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第8部
第六章 夜に迷う①
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「……うわあ」
時刻は夜。午後九時過ぎ。
愛用のつなぎの上に、気休め程度ではあるが素性を隠すために白いフード付きコートを着たルカは、オルタナと共に闘技場に訪れていた。
「……ウム。スゴイナ」
と、ルカの肩に止まるオルタナが呟いた。
「……う、ん。凄いね」
ルカがコクコクと頷く。
初めて訪れた夜の闘技場。それは想像以上に華やかなものだった。
外装こそ昼間とは変わらないのだが、一番大きな相違点としては闘技場週辺に設置された巨大なスポットライト。それが煌々と闘技場を照らしている。ただそれだけで艶やかさが浮かび上がると表現すべきか、趣は随分と変わっていた。
そして広場には昼間と変わらず露店が設置されており、意外にも子供が多い。
どうやら夜のテーマパークとして親子連れが多いようだ。まあ、考えてみれば多くの大人達は、昼間は働いているものだ。きっと家族サービスを口実にストレス発散目的で訪れている者も少なからずいるのだろう。
ガヤガヤと夜にも構わず周囲は賑やかだった。
(う、ん。これなら私が混じっても、大丈夫だよね)
と、ルカは内心でホッとする。こんな時間に一人でいては、すぐに補導されるのではないかと密かに案じていたのだ。
「と、とにかく」
これだけ人がいるのは僥倖だ。ルカは意を決する。
「ここに、仮面さんがいるといいんだけど……」
そう呟きながら、人混みの隙を縫うように前に進む。彼女が闘技場に来た目的は、言うまでもなくあの青年を探すためだ。なにせ彼の手掛かりはここしかない。
あの青年が有名選手ならば、夜の部にも出場している可能性は充分にある。
運が良ければすぐに会えるかも知れないし、常連っぽい客や受付に聞けば、彼に関する情報が少しは手に入る可能性もあった。
いずれにせよ、行ったこともない夜の酒場などで情報収集するよりも効率的だ。
それに何よりここは昼間のように明るいし、子供もいてあまり怖くもない。
「う、うん。ここならきっと見つかるよね」
言って、ルカはオルタナに目をやった。
鋼の小鳥は「……ウム。キットミツカル! ガンバレ、ルカ」と励ます。
ルカはグッと両の拳を胸元前で掲げて「う、ん。頑張るよ」と応えた。
そしてルカ達は大きな門をくぐった。
「……あれ?」ルカは小首を傾げた。「なんで?」
受付を行う大広場は、前回来た昼間の時よりもかなり人が少なかった。
外の広場で露店を回る人間よりもかなり少ない。
が、すぐに状況を理解した。
耳を澄ますと闘技場の奥から歓声が聞こえてくる。どうやら丁度試合が始まる時間帯と重なったらしく、ほとんどの客は観客席の方に流れたようだ。
しかし、これは好都合だ。今、受付嬢は手が空いて若干余裕があるように見える。あの青年のことを聞く絶好の機会だった。
「う、うん。よし」
ルカは真直ぐ受付嬢の元へ向かったが、数セージル前でピタリと止まった。
その顔は少し緊張している。
初めての人間と話す時は、いつも少し緊張する癖がルカにはあった。
そのため、直前で尻込みしてしまったのだ。
が、普段なら些細な癖だが、この時ばかりはタイミングが悪かった。
彼女のすぐ後ろに同じく受付に向かう人間がいたのだ。その上彼らは雑談に夢中で直前までルカが止まっていることに気付いてなかった。
「っと、危ねえ!」「お、おい!」「あ、ヤベ」
と、土壇場で三人は足を止める。
「いきなり止まってんじゃねえよ!」
と、怒声が響いた。
「ひ、ひゥ!」
ルカは突然の事に肩を震わせ、恐る恐る振り返った。
そして大きく目を瞠った。
「え、さ、山賊さん……?」
と、信じられないと言った表情で呟く。
「はあ? 山賊さんはねえだろ……って、おいおい」
三人組の男達は揃って、ルカ同様に目を瞠った。
