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第8部
第五章 母は語る②
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ググッと螺子をしっかりと締める。
そしてこれ以上締まらない事を確認してからルカは工具を作業机の上に置いた。
「うん。問題、なかったよ。オルタナ」
そう言って、作業机の上に立つオルタナに告げる。
銀色の小鳥は両翼を大きく広げて「……ウム。ゴクロウ!」と返した。
そこは王城ラスセーヌの一室。ルカの私室だ。
時刻は夜の十一時を回っており、バルコニーからは月の光が差し込んでいる。
すでに入浴まで済ませた彼女は、淡い桃色の子供のような寝巻姿で、毎日の日課と呼んでもいいオルタナのメンテナンスに勤しんでいた。
今日も異常なし。オルタナは絶好調だった。
それを証明するかのように銀色の小鳥は飛び立ち、天井近くを旋回する。
「……ウム! カイテキ!」
と、オルタナは言う。
ルカは優しげな眼差しで自身の作品を見つめた。
が、すぐにルカは少しだけ眉根を寄せると、椅子からベッドの縁へと移動する。
そして小さな溜息を共に腰を下ろした。
「……ウム? ドウシタ? ルカ」
主人の様子がおかしいことに気付き、オルタナがルカの肩に止まる。
ルカはオルタナのあごを指先で撫でつつ――。
「今日もね。お姉ちゃんから、連絡はなかったの」
そう言って、少し残念そうに微笑んだ。
アリシア達に『仮面さん』の捜索をお願いしてすでに四日が経つ。
この広大な王都。相手の顔も名前も知らず、姿絵もない。ただ口頭で『仮面』や『つなぎ』等の特徴を伝えただけだ。簡単には探し出せないだろう。それは重々理解しているのだが、それでも内心では期待してしまうのだ。
「……仮面さん」
ポツリ、と恩人である青年の名(?)を呟く。
闘技場の様子を見る限り、あの青年はかなりの有名人のようだった。
だからこそ、もしかしたらあっさりと見つかるのではないかとも思っていたが、それは甘い考えだったようだ。
「やっぱり、名前ぐらい、聞いとくんだった」
と言って、ルカは細い肩を落とす。今更ではあるが、別れ際に彼の名前を聞いておかなかったのは痛恨の極みだった。――いや、そもそも助けられたと言うのに、ルカは自分の名前を名乗ることさえも忘れていた。何とも礼の欠けた行為だ。
「本当に、失敗した」
ルカはベッドの上で両足を抱えた。
落ち込む主人の姿にオルタナは小首を傾げる――と、その時だった。
不意に部屋のドアがノックされる。ルカは顔を上げてドアに目をやった。
すると「……ルカ。まだ起きていますか?」と声が聞こえてくる。ルカは大きく目を見開いた。それは母――サリアの声だった。
「お、起きてます。今開けます」
と告げて、ルカは立ち上がるなり、ドアへと小走りで近付いていく。オルタナは急な移動に「……ウム!」と驚いて、天井近くに飛び立った。
ルカはそれには構わずガチャリとドアを開けた。
そこには、母と二人のメイドの姿があった。
サリアは娘の姿を見やると、ふっと笑みを浮かべ、
「ルカ。少しお話をしても宜しいかしら」
と、尋ねてくる。ルカはコクコクと頷いた。
サリアは目を細めて首肯すると、二人のメイドに「これから少しルカと話します。あなた方は、今日はもう休んで下さい」と告げた。
「承知いたしました」「それでは失礼いたします」
そう返してメイド達は王妃と王女に深々と一礼し、楚々たる足取りで廊下の奥へと立ち去っていった。これでその場に残されたのはルカとサリアの親娘だけとなった。
「さてルカ」サリアは娘に言う。
「ここで立ち話もなんですから、部屋に入れてくれますか」
