239 / 499
第8部
第五章 母は語る③
しおりを挟む
コンコンと、不意にドアがノックされる。
それは、さほど大きくはないノック音。
だが、そんな些細な音でもガダル=ベスニアは、まどろみから目覚めた。
すっと上半身を起こす。そこは彼の寝室。
ベッドの隣には八歳年下である彼の妻――第三夫人が熟睡していた。
実は半ば忘れかけられている事実なのだが、アティス王国では職位持ちの貴族ならば多妻制が許されていた。昔、《大暴走》にて多くの貴族が亡くなった時期があり、深刻な後継者不足に陥ったことがあったのだ。その時代の名残として残っているのである。
ただ、現在に至っては、夫人が多くいるのは体裁が悪いということでほとんど形骸化しており、上級貴族でも使いたがらない権利だった。
しかしそんな世論の中、ガダルには四人もの妻がいた。
家族は多いほどいい。それが彼の信条だ。幼い日に父を《大暴走》で失い、母もまたその数年後に失っているガダルは家族愛に餓えていた。
「……ふふ」
ガダルは三人目の妻の長い髪を一房撫でる。
彼女は三年ほど前に市街区で見かけて口説き落とした男爵家出身の女性だった。
その後、ガダルの子供を二人も産んでくれた女性でもある。あの可愛い息子達に会わせてくれたことは心から感謝しているし、他の上級貴族出身である妻達同様に、彼女のことは深く愛していた。
ガダルは改めて思う。
彼の四人の妻達。そして七人の子供達の平和な未来を維持するためにも、今回の一件は何としてもやり遂げなければならない、と。
と、その時、再度コンコンとドアが鳴った。
ガダルは愛しい妻を起こさないようにベッドの上から慎重に降りると、裸の身の上にゆったりとしたローブを纏う。
「今開ける」
そう告げて、ドアに向かった。
そしてガチャリ、とドアノブを回す。
「……ご就寝中、失礼いたします」
そこにいたのはベスニア家の執事長だった。
初老を少し過ぎた年代の彼は、当主に深々と頭を下げる。
「先程、ガロンワーズさまの使者殿からご連絡がありました」
「……ほう」
ガダルは目を細めた。
「それでどんな用件だ?」
「はい。それは――」
と切り出して、老執事は報告する。
ガダルは腕を組んで瞳を閉じ、話に耳を傾けた。
そうして数十秒後。
「それは、中々好都合な状況だな」
ガダルは皮肉気な笑みを浮かべた。
「流石は『平和の国』のお姫さま。夜中に息抜きとは呑気でよいことだ」
と、わずかに肩をすくめて呟くが、
「ところで」
すぐに真顔になって老執事に目をやった。
「このことはロッセン殿には?」
「使者殿のお話では、すでに別の者がご伝達に行かれたと」
「ふふ、流石はガロンワーズ家だな。抜かりがない。ふむ、では……」
ガダルはあごに手をやり尋ねる。
「王女の護衛の方はどうなりそうだ? 流石に一人娘を夜の街に一人でうろつかせる母親はいないだろう」
その問いかけに老執事は即答する。
「はっ、恐らくは状況からして元第三騎士団の女性騎士が二、三名ほど密かに護衛につくのではと考えておられるようです」
「なるほど。王妃さま子飼いの女中騎士と奴だな」
ガダルは口角を少しだけ上げて苦笑を浮かべた。
「はい。王妃さまはエイシス侯爵家と懇意にあります。第三騎士団の中でも特に優秀な女性騎士の数名が王妃さま直属のメイドになっているのは公然の事実。ガロンワーズさまのご推測はかなり確かなものかと」
と、老執事は補足する。
ガダルは再び腕を組み、ふんと鼻で笑った。
「やれやれ。王妃さまも一人娘に甘くて困ったものだ。まあ、陛下が見初めた女性だけあって聡明ではあるようだが、やはり市井の出。今の大勢までは読めんか」
だが、この状況はガダル達にとって好都合だった。
正直、現状には進展がなく、打開する策を練っていた所だったのだ。
そこに王女の単独行動。
実によい展開だ。上手く行けばガダル達は最高の手札を手に入れる事が出来る。
「……ガロンワーズさまもこれは好機だと仰っておられるそうです」
と、老執事は恭しく頭を垂れて告げる。
ガダルは神妙な顔つきで瞳を閉じた。
そして十数秒後、瞼をゆっくりと上げた。
「よし」ガダルは老執事に告げる。「私も覚悟を決めたぞ。ガロンワーズ家にはそう連絡しておいてくれ」
「はっ、承知いたしました」
老執事は了承の意を返すと「それでは失礼いたします」と言って廊下の奥へ立ち去って行った。早速行動に移行したのだろう。
ガダルは無言のまま老執事の背中を見据えていた。
が、それも数秒間だけのことで執事が廊下の角を曲がり、姿が完全に見えなくなった所で部屋の中に戻る。
そしてドアをゆっくりと閉め、暗闇に包まれた部屋の中でガダルは呟く。
「……ふふ。いよいよだな」
この国の運命が遂に動き出す。
ガダルはそう確信し、不敵な笑みを浮かべた。
