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第8部
第八章 偽りの《悪竜》③
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――ガギィンッッ!
重く鈍い金属音が、夜の大通りに響き渡る。
《朱天》の拳により弾かれた処刑刀の音だ。黒い刃は大きな弧を描いた。
しかし、《悪竜》は仰け反りながらも怯まない。弾かれた勢いのままその場で反転。さらに加速して横薙ぎの鋭い一撃を繰り出す!
が、その斬撃に対し――。
『おっと、危ねえな』
と、口では警戒の言葉を呟きながらも、アッシュは余裕さえもって《朱天》を後方に跳躍させた。石畳にわずかな火線を引き、《朱天》は間合いを取った。
アッシュは不敵な笑みを見せるが、《悪竜》の猛攻はまだ続く。素早く処刑刀を水平に構えると《雷歩》で石畳を踏み砕いて加速。射抜くような刺突を放ったのだ。
並みの鎧機兵ならば立ち塞がることも出来ないほどの突撃。
だが、その一撃さえも極星の名を背負う《朱天》には届かなかった。
――ズズゥンッ!
漆黒の鎧機兵は、正面から処刑刀の刺突を防いでみせる。
処刑刀の切っ先は丸い。そこを右の掌一つで掴み取ったのだ。
「す、凄い……」
アッシュの後方に座るルカが目を丸くした。
一見しただけならば、単純な力技のようにも思えるが、実際は相手の太刀筋を完全に見極めなければ不可能な防御だった。
(……おいおい、こいつは)
しかし、ルカは賞賛するが、アッシュの表情はやや険しかった。
受け止めた刺突が想像を超えて重かったからだ。
ギシリ……と処刑刀の切っ先を強く掴む《朱天》。
(これが六千ジン程度の鎧機兵の膂力だと?)
アッシュは警戒度を上げた。
この膂力ならば軽く一万五千ジンは超えているだろう。だが、眼前の《悪竜》にそこまでの恒力値はない。これは操手の技量による結果だ。
恒力を十全に使いこなし、本来の性能以上の膂力を発揮する。
一流の操手ならば可能な芸当だ。
視線は前を見据えたまま、アッシュはルカに尋ねる。
「どうやらこの機体の操手は相当な腕前らしいな」
「は、はい」
ルカはコクコクと頷いた。
「せ、先輩は本当に天才で、放出系も操作系も構築系さえも、使えます。い、一対一なら先生達にも負けたことが、ありません」
「……へえ。そいつは、あのエリーズ国での話なんだろ?」
アッシュは軽く目を瞠った。
「俺の知る限り、あの国の騎士の練度は皇国にも劣らねえ。なのに十代で《黄道法》の三系統を全部使えて、教師が相手でも勝つってか」
と呟き、アッシュはわずかに口角を崩した。
思わず祖国にいる赤い髪の弟分のことが脳裏に浮かぶ。
どうやら、どこの国にも『天才』という人物はいるらしい。
するとその時、
『――なに!』
アッシュは目を剥いた。
突如、《悪竜》の姿がかき消えたのだ。
が、次の瞬間には十セージルほど離れた場所に竜装の鎧機兵は現れた。
どうやら音もなく、一瞬で移動したようだ。
この技には見覚えがある。いや、もはや見慣れていると言ってもいい闘技だ。
――《黄道法》の構築系闘技・《天架》。
足元に恒力で構築したレールを敷き、瞬間移動にも等しい速度で移動する闘技。
アッシュの旧友であるオトハの二つ名の由来ともなった闘技だった。
だが、この技の難易度は桁違いだ。並みの操手では発動さえも難しい。多くの操手を知るアッシュでもオトハ以外に使い手は知らない。そんな闘技だ。
だというのに、まさか実戦で使える学生がいるとは夢にも思わなかった。
「……マジで天才ってやつなのか」
驚愕と感嘆の混じった声で、アッシュはそう呟いた。
しかし、そんな賞賛も追憶から生まれた幻影に過ぎない《悪竜》には関係なく、竜装の鎧機兵は無言のまま処刑刀を下段に構えた。
休む間もなく次なる攻撃か。アッシュは眼光を鋭くする。
一瞬の緊張後、《悪竜》は間合いの外から処刑刀を振り上げた!
(――ッ!)