「あ、はい。お母さま」
ルカはこくんと頷いた。続けて母を部屋の中に招き入れる。
そして二人はルカの部屋の中に入った。ガチャリとルカがドアを閉める。
サリアは部屋の中央に進み、ルカはその後に続く。
純白のドレスを纏う美貌の王妃は、まじまじと娘の部屋を観察した。
一見すると、ただの女の子の部屋だ。大きな違いがあるとしたら、天井近くを旋回する鋼の小鳥と、作業机の上に置かれた工具箱ぐらいか。
サリアはその場で振り返り、娘に視線を向けて尋ねる。
「ルカ。あなたは相変わらず機械いじりが好きなのですね」
「う、うん」とルカが答える。「ダ、ダメ、ですか?」
一瞬、部屋の中に気まずげな沈黙が訪れる。と、
「うふふ」
サリアが口元を綻ばせた。
そしておもむろに娘に近付いていき、ルカの肩に両手をそっと置く。
「別に構いませんよ。最近は女性職人も増えていると聞きます……と言うより」
と、そこでサリアは深々と嘆息した。続けてコンコンと自分の肩を叩き、
「う~ん。この口調もそろそろ堅苦しいわよね。けどホントに構わないわよ。ルカ。王女が機械好きでも全然いいじゃない」
そう言って、サリアはニカッと笑った。
ルカはいきなり雰囲気の変わった――いや、戻った母に笑みを向ける。
「うん。ありがとう。お母さん」
と、感謝の言葉を述べるルカに、
「ああ~ん! なんて可愛いの! ああ、ルカだ! あたしの可愛いルカだあ!」
サリアは満面の笑みを浮かべてルカを抱きしめた。
細い腕と豊かな胸で少女の頭を抑えつけ、力一杯に愛娘の存在を肌で感じ取る。対するルカは一瞬呼吸が出来なくなった。
が、そんなことなどお構いなく、意外と力強いサリアは娘を軽く抱き上げて、ぐるぐると振り回した。思慮深い事で知られる王妃とは思えない豪快な愛情表現だ。
文字通りルカは目を回した。
「あ、あの、お母さん」と、困惑した声を上げると、サリアは「あ、ごめんごめん」と言って回転するのをやめた。そして愛娘の両足をトスンと床に下ろす。
それから愛しげな眼差しで娘の顔を見つめて――。
「ふふ、お帰りなさい。ルカ」
「う、うん。ただいま。お母さん」
帰国後の忙しさも収まり、ようやく時間の取れた母娘は共に再会を喜んだ。
そして二人はベッドの縁に並んで座り、互いの話をした。
サリアは近況の話やアロスの話を。
ルカはつい最近の闘技場での出来事や、異国での騎士学校の話を語った。
オルタナは機械でありながら空気を読んだのか、作業机の上で何も語らず盛んに首だけを振っていた。
そうして話はどんどん進み、
「……へえ」サリアは娘の顔を見て興味深そうに呟く。
「その先輩って優しいんだ」
「うん。それにとても強いの。学校で一番なの」
と、ルカはまるで自慢するように告げる。
「各学年にファンクラブもあるんだよ。先輩はたくさんの生徒に慕われていて、みんなからは『悪竜王子』って呼ばれているの」
「へ? いや、なにそれ?」と、サリアは目を丸くしてツッコむ。
「なんでそんな悪役みたいな名前なの? その子はホントに慕われてるの? 実は学校総がかりの嫌がらせなんじゃ……?」
しかし、ルカは「そんな事はないよ」とにこやかに笑って答える。
(まあ、この子がそう言うのなら、嫌がらせじゃないとしても……)
サリアは目を細めて愛娘を見据えた。
(その先輩のことを慕っているのは確かなようね。とは言え、その王子さまは惜しいけど少し違うってことか)
と、娘の心情を読む。
ルカも今年で十五歳。母としては、そろそろ恋の話を聞きたいものなのだ。
しかし残念ながら『悪竜王子』はその対象ではないようだ。
サリアはさらに目を細める。
(多分本命としては……『仮面さん』の方かしら?)
