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第8部
第七章 追憶の彼方より……。③
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「そんじゃあ師匠」
ザインが《朱天》を見上げて言う。
「結構数はあるが、片っぱしからぶちのめせるか?」
「おう。こんぐらいの数ならな」
言って、アッシュは周囲を見渡した。
偽りの大通りにいるのは十数機の《クルスス》。
かなり上級の機体であるが、所詮は操手のいない機体。どれだけ数がいようとも単純な動きしか出来ず、連携さえもロクに取れないデクの坊の群れに過ぎない。
殲滅するなど、アッシュと《朱天》にとっては容易いことだった。
「とは言え、こんだけ数がいると、お前やお嬢ちゃんが危険だな」
アッシュはそう呟き、操縦席の中で彼のつなぎの裾を握りしめるルカの頭をくしゃりと撫でてから、ザインを一瞥した。
「とりあえずお嬢ちゃんはこのまま俺と一緒に操縦席に。ザイン。お前は俺の《朱天》の左腕にしがみついてくれ」
「おいおい」ザインは肩をすくめた。
「俺だけ外かよ。扱いがひどくねえか師匠?」
「仕方がねえだろ。鎧機兵の定員は精々二人までだ。お前みたいな筋肉ダルマまで乗せたら暑苦しくて死んじまうじゃねえか」
と、アッシュは皮肉気な笑みを見せて告げた。
対するザインはパチンと額を手の平で打ち、
「まっ、確かにな――」
と、言いかけた直後だった。
何の前触れもなく、ザインの足元に黒い空洞が生まれたのは。
「な、なにッ!」
「ザイン!」
息を呑むザインとアッシュ。
しかし、次の瞬間にはザインは為す術もなく地面の中に消えていった。
「――くそッ!」
アッシュが舌打ちし、ルカは「ザ、ザインさん!」と青ざめた表情を浮かべた。オルタナも狭い《朱天》の中で「……ウヌ! キンニクガ、キエタ?」と呻いている。
「……このクソジジイ」
アッシュは鋭い眼光で今の現象を起こした張本人であろう老紳士を睨みつけた。
「てめえ。ザインの奴をどうした?」
すると、老人はくつくつと笑い、
「まあ、そう目くじらを立てるな、ボーガンの手先よ」
そう嘯いて、黒いキューブを眼前に掲げる。
「殺してはおらんよ。あの兄弟には別の場所に移動してもらっただけだ。シャールズ殿に兄弟水入らずで対話をしたいと請われたのでな」
「……なに?」
アッシュは眉をしかめた。言われてみれば、もう一人いた人物――状況からしてザインの弟だと思っていた青年の姿もない。
「ザインとあいつの弟を強制的に転移させたのかよ」
相界陣。転移陣の基礎となった技術ときくが、想像以上に厄介な能力だった。
世界そのものを自在に操る。ここはそう考えていた方がよさそうだ。
(だが、とりあえずザインの奴は無事みてえだな)
そのことに内心でホッとする。
「で、クソジジイよ」
アッシュは再びウォルターを睨みつけた。
「ふむ」老紳士はあごに手をやる。「何かね青年?」
アッシュはルカを操縦席の後ろ側に行くように指先で指示しつつ尋ねる。
「てめえがここに残ったってことは、俺の相手はてめえがするってことか?」
「ああ、一応そのつもりだが……」
そこでウォルターは皮肉気に口角を崩した。
「正直、最後まで付き合う気はないな。すでに採算も取れそうにもない。あの兄弟の愛憎劇場も見られなくなった今、頃合いを見計らって退場させてもらうよ」
と、自分勝手な宣告をする。結局、この男の立ち位置は最後の最後までただの『賑やかし』。今回の件に関しては『傍観者』ということらしい。
「マジで身勝手なジジイだな」
アッシュは、忌々しげに舌打ちした。
不意にガハルドと共に面会した時のギル=ボーガンの言葉が蘇る。
