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第8部
第八章 偽りの《悪竜》①
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「はあ、はあ、はあ……くそッ!」
ガダル=ベスニアは、夜の大通りを走っていた。
「あいつらめ! 好き勝手にやりやがって!」
忌々しげに吐き捨てる。
まさかこんな展開になろうとは――。
(くそ! 私の計画が!)
ガダルは、息を切らせながら舌打ちする。
数年前から温めてきた計画。この危うい平和な国を盤石にするための計画だ。
本来ならば、さらに数年ほど準備に時間をかけて、慎重に事を進めるつもりだったのだが、《業蛇》討伐により焦ってしまった。脅威がなくなってこの国が今より平和ボケするのではないかと危惧したからだ。
結果、あんな若僧に好き勝手につけ込まれてしまった。
(私は馬鹿か!)
なんと腹立たしいことか。
これでは平和な未来など夢のまた夢だ。
ガダルは大通りの角を曲がった。とにかく今はあの場所に戻ることが先決だ。
これ以上、自分の計画を好き勝手にはさせない。
と、その時だった。
「――ッ!」
ガダルは目を大きく見開いた。
目の前に広がる大通りの公道。先程まで走っていた場所のほとんど景観が変わらない場所に二人の人物がいたのだ。
「お、お前達は!」
ガダルは荒い呼吸のまま、その二人に呼び掛ける。
すると、二人はガダルに気付いたようで視線を移した。
「ベスニア殿か」
「……よかった。本当に無事だったようだな」
と、二人の人物――シャールズとザインがそれぞれ呟く。
シャールズは興味もなさそうな視線で。一方、ザインはどこか安堵した様子だ。
「はあ、はあ、はあ……」
足を止め、呼吸を整えながら、ガダルはガロンワーズ兄弟を睨みつける。
「よくも……よくも好き勝手にやってくれたな! シャールズ=ガロンワーズ! 貴様のせいで私の計画は――」
と恨みの言葉を吐こうとする。が、
「何も語らなくても結構」
シャールズは、ガダルからザインへと視線を戻して言い放つ。
「もはや貴方に何の興味もない。貴方の出番はすでに終わっているのですよ。舞台から退場した者は黙っていて下さいませんか」
「な、なん、だと……」
ガダルは激怒の形相を見せた。
しかし、その殺意さえ宿した視線にもシャールズは見向きもしない。
痩身の青年は、ただ真直ぐ眼前に立つ兄だけを見据えていた。
兄であるザインもまた真剣な表情で弟を見据えている。
ただならぬ二人の様子に、ガダルは不本意ながらも怒りを抑えた。
三人しかいない夜の大通りに訪れる長い静寂。
そしてややあって、シャールズは兄に向けて告げた。
「さあ、対話でもしましょうか。兄上」
◆
「《ディノ=バロウス》だって?」
アッシュが背中の少女に問う。
「伝説の《悪竜》の真名だな。それがあの機体の名前なのか?」
「は、はい……」
ルカはこくんと頷いた。
「私の通う騎士学校の先輩の愛機で……見ての通り《悪竜》をモチーフにした鎧機兵、なんです。先輩はあの機体を使うから、『悪竜王子』って呼ばれていて……」
「はあ? 何だそりゃあ?」
アッシュは視線を眼前の機体に向けたまま、眉をしかめた。
「まさかその先輩とやらは《ディノ=バロウス教団》の信者なのか?」
思わずそう尋ねる。出なければあの悪趣味な外装の説明がつかない。
しかし、ルカはふるふると首を横に振った。
「ち、違います。先輩は凄く、優しい人で、あの機体は『最強』を望む先輩のために、お師匠さまが造り上げた、鎧機兵、なの」