娘の話に出てきた闘技場の選手。
娘の弾んだ声を聞けば分かる。ルカはその青年にかなり心を寄せている。まだ恋心とも呼べない感情ではあるが、強い好意を抱いているのは確実だろう。
(けど、歳の近い少年よりも、結構年上の人の方に惹かれるなんて……)
サリアは内心で「やれやれだわ」と皮肉気に笑う。
これはもしかして『血は争えない』という奴なのだろうか。
なにせ十五歳も年上の相手と恋に落ち、花屋の娘と、王族という壁さえも乗り越えて結ばれた自分の娘だ。年上に惹かれるのは血筋なのかと考えてしまう。
(けどまあ、どうしたものかしらね)
サリアは愛娘の顔を見つめながら考える。
彼女は思慮深い人間だと周囲には思われていた。
それはある意味事実でもある。サリアは他者を思いやる人間だ。
ただ、それ以上に強かな人間でもあった。
余計な波風を立てないため、愛するアロスとルカ。そしてごく一部の信頼するメイド達以外の前では『理想の王妃』を演じ続けるぐらいには強かな人間だった。
そんな彼女が熟慮する。娘のためにどうするのが一番いいのか。
「……ねえルカ」
母は問う。
「結局、アリシアちゃん達にも探し出せなかったらどうするの?」
「……え?」ルカはキョトンとした表情を見せた。
その可能性をまるで考えていなかった顔だ。
だが、その表情はすぐにくしゃくしゃと歪んだ。
「そんなのやだ。私は仮面さんに会いたい」
と、大人しいルカにしては、珍しくはっきりと自分の意志を告げた。
サリアはわずかに口元を綻ばせる。
(ふふ、なるほどね)
やはり自分の直感は当たりのようだ。
お礼を言いたい……ではなく『会いたい』。
ここで自分の意志の方が口に出たと言う事は、その青年に対して娘は恩人以上の好意を抱いている。母としては娘の中に初めて芽吹いた感情を摘みたくはなかった。
(ごめんね。アロス。あたしはルカの味方をするわ)
内心で心底愛する夫に謝罪しつつ、
「ねえルカ。伝えたい想いがあるのなら人に頼ってはダメよ。自分で行動しなくちゃ」
と、サリアは言う。
「で、でも私は……」ルカは眉根を寄せる。「外には出れないよ」
それが可能であるのならば、最初から行動している。
基本的にルカは引っ込み思案で大人しい性格の少女だ。昔からその場の雰囲気に流される事も多く、好んで前に出ようともしない。しかし、同時に彼女には職人気質とでも言うべきか、一つの事に没頭すると思いがけない行動力を発揮する側面もあった。今回で言えば、帰国後すぐに実行した脱走劇だ。
そんな母親譲りの行動力を、父であるアロスは溜息混じりに改めて認識した。そのためルカは今、非常に警戒されているのだ。
王城を抜けだすことは、もはや容易ではないだろう。
「探しに行きたくても、行けないよ」
と、ルカはしゅんと肩を落として言う。
「あはは、何言ってるのよ」
しかし、サリアは手を振ってケラケラと笑った。
「ラスセーヌから抜け出すなんてとても簡単よ。あたしなんて息抜きにしょっちゅう市街区に行っているしね」
サリアは元々街娘。しかも王宮に居る間は中々素の性格を出すことも出来ない。そんな状況では息も詰まるというものだ。
だからこそ、彼女は息抜きのため、幾つかの脱出ルートを確保していた。
「あなた一人逃がすぐらい問題ないわ。とっておきのルートを教えてあげるから!」
言って、ぽよんっと自分の豊かな胸元を片手で叩くサリア。
「お、お母さん」ルカは目を丸くしつつも期待する表情を浮かべる。
「ホ、ホントに行ってもいいの?」
「ええ、勿論よ。ただ抜け出せるのは流石に夜になると思うけど……」
そこでサリアは少し真剣な表情をした。
「けど、一つだけ忠告するわよ」
サリアは娘の肩に手を置き、真剣な顔で告げる。
「あなたの話を聞く限り、その人はとてもいい人のようだけど、それでも『男』であることだけは忘れちゃダメよ。特にあなたみたいな可愛い子といれば、いつ狼に変わるのか分からないんだから」
一拍置いて、