そこにいたのは、意外にもルカの知り合いであった。
手斧を腰に下げた三人組の男達であり、出会った時と変わらない上半身裸の典型的な山賊スタイル。かつてルカを陥れようとした人物達だった。
「お前、あの時のお嬢ちゃんか? へえ、まさかまた会うとはな」
と、男の一人があごに手をやり、ルカをまじまじと見やる。
残りの二人も少し驚きつつも、興味深そうな表情を浮かべていた。
「けどよォ、再会の仕方まで前回と同じとはな」
そこでニヤリと笑い、
「ったく。全然反省してねえじゃねえか。やっぱちゃんと教育すべきだよなあ」
言って、ルカのあごに手を伸ばそうとするリーダー格の男。
一番ルカにご執心だった青年だ。ルカは言葉もなく全身を硬直させた。
「……ウヌ! ルカニフレルナ!」
が、男の手はルカに触れる前に、オルタナの嘴につつかれて撃退された。
男は「――チッ」と呟いて手を引っ込める。
だが、一度はふいにしてしまった機会が、こうしてまた訪れたのだ。
男に諦める気など毛頭なかった。
少し赤くなった程度で傷もない自分の手を一瞬だけ見やると、ニヤリと笑い、「……いてて!」と、大げさに身を屈める。
「ひでえ! この鳥、何もしてねえのに、いきなり嘴で刺しやがった!」
続けてそう叫びながら、ルカを睨みつけた。
ルカは「え、え?」と動揺しつつも、「ご、ごめんなさい」と謝った。
男は――いや、三人組は内心でほくそ笑む。
どうやら今回も罪悪感につけ込む戦術は有効なようだ。
「あのな、そいつはお前のペットか何かなんだろ! どんな管理してんだよ!」
と、手を抑える男の肩に手を当て、別の男が怒鳴る。
彼の顔は友人を案じ、義憤に燃える……ように見えなくもなかった。
「おい、大丈夫か?」と、今度は三人目の男が屈み込む仲間に声をかける。
「……こいつはひでえな」
そしてルカには見えないように仲間の手を隠し、独白を意識して呟く。
「血が止まんねえぞ。やべえかもしんねえ」
「え?」ルカは唖然とする。当のオルタナは「……ウム?」と彼女の肩の上で不思議そうに小首を傾げていた。
「そ、そんな」とルカは小さく息を呑んだ。まさか、オルタナの嘴がそこまで鋭いはずがないと思いつつも、青年の苦悶の表情を目の当たりにして硬直してしまう。
「ご、ごめんなさい」
と、ルカは泣き出しそうな表情で頭を下げた。
そんな少女に嗜虐心を刺激されるのを裏に隠しつつ――。
「ったく。謝罪は後でいいよ。それよりついてこい。医務室行くぞ」
「まずは傷の手当てが先だろ。くそが」
言って、「ううゥ。いてえ……」とうずくまる青年を支えるように立ち上がる男。
仲間に肩を貸すその男はルカを睨みつけて――。
「治療費ぐらいは払ってもらうからな。早く行く……」
と、そこで男の言葉が止まった。
いきなり目を見開くと、ただルカの背後を凝視していた。
ルカがわずかに眉根を寄せ、奇妙な沈黙が一瞬だけ訪れる。
が、すぐに――。
「は、はあっ!? また、あんたかよ!?」
手を抑えていた三人組のリーダー格が愕然とした様子で叫んだ。
「な、なんで今回も!?」「くそ、もう少しだったのに……」
続けて他の二人も驚愕と諦観の声を上げた。
ルカは男達の突然の変化に目を丸くする。が、
「……いや、あのなお前ら」
言って、その青年は背後からルカの両肩に両手を置いた。
その声に、その手の温かさに、ルカの心音はトクンと高鳴った。
「何なんだよ今の小芝居は。マジで悪質だな」
青年の声は少し怒気が宿っていた。
「これは流石に後で通報すっからな。それと一度振られた子を何度もナンパすんなよ。まったく。あの馬鹿じゃあるまいし」
と、冷淡な声で言い放つ。
ルカは思わず後ろに振りかえった。
そして「あ」と呟く。
「か、仮面さん!」
パアと水色の瞳を見開き、表情を輝かすルカに、
「いや、仮面さんって……ま、いっか」
そう呟いて、男達に対する怒気から一転。
どうしてか、今回もまたシルクハット付きの黒い鉄仮面をかぶったままの白いつなぎ姿の青年――アッシュ=クラインは、目を細めて笑った。
時刻は夜。午後九時過ぎ。
愛用のつなぎの上に、気休め程度ではあるが素性を隠すために白いフード付きコートを着たルカは、オルタナと共に闘技場に訪れていた。
「……ウム。スゴイナ」
と、ルカの肩に止まるオルタナが呟いた。
「……う、ん。凄いね」
ルカがコクコクと頷く。
初めて訪れた夜の闘技場。それは想像以上に華やかなものだった。
外装こそ昼間とは変わらないのだが、一番大きな相違点としては闘技場週辺に設置された巨大なスポットライト。それが煌々と闘技場を照らしている。ただそれだけで艶やかさが浮かび上がると表現すべきか、趣は随分と変わっていた。
そして広場には昼間と変わらず露店が設置されており、意外にも子供が多い。
どうやら夜のテーマパークとして親子連れが多いようだ。まあ、考えてみれば多くの大人達は、昼間は働いているものだ。きっと家族サービスを口実にストレス発散目的で訪れている者も少なからずいるのだろう。
ガヤガヤと夜にも構わず周囲は賑やかだった。
(う、ん。これなら私が混じっても、大丈夫だよね)
と、ルカは内心でホッとする。こんな時間に一人でいては、すぐに補導されるのではないかと密かに案じていたのだ。
「と、とにかく」
これだけ人がいるのは僥倖だ。ルカは意を決する。
「ここに、仮面さんがいるといいんだけど……」
そう呟きながら、人混みの隙を縫うように前に進む。彼女が闘技場に来た目的は、言うまでもなくあの青年を探すためだ。なにせ彼の手掛かりはここしかない。
あの青年が有名選手ならば、夜の部にも出場している可能性は充分にある。
運が良ければすぐに会えるかも知れないし、常連っぽい客や受付に聞けば、彼に関する情報が少しは手に入る可能性もあった。
いずれにせよ、行ったこともない夜の酒場などで情報収集するよりも効率的だ。
それに何よりここは昼間のように明るいし、子供もいてあまり怖くもない。
「う、うん。ここならきっと見つかるよね」
言って、ルカはオルタナに目をやった。
鋼の小鳥は「……ウム。キットミツカル! ガンバレ、ルカ」と励ます。
ルカはグッと両の拳を胸元前で掲げて「う、ん。頑張るよ」と応えた。
そしてルカ達は大きな門をくぐった。
「……あれ?」ルカは小首を傾げた。「なんで?」
受付を行う大広場は、前回来た昼間の時よりもかなり人が少なかった。
外の広場で露店を回る人間よりもかなり少ない。
が、すぐに状況を理解した。
耳を澄ますと闘技場の奥から歓声が聞こえてくる。どうやら丁度試合が始まる時間帯と重なったらしく、ほとんどの客は観客席の方に流れたようだ。
しかし、これは好都合だ。今、受付嬢は手が空いて若干余裕があるように見える。あの青年のことを聞く絶好の機会だった。
「う、うん。よし」
ルカは真直ぐ受付嬢の元へ向かったが、数セージル前でピタリと止まった。
その顔は少し緊張している。
初めての人間と話す時は、いつも少し緊張する癖がルカにはあった。
そのため、直前で尻込みしてしまったのだ。
が、普段なら些細な癖だが、この時ばかりはタイミングが悪かった。
彼女のすぐ後ろに同じく受付に向かう人間がいたのだ。その上彼らは雑談に夢中で直前までルカが止まっていることに気付いてなかった。
「っと、危ねえ!」「お、おい!」「あ、ヤベ」
と、土壇場で三人は足を止める。
「いきなり止まってんじゃねえよ!」
と、怒声が響いた。
「ひ、ひゥ!」
ルカは突然の事に肩を震わせ、恐る恐る振り返った。
そして大きく目を瞠った。
「え、さ、山賊さん……?」
と、信じられないと言った表情で呟く。
「はあ? 山賊さんはねえだろ……って、おいおい」
三人組の男達は揃って、ルカ同様に目を瞠った。
そこにいたのは、意外にもルカの知り合いであった。
手斧を腰に下げた三人組の男達であり、出会った時と変わらない上半身裸の典型的な山賊スタイル。かつてルカを陥れようとした人物達だった。