「……『最強』を望む、だって?」
アッシュはルカの言葉を反芻して、同時に《万天図》を起動させる。
外部の映像を映す胸部装甲の内面。その右側面部に浮き上がる円形図。そこには《悪竜》の恒力値が記されている。アッシュはそれを一瞥した。
そして、すうっと目を細める。
(恒力値は……六千四百ジン程か)
皇国における上級騎士が扱う機体と同程度の値だ。決して低くはないが、通常モードでさえ三万五千ジンを超える《朱天》には遠く及ばない。
恒力値だけならば、さほど警戒する必要もない相手である。
だがしかし、この機体は――。
(………最強、か)
アッシュは静かな眼差しで再度、目の前の《悪竜》を凝視した。
頭部と両腕で三つ首の竜を思わせる外装に光さえ吸い込みそうな漆黒の処刑刀。
禍々しささえ感じる威圧感だ。たとえ恒力値で大きく上回ろうが、決して侮ってはいけない相手だと長年の経験が警鐘を鳴らしている。
「《悪竜》をモチーフにしてんのは、あの魔竜が最強の存在だからか?」
「は、はい」
ルカはアッシュの腰を掴んで頷く。
「お師匠さまはそう言って、ました」
「……ウム! アニジャタチモ、イッテタゾ!」
と、アッシュの肩で翼を広げてオルタナも言う。
「はは、そうかよ」
アッシュは皮肉気に笑った。
ルカの言う「お師匠さま」や、オルタナが語る「アニジャタチ」というのは知らない名だが、あの機体には相当な想いが込められているという事だけは分かった。
改めて表情を引き締めるアッシュ。
と、その時だった。
「……ふむ。これは予想外だったな」
不意に上空から声がする。
アッシュとルカ。オルタナも視線を上に向けた。
そこには一体いつ移動したのか、大通りに並ぶ店舗の一つである屋上に立ち、公道を見下ろすウォルターの姿があった。
「まさかここまで意図と違う存在が生み出されるとはな。心とは難しいものだ」
と、ウォルターは皮肉気な表情で《悪竜》を見据えて笑う。
アッシュは露骨に舌打ちした。
『てめえは早速「観客きどり」かよ。クソジジイ』
と、不快感を露わにして告げる。
対しウォルターはふっと口角を崩して肩を竦めた。
「いくら何でも生身で鎧機兵の戦いには近付きたくはないんでな。私はしばらくこの場で見物させてもらうよ」
言って、屋上の縁に腰をかけ、優雅に足を組む。
「想定外の対戦だが、これはこれで面白そうだ。まあ、頑張ってくれ青年」
『…………』
ウォルターの声に、アッシュはもう何も答えなかった。
全くもって不愉快極まるクソジジイではあるが、この場で傍観者を気取るというのならば今は注視すべき相手ではない。
なにせ、いま目の前にはただならぬ存在感を放つ『敵』がいるのだから。
(さて。まずはこいつの相手が先決か)
アッシュは黒い双眸を細めた。
同時に、ズシン、と地響きを立てて竜装の鎧機兵が動き出す。
そして右手の処刑刀を無造作に振り上げた。
「ひ、ひゥ」
見慣れた機体。それも自分が最強だと思う鎧機兵の明確な敵意に、アッシュの背中にしがみつくルカが息を呑んだ。
そんな少女の恐怖を背中越しに感じ取ったアッシュは、
「ああ、大丈夫だ。お嬢ちゃん」
眼前を見据えたまま、優しい声でルカに語りかける。
「本来のあの機体がどんだけ強えェのかは知んねえが、所詮は偽物だ。俺と俺の相棒は絶対に負けねえよ。それよりしっかりしがみついておくんだぞ」
ルカは力強い青年の声に、
「は、はい。仮面さん」
そう応えて頷き、より強く青年の背中に抱きついた。
少女の心臓が高鳴る中、対峙する異形の二機。
そして先に動いたのは、竜装の鎧機兵の方だった。
グオオオオオオオオオオ――ッ!!