それは、さほど大きくはないノック音。
だが、そんな些細な音でもガダル=ベスニアは、まどろみから目覚めた。
すっと上半身を起こす。そこは彼の寝室。
ベッドの隣には八歳年下である彼の妻――第三夫人が熟睡していた。
実は半ば忘れかけられている事実なのだが、アティス王国では職位持ちの貴族ならば多妻制が許されていた。昔、《大暴走》にて多くの貴族が亡くなった時期があり、深刻な後継者不足に陥ったことがあったのだ。その時代の名残として残っているのである。
ただ、現在に至っては、夫人が多くいるのは体裁が悪いということでほとんど形骸化しており、上級貴族でも使いたがらない権利だった。
しかしそんな世論の中、ガダルには四人もの妻がいた。
家族は多いほどいい。それが彼の信条だ。幼い日に父を《大暴走》で失い、母もまたその数年後に失っているガダルは家族愛に餓えていた。
「……ふふ」
ガダルは三人目の妻の長い髪を一房撫でる。
彼女は三年ほど前に市街区で見かけて口説き落とした男爵家出身の女性だった。
その後、ガダルの子供を二人も産んでくれた女性でもある。あの可愛い息子達に会わせてくれたことは心から感謝しているし、他の上級貴族出身である妻達同様に、彼女のことは深く愛していた。
ガダルは改めて思う。
彼の四人の妻達。そして七人の子供達の平和な未来を維持するためにも、今回の一件は何としてもやり遂げなければならない、と。
と、その時、再度コンコンとドアが鳴った。
ガダルは愛しい妻を起こさないようにベッドの上から慎重に降りると、裸の身の上にゆったりとしたローブを纏う。
「今開ける」
そう告げて、ドアに向かった。
そしてガチャリ、とドアノブを回す。
「……ご就寝中、失礼いたします」
そこにいたのはベスニア家の執事長だった。
初老を少し過ぎた年代の彼は、当主に深々と頭を下げる。
「先程、ガロンワーズさまの使者殿からご連絡がありました」
「……ほう」
ガダルは目を細めた。
「それでどんな用件だ?」
「はい。それは――」
と切り出して、老執事は報告する。
ガダルは腕を組んで瞳を閉じ、話に耳を傾けた。
そうして数十秒後。
「それは、中々好都合な状況だな」
ガダルは皮肉気な笑みを浮かべた。
「流石は『平和の国』のお姫さま。夜中に息抜きとは呑気でよいことだ」
と、わずかに肩をすくめて呟くが、
「ところで」
すぐに真顔になって老執事に目をやった。
「このことはロッセン殿には?」
「使者殿のお話では、すでに別の者がご伝達に行かれたと」
「ふふ、流石はガロンワーズ家だな。抜かりがない。ふむ、では……」
ガダルはあごに手をやり尋ねる。
「王女の護衛の方はどうなりそうだ? 流石に一人娘を夜の街に一人でうろつかせる母親はいないだろう」
その問いかけに老執事は即答する。
「はっ、恐らくは状況からして元第三騎士団の女性騎士が二、三名ほど密かに護衛につくのではと考えておられるようです」
「なるほど。王妃さま子飼いの女中騎士と奴だな」
ガダルは口角を少しだけ上げて苦笑を浮かべた。
「はい。王妃さまはエイシス侯爵家と懇意にあります。第三騎士団の中でも特に優秀な女性騎士の数名が王妃さま直属のメイドになっているのは公然の事実。ガロンワーズさまのご推測はかなり確かなものかと」
と、老執事は補足する。
ガダルは再び腕を組み、ふんと鼻で笑った。
「やれやれ。王妃さまも一人娘に甘くて困ったものだ。まあ、陛下が見初めた女性だけあって聡明ではあるようだが、やはり市井の出。今の大勢までは読めんか」
だが、この状況はガダル達にとって好都合だった。
正直、現状には進展がなく、打開する策を練っていた所だったのだ。
そこに王女の単独行動。
実によい展開だ。上手く行けばガダル達は最高の手札を手に入れる事が出来る。
「……ガロンワーズさまもこれは好機だと仰っておられるそうです」
と、老執事は恭しく頭を垂れて告げる。
ガダルは神妙な顔つきで瞳を閉じた。
そして十数秒後、瞼をゆっくりと上げた。
「よし」ガダルは老執事に告げる。「私も覚悟を決めたぞ。ガロンワーズ家にはそう連絡しておいてくれ」
「はっ、承知いたしました」
老執事は了承の意を返すと「それでは失礼いたします」と言って廊下の奥へ立ち去って行った。早速行動に移行したのだろう。
ガダルは無言のまま老執事の背中を見据えていた。
が、それも数秒間だけのことで執事が廊下の角を曲がり、姿が完全に見えなくなった所で部屋の中に戻る。
そしてドアをゆっくりと閉め、暗闇に包まれた部屋の中でガダルは呟く。
「……ふふ。いよいよだな」
この国の運命が遂に動き出す。
ガダルはそう確信し、不敵な笑みを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる