クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
277 / 499
第9部

第六章 「シルクディス遺跡」②

しおりを挟む
 ――遺跡都市『シルク』。
 そこはアティス王国に所属するグラム島の街の一つだった。
 人口は三百人程度。人口的には街と言うよりも村に近い小規模の都市だ。
 街へと続く道以外は広葉樹の森に覆われており、都市を囲む外壁の中で唯一開いた門をくぐると、周囲に見えるのは石造りの街並みだ。各建造物は綺麗に整理されているため大都市を彷彿させる趣だが、建物のほとんどは二階まで。どちらかというと綺麗な造りの分、こぢんまりさが浮立つ街だった。
 主要な収入源は街の名前にも使っているシルクディス遺跡の観光だ。そのため、土産店や飲食店、気軽に使える素朴な宿屋、大人数でