クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
213 / 499
第7部

第七章 『獅子』と『犬』②

しおりを挟む
(……おや?)


 馬に乗るその行商人は、不意に小首を傾げた。
 そこは、鉱山街グランゾから王都ラズンへと続く街道。
 広い草原に跨る多くの人間や馬によって踏み固められた道。特に柵などはなく、馬車が一台ほど通れるかどうかの細い道だ。


(珍しいな。この街道にあんな豪勢な馬車なんて……)


 行商人は眉をしかめた。
 彼の視線の先には、一台の馬車の姿があった。荷を運ぶ幌馬車とは大きく違う、四角いキャビンを持つ貴族が使用するような上質の馬車だ。
 それ加え、周囲に護衛役なのか、黒い執事服のような服を着た者が五人ほど、それぞれ馬に乗って先導している。
 とても鉱山街に続く街道で見かけるような光景ではない。


(まあ、何にせよ避けるしかないな)


 この道は馬車がようやく通れるほど狭い。
 ならば、彼の方が道を開けるしかなかった。
 互いの距離が近付いた所で行商人は手綱を操り、馬を街道から少し移動させた。
 すると、護衛役らしき五人が会釈してきた。


「これは申し訳ない」


 そしてすれ違いざま、五人の先頭を進むリーダーらしき男性が感謝を述べる。


「いえいえ、お気になさらず」


 行商人も少し馬の速度を緩めて挨拶をした。


「それにしても豪勢な馬車ですね。これからグランゾに?」


 その問いに対し、リーダー格の男性が「ええ、そうです」と答える。


「実は私どもの主人に少々私用がございまして。グランゾにはこの道を真直ぐ進めばよろしいのでしょうか?」


 そう尋ねる男に、今度は行商人が「はい、そうですよ」と答えた。
 それから、ふとあごに手を当て、


「ああ、それだったら……」


 行商人は指先をグランゾの方角へと向けた。


「ご存知かもしれませんが、この街道を少し進むと大きな森が見えます。魔獣も棲む森だそうなのでお気を付け下さい。もし休憩されるご予定ならば、そこからもう少し街道を進むことをお薦めしますよ。一時間も進めば宿泊用のコテージもありますので」

「そうですか。ご助言ありがとうございます」


 そうやり取りし、行商人と馬車の一同は完全にすれ違った。
 彼らはもはや見向きもせず、互いに黙々と目的地に向かって進む。
 そうして十分程が経ち……。


「ヒヒーンっ!」


 馬が嘶きを上げて、足を止めた。
 街道にて停車した馬車の隣には、大きな森の姿があった。
 行商人が危険だと話していた森である。
 その時、おもむろに馬車のキャビンの扉が開いた。


「……魔獣の棲む森か」


 馬車の中から出て来た彼らの隊長――イアン=ディーンが呟く。
 そして森の上方へと視線を向け、空を見上げた。
 雲の流れる空はすでに茜色に染まっている。


「日が傾き始めたな」


 余裕をもって行動していたのだが、思いのほか移動に時間がかかってしまった。
 これは、少しばかり急いだ方がいいかもしれない。
 イアンは、馬から降りて整列する七人の部下に目をやった。


「ここからは徒歩だ。目的地に向かうぞ」


「了解しました」と声を揃えて応える部下達。
 すると、その中の一人がイアンに問う。


「隊長。馬と馬車はどう致しましょうか?」


 その問いに対し、イアンは森の一角に視線を向ける。
 続けてあごに手をやると、「そうだな」と呟き、


「馬はその辺の幹に。馬車は少し街道から離れたあの場所にでも隠せばいいだろう。先程の行商人の話ならばこの辺りには人は近付かないようだしな」

「了解しました」


 そうして二人の部下が馬車を移動させる。他の部下達は、馬の手綱を近くの樹の幹に括りつけていた。それはものの数分で完了する。


「さて。では、改めて出発するぞ」


 と、イアンが出立を告げる。
 そして深い森の中に立ち入る黒犬兵団の一行。
 彼らは会話もなく黙々と歩を進めた。


(……ふむ)