「お前、あの時のお嬢ちゃんか? へえ、まさかまた会うとはな」
と、男の一人があごに手をやり、ルカをまじまじと見やる。
残りの二人も少し驚きつつも、興味深そうな表情を浮かべていた。
「けどよォ、再会の仕方まで前回と同じとはな」
そこでニヤリと笑い、
「ったく。全然反省してねえじゃねえか。やっぱちゃんと教育すべきだよなあ」
言って、ルカのあごに手を伸ばそうとするリーダー格の男。
一番ルカにご執心だった青年だ。ルカは言葉もなく全身を硬直させた。
「……ウヌ! ルカニフレルナ!」
が、男の手はルカに触れる前に、オルタナの嘴につつかれて撃退された。
男は「――チッ」と呟いて手を引っ込める。
だが、一度はふいにしてしまった機会が、こうしてまた訪れたのだ。
男に諦める気など毛頭なかった。
少し赤くなった程度で傷もない自分の手を一瞬だけ見やると、ニヤリと笑い、「……いてて!」と、大げさに身を屈める。
「ひでえ! この鳥、何もしてねえのに、いきなり嘴で刺しやがった!」
続けてそう叫びながら、ルカを睨みつけた。
ルカは「え、え?」と動揺しつつも、「ご、ごめんなさい」と謝った。
男は――いや、三人組は内心でほくそ笑む。
どうやら今回も罪悪感につけ込む戦術は有効なようだ。
「あのな、そいつはお前のペットか何かなんだろ! どんな管理してんだよ!」
と、手を抑える男の肩に手を当て、別の男が怒鳴る。
彼の顔は友人を案じ、義憤に燃える……ように見えなくもなかった。
「おい、大丈夫か?」と、今度は三人目の男が屈み込む仲間に声をかける。
「……こいつはひでえな」
そしてルカには見えないように仲間の手を隠し、独白を意識して呟く。
「血が止まんねえぞ。やべえかもしんねえ」
「え?」ルカは唖然とする。当のオルタナは「……ウム?」と彼女の肩の上で不思議そうに小首を傾げていた。
「そ、そんな」とルカは小さく息を呑んだ。まさか、オルタナの嘴がそこまで鋭いはずがないと思いつつも、青年の苦悶の表情を目の当たりにして硬直してしまう。
「ご、ごめんなさい」
と、ルカは泣き出しそうな表情で頭を下げた。
そんな少女に嗜虐心を刺激されるのを裏に隠しつつ――。
「ったく。謝罪は後でいいよ。それよりついてこい。医務室行くぞ」
「まずは傷の手当てが先だろ。くそが」
言って、「ううゥ。いてえ……」とうずくまる青年を支えるように立ち上がる男。
仲間に肩を貸すその男はルカを睨みつけて――。
「治療費ぐらいは払ってもらうからな。早く行く……」
と、そこで男の言葉が止まった。
いきなり目を見開くと、ただルカの背後を凝視していた。
ルカがわずかに眉根を寄せ、奇妙な沈黙が一瞬だけ訪れる。
が、すぐに――。
「は、はあっ!? また、あんたかよ!?」
手を抑えていた三人組のリーダー格が愕然とした様子で叫んだ。
「な、なんで今回も!?」「くそ、もう少しだったのに……」
続けて他の二人も驚愕と諦観の声を上げた。
ルカは男達の突然の変化に目を丸くする。が、
「……いや、あのなお前ら」
言って、その青年は背後からルカの両肩に両手を置いた。
その声に、その手の温かさに、ルカの心音はトクンと高鳴った。
「何なんだよ今の小芝居は。マジで悪質だな」
青年の声は少し怒気が宿っていた。
「これは流石に後で通報すっからな。それと一度振られた子を何度もナンパすんなよ。まったく。あの馬鹿じゃあるまいし」
と、冷淡な声で言い放つ。
ルカは思わず後ろに振りかえった。
そして「あ」と呟く。
「か、仮面さん!」
パアと水色の瞳を見開き、表情を輝かすルカに、
「いや、仮面さんって……ま、いっか」
そう呟いて、男達に対する怒気から一転。
どうしてか、今回もまたシルクハット付きの黒い鉄仮面をかぶったままの白いつなぎ姿の青年――アッシュ=クラインは、目を細めて笑った。
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