『あの男は商人などではない』
アティス王国屈指の商人は、淡々と告げる。
『いつも「観客きどり」なのだ。這い寄るように近付いて武器を手渡し、自分の武器で繰り広げられる殺し合いを安全な場所で見物する。全くもって私には理解できん。まさに悪趣味極まる最低の男だ』
そう告げた時のギルの顔は、苛立ちで歪んでいた。
ウォルター=ロッセンという男が武器商人を職業に選んだのは、自分の趣向を満足させるために過ぎない。若き日に幾度も対立してきたギルはそう語った。
『そんな男が先日、私の息子に接触してきた。気をつけてくれ。エイシス団長。クライン氏も。あの男はこの国で何かをしでかす可能性がある』
それがあの日、ガハルドに呼び出された用件だった。
アッシュは操縦シートに座り、改めてウォルターを睨みつける。
「てめえはこの場で始末しておいた方がよさそうだな」
「おお、何とも怖い脅しをする」
アッシュの宣告に、ウォルターは嘆かわしいとばかりに肩を竦めた。
「老人はもっと労わるものだぞ。若人よ」
「はン。俺の周りで、てめえぐらいのジジイは全員すこぶる元気で腹黒いんだよ。もうこれ以上、厄介なジジイはいらねえんだよ」
と、アッシュは心底嫌そうな顔で言い放つ。
そして応答の間も与えず《朱天》の胸部装甲を素早く下ろした。
閉じられた操縦席はほんの一瞬だけ暗闇に包まれるが、すぐに内面部に外の画像が映し出される。同時にルカが躊躇いながらもアッシュの腰に手を回した。
オルタナはアッシュの右肩に止まった。
「お嬢ちゃん。高速戦闘経験は?」
と、アッシュが周囲を警戒しつつルカに尋ねる。
「あ、は、はい」
ルカは留学先での経験を回想して答えた。
「じ、実戦は何回か。あと、学校の授業で三半規管を鍛えるため、丸い球体に固定されてぐるぐるとかはいっぱいしました」
「ああ、皇国の騎士学校でもするっていうあの有名な訓練か」
アッシュは少しだけ口角を崩した。
「なら少しぐらい無茶しても大丈夫だな。しっかりしがみついているんだ」
「は、はい」
そう答えてルカは、ギュッとアッシュの背中にしがみついた。
青年の大きな背中の温もりに、鼓動が激しく高鳴るが今は兎にも角にも非常時。火でもついたかのように顔を真っ赤にしても、腕の力だけは緩めない。
かくして戦闘準備が万全となったアッシュは、大通りを制圧するように陣取る《クルスス》の軍団へと目をやり――。
(……なに?)
思わず眉根を寄せた。ルカもまた目を丸くしている。
何故なら、いきなり《クルスス》の軍団が、ボロボロと崩れ始めたからだ。
アッシュは視線を黒いキューブを掲げるウォルターに向けた。
『おいジジイ。一体これは何の真似だ』
と、拡声器を通してウォルターに問いかける。
対し、老紳士は皮肉気に口角を歪めた。
「なに。これでも私は半世紀ほど武器商人で食っているんでな。君の鎧機兵が尋常ではないことぐらい分かるよ。その機体が相手では数だけの雑兵では意味がなさそうだ。身構えていたところ悪いが、対戦相手を変えさせてもらうよ」
『……へえ』
アッシュはすっと双眸を細めた。
『こいつらって噂に聞く追憶兵って奴だろ?』
そこで自分の腰を掴むルカの腕に、そっと片手を添えて、
『土台はお嬢ちゃんの記憶らしいな。ってことは、お嬢ちゃんの記憶の中にはその鎧機兵達よりも強えェ存在がいんのかよ?』
と、警戒するというより興味本位から尋ねる。
一方、当人であるルカは「え、えっと……」と困惑していた。
するとウォルターは、
「くくく、先程まではいなかったかもしれん。しかし今は違うだろう」
そう言って厭らしく笑った。
アッシュとルカは眉根を寄せる。オルタナは小首を傾げた。
『どういう意味だ、ジジイ』
率直にアッシュが問い質すと、ウォルターはますます笑みを深めた。