大気を震わす咆哮を上げて突進する黒い機体。
その一歩は、まるで飛翔のようだった。
対し、《朱天》は胸の前で火花が散るほど強く両の拳を打ちつけた。
かくして勢いよく迫り来る処刑刀と、迎え撃つ漆黒の拳。
《煉獄の鬼》と偽りの《悪竜》は激突した。
ガダル=ベスニアは、夜の大通りを走っていた。
「あいつらめ! 好き勝手にやりやがって!」
忌々しげに吐き捨てる。
まさかこんな展開になろうとは――。
(くそ! 私の計画が!)
ガダルは、息を切らせながら舌打ちする。
数年前から温めてきた計画。この危うい平和な国を盤石にするための計画だ。
本来ならば、さらに数年ほど準備に時間をかけて、慎重に事を進めるつもりだったのだが、《業蛇》討伐により焦ってしまった。脅威がなくなってこの国が今より平和ボケするのではないかと危惧したからだ。
結果、あんな若僧に好き勝手につけ込まれてしまった。
(私は馬鹿か!)
なんと腹立たしいことか。
これでは平和な未来など夢のまた夢だ。
ガダルは大通りの角を曲がった。とにかく今はあの場所に戻ることが先決だ。
これ以上、自分の計画を好き勝手にはさせない。
と、その時だった。
「――ッ!」
ガダルは目を大きく見開いた。
目の前に広がる大通りの公道。先程まで走っていた場所のほとんど景観が変わらない場所に二人の人物がいたのだ。
「お、お前達は!」
ガダルは荒い呼吸のまま、その二人に呼び掛ける。
すると、二人はガダルに気付いたようで視線を移した。
「ベスニア殿か」
「……よかった。本当に無事だったようだな」
と、二人の人物――シャールズとザインがそれぞれ呟く。
シャールズは興味もなさそうな視線で。一方、ザインはどこか安堵した様子だ。
「はあ、はあ、はあ……」
足を止め、呼吸を整えながら、ガダルはガロンワーズ兄弟を睨みつける。
「よくも……よくも好き勝手にやってくれたな! シャールズ=ガロンワーズ! 貴様のせいで私の計画は――」
と恨みの言葉を吐こうとする。が、
「何も語らなくても結構」
シャールズは、ガダルからザインへと視線を戻して言い放つ。
「もはや貴方に何の興味もない。貴方の出番はすでに終わっているのですよ。舞台から退場した者は黙っていて下さいませんか」
「な、なん、だと……」
ガダルは激怒の形相を見せた。
しかし、その殺意さえ宿した視線にもシャールズは見向きもしない。
痩身の青年は、ただ真直ぐ眼前に立つ兄だけを見据えていた。
兄であるザインもまた真剣な表情で弟を見据えている。
ただならぬ二人の様子に、ガダルは不本意ながらも怒りを抑えた。
三人しかいない夜の大通りに訪れる長い静寂。
そしてややあって、シャールズは兄に向けて告げた。
「さあ、対話でもしましょうか。兄上」
◆
「《ディノ=バロウス》だって?」
アッシュが背中の少女に問う。
「伝説の《悪竜》の真名だな。それがあの機体の名前なのか?」
「は、はい……」
ルカはこくんと頷いた。
「私の通う騎士学校の先輩の愛機で……見ての通り《悪竜》をモチーフにした鎧機兵、なんです。先輩はあの機体を使うから、『悪竜王子』って呼ばれていて……」
「はあ? 何だそりゃあ?」
アッシュは視線を眼前の機体に向けたまま、眉をしかめた。
「まさかその先輩とやらは《ディノ=バロウス教団》の信者なのか?」
思わずそう尋ねる。出なければあの悪趣味な外装の説明がつかない。
しかし、ルカはふるふると首を横に振った。
「ち、違います。先輩は凄く、優しい人で、あの機体は『最強』を望む先輩のために、お師匠さまが造り上げた、鎧機兵、なの」
「……『最強』を望む、だって?」
アッシュはルカの言葉を反芻して、同時に《万天図》を起動させる。
外部の映像を映す胸部装甲の内面。その右側面部に浮き上がる円形図。そこには《悪竜》の恒力値が記されている。アッシュはそれを一瞥した。
