間関係をリセットしたと言うのに、一年も経たない内にこの有様なのだ。ミランシャとしては、うんざりするしかなかった。
まあ、それは他のメンバーも同じ気持ちではあるだろうが。
(オトハちゃん達もかなり苦労してそうだけど……)
そこで、ミランシャはポツリと呟いた。
「ただ、少し出遅れた感はあるかな」
見た所、オトハ達には、それぞれアドバンテージがあるようだ。
ユーリィなら『愛娘』の立場。サーシャなら『愛弟子』か。
それらの立場を利用して、隙あらばアッシュに甘えようと考えているらしい。
対し、ミランシャの立場は『親友』だ。
彼女達のように甘えるような機会はそうそうない。
「……まあ、確かに不利よね」
しかし、ミランシャは落ち込む素振りもなく、すぐに口元を崩し、
「けどね、アタシにはアタシの戦い方があるのよ」
立場が不利であっても策はある。
例えば外堀とは、別に相手の身内だけが当てはまるモノではない。
特にクライン工房はかなりの田舎にあるため、近隣住民との付き合いも深く、彼らもまた身内のようなものだ。
まだ噂程度ではあるが、確かな手ごたえはある。
「ふふっ、さあ、出遅れた分を取り戻すわよ」
そう言って、ミランシャは不敵に笑った。
◆
「……アッシュ。どうしたの?」
その時、ユーリィが眉根を寄せるアッシュの顔を覗き込んできた。
そこはクライン工房の一階。
預かっている整備中の鎧機兵が、四機ほど並ぶ作業場にて。
アッシュは作業机の横に置いてあるパイプ椅子の一つに座り、何やら手紙らしきものを読んでいた。その顔はかなり真剣なものだ。
「ん? ああ、そうだな……」
が、すぐにふっと笑い、手紙を折り畳んでつなぎの中に入れる。
そしてパンパンと手を払い、
「いや、なんでもねえよ」
アッシュはユーリィにそう答えた。
それに対し、ユーリィは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「今の手紙はなに?」
「ん? ああ、気にすんな。つまんねえ手紙だよ」
そう言って、ニカッと笑うアッシュ。
続けて、普段より力強くユーリィの頭を撫でた。
明らかに誤魔化しに入っている対応だ。
六年以上一緒にいるユーリィが、それに気付かないはずもなかった。
「……アッシュ」
ぶすっとした表情で、ユーリィはアッシュを睨みつける。
対し、アッシュは少し苦笑いを浮かべた。
「まあ、本当につまんねえ手紙だよ」
と、もう一度告げる。
それはこれ以上、話すつもりがないという意志証明だった。
ユーリィは小さく嘆息する。
アッシュがこういう態度を見せる時は、絶対に教えてくれないからだ。
恐らくこれ以上追及しても、時間の無駄に終わるだろう。
(仕方がない)
ユーリィは手紙の件は諦め、別の話題を切り出すことにした。
ある意味、こちらの方が気になる話題だ。
「あのね、アッシュ」
「ん? 何だユーリィ」
今、工房には訪問客もいない。
作業も一段落ついたアッシュは、ユーリィの話に耳を傾ける。
「最近、変な噂がある。アッシュが結婚したとか」
「ああ、それか」
アッシュは作業机に片肘をつき、「はははっ」と笑った。
「噂ってすげえよな。なにせ、俺とミランシャが夫婦なんだぜ?」
と、あまりにも呑気に答える青年に、ユーリィはムッとした表情を見せた。
全くもってこの青年は、何も分かっていない。
内心でそう思うが、それは今さらのことでもある。
ユーリィは小さく嘆息し、
「その噂、多分流しているのは、ミランシャさん本人だと思う」
言葉こそ『思う』で締めているが、彼女は確信していた。
あの女ならやりかねない。
純情でありながら意外と狡猾なのだ。あの赤毛女は。
しかし、そんなことを思いもしないアッシュは笑みを崩すこともなく、
「ははっ、それ、俺も噂で聞いたぞ。そんでミランシャ本人に確認してみたけど、多分『家主の旦那』と『アタシの旦那』を聞き違えたんじゃないかって言ってたぞ」
