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第7部
第八章 夜に吠える狂犬②
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かくして、漆黒の鬼が打ちたてた轟音と共に。
戦端は、速やかに切って落とされた。
無言のまま地を蹴り、跳躍する一機の黒犬。
そして、鋭い爪を持つ長い腕を大きく振りかぶり、ただ真直ぐ《朱天》の元へと襲い掛かる――かと思いきや。
――ズンッッ!
黒犬の機体は、片腕を地面に打ちつけ急停止。
迎撃の姿勢を見せていた《朱天》は、わずかにたたらを踏む。と、その隙を狙って急停止した機体の背後から、別の黒犬の鎧機兵が跳躍する。
そして、類人猿のような長い両腕が《朱天》に襲い来る――。
『……中々連携が取れてんじゃねえか』
が、アッシュは全く動じなかった。
跳躍する機体は最初から無視して、《雷歩》で加速。
急停止した状態の最初の鎧機兵めがけて、右の拳を繰り出した!
『な、なにッ!?』
まさか自分が狙われると思っていなかった黒犬は一瞬、驚愕で目を見開くが、
『――クッ!』
咄嗟に右腕を盾にして《朱天》の一撃を受け止める。
しかし、相手は《七星騎》の中でも最大の膂力を誇る鎧機兵。
黒犬の鎧機兵の右腕には大きな亀裂が入るなりメキメキとひしゃげ、機体は両足で火線を引いて大きく後退した。
『……へえ』
それに対し、アッシュは少し感嘆する。
『かなりいい一撃だったんだが、今のを防ぐのか』
一撃を受けた機体は右腕こそ失ったが、未だ健在だ。
即座の判断力といい、機体の反射速度といい、並みの操手に出来る技ではない。
しかも、右腕を失った鎧機兵は動揺する様子もなく、平然と周囲の仲間と共に陣を組み始めるではないか。胆力も並みではないのが窺い知れる。
恐らく、それは全員にも言えることなのだろう。
『……なるほど。てめえら全員、皇国の上級騎士並みの実力者ってことか』
そしてアッシュが警戒しつつ、そう呟くと、
『ふん。皇国騎士などと一緒にされては困るな』
答えたのは、犬狼の頭部を持つ鎧機兵――個体名《ガラドス》に乗るイアンだった。
『黒犬兵団を侮るなよ。こいつらは私が選んだ先鋭だ。しかもごく少量ではあるが、すでに《樹形図》を使用している者達だ。上級騎士など相手にもならんさ』
『……なんだと?』
イアンのその台詞に、アッシュは眉根を寄せた。
『どういうことだ? そのヤベエ薬はてめえしか持ってねえんだろ?』
『………ジルベールはそこまで調べていたのか』
何もかも見通されている状況に、思わずイアンは渋面を浮かべた。
あの老人は本当に恐ろしい。すぐにでも始末すべき相手だと改めて思う。
(まあ、いい。すべてはこれが終わってからだ)
イアンは、すぐに皮肉気な笑みを見せた。
そしてアッシュの乗る《朱天》を見据えて問いに答える。
『部下に渡したのはオリジナルでない。《樹形図》の原液を解析し造った模造品だ』
そこでイアンの愛機、ガラドスは長い両腕を器用に動かして肩をすくめた。
『効果はオリジナルの万分の一。一度服用すれば永続的に続く本物とは違い、持続時間もある。加え、使用後は疲労困憊状態が三日以上も続く副作用もな』
あの男――《木妖星》レオス=ボーダーから《樹形図》を受け取って今日までの間、イアンとて何もしなかった訳ではない。
ジルベールに悟られないよう注意を払いながら、密かに黒犬兵団の中で《樹形図》の研究を行っていたのだ。
結果、秘密裏にする事自体は失敗していたようだがこうして成果も上げられた。
まだまだ戦闘薬としては不完全ではあるが今ここでは充分に役に立つ。《七星》との戦闘を念頭に置いて、事前に部下達に支給しておいていたのは正解だった。
『――今の我々は強いぞ』
と、イアンは鋭い眼光で《朱天》を睨みつけた。
『もはやこいつらは黒犬のレベルではない。こいつらの牙はその気になれば《七星》の喉笛にも届くものと知れ』
そう告げるイアンの声は、虚勢でもなく確信めいたものだった。
しかし、アッシュはポリポリと頬をかき、
『ああ、そうかい』
言って、《朱天》に身構えさせる。――が、それは迎撃の戦闘態勢でない。背中を見せるほど大きく右腕を振りかぶったのだ。
黒犬達の表情に緊張が走る。
『お前らが強えェことは分かった。それに加え、その模造品の薬とやらにも余程自信があんだろ。だけどな』
そこで、アッシュは獰猛な笑みを見せた。
『正直、俺は今すっげえ腹が立ってんだよ。あのジジイのミランシャに対する扱い。普段はよく笑うあいつがこの国に来て何回泣いたと思ってんだよ。クソジジイが。そんでもう一人のジジイの情報に関しても外れときた。ああ、くそったれだよな。おい』
ギシギシ、と拳に力を込めていく《朱天》。
まるでアッシュの怒りを吸収していくようだった。
『挙句、《七星》に届くってか? よく言うぜ。薬物なんぞに頼るアホどもが』
そう吐き捨て、アッシュは目を細める。
この時、《朱天》の右腕には、恐ろしいほどの恒力が込められていた。
『なら見せてやるよ。《星》の名を背負うってことがどういう意味なのかをな』
――そして、《朱天》が右腕を横に振り抜いた!