「とにかく身の危険を感じたら鎧機兵を使ってでも逃げるのよ。いよいよヤバくなったら問答無用でぶちのめしなさい。恩人だからって気にしなくていいわ。自分の身は自分で守ること。約束できるわよね」
「……え? ま、守るって?」いきなりの母の忠告にルカはキョトンとするが、不意に手を口元に当てクスクスと笑いだす。
「お母さん。何言っているの。私は仮面さんにお礼を言いに行くだけだよ」
どうやら母は自分が青年に会いに行く事を逢い引きのように思っているらしい。
母の心配は何とも的外れだった。自分と仮面の青年は出会ったばかり。そんな関係ではないし、可能性があるとも思えなかった。
「少しお話をするだけだよ。すぐに戻るから」
「…………」
どうにも危機感が足りない娘に、サリアは一瞬眉をしかめた。
が、すぐに小さく嘆息し、
「とにかく気をつけること。特に夜なんだからね。それだけは約束して」
と、真剣さを増して警告する。
流石に茶化せないと察したルカは、真剣な顔で「うん」と答えた。
サリアはまだ少し不安はあったが、とりあえず満足するように微笑み、
「まあ、いいでしょう。ルートについては後で教えてあげるわ。それより今はあなたの学校の話を聞かせてくれる? あなたの言う『お師匠さま』ってどんな人なの?」
「うん! それはね……」
と、母に問われ、満面の笑みを浮かべるルカ。
こうして二人は再び談話に戻った。
◆
月の光が差し込む長い渡り廊下にて――。
「…………」
そのメイドはすっと目を開いた。
そしてドアからそっと離れると、大きな窓が並ぶ廊下の奥へと歩き出す。
彼女の足取りは優雅ではあるが、見る者がみれば一般的なメイドと根本的に違うことに気付いただろう。なにせ、大理石の廊下にわずかな足音さえも立てていない。徹底的に訓練を施された者の歩法だった。
「…………」
メイドは無言のまま廊下を進む。
すると、向かい側から白髪が目立つ年配の執事が歩いて来た。
同僚であるはずの二人は、互いの存在に気付きつつも挨拶はしない。
そのまま声を発する事もなく進んでいき――。
「若さまにご報告を」
互いがすれ違う時、メイドはぼそりと告げた。
「ルカ王女が動き出します、と」
そしてこれ以上締まらない事を確認してからルカは工具を作業机の上に置いた。
「うん。問題、なかったよ。オルタナ」
そう言って、作業机の上に立つオルタナに告げる。
銀色の小鳥は両翼を大きく広げて「……ウム。ゴクロウ!」と返した。
そこは王城ラスセーヌの一室。ルカの私室だ。
時刻は夜の十一時を回っており、バルコニーからは月の光が差し込んでいる。
すでに入浴まで済ませた彼女は、淡い桃色の子供のような寝巻姿で、毎日の日課と呼んでもいいオルタナのメンテナンスに勤しんでいた。
今日も異常なし。オルタナは絶好調だった。
それを証明するかのように銀色の小鳥は飛び立ち、天井近くを旋回する。
「……ウム! カイテキ!」
と、オルタナは言う。
ルカは優しげな眼差しで自身の作品を見つめた。
が、すぐにルカは少しだけ眉根を寄せると、椅子からベッドの縁へと移動する。
そして小さな溜息を共に腰を下ろした。
「……ウム? ドウシタ? ルカ」
主人の様子がおかしいことに気付き、オルタナがルカの肩に止まる。
ルカはオルタナのあごを指先で撫でつつ――。
「今日もね。お姉ちゃんから、連絡はなかったの」
そう言って、少し残念そうに微笑んだ。
アリシア達に『仮面さん』の捜索をお願いしてすでに四日が経つ。
この広大な王都。相手の顔も名前も知らず、姿絵もない。ただ口頭で『仮面』や『つなぎ』等の特徴を伝えただけだ。簡単には探し出せないだろう。それは重々理解しているのだが、それでも内心では期待してしまうのだ。
「……仮面さん」
ポツリ、と恩人である青年の名(?)を呟く。
闘技場の様子を見る限り、あの青年はかなりの有名人のようだった。