「……それを素直に信じるの……あなたは……」
ユーリィは深々と嘆息した。
相も変わらないアッシュの鈍さに、目眩までしてくる気分だ。
だが、だからこそ自分が気を引き締めなければならない。
(うん。元々黒毛女と双璧をなす赤毛女。これぐらいの攻勢は想定内)
ユーリィは小さな拳を固めて改めて決意する。
やはりアッシュを守るのは自分しかいないようだ。
「うん。また後で寄るね!」
と、八百屋の店主に手を振るミランシャ。
そこは『ミネルバ噴水広場』の近くにある市街区の大通り。
ミランシャは、紙袋を片手に持って一人買い物に勤しんでいた。
家出娘ミランシャ=ハウルが、クライン工房に居候して、早や三週間。
元来活発で社交的な彼女は、驚くほどの速度で周囲に馴染んでいた。
その目立つ容姿も相まって、もはや市街区辺りでは彼女を知らない者がいないと言っても過言ではないぐらいだ。
今も、ただ歩いているだけで声をかけられる次第だった。
「う~ん、それにしても」
ミランシャは手に持ったメモを一瞥しながら、独白する。
彼女は今、仕事の合間に、夕飯の食材の買い出しに来ているのだ。
「やっぱりアタシも料理を習おうかな」
そして、この手に持つメモは今朝出かける前に手渡されたモノだった。
その小さな紙には、事細かく必要な食材が書き込まれている。
これはオトハの手書きによる食材リストであった。
(……まさか、オトハちゃんがあんなに家庭的だったなんて)
わずかに目を細めると同時に、ミランシャは内心で舌を巻いた。
今回、居候して一番驚いたのは、超一流の傭兵で知られるオトハによってクライン工房の食卓が管理されていたことだった。
朝昼晩。そのすべてをオトハが献立まで考えて作っていたのである。
『……え? それマジなの? 冗談でしょうオトハちゃん?』
『いや、何が冗談なのだ? 私が料理をしたらおかしいのか?』
と、それが《七星》の女傑同士の会話だった。
あまりにもイメージにそぐわないので、ミランシャは本気で目を丸くした。
てっきり料理はユーリィが担当している――余談だが、それを尋ねた時、アッシュは凄まじく残念な顔をした――とばかり思っていたので意外だったのもある。
どうも話(※ユーリィ談)によると、ユーリィもそれなりに料理は出来るのだが、アッシュが何故か止めるらしい。そのため、料理はオトハに一任されているそうだ。
いずれにせよ、かねてからミランシャが最も警戒していた恋敵は、まだ彼女の知らない牙を持っていたということだ。
(やっぱり油断できないわね。オトハちゃんは)
紙袋を持ち直し、ミランシャは少し面持ちを鋭くした。
それにユーリィを始め、アッシュの近くにいる少女達も侮れない。
初めて出会った時から察していたが、サーシャ達も間違いなく恋敵だろう。彼女達の態度を見れば丸わかりである。気付いていないのはアッシュ本人だけか。
ミランシャは足を止め、やれやれとかぶりを振った。
「……まったく。アシュ君って、なんであんなに鈍感なのよ」
アッシュは決して空気が読めない人間ではない。
むしろ相手の心情には聡い方なのだが、何故か女心だけは悟れないのだ。
(まあ、実際のところ、アシュ君の場合、鈍感に加えてまだ《彼女》のことが割り切れていないんでしょうね)
と、一応理解も示すが、それでも完全には納得いかなかった。
正直、もう少し自分がモテる事を自覚して欲しいと思う。
なにせ、異国の地に赴いて一度は人間関係をリセットしたと言うのに、一年も経たない内にこの有様なのだ。ミランシャとしては、うんざりするしかなかった。
まあ、それは他のメンバーも同じ気持ちではあるだろうが。
(オトハちゃん達もかなり苦労してそうだけど……)
そこで、ミランシャはポツリと呟いた。
「ただ、少し出遅れた感はあるかな」
見た所、オトハ達には、それぞれアドバンテージがあるようだ。