反射的にアッシュは《朱天》を身構えさせた。斬線上に両腕を交差させる。
その直後、強い衝撃が《朱天》を襲った。
「ひ、ひゥ!」「……ヒャア!」
と、ルカをオルタナが悲鳴を上げる中、アッシュはすっと目を細めた。
(《天架》に続いて《飛刃》まで使うのかよ)
今の間合いの外からの一撃は《黄道法》の放出系闘技である《飛刃》だ。
要するに、恒力を見えない斬撃として飛ばしたのである。
アッシュはかなり表情を険しくした。
放出系としては実に有名な闘技だ。しかし、今の威力は尋常ではない。
咄嗟に手甲で防御した《朱天》にほとんど損傷はないが、大通りに並ぶ石造りの建造物には両断と言っても過言ではない鋭い斬傷が刻まれている。
ガラガラと一部の建物が崩れ始めていた。
(こりゃあ、あんま油断も出来ねえな)
操縦棍を強く握りしめ直して、アッシュは認識を深める。
――この敵は強い。
流石に《九妖星》には及ばないが、間違いなく一流以上の敵だ。
そして一流以上の敵は、長引くと何をするか分からない危険な相手でもある。
ここは、早期決着が理想的だった。
「しゃあねえな」
アッシュは苦笑を浮かべて背後のルカに語りかける。
「お嬢ちゃん。少し激しくするが構わねえか?」
「あ、は、はい……」
ルカはわずかに頬を染め、アッシュの背中にしがみつく。
「私はどんなことでも、頑張り、ます。だから、そ、その、仮面さんの好きなように、望むようにして、下さい」
全幅の信頼を寄せてルカはそう告げた。
アッシュはふっと笑った。
「ありがとよ。そんじゃあ行くぜ!」
と、宣言し、アッシュは愛機に意志を伝える。
同時に《朱天》の眼光が光った。
「……ヒャア! ヒャア! ルカ! ルカ!」
その時、アッシュの肩にいたオルタナが騒ぎ出す。
ルカは視線をオルタナに向けた。
「ど、どうしたの? オルタナ?」
「……セイケイミャク! セイケイミャクガ、ゴマン、コエタゾ!」
「…………え?」
オルタナの言葉に、ルカはキョトンをした顔を浮かべた。
そしてアッシュの背中から顔を出して、胸部装甲の左側面に浮かび上がっている数字付き人型図――自機の恒力値と機体の異常個所を表示する《星系脈》を覗き込んだ。
そしてギョッとして息を呑む。
「う、そ……」
ルカは唖然と呟いた。
オルタナの指摘通りだった。
確かに《星系脈》に記された恒力値は、五万ジンを超えていた。
(け、計器が故障している、の?)
真っ先にそう考える。
そんな風にしか考えられないほど馬鹿げた数値だった。
「か、仮面さん、これって……?」
ルカが恐る恐るそう尋ねると、
「まっ、話は後だ。とにかくお嬢ちゃんはしっかり掴まっときな」
とだけ告げて、アッシュは操縦棍に力を入れた。
同時に《朱天》はズシンと大地を踏みしめ、右腕に力を収束させる。
《朱天》の前二本の角が、ゆらゆらと紅い鬼火を揺らした。
そして漆黒の鬼は虚空に向けて掌底を繰り出す!
「ひ、ひゥ!」
ルカは目を丸くする。オルタナは言葉もない。
黒い掌底が振り抜かれた直後、天変地異が起きたのだ。
突風が吹き荒れ、漆黒の鬼の直線状にある石畳はめくれあがる。街灯や街路樹は抗うことも出来ず吹き飛んでいき、近くにあった建造物はギシリと軋みを上げた。
――《黄道法》の放出系闘技・《穿風》。
掌から圧縮した恒力を撃ち出す。ただそれだけの闘技だ。
放出系の基礎とも言うべき単純な闘技なのだが、今回その威力は規模が違った。
なにせ、五万六千ジンにも至る莫大な恒力を収束して撃ち出したのだ。
まるで先程の《飛刃》の意趣返しのように、漆黒の鬼が繰り出した《穿風》が大通りを薙ぎ払う。それは、すべてを押し流す津波のような一撃だった。
ガガガガガガッと竜装の鎧機兵の両足が火線を引き、魔竜を象った外装が軋む音が響く。
そうして恒力の大奔流が過ぎ去った数秒後、
――ズズン、と。
さしもの《悪竜》も処刑刀を杖にして体勢を崩した。
一方、《朱天》は両の拳を勢いよく叩きつけ、盛大な号音を鳴らした。
『《大穿風》を耐え抜くか。機体強度も大したもんだな。けどよ』
そして、アッシュは《悪竜》を不敵な眼差しで一瞥して宣告する。
『こっからが本番なんだぜ。悪竜の騎士さんよ』
重く鈍い金属音が、夜の大通りに響き渡る。
《朱天》の拳により弾かれた処刑刀の音だ。黒い刃は大きな弧を描いた。
しかし、《悪竜》は仰け反りながらも怯まない。弾かれた勢いのままその場で反転。さらに加速して横薙ぎの鋭い一撃を繰り出す!