「王女はすでに君の機体を知っている。まさに最新の記憶だな。ここまで言えば流石に分かるだろう?」
挑発するようにそう言われ、
『……ああ、なるほどな』
アッシュは眉をしかめつつ、深々と嘆息した。
『要するにてめえは、俺の《朱天》のパチモンを創ろうと考えている訳か』
「ああ。まさにその通りだ。それも一機に限定するよ。キューブの全機能をその一機だけに収束させる。限りなくオリジナルに近付けてみせよう」
そう言ってウォルターは左右に両手を広げた。
「中々得難い体験だぞ。自分自身と戦うことなどな」
『……ふん』
アッシュは小さく鼻を鳴らした。
まさか自分の愛機の偽物と対峙する事になるとは予想もしていなかった。しかし、忌々しくはあるが、この男の言う通り得難い体験だ。正直、興味深い。
『面白れえ。セラとは違うエルサガの技術か。俺の相棒の力をどこまで再現できるのか、この目で確かめさせてもらうぜ』
と、不敵に笑って告げる。
対するウォルターは「是非もない」と告げ、
「さあ、ルカ王女よ」
老紳士はワイングラスのようにキューブを掲げた。
「思い描け。最強の機体を。それを寸分たがわず再現してみせよう」
「え、え……」
困惑するルカ。
果たして自分はどうすればいいのか。それが分からない。
すると、アッシュは「ははっ、大丈夫さ」と笑った。
「パチモンなんぞに負けるほど俺も、俺の相棒も弱くはねえよ。お嬢ちゃんは何も身構えなくてもいい」
と優しい声で告げる。信頼する青年の声にルカはこくんと頷いた。
確かに彼の言う通りだ。別の機体ではあるが、この青年の強さはよく知っている。そんな彼が『相棒』と呼ぶこの機体が紛いモノに負けるとは思えない。
ルカは緊張もなくウォルターを見据えた。
「ふふ、掴んだぞ」
そして灰色の老紳士がニヤリと笑う。
その直後、大通りに強い地響きが起きた。《クルスス》の軍団が現れる前にも感じた大きな地震だ。今度は目を瞑らずルカは目の前を見据え続ける。
ウォルターの五セージルほど前。そこは今、湖面のように波紋を揺らしていた。
恐らくあの場所から、仮面の青年の愛機――その偽物が召喚されるのだろう。
そうして、遂にそれは現れた。
湖面のように揺らぐ地面から勢いよく飛び出した漆黒の左腕。
それはアッシュにとって見慣れたもの――ではなかった。
『……なに?』
アッシュが眉根を寄せる。
現れ出た漆黒の左腕は籠手を纏っていた。だが、《朱天》の甲殻獣の背を思わせる形状ではない。赤い双眸が印象的な龍頭を象った籠手だった。
さらに機体は、その全容を現す。
次に現れたのは上半身。機体を覆う黒い鎧装は鋭利な甲鱗のような形状をしており、鎧の部位以外は赤く、唯一頭部だけは黒い。その頭部も普通ではなく、多関節で構成される巨大な角が雄牛のように天を突き、わずかに開いた状態で固定されたアギトには鋭い牙が並んでいる。獣……と言うより、これは明らかに『竜』の風貌だ。
そして左腕と同じく龍頭の籠手を纏う右腕には、先端が扇状になったツバのない大剣を握りしめている。刀身の色は鎧装同様に黒一色。それは主に罪人の首を刎ねることに使用されると言われる処刑刀であった。
《煉獄の鬼》を彷彿させる《朱天》にも劣らないほど禍々しい姿の鎧機兵。
召喚したウォルターでさえ唖然としていた。
『……おいおい、爺さんよ』
そんな中、アッシュは眉をしかめてウォルターを一瞥した。
『さっきまで、あんだけてめえが得意げに語っていた《朱天》のパチモンの話はどこに行ったんだよ。つうか、こいつは一体何なんだ?』
完全に話が違う。アッシュが訝しむのも無理はない。
するとその時だった。
「う、うそ……」
不意に、ルカが呆然と。
ただ、呆然としてその機体の名を呟いた。
「まさか、《ディノ=バロウス》、なの?」
グオオオオオオオオオオ――ッ!!