ユーリィなら『愛娘』の立場。サーシャなら『愛弟子』か。
それらの立場を利用して、隙あらばアッシュに甘えようと考えているらしい。
対し、ミランシャの立場は『親友』だ。
彼女達のように甘えるような機会はそうそうない。
「……まあ、確かに不利よね」
しかし、ミランシャは落ち込む素振りもなく、すぐに口元を崩し、
「けどね、アタシにはアタシの戦い方があるのよ」
立場が不利であっても策はある。
例えば外堀とは、別に相手の身内だけが当てはまるモノではない。
特にクライン工房はかなりの田舎にあるため、近隣住民との付き合いも深く、彼らもまた身内のようなものだ。
まだ噂程度ではあるが、確かな手ごたえはある。
「ふふっ、さあ、出遅れた分を取り戻すわよ」
そう言って、ミランシャは不敵に笑った。
◆
「……アッシュ。どうしたの?」
その時、ユーリィが眉根を寄せるアッシュの顔を覗き込んできた。
そこはクライン工房の一階。
預かっている整備中の鎧機兵が、四機ほど並ぶ作業場にて。
アッシュは作業机の横に置いてあるパイプ椅子の一つに座り、何やら手紙らしきものを読んでいた。その顔はかなり真剣なものだ。
「ん? ああ、そうだな……」
が、すぐにふっと笑い、手紙を折り畳んでつなぎの中に入れる。
そしてパンパンと手を払い、
「いや、なんでもねえよ」
アッシュはユーリィにそう答えた。
それに対し、ユーリィは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「今の手紙はなに?」
「ん? ああ、気にすんな。つまんねえ手紙だよ」
そう言って、ニカッと笑うアッシュ。
続けて、普段より力強くユーリィの頭を撫でた。
明らかに誤魔化しに入っている対応だ。
六年以上一緒にいるユーリィが、それに気付かないはずもなかった。
「……アッシュ」
ぶすっとした表情で、ユーリィはアッシュを睨みつける。
対し、アッシュは少し苦笑いを浮かべた。
「まあ、本当につまんねえ手紙だよ」
と、もう一度告げる。
それはこれ以上、話すつもりがないという意志証明だった。
ユーリィは小さく嘆息する。
アッシュがこういう態度を見せる時は、絶対に教えてくれないからだ。
恐らくこれ以上追及しても、時間の無駄に終わるだろう。
(仕方がない)
ユーリィは手紙の件は諦め、別の話題を切り出すことにした。
ある意味、こちらの方が気になる話題だ。
「あのね、アッシュ」
「ん? 何だユーリィ」
今、工房には訪問客もいない。
作業も一段落ついたアッシュは、ユーリィの話に耳を傾ける。
「最近、変な噂がある。アッシュが結婚したとか」
「ああ、それか」
アッシュは作業机に片肘をつき、「はははっ」と笑った。
「噂ってすげえよな。なにせ、俺とミランシャが夫婦なんだぜ?」
と、あまりにも呑気に答える青年に、ユーリィはムッとした表情を見せた。
全くもってこの青年は、何も分かっていない。
内心でそう思うが、それは今さらのことでもある。
ユーリィは小さく嘆息し、
「その噂、多分流しているのは、ミランシャさん本人だと思う」
言葉こそ『思う』で締めているが、彼女は確信していた。
あの女ならやりかねない。
純情でありながら意外と狡猾なのだ。あの赤毛女は。
しかし、そんなことを思いもしないアッシュは笑みを崩すこともなく、
「ははっ、それ、俺も噂で聞いたぞ。そんでミランシャ本人に確認してみたけど、多分『家主の旦那』と『アタシの旦那』を聞き違えたんじゃないかって言ってたぞ」
「……それを素直に信じるの……あなたは……」
ユーリィは深々と嘆息した。
相も変わらないアッシュの鈍さに、目眩までしてくる気分だ。
だが、だからこそ自分が気を引き締めなければならない。
(うん。元々黒毛女と双璧をなす赤毛女。これぐらいの攻勢は想定内)
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