 イアンは周囲に目をやり、小さく首肯する。
 周辺の木々の背こそ高いが、その間隔はかなり広い。意外と開けた森だった。
 生い茂る繁みは少々邪魔ではあるが、足をとられる程でもない。


(大体、報告通りだな)


 イアンは、部下の一人の背に視線を向けた。
 先頭を進むのは、意外にも隊長であるイアンではない。前もって『例の場所』を下見した部下の一人だ。彼が案内役なのである。
 これから向かう所は、作戦を決行する重要な場所。勿論、この周辺の地理や環境は、イアンを始め、ここにいる全員が知識として頭に叩きこんでいるが、やはり案内は実際にその場に行ったことのある人間に任せる方のが一番効率がいい。
 と、その成果もあってか、一時間もしない内にイアン達は目的地に到着した。
 ザザザッ、と繁みをかき分け大きな広場に出る八人の男達。
 そこは大きな湖がある場所だった。視界の端には水を呑む小動物の姿がある。
 この森における憩いの場所と言ったところか。


「中々よい風景だな」


 イアンは苦笑を浮かべた。
 この場所なら、長距離間移動の休憩ポイントには持って来いだろう。


「まあ、この光景が荒れることにならなければいいのだがな」


 続けて、皮肉気にそう呟く。
 いずれにせよ、ようやく到着だ。空には星が瞬き始めている。
 いよいよ彼らが最も得意とする時間。夜の訪れだ。
 と、その時だった。不意に風を切るような轟音が鳴り響いた。
 全員が空を見上げて神妙な様子で息を呑む。
 推測した時間よりもかなり到着が早い。


「――隊長」


 部下の一人が鋭い声を上げる。と、


「ああ、分かっている。一旦、繁みに隠れるぞ」


 イアンはそう指示し、彼も含めた八人は繁みに身を潜めた。
 と、同時に天空にて緋色の光が横切った。
 全員が、夜空に目をやった。


「……ある意味、タイミングがいいな」


 イアンは口角を崩してそう呟く。
 視線の先にいるのは、雄々しく空を舞う緋色の『鳥』。
 彼の標的であるその鎧機兵は、悠々と夜の空を旋回していた。
 そして緋色の鳥は自分の存在を誇示するかのように、しばらくは旋回を繰り返していたのだが、不意に下降し、両足で掴んでいたコンテナを丁重に下ろした。
 ズズンと響く重いコンテナの音。
 その後、湖の前に、緋色の機体も着陸する。
 地に降り立った緋色の『鳥』は、大きな翼を折り畳んだ。

 ――プシュウ、と。

 続けて、空気が抜ける音が広場に響いた。
 同時に緋色の胸部装甲が、ゆっくりと上方に開いた。
 そして機体の中から出て来たのは、赤毛の美女だった。
 彼女は身体を解すように、両手を上げて大きな伸びをした。
 その仕草は、どこか気ままな猫を思わせる。


(まったく。本当に呑気なものだ)


 その様子を見やり、イアンは侮蔑するような笑みを浮かべた。
 全くもって世話の掛かる女だ。しかし、それでもあの女は、これからの彼の計画にとって必要になるのだ。丁重に扱わなければならない。


「(お前達はここで待機だ。だが、いつでも鎧機兵を喚べる準備はしておけ)」


 イアンは部下達にそう命じると、自分はおもむろに繁みから身を出した。

 ――ザッザッザ……。

 黒犬兵団の部隊長は、堂々とした立ち姿で赤毛の女性に近付いて行く。
 すると、彼女――ミランシャ=ハウルはようやくイアンの存在に気付いた。
 そして、祖父によく似たその紅い瞳を大きく瞠る。


「……あなたは、確か……」

「ご機嫌麗しく存じ上げます」


 一方、イアンはその場で足を止めると、胸に手を当て深々と頭を垂れた。


「御迎えに上がりました。ミランシャさま」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...