現れ出た《悪竜》の雄たけびは、偽りの世界に響く。
その声は、夜空さえも切り裂くほど凄まじいモノだった――。
ザインが《朱天》を見上げて言う。
「結構数はあるが、片っぱしからぶちのめせるか?」
「おう。こんぐらいの数ならな」
言って、アッシュは周囲を見渡した。
偽りの大通りにいるのは十数機の《クルスス》。
かなり上級の機体であるが、所詮は操手のいない機体。どれだけ数がいようとも単純な動きしか出来ず、連携さえもロクに取れないデクの坊の群れに過ぎない。
殲滅するなど、アッシュと《朱天》にとっては容易いことだった。
「とは言え、こんだけ数がいると、お前やお嬢ちゃんが危険だな」
アッシュはそう呟き、操縦席の中で彼のつなぎの裾を握りしめるルカの頭をくしゃりと撫でてから、ザインを一瞥した。
「とりあえずお嬢ちゃんはこのまま俺と一緒に操縦席に。ザイン。お前は俺の《朱天》の左腕にしがみついてくれ」
「おいおい」ザインは肩をすくめた。
「俺だけ外かよ。扱いがひどくねえか師匠?」
「仕方がねえだろ。鎧機兵の定員は精々二人までだ。お前みたいな筋肉ダルマまで乗せたら暑苦しくて死んじまうじゃねえか」
と、アッシュは皮肉気な笑みを見せて告げた。
対するザインはパチンと額を手の平で打ち、
「まっ、確かにな――」
と、言いかけた直後だった。
何の前触れもなく、ザインの足元に黒い空洞が生まれたのは。
「な、なにッ!」
「ザイン!」
息を呑むザインとアッシュ。
しかし、次の瞬間にはザインは為す術もなく地面の中に消えていった。
「――くそッ!」
アッシュが舌打ちし、ルカは「ザ、ザインさん!」と青ざめた表情を浮かべた。オルタナも狭い《朱天》の中で「……ウヌ! キンニクガ、キエタ?」と呻いている。
「……このクソジジイ」
アッシュは鋭い眼光で今の現象を起こした張本人であろう老紳士を睨みつけた。
「てめえ。ザインの奴をどうした?」
すると、老人はくつくつと笑い、
「まあ、そう目くじらを立てるな、ボーガンの手先よ」
そう嘯いて、黒いキューブを眼前に掲げる。
「殺してはおらんよ。あの兄弟には別の場所に移動してもらっただけだ。シャールズ殿に兄弟水入らずで対話をしたいと請われたのでな」
「……なに?」
アッシュは眉をしかめた。言われてみれば、もう一人いた人物――状況からしてザインの弟だと思っていた青年の姿もない。
「ザインとあいつの弟を強制的に転移させたのかよ」
相界陣。転移陣の基礎となった技術ときくが、想像以上に厄介な能力だった。
世界そのものを自在に操る。ここはそう考えていた方がよさそうだ。
(だが、とりあえずザインの奴は無事みてえだな)
そのことに内心でホッとする。
「で、クソジジイよ」
アッシュは再びウォルターを睨みつけた。
「ふむ」老紳士はあごに手をやる。「何かね青年?」
アッシュはルカを操縦席の後ろ側に行くように指先で指示しつつ尋ねる。
「てめえがここに残ったってことは、俺の相手はてめえがするってことか?」
「ああ、一応そのつもりだが……」
そこでウォルターは皮肉気に口角を崩した。
「正直、最後まで付き合う気はないな。すでに採算も取れそうにもない。あの兄弟の愛憎劇場も見られなくなった今、頃合いを見計らって退場させてもらうよ」
と、自分勝手な宣告をする。結局、この男の立ち位置は最後の最後までただの『賑やかし』。今回の件に関しては『傍観者』ということらしい。
「マジで身勝手なジジイだな」
アッシュは、忌々しげに舌打ちした。
不意にガハルドと共に面会した時のギル=ボーガンの言葉が蘇る。
『あの男は商人などではない』
アティス王国屈指の商人は、淡々と告げる。
『いつも「観客きどり」なのだ。這い寄るように近付いて武器を手渡し、自分の武器で繰り広げられる殺し合いを安全な場所で見物する。全くもって私には理解できん。まさに悪趣味極まる最低の男だ』
そう告げた時のギルの顔は、苛立ちで歪んでいた。
ウォルター=ロッセンという男が武器商人を職業に選んだのは、自分の趣向を満足させるために過ぎない。若き日に幾度も対立してきたギルはそう語った。
『そんな男が先日、私の息子に接触してきた。気をつけてくれ。エイシス団長。クライン氏も。あの男はこの国で何かをしでかす可能性がある』
それがあの日、ガハルドに呼び出された用件だった。
アッシュは操縦シートに座り、改めてウォルターを睨みつける。
「てめえはこの場で始末しておいた方がよさそうだな」
「おお、何とも怖い脅しをする」
アッシュの宣告に、ウォルターは嘆かわしいとばかりに肩を竦めた。
「老人はもっと労わるものだぞ。若人よ」
「はン。俺の周りで、てめえぐらいのジジイは全員すこぶる元気で腹黒いんだよ。もうこれ以上、厄介なジジイはいらねえんだよ」
と、アッシュは心底嫌そうな顔で言い放つ。
そして応答の間も与えず《朱天》の胸部装甲を素早く下ろした。
閉じられた操縦席はほんの一瞬だけ暗闇に包まれるが、すぐに内面部に外の画像が映し出される。同時にルカが躊躇いながらもアッシュの腰に手を回した。
オルタナはアッシュの右肩に止まった。
「お嬢ちゃん。高速戦闘経験は?」
と、アッシュが周囲を警戒しつつルカに尋ねる。
「あ、は、はい」
ルカは留学先での経験を回想して答えた。
「じ、実戦は何回か。あと、学校の授業で三半規管を鍛えるため、丸い球体に固定されてぐるぐるとかはいっぱいしました」
「ああ、皇国の騎士学校でもするっていうあの有名な訓練か」
アッシュは少しだけ口角を崩した。
「なら少しぐらい無茶しても大丈夫だな。しっかりしがみついているんだ」
「は、はい」
そう答えてルカは、ギュッとアッシュの背中にしがみついた。
青年の大きな背中の温もりに、鼓動が激しく高鳴るが今は兎にも角にも非常時。火でもついたかのように顔を真っ赤にしても、腕の力だけは緩めない。
かくして戦闘準備が万全となったアッシュは、大通りを制圧するように陣取る《クルスス》の軍団へと目をやり――。
(……なに?)
思わず眉根を寄せた。ルカもまた目を丸くしている。
何故なら、いきなり《クルスス》の軍団が、ボロボロと崩れ始めたからだ。
アッシュは視線を黒いキューブを掲げるウォルターに向けた。
『おいジジイ。一体これは何の真似だ』
と、拡声器を通してウォルターに問いかける。
対し、老紳士は皮肉気に口角を歪めた。
「なに。これでも私は半世紀ほど武器商人で食っているんでな。君の鎧機兵が尋常ではないことぐらい分かるよ。その機体が相手では数だけの雑兵では意味がなさそうだ。身構えていたところ悪いが、対戦相手を変えさせてもらうよ」
『……へえ』
アッシュはすっと双眸を細めた。
『こいつらって噂に聞く追憶兵って奴だろ?』
そこで自分の腰を掴むルカの腕に、そっと片手を添えて、
『土台はお嬢ちゃんの記憶らしいな。ってことは、お嬢ちゃんの記憶の中にはその鎧機兵達よりも強えェ存在がいんのかよ?』
と、警戒するというより興味本位から尋ねる。
一方、当人であるルカは「え、えっと……」と困惑していた。
するとウォルターは、
「くくく、先程まではいなかったかもしれん。しかし今は違うだろう」
そう言って厭らしく笑った。
アッシュとルカは眉根を寄せる。オルタナは小首を傾げた。
『どういう意味だ、ジジイ』
率直にアッシュが問い質すと、ウォルターはますます笑みを深めた。
「王女はすでに君の機体を知っている。まさに最新の記憶だな。ここまで言えば流石に分かるだろう?」
挑発するようにそう言われ、
『……ああ、なるほどな』
アッシュは眉をしかめつつ、深々と嘆息した。
『要するにてめえは、俺の《朱天》のパチモンを創ろうと考えている訳か』
「ああ。まさにその通りだ。それも一機に限定するよ。キューブの全機能をその一機だけに収束させる。限りなくオリジナルに近付けてみせよう」
そう言ってウォルターは左右に両手を広げた。
「中々得難い体験だぞ。自分自身と戦うことなどな」
『……ふん』
アッシュは小さく鼻を鳴らした。
まさか自分の愛機の偽物と対峙する事になるとは予想もしていなかった。しかし、忌々しくはあるが、この男の言う通り得難い体験だ。正直、興味深い。
『面白れえ。セラとは違うエルサガの技術か。俺の相棒の力をどこまで再現できるのか、この目で確かめさせてもらうぜ』
と、不敵に笑って告げる。
対するウォルターは「是非もない」と告げ、
「さあ、ルカ王女よ」
老紳士はワイングラスのようにキューブを掲げた。
「思い描け。最強の機体を。それを寸分たがわず再現してみせよう」
「え、え……」
困惑するルカ。
果たして自分はどうすればいいのか。それが分からない。
すると、アッシュは「ははっ、大丈夫さ」と笑った。
「パチモンなんぞに負けるほど俺も、俺の相棒も弱くはねえよ。お嬢ちゃんは何も身構えなくてもいい」
と優しい声で告げる。信頼する青年の声にルカはこくんと頷いた。
確かに彼の言う通りだ。別の機体ではあるが、この青年の強さはよく知っている。そんな彼が『相棒』と呼ぶこの機体が紛いモノに負けるとは思えない。
ルカは緊張もなくウォルターを見据えた。
「ふふ、掴んだぞ」
そして灰色の老紳士がニヤリと笑う。
その直後、大通りに強い地響きが起きた。《クルスス》の軍団が現れる前にも感じた大きな地震だ。今度は目を瞑らずルカは目の前を見据え続ける。
ウォルターの五セージルほど前。そこは今、湖面のように波紋を揺らしていた。
恐らくあの場所から、仮面の青年の愛機――その偽物が召喚されるのだろう。
そうして、遂にそれは現れた。
湖面のように揺らぐ地面から勢いよく飛び出した漆黒の左腕。
それはアッシュにとって見慣れたもの――ではなかった。
『……なに?』
アッシュが眉根を寄せる。
現れ出た漆黒の左腕は籠手を纏っていた。だが、《朱天》の甲殻獣の背を思わせる形状ではない。赤い双眸が印象的な龍頭を象った籠手だった。
さらに機体は、その全容を現す。
次に現れたのは上半身。機体を覆う黒い鎧装は鋭利な甲鱗のような形状をしており、鎧の部位以外は赤く、唯一頭部だけは黒い。その頭部も普通ではなく、多関節で構成される巨大な角が雄牛のように天を突き、わずかに開いた状態で固定されたアギトには鋭い牙が並んでいる。獣……と言うより、これは明らかに『竜』の風貌だ。
そして左腕と同じく龍頭の籠手を纏う右腕には、先端が扇状になったツバのない大剣を握りしめている。刀身の色は鎧装同様に黒一色。それは主に罪人の首を刎ねることに使用されると言われる処刑刀であった。
《煉獄の鬼》を彷彿させる《朱天》にも劣らないほど禍々しい姿の鎧機兵。
召喚したウォルターでさえ唖然としていた。
『……おいおい、爺さんよ』
そんな中、アッシュは眉をしかめてウォルターを一瞥した。
『さっきまで、あんだけてめえが得意げに語っていた《朱天》のパチモンの話はどこに行ったんだよ。つうか、こいつは一体何なんだ?』
完全に話が違う。アッシュが訝しむのも無理はない。
するとその時だった。
「う、うそ……」
不意に、ルカが呆然と。
ただ、呆然としてその機体の名を呟いた。
「まさか、《ディノ=バロウス》、なの?」
グオオオオオオオオオオ――ッ!!
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その声は、夜空さえも切り裂くほど凄まじいモノだった――。
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ファンタジー
2XXX年、X月。
俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。
そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。
その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。
俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。
これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。
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