直後、大地がめくれ上がった。
地表に亀裂が入り、地層は陥没する。岩土は怒涛の如く押し流される。
《黄道法》の放出系闘技――《破砕陣》。
技の種類としては恒力の刃を飛ばす《飛刃》と同じタイプなのだが、その現象はそんなスマートなものではい。膨大な恒力を力任せに放つ荒技。
まさしく大地の津波だ。
轟音を立て、そう表現するしかない猛威がイアン達を襲う!
『――クッ! 各自回避しろ!』
イアンが咄嗟に指示を出し、各機は迅速に応えた。
津波の猛威から避難するため、ある者は横に、ある者は後方に跳躍した。
そして全員が安全圏に回避した――その時だった。
『おらよ。まずは一匹目からだ』
そう呟いて、アッシュの乗る《朱天》が跳躍した。
狙いは右腕を失った機体だ。
『チィ!』
対し、片腕の黒犬は左の拳を繰り出すが、《朱天》は首を傾けるだけであっさり回避。伸びきった敵の腕を掻い潜り懐に入り込む。
息を呑む黒犬。そして、
――ズドンッッ!
轟音を立てて《朱天》の拳が黒犬の横脇腹に突き刺さった!
漆黒の拳は容赦なく胸部装甲を破壊し、黒犬の機体を宙に吹き飛ばす。
――が、それだけでは終わらない。
《朱天》は吹き飛ぼうとする黒犬の尾を、左手で掴んだのである。
ギシリと悲鳴を上げる太い尾。
しかし引き千切れる事はなく、胸部装甲を打ち砕かれた機体は宙空で止まった。
そして《朱天》は体を反転させ、その機体を力任せに振り回した。
狙う標的は近くにいる別の敵機。まるで鎖付きの鉄球のように大破した機体を扱い、さらに勢いをつけて、佇む敵に投げつけた!
『う、うお!?』
驚愕する敵機。しかし、もはや逃げることも叶わず――。
――ガゴンッッ!
凄まじい勢いで投げつけられた僚機の直撃を受ける!