だからこそ、もしかしたらあっさりと見つかるのではないかとも思っていたが、それは甘い考えだったようだ。
「やっぱり、名前ぐらい、聞いとくんだった」
と言って、ルカは細い肩を落とす。今更ではあるが、別れ際に彼の名前を聞いておかなかったのは痛恨の極みだった。――いや、そもそも助けられたと言うのに、ルカは自分の名前を名乗ることさえも忘れていた。何とも礼の欠けた行為だ。
「本当に、失敗した」
ルカはベッドの上で両足を抱えた。
落ち込む主人の姿にオルタナは小首を傾げる――と、その時だった。
不意に部屋のドアがノックされる。ルカは顔を上げてドアに目をやった。
すると「……ルカ。まだ起きていますか?」と声が聞こえてくる。ルカは大きく目を見開いた。それは母――サリアの声だった。
「お、起きてます。今開けます」
と告げて、ルカは立ち上がるなり、ドアへと小走りで近付いていく。オルタナは急な移動に「……ウム!」と驚いて、天井近くに飛び立った。
ルカはそれには構わずガチャリとドアを開けた。
そこには、母と二人のメイドの姿があった。
サリアは娘の姿を見やると、ふっと笑みを浮かべ、
「ルカ。少しお話をしても宜しいかしら」
と、尋ねてくる。ルカはコクコクと頷いた。
サリアは目を細めて首肯すると、二人のメイドに「これから少しルカと話します。あなた方は、今日はもう休んで下さい」と告げた。
「承知いたしました」「それでは失礼いたします」
そう返してメイド達は王妃と王女に深々と一礼し、楚々たる足取りで廊下の奥へと立ち去っていった。これでその場に残されたのはルカとサリアの親娘だけとなった。
「さてルカ」サリアは娘に言う。
「ここで立ち話もなんですから、部屋に入れてくれますか」
「あ、はい。お母さま」
ルカはこくんと頷いた。続けて母を部屋の中に招き入れる。
そして二人はルカの部屋の中に入った。ガチャリとルカがドアを閉める。
サリアは部屋の中央に進み、ルカはその後に続く。
純白のドレスを纏う美貌の王妃は、まじまじと娘の部屋を観察した。
一見すると、ただの女の子の部屋だ。大きな違いがあるとしたら、天井近くを旋回する鋼の小鳥と、作業机の上に置かれた工具箱ぐらいか。
サリアはその場で振り返り、娘に視線を向けて尋ねる。
「ルカ。あなたは相変わらず機械いじりが好きなのですね」
「う、うん」とルカが答える。「ダ、ダメ、ですか?」
一瞬、部屋の中に気まずげな沈黙が訪れる。と、
「うふふ」
サリアが口元を綻ばせた。
そしておもむろに娘に近付いていき、ルカの肩に両手をそっと置く。
「別に構いませんよ。最近は女性職人も増えていると聞きます……と言うより」
と、そこでサリアは深々と嘆息した。続けてコンコンと自分の肩を叩き、
「う~ん。この口調もそろそろ堅苦しいわよね。けどホントに構わないわよ。ルカ。王女が機械好きでも全然いいじゃない」
そう言って、サリアはニカッと笑った。
ルカはいきなり雰囲気の変わった――いや、戻った母に笑みを向ける。
「うん。ありがとう。お母さん」
と、感謝の言葉を述べるルカに、
「ああ~ん! なんて可愛いの! ああ、ルカだ! あたしの可愛いルカだあ!」
サリアは満面の笑みを浮かべてルカを抱きしめた。
細い腕と豊かな胸で少女の頭を抑えつけ、力一杯に愛娘の存在を肌で感じ取る。対するルカは一瞬呼吸が出来なくなった。
が、そんなことなどお構いなく、意外と力強いサリアは娘を軽く抱き上げて、ぐるぐると振り回した。思慮深い事で知られる王妃とは思えない豪快な愛情表現だ。
文字通りルカは目を回した。
「あ、あの、お母さん」と、困惑した声を上げると、サリアは「あ、ごめんごめん」と言って回転するのをやめた。そして愛娘の両足をトスンと床に下ろす。
それから愛しげな眼差しで娘の顔を見つめて――。
「ふふ、お帰りなさい。ルカ」
「う、うん。ただいま。お母さん」
帰国後の忙しさも収まり、ようやく時間の取れた母娘は共に再会を喜んだ。