が、その斬撃に対し――。
『おっと、危ねえな』
と、口では警戒の言葉を呟きながらも、アッシュは余裕さえもって《朱天》を後方に跳躍させた。石畳にわずかな火線を引き、《朱天》は間合いを取った。
アッシュは不敵な笑みを見せるが、《悪竜》の猛攻はまだ続く。素早く処刑刀を水平に構えると《雷歩》で石畳を踏み砕いて加速。射抜くような刺突を放ったのだ。
並みの鎧機兵ならば立ち塞がることも出来ないほどの突撃。
だが、その一撃さえも極星の名を背負う《朱天》には届かなかった。
――ズズゥンッ!
漆黒の鎧機兵は、正面から処刑刀の刺突を防いでみせる。
処刑刀の切っ先は丸い。そこを右の掌一つで掴み取ったのだ。
「す、凄い……」
アッシュの後方に座るルカが目を丸くした。
一見しただけならば、単純な力技のようにも思えるが、実際は相手の太刀筋を完全に見極めなければ不可能な防御だった。
(……おいおい、こいつは)
しかし、ルカは賞賛するが、アッシュの表情はやや険しかった。
受け止めた刺突が想像を超えて重かったからだ。
ギシリ……と処刑刀の切っ先を強く掴む《朱天》。
(これが六千ジン程度の鎧機兵の膂力だと?)
アッシュは警戒度を上げた。
この膂力ならば軽く一万五千ジンは超えているだろう。だが、眼前の《悪竜》にそこまでの恒力値はない。これは操手の技量による結果だ。
恒力を十全に使いこなし、本来の性能以上の膂力を発揮する。
一流の操手ならば可能な芸当だ。
視線は前を見据えたまま、アッシュはルカに尋ねる。
「どうやらこの機体の操手は相当な腕前らしいな」
「は、はい」
ルカはコクコクと頷いた。
「せ、先輩は本当に天才で、放出系も操作系も構築系さえも、使えます。い、一対一なら先生達にも負けたことが、ありません」
「……へえ。そいつは、あのエリーズ国での話なんだろ?」
アッシュは軽く目を瞠った。
「俺の知る限り、あの国の騎士の練度は皇国にも劣らねえ。なのに十代で《黄道法》の三系統を全部使えて、教師が相手でも勝つってか」
と呟き、アッシュはわずかに口角を崩した。
思わず祖国にいる赤い髪の弟分のことが脳裏に浮かぶ。
どうやら、どこの国にも『天才』という人物はいるらしい。
するとその時、
『――なに!』
アッシュは目を剥いた。
突如、《悪竜》の姿がかき消えたのだ。
が、次の瞬間には十セージルほど離れた場所に竜装の鎧機兵は現れた。
どうやら音もなく、一瞬で移動したようだ。
この技には見覚えがある。いや、もはや見慣れていると言ってもいい闘技だ。
――《黄道法》の構築系闘技・《天架》。
足元に恒力で構築したレールを敷き、瞬間移動にも等しい速度で移動する闘技。
アッシュの旧友であるオトハの二つ名の由来ともなった闘技だった。
だが、この技の難易度は桁違いだ。並みの操手では発動さえも難しい。多くの操手を知るアッシュでもオトハ以外に使い手は知らない。そんな闘技だ。
だというのに、まさか実戦で使える学生がいるとは夢にも思わなかった。
「……マジで天才ってやつなのか」
驚愕と感嘆の混じった声で、アッシュはそう呟いた。
しかし、そんな賞賛も追憶から生まれた幻影に過ぎない《悪竜》には関係なく、竜装の鎧機兵は無言のまま処刑刀を下段に構えた。
休む間もなく次なる攻撃か。アッシュは眼光を鋭くする。
一瞬の緊張後、《悪竜》は間合いの外から処刑刀を振り上げた!
(――ッ!)