『く、くそッ!』
操縦席が軋み、機体は大きく後ろに後退する。黒犬の操手は歯を軋ませた。
が、それだけでは戦闘不能に陥ったりしない。
すぐさま、ふらついた機体を立て直そうとする。
しかし――。
『遅せよ。敵から目を離してんじゃねえ』
『――ひっ!?』
すぐ目の前に《朱天》の姿があった。
そして、漆黒の鬼は動揺する黒犬の操手のことは歯牙にもかけず、無造作に敵機の頭部を殴りつけた。頭部はあっさりと粉砕される。
さらにその場で反転。太い尾で黒犬の機体を弾き飛ばした。
勢いよく吹き飛ぶ敵機は、森にまで直行し大樹にぶち当たって停止した。
四肢さえもげて、白煙を上げる機体は完全に大破している。
『これで二匹だ。さて。次はどいつだ?』
のそり、と。
視線を黒犬達に向け、《朱天》――アッシュが言う。
言葉も発さず右の拳を固める漆黒の鬼。
本気の《七星》の威圧を前にして、残りの黒犬達は息を呑む。
そしてイアンもまた、静かに喉を鳴らし、
(……やはり私がやるしかないようだな)
改めて今の危機的状況を認識して、手の中の小筒を強く握りしめた。
先程までは押し切れるかとも思ったが、やはりこの漆黒の鬼の相手は、部下達には荷が重すぎるか。結局、《星》の名を冠する者は化け物だらけだ。《木妖星》のかつての猛威を嫌でも思い出す光景だった。
(それに、いずれにせよ、これは最初から決めていたことだしな)
イアンは皮肉気に口角を崩した。
覚悟は最初から決めている。何を今さら躊躇う必要があるのか。
そして表情を改めて、イアンは部下達に命じる。
『お前達。作戦Bだ。《双金葬守》は私が仕留める』
それから、遥か上空で戦況を窺う緋色の大鳥を見やり、
『お前達はあの《蒼天公女》を倒せ。捕縛が理想ではあるが、最悪、殺しても構わん。計画は一度見直すことにする』
『『『――はっ!』』』
イアンの指示に部下達は即座に応える。
対し、アッシュは眉根を寄せた。
『ミランシャを倒すだと?』
白髪の青年は、天空を旋回する僚機に目をやった。
『あいつは空にいんだぞ。どうやって倒す気だ?』
数百セージルも上空にいる相手を一体どうやって倒すのか。
勿論、アッシュはミランシャが負けるとは思っていない。
だが、素朴な疑問としてその言葉が出た。
すると、黒犬の隊長機《ガラドス》は大きく肩をすくめて、
『なに。別に借り物の薬物だけが我々の切り札ではないと言うことだ』
そこで、不敵に笑うイアン。
『もう一度言うぞ。黒犬兵団を侮らないことだな。《双金葬守》』
そう言って、彼は愛機に素早く片手を上げさせた。
と、同時に彼の部下達は一斉に行動を起こした。全機が深く重心を下げる。
明らかな戦闘態勢。
アッシュは一瞬身構えるが、その直後、大きく目を瞠る。
そしてその驚くべき光景を前にして――。
『……おいおい。マジかよ』
ただ、唖然とそう呟くのだった。
戦端は、速やかに切って落とされた。
無言のまま地を蹴り、跳躍する一機の黒犬。
そして、鋭い爪を持つ長い腕を大きく振りかぶり、ただ真直ぐ《朱天》の元へと襲い掛かる――かと思いきや。
――ズンッッ!
黒犬の機体は、片腕を地面に打ちつけ急停止。
迎撃の姿勢を見せていた《朱天》は、わずかにたたらを踏む。と、その隙を狙って急停止した機体の背後から、別の黒犬の鎧機兵が跳躍する。
そして、類人猿のような長い両腕が《朱天》に襲い来る――。
『……中々連携が取れてんじゃねえか』
が、アッシュは全く動じなかった。
跳躍する機体は最初から無視して、《雷歩》で加速。
急停止した状態の最初の鎧機兵めがけて、右の拳を繰り出した!
『な、なにッ!?』
まさか自分が狙われると思っていなかった黒犬は一瞬、驚愕で目を見開くが、
『――クッ!』
咄嗟に右腕を盾にして《朱天》の一撃を受け止める。
しかし、相手は《七星騎》の中でも最大の膂力を誇る鎧機兵。
黒犬の鎧機兵の右腕には大きな亀裂が入るなりメキメキとひしゃげ、機体は両足で火線を引いて大きく後退した。
『……へえ』
それに対し、アッシュは少し感嘆する。
『かなりいい一撃だったんだが、今のを防ぐのか』
一撃を受けた機体は右腕こそ失ったが、未だ健在だ。
即座の判断力といい、機体の反射速度といい、並みの操手に出来る技ではない。
しかも、右腕を失った鎧機兵は動揺する様子もなく、平然と周囲の仲間と共に陣を組み始めるではないか。胆力も並みではないのが窺い知れる。
恐らく、それは全員にも言えることなのだろう。
『……なるほど。てめえら全員、皇国の上級騎士並みの実力者ってことか』
そしてアッシュが警戒しつつ、そう呟くと、
『ふん。皇国騎士などと一緒にされては困るな』
答えたのは、犬狼の頭部を持つ鎧機兵――個体名《ガラドス》に乗るイアンだった。
『黒犬兵団を侮るなよ。こいつらは私が選んだ先鋭だ。しかもごく少量ではあるが、すでに《樹形図》を使用している者達だ。上級騎士など相手にもならんさ』
『……なんだと?』
イアンのその台詞に、アッシュは眉根を寄せた。
『どういうことだ? そのヤベエ薬はてめえしか持ってねえんだろ?』
『………ジルベールはそこまで調べていたのか』
何もかも見通されている状況に、思わずイアンは渋面を浮かべた。
あの老人は本当に恐ろしい。すぐにでも始末すべき相手だと改めて思う。
(まあ、いい。すべてはこれが終わってからだ)
イアンは、すぐに皮肉気な笑みを見せた。
そしてアッシュの乗る《朱天》を見据えて問いに答える。
『部下に渡したのはオリジナルでない。《樹形図》の原液を解析し造った模造品だ』
そこでイアンの愛機、ガラドスは長い両腕を器用に動かして肩をすくめた。
『効果はオリジナルの万分の一。一度服用すれば永続的に続く本物とは違い、持続時間もある。加え、使用後は疲労困憊状態が三日以上も続く副作用もな』
あの男――《木妖星》レオス=ボーダーから《樹形図》を受け取って今日までの間、イアンとて何もしなかった訳ではない。
ジルベールに悟られないよう注意を払いながら、密かに黒犬兵団の中で《樹形図》の研究を行っていたのだ。
結果、秘密裏にする事自体は失敗していたようだがこうして成果も上げられた。
まだまだ戦闘薬としては不完全ではあるが今ここでは充分に役に立つ。《七星》との戦闘を念頭に置いて、事前に部下達に支給しておいていたのは正解だった。
『――今の我々は強いぞ』
と、イアンは鋭い眼光で《朱天》を睨みつけた。
『もはやこいつらは黒犬のレベルではない。こいつらの牙はその気になれば《七星》の喉笛にも届くものと知れ』
そう告げるイアンの声は、虚勢でもなく確信めいたものだった。
しかし、アッシュはポリポリと頬をかき、
『ああ、そうかい』
言って、《朱天》に身構えさせる。――が、それは迎撃の戦闘態勢でない。背中を見せるほど大きく右腕を振りかぶったのだ。
黒犬達の表情に緊張が走る。
『お前らが強えェことは分かった。それに加え、その模造品の薬とやらにも余程自信があんだろ。だけどな』
そこで、アッシュは獰猛な笑みを見せた。
『正直、俺は今すっげえ腹が立ってんだよ。あのジジイのミランシャに対する扱い。普段はよく笑うあいつがこの国に来て何回泣いたと思ってんだよ。クソジジイが。そんでもう一人のジジイの情報に関しても外れときた。ああ、くそったれだよな。おい』
ギシギシ、と拳に力を込めていく《朱天》。
まるでアッシュの怒りを吸収していくようだった。
『挙句、《七星》に届くってか? よく言うぜ。薬物なんぞに頼るアホどもが』
そう吐き捨て、アッシュは目を細める。
この時、《朱天》の右腕には、恐ろしいほどの恒力が込められていた。
『なら見せてやるよ。《星》の名を背負うってことがどういう意味なのかをな』
――そして、《朱天》が右腕を横に振り抜いた!
直後、大地がめくれ上がった。
地表に亀裂が入り、地層は陥没する。岩土は怒涛の如く押し流される。
《黄道法》の放出系闘技――《破砕陣》。
技の種類としては恒力の刃を飛ばす《飛刃》と同じタイプなのだが、その現象はそんなスマートなものではい。膨大な恒力を力任せに放つ荒技。
まさしく大地の津波だ。
轟音を立て、そう表現するしかない猛威がイアン達を襲う!
『――クッ! 各自回避しろ!』
イアンが咄嗟に指示を出し、各機は迅速に応えた。
津波の猛威から避難するため、ある者は横に、ある者は後方に跳躍した。
そして全員が安全圏に回避した――その時だった。
『おらよ。まずは一匹目からだ』
そう呟いて、アッシュの乗る《朱天》が跳躍した。
狙いは右腕を失った機体だ。
『チィ!』
対し、片腕の黒犬は左の拳を繰り出すが、《朱天》は首を傾けるだけであっさり回避。伸びきった敵の腕を掻い潜り懐に入り込む。
息を呑む黒犬。そして、
――ズドンッッ!