そして二人はベッドの縁に並んで座り、互いの話をした。
サリアは近況の話やアロスの話を。
ルカはつい最近の闘技場での出来事や、異国での騎士学校の話を語った。
オルタナは機械でありながら空気を読んだのか、作業机の上で何も語らず盛んに首だけを振っていた。
そうして話はどんどん進み、
「……へえ」サリアは娘の顔を見て興味深そうに呟く。
「その先輩って優しいんだ」
「うん。それにとても強いの。学校で一番なの」
と、ルカはまるで自慢するように告げる。
「各学年にファンクラブもあるんだよ。先輩はたくさんの生徒に慕われていて、みんなからは『悪竜王子』って呼ばれているの」
「へ? いや、なにそれ?」と、サリアは目を丸くしてツッコむ。
「なんでそんな悪役みたいな名前なの? その子はホントに慕われてるの? 実は学校総がかりの嫌がらせなんじゃ……?」
しかし、ルカは「そんな事はないよ」とにこやかに笑って答える。
(まあ、この子がそう言うのなら、嫌がらせじゃないとしても……)
サリアは目を細めて愛娘を見据えた。
(その先輩のことを慕っているのは確かなようね。とは言え、その王子さまは惜しいけど少し違うってことか)
と、娘の心情を読む。
ルカも今年で十五歳。母としては、そろそろ恋の話を聞きたいものなのだ。
しかし残念ながら『悪竜王子』はその対象ではないようだ。
サリアはさらに目を細める。
(多分本命としては……『仮面さん』の方かしら?)
娘の話に出てきた闘技場の選手。
娘の弾んだ声を聞けば分かる。ルカはその青年にかなり心を寄せている。まだ恋心とも呼べない感情ではあるが、強い好意を抱いているのは確実だろう。
(けど、歳の近い少年よりも、結構年上の人の方に惹かれるなんて……)
サリアは内心で「やれやれだわ」と皮肉気に笑う。
これはもしかして『血は争えない』という奴なのだろうか。
なにせ十五歳も年上の相手と恋に落ち、花屋の娘と、王族という壁さえも乗り越えて結ばれた自分の娘だ。年上に惹かれるのは血筋なのかと考えてしまう。
(けどまあ、どうしたものかしらね)
サリアは愛娘の顔を見つめながら考える。
彼女は思慮深い人間だと周囲には思われていた。
それはある意味事実でもある。サリアは他者を思いやる人間だ。
ただ、それ以上に強かな人間でもあった。
余計な波風を立てないため、愛するアロスとルカ。そしてごく一部の信頼するメイド達以外の前では『理想の王妃』を演じ続けるぐらいには強かな人間だった。
そんな彼女が熟慮する。娘のためにどうするのが一番いいのか。
「……ねえルカ」
母は問う。
「結局、アリシアちゃん達にも探し出せなかったらどうするの?」
「……え?」ルカはキョトンとした表情を見せた。
その可能性をまるで考えていなかった顔だ。
だが、その表情はすぐにくしゃくしゃと歪んだ。
「そんなのやだ。私は仮面さんに会いたい」
と、大人しいルカにしては、珍しくはっきりと自分の意志を告げた。
サリアはわずかに口元を綻ばせる。
(ふふ、なるほどね)
やはり自分の直感は当たりのようだ。
お礼を言いたい……ではなく『会いたい』。
ここで自分の意志の方が口に出たと言う事は、その青年に対して娘は恩人以上の好意を抱いている。母としては娘の中に初めて芽吹いた感情を摘みたくはなかった。
(ごめんね。アロス。あたしはルカの味方をするわ)
内心で心底愛する夫に謝罪しつつ、
「ねえルカ。伝えたい想いがあるのなら人に頼ってはダメよ。自分で行動しなくちゃ」
と、サリアは言う。
「で、でも私は……」ルカは眉根を寄せる。「外には出れないよ」
それが可能であるのならば、最初から行動している。
基本的にルカは引っ込み思案で大人しい性格の少女だ。昔からその場の雰囲気に流される事も多く、好んで前に出ようともしない。しかし、同時に彼女には職人気質とでも言うべきか、一つの事に没頭すると思いがけない行動力を発揮する側面もあった。今回で言えば、帰国後すぐに実行した脱走劇だ。