そして、すうっと目を細める。
(恒力値は……六千四百ジン程か)
皇国における上級騎士が扱う機体と同程度の値だ。決して低くはないが、通常モードでさえ三万五千ジンを超える《朱天》には遠く及ばない。
恒力値だけならば、さほど警戒する必要もない相手である。
だがしかし、この機体は――。
(………最強、か)
アッシュは静かな眼差しで再度、目の前の《悪竜》を凝視した。
頭部と両腕で三つ首の竜を思わせる外装に光さえ吸い込みそうな漆黒の処刑刀。
禍々しささえ感じる威圧感だ。たとえ恒力値で大きく上回ろうが、決して侮ってはいけない相手だと長年の経験が警鐘を鳴らしている。
「《悪竜》をモチーフにしてんのは、あの魔竜が最強の存在だからか?」
「は、はい」
ルカはアッシュの腰を掴んで頷く。
「お師匠さまはそう言って、ました」
「……ウム! アニジャタチモ、イッテタゾ!」
と、アッシュの肩で翼を広げてオルタナも言う。
「はは、そうかよ」
アッシュは皮肉気に笑った。
ルカの言う「お師匠さま」や、オルタナが語る「アニジャタチ」というのは知らない名だが、あの機体には相当な想いが込められているという事だけは分かった。
改めて表情を引き締めるアッシュ。
と、その時だった。
「……ふむ。これは予想外だったな」
不意に上空から声がする。
アッシュとルカ。オルタナも視線を上に向けた。
そこには一体いつ移動したのか、大通りに並ぶ店舗の一つである屋上に立ち、公道を見下ろすウォルターの姿があった。
「まさかここまで意図と違う存在が生み出されるとはな。心とは難しいものだ」
と、ウォルターは皮肉気な表情で《悪竜》を見据えて笑う。
アッシュは露骨に舌打ちした。
『てめえは早速「観客きどり」かよ。クソジジイ』
と、不快感を露わにして告げる。
対しウォルターはふっと口角を崩して肩を竦めた。
「いくら何でも生身で鎧機兵の戦いには近付きたくはないんでな。私はしばらくこの場で見物させてもらうよ」
言って、屋上の縁に腰をかけ、優雅に足を組む。
「想定外の対戦だが、これはこれで面白そうだ。まあ、頑張ってくれ青年」
『…………』
ウォルターの声に、アッシュはもう何も答えなかった。
全くもって不愉快極まるクソジジイではあるが、この場で傍観者を気取るというのならば今は注視すべき相手ではない。
なにせ、いま目の前にはただならぬ存在感を放つ『敵』がいるのだから。
(さて。まずはこいつの相手が先決か)
アッシュは黒い双眸を細めた。
同時に、ズシン、と地響きを立てて竜装の鎧機兵が動き出す。
そして右手の処刑刀を無造作に振り上げた。
「ひ、ひゥ」
見慣れた機体。それも自分が最強だと思う鎧機兵の明確な敵意に、アッシュの背中にしがみつくルカが息を呑んだ。
そんな少女の恐怖を背中越しに感じ取ったアッシュは、
「ああ、大丈夫だ。お嬢ちゃん」
眼前を見据えたまま、優しい声でルカに語りかける。
「本来のあの機体がどんだけ強えェのかは知んねえが、所詮は偽物だ。俺と俺の相棒は絶対に負けねえよ。それよりしっかりしがみついておくんだぞ」
ルカは力強い青年の声に、
「は、はい。仮面さん」
そう応えて頷き、より強く青年の背中に抱きついた。
少女の心臓が高鳴る中、対峙する異形の二機。
そして先に動いたのは、竜装の鎧機兵の方だった。
グオオオオオオオオオオ――ッ!!
大気を震わす咆哮を上げて突進する黒い機体。
その一歩は、まるで飛翔のようだった。
対し、《朱天》は胸の前で火花が散るほど強く両の拳を打ちつけた。
かくして勢いよく迫り来る処刑刀と、迎え撃つ漆黒の拳。
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