轟音を立てて《朱天》の拳が黒犬の横脇腹に突き刺さった!
漆黒の拳は容赦なく胸部装甲を破壊し、黒犬の機体を宙に吹き飛ばす。
――が、それだけでは終わらない。
《朱天》は吹き飛ぼうとする黒犬の尾を、左手で掴んだのである。
ギシリと悲鳴を上げる太い尾。
しかし引き千切れる事はなく、胸部装甲を打ち砕かれた機体は宙空で止まった。
そして《朱天》は体を反転させ、その機体を力任せに振り回した。
狙う標的は近くにいる別の敵機。まるで鎖付きの鉄球のように大破した機体を扱い、さらに勢いをつけて、佇む敵に投げつけた!
『う、うお!?』
驚愕する敵機。しかし、もはや逃げることも叶わず――。
――ガゴンッッ!
凄まじい勢いで投げつけられた僚機の直撃を受ける!
『く、くそッ!』
操縦席が軋み、機体は大きく後ろに後退する。黒犬の操手は歯を軋ませた。
が、それだけでは戦闘不能に陥ったりしない。
すぐさま、ふらついた機体を立て直そうとする。
しかし――。
『遅せよ。敵から目を離してんじゃねえ』
『――ひっ!?』
すぐ目の前に《朱天》の姿があった。
そして、漆黒の鬼は動揺する黒犬の操手のことは歯牙にもかけず、無造作に敵機の頭部を殴りつけた。頭部はあっさりと粉砕される。
さらにその場で反転。太い尾で黒犬の機体を弾き飛ばした。
勢いよく吹き飛ぶ敵機は、森にまで直行し大樹にぶち当たって停止した。
四肢さえもげて、白煙を上げる機体は完全に大破している。
『これで二匹だ。さて。次はどいつだ?』
のそり、と。
視線を黒犬達に向け、《朱天》――アッシュが言う。
言葉も発さず右の拳を固める漆黒の鬼。
本気の《七星》の威圧を前にして、残りの黒犬達は息を呑む。
そしてイアンもまた、静かに喉を鳴らし、
(……やはり私がやるしかないようだな)
改めて今の危機的状況を認識して、手の中の小筒を強く握りしめた。
先程までは押し切れるかとも思ったが、やはりこの漆黒の鬼の相手は、部下達には荷が重すぎるか。結局、《星》の名を冠する者は化け物だらけだ。《木妖星》のかつての猛威を嫌でも思い出す光景だった。
(それに、いずれにせよ、これは最初から決めていたことだしな)
イアンは皮肉気に口角を崩した。
覚悟は最初から決めている。何を今さら躊躇う必要があるのか。
そして表情を改めて、イアンは部下達に命じる。
『お前達。作戦Bだ。《双金葬守》は私が仕留める』
それから、遥か上空で戦況を窺う緋色の大鳥を見やり、
『お前達はあの《蒼天公女》を倒せ。捕縛が理想ではあるが、最悪、殺しても構わん。計画は一度見直すことにする』
『『『――はっ!』』』
イアンの指示に部下達は即座に応える。
対し、アッシュは眉根を寄せた。
『ミランシャを倒すだと?』
白髪の青年は、天空を旋回する僚機に目をやった。
『あいつは空にいんだぞ。どうやって倒す気だ?』
数百セージルも上空にいる相手を一体どうやって倒すのか。
勿論、アッシュはミランシャが負けるとは思っていない。
だが、素朴な疑問としてその言葉が出た。
すると、黒犬の隊長機《ガラドス》は大きく肩をすくめて、
『なに。別に借り物の薬物だけが我々の切り札ではないと言うことだ』
そこで、不敵に笑うイアン。
『もう一度言うぞ。黒犬兵団を侮らないことだな。《双金葬守》』
そう言って、彼は愛機に素早く片手を上げさせた。
と、同時に彼の部下達は一斉に行動を起こした。全機が深く重心を下げる。
明らかな戦闘態勢。
アッシュは一瞬身構えるが、その直後、大きく目を瞠る。
そしてその驚くべき光景を前にして――。
『……おいおい。マジかよ』
ただ、唖然とそう呟くのだった。
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