クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
216 / 499
第7部

第八章 夜に吠える狂犬①

しおりを挟む
 ――ズシン……ッ!

 広場に響く重厚な音。
 力強く大地を踏みつけ、《朱天》は一歩前に進み出た。
 対し、イアン達が操る八機は呼応するように重心を沈めて身構える。
 その構えに緊張している気配はない。


『……へえ。流石は噂に聞くハウル公爵家の黒犬兵団だな。どいつもこいつも肝はすわっているって訳か』


 アッシュは《朱天》の中でふっと笑った。
 噂に名高いハウルの黒犬。その練度は中々侮れない。
 周囲を警戒しつつ、とりあえず、アッシュはまずミランシャの方を一瞥して、


『ミランシャ。早く《鳳火》に乗れ。こいつらに邪魔はさせねえから』

「うん。分かったわ」


 そう答えて、ミランシャは胸部装甲を開けたままの《鳳火》に乗った。
 一方、黒犬達は当然妨害したかったのだが、《朱天》が全く隙を見せない。
 ざわめくように苛立つ八機の機体。
 それを牽制する漆黒の鬼。
 と、そうこうしている内に突風が周囲に吹き荒れる。
 大気を弾き、緋色の鎧機兵は、星の瞬く大空へと羽ばたいていった。


(――くそッ!)


 空を見やり、イアンが内心で舌打ちする。
 これで彼らは完全武装の《七星》を二人相手する事態に陥ってしまった。


『……隊長』


 その時、部下の一人が口を開く。


『ここは我らも……』


 と、提案するが、イアンは『いや待て』と指示する。


『それはまだ早い。もう少し時期を見定めるぞ』

『――はっ。了解いたしました』


 静かに頷く部下の機体。他の部下達も同じように首肯していた。
 いきなり現れた《朱天》に対してかなり動揺していた部下達ではあったが、すでに全員が冷静さを取り戻している。
 そしてイアンの手元には『あの薬』もある。
 これならば、まだ勝ち目はあった。
 ただ、この状況にはまだ懸念すべきこともあり――。


(この国には《天架麗人》も滞在していたはず……)


 イアンは《朱天》と《鳳火》を警戒しつつ周囲を見渡した。


(……あの女はどこにいるんだ……?)


 イアン達の行動が筒抜けなら当然、あの女の参戦も予測できる。
 しかし、周囲の森は沈黙するだけ。
 三人目の《七星》の姿は、どこにも見当たらない。


(――何故ここにいない? まさか伏兵のつもりか? しかし、《七星》クラスの化け物がそんな小細工のような真似をするのか?)


 と、眉根を寄せた時、


『……あら? イアン。もしかしてオトハちゃんを捜しているの?』


 上空からそんな声をかけられた。
 莫大な恒力を噴出して空に滞空する《鳳火》からの声だ。
 当然、その声の主は、ミランシャである。


『オトハちゃんならいないわよ。彼女はあなた達の伏兵がいるかもしれないからユーリィちゃん達の護衛に回ってもらっているの』


 と、空を統べる公女が告げる。
 またしても心情を見抜かれ、イアンは舌打ちする。
 が、これは朗報でもあった。
 おかげで懸念事項はなくなった。《七星》が二人までならば勝算はある。


(ああ、そうだとも。まだ勝ち目はある。私は今こそ――)


 イアンは懐から例の小筒を取り出した。
 すでに『この薬』は、ほんの数滴だけ試している。
 確かに、あの男の言う通り世界が変わる薬だ。
 見えるモノすべてが鮮明となり、時間さえも停止したかのように感じるほど、全神経が異様に研ぎ澄まされる。
 恐らくこれをすべて服用すれば、イアンは『生まれ変わる』ことになるだろう。

 ――ただの人から、怪物へと。


(私はもう迷わん。今こそ『獅子』になるのだ!)


 イアンは、グッと小筒を握りしめた。
 あの夜空を舞う緋色の大鳥。
 そして敵機に囲まれてなお、泰然として佇む漆黒の鬼。
 これら怪物と並ぶ存在へと進化するのだ。
 イアンは覚悟を以て小筒の蓋を開けようとした――その時だった。


『なるほど。てめえがイアンって野郎か?』

『――ッ!』


 突然、《双金葬守》に名を呼ばれ、イアンは息を呑んだ。
 《双金葬守》の愛機は、真直ぐイアンの鎧機兵だけを見据えていた。


『……そうだ。私がイアン。この部隊の隊長だ』


 今更誤魔化しても仕方がない。イアンは自分の存在を認めた。
 すると、漆黒の鬼はイアンの機体を見据えたまま、ただ静かに佇んでいた。
 が、不意に、ギシリと拳を握りしめて……。


『……そうか』


 と、アッシュが呟いた。
 だが、それ以上は語らない。森の中にしばし静寂が訪れた。
 そして、イアンを筆頭に、ミランシャも含めた全員が訝しむ中――。


『……てめえに一つ訊きたい事がある』


 アッシュは、イアンの機体を睨みつけて、そう口を開いた。


『てめえが《木妖星》のジジイから、その薬を受け取ったことは知っている。ハウルの爺さんがそう手紙に書いていたからな』

『な、なにッ!』


 イアンはギョッとして息を呑んだ。
 一体、ジルベールの赤い双眸はどこまで自分を見通していたのか。
 ここにいない老人に恐怖さえ覚えるイアンだったが、


『それを前提に一つ訊くぞ』


 アッシュの放つ冷淡な声に、今迫る危機を思い出し背筋が凍りついた。


『てめえは今でもあのジジイと――と繋がりがあんのか?』

『……繋がりだと……?』


 イアンは眉根を寄せた。
 これは、もしや自分を通じてあの男を釣り上げるつもりなのか。
 しかし、イアンには、あの男とのパイプなどない。


『……いや、ないな。あの男とは一度会った限りだ』


 と、これもまた、真実を伝える。
 戦術的に考えれば、ここでハッタリや嘘をついて敵の動揺を誘うという選択肢もあるのだが、イアンはあえて事実を告げた。
 恐らくその場で思いつくような浅い嘘では即座に見抜かれる。何よりもその場合、この眼前の鬼の逆鱗に触れそうだったからだ。
 それほどまでに張り詰めた空気を《朱天》は放っていた。


『……そうか』


 アッシュは再び小さく呟いた。
 そして《朱天》の中で脱力するように肩を落とす。


(まあ、これもいつものことか)


 どうもあの男とは縁がない。
 今回の一件。内心ではあの男の情報を得られるのではないかと期待したのだが、結局のところ、またしても外れのようだ。
 一体、あの決して許せない男との邂逅はいつになることだろうか。


『……アシュ君? どうかしたの?』


 と、上空からミランシャが訊いてくる。
 アッシュは苦笑を浮かべて上空に目をやり、


『いや、なんでもねえよ』


 そう言って、改めて八機の敵を見据える。


『まあ、おしゃべりはここまでにすっか』


 わずかに諦観を込めて、アッシュはそう呟いた。
 こうなればやることは一つだけだ。
 主人の意志を感じ取り、《朱天》は両の拳を胸板の前で叩きつけた!
 そしてアッシュは八機の敵を見据えて宣告する。


『さあ、こっからは殴り合いだ。覚悟すんだな。犬っころどもよ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

処理中です...