反射的にアッシュは《朱天》を身構えさせた。斬線上に両腕を交差させる。
その直後、強い衝撃が《朱天》を襲った。
「ひ、ひゥ!」「……ヒャア!」
と、ルカをオルタナが悲鳴を上げる中、アッシュはすっと目を細めた。
(《天架》に続いて《飛刃》まで使うのかよ)
今の間合いの外からの一撃は《黄道法》の放出系闘技である《飛刃》だ。
要するに、恒力を見えない斬撃として飛ばしたのである。
アッシュはかなり表情を険しくした。
放出系としては実に有名な闘技だ。しかし、今の威力は尋常ではない。
咄嗟に手甲で防御した《朱天》にほとんど損傷はないが、大通りに並ぶ石造りの建造物には両断と言っても過言ではない鋭い斬傷が刻まれている。
ガラガラと一部の建物が崩れ始めていた。
(こりゃあ、あんま油断も出来ねえな)
操縦棍を強く握りしめ直して、アッシュは認識を深める。
――この敵は強い。
流石に《九妖星》には及ばないが、間違いなく一流以上の敵だ。
そして一流以上の敵は、長引くと何をするか分からない危険な相手でもある。
ここは、早期決着が理想的だった。
「しゃあねえな」
アッシュは苦笑を浮かべて背後のルカに語りかける。
「お嬢ちゃん。少し激しくするが構わねえか?」
「あ、は、はい……」
ルカはわずかに頬を染め、アッシュの背中にしがみつく。
「私はどんなことでも、頑張り、ます。だから、そ、その、仮面さんの好きなように、望むようにして、下さい」
全幅の信頼を寄せてルカはそう告げた。
アッシュはふっと笑った。
「ありがとよ。そんじゃあ行くぜ!」
と、宣言し、アッシュは愛機に意志を伝える。
同時に《朱天》の眼光が光った。
「……ヒャア! ヒャア! ルカ! ルカ!」
その時、アッシュの肩にいたオルタナが騒ぎ出す。
ルカは視線をオルタナに向けた。
「ど、どうしたの? オルタナ?」
「……セイケイミャク! セイケイミャクガ、ゴマン、コエタゾ!」
「…………え?」
オルタナの言葉に、ルカはキョトンをした顔を浮かべた。
そしてアッシュの背中から顔を出して、胸部装甲の左側面に浮かび上がっている数字付き人型図――自機の恒力値と機体の異常個所を表示する《星系脈》を覗き込んだ。
そしてギョッとして息を呑む。
「う、そ……」
ルカは唖然と呟いた。
オルタナの指摘通りだった。
確かに《星系脈》に記された恒力値は、五万ジンを超えていた。
(け、計器が故障している、の?)
真っ先にそう考える。
そんな風にしか考えられないほど馬鹿げた数値だった。
「か、仮面さん、これって……?」
ルカが恐る恐るそう尋ねると、
「まっ、話は後だ。とにかくお嬢ちゃんはしっかり掴まっときな」
とだけ告げて、アッシュは操縦棍に力を入れた。
同時に《朱天》はズシンと大地を踏みしめ、右腕に力を収束させる。
《朱天》の前二本の角が、ゆらゆらと紅い鬼火を揺らした。
そして漆黒の鬼は虚空に向けて掌底を繰り出す!
「ひ、ひゥ!」
ルカは目を丸くする。オルタナは言葉もない。
黒い掌底が振り抜かれた直後、天変地異が起きたのだ。
突風が吹き荒れ、漆黒の鬼の直線状にある石畳はめくれあがる。街灯や街路樹は抗うことも出来ず吹き飛んでいき、近くにあった建造物はギシリと軋みを上げた。
――《黄道法》の放出系闘技・《穿風》。
掌から圧縮した恒力を撃ち出す。ただそれだけの闘技だ。
放出系の基礎とも言うべき単純な闘技なのだが、今回その威力は規模が違った。
なにせ、五万六千ジンにも至る莫大な恒力を収束して撃ち出したのだ。
まるで先程の《飛刃》の意趣返しのように、漆黒の鬼が繰り出した《穿風》が大通りを薙ぎ払う。それは、すべてを押し流す津波のような一撃だった。
ガガガガガガッと竜装の鎧機兵の両足が火線を引き、魔竜を象った外装が軋む音が響く。
そうして恒力の大奔流が過ぎ去った数秒後、
――ズズン、と。
さしもの《悪竜》も処刑刀を杖にして体勢を崩した。
一方、《朱天》は両の拳を勢いよく叩きつけ、盛大な号音を鳴らした。
『《大穿風》を耐え抜くか。機体強度も大したもんだな。けどよ』
そして、アッシュは《悪竜》を不敵な眼差しで一瞥して宣告する。
『こっからが本番なんだぜ。悪竜の騎士さんよ』
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