そんな母親譲りの行動力を、父であるアロスは溜息混じりに改めて認識した。そのためルカは今、非常に警戒されているのだ。
王城を抜けだすことは、もはや容易ではないだろう。
「探しに行きたくても、行けないよ」
と、ルカはしゅんと肩を落として言う。
「あはは、何言ってるのよ」
しかし、サリアは手を振ってケラケラと笑った。
「ラスセーヌから抜け出すなんてとても簡単よ。あたしなんて息抜きにしょっちゅう市街区に行っているしね」
サリアは元々街娘。しかも王宮に居る間は中々素の性格を出すことも出来ない。そんな状況では息も詰まるというものだ。
だからこそ、彼女は息抜きのため、幾つかの脱出ルートを確保していた。
「あなた一人逃がすぐらい問題ないわ。とっておきのルートを教えてあげるから!」
言って、ぽよんっと自分の豊かな胸元を片手で叩くサリア。
「お、お母さん」ルカは目を丸くしつつも期待する表情を浮かべる。
「ホ、ホントに行ってもいいの?」
「ええ、勿論よ。ただ抜け出せるのは流石に夜になると思うけど……」
そこでサリアは少し真剣な表情をした。
「けど、一つだけ忠告するわよ」
サリアは娘の肩に手を置き、真剣な顔で告げる。
「あなたの話を聞く限り、その人はとてもいい人のようだけど、それでも『男』であることだけは忘れちゃダメよ。特にあなたみたいな可愛い子といれば、いつ狼に変わるのか分からないんだから」
一拍置いて、
「とにかく身の危険を感じたら鎧機兵を使ってでも逃げるのよ。いよいよヤバくなったら問答無用でぶちのめしなさい。恩人だからって気にしなくていいわ。自分の身は自分で守ること。約束できるわよね」
「……え? ま、守るって?」いきなりの母の忠告にルカはキョトンとするが、不意に手を口元に当てクスクスと笑いだす。
「お母さん。何言っているの。私は仮面さんにお礼を言いに行くだけだよ」
どうやら母は自分が青年に会いに行く事を逢い引きのように思っているらしい。
母の心配は何とも的外れだった。自分と仮面の青年は出会ったばかり。そんな関係ではないし、可能性があるとも思えなかった。
「少しお話をするだけだよ。すぐに戻るから」
「…………」
どうにも危機感が足りない娘に、サリアは一瞬眉をしかめた。
が、すぐに小さく嘆息し、
「とにかく気をつけること。特に夜なんだからね。それだけは約束して」
と、真剣さを増して警告する。
流石に茶化せないと察したルカは、真剣な顔で「うん」と答えた。
サリアはまだ少し不安はあったが、とりあえず満足するように微笑み、
「まあ、いいでしょう。ルートについては後で教えてあげるわ。それより今はあなたの学校の話を聞かせてくれる? あなたの言う『お師匠さま』ってどんな人なの?」
「うん! それはね……」
と、母に問われ、満面の笑みを浮かべるルカ。
こうして二人は再び談話に戻った。
◆
月の光が差し込む長い渡り廊下にて――。
「…………」
そのメイドはすっと目を開いた。
そしてドアからそっと離れると、大きな窓が並ぶ廊下の奥へと歩き出す。
彼女の足取りは優雅ではあるが、見る者がみれば一般的なメイドと根本的に違うことに気付いただろう。なにせ、大理石の廊下にわずかな足音さえも立てていない。徹底的に訓練を施された者の歩法だった。
「…………」
メイドは無言のまま廊下を進む。
すると、向かい側から白髪が目立つ年配の執事が歩いて来た。
同僚であるはずの二人は、互いの存在に気付きつつも挨拶はしない。
そのまま声を発する事もなく進んでいき――。
「若さまにご報告を」
互いがすれ違う時、メイドはぼそりと告げた。
「ルカ王女が動き出します、と」
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カクヨムでも投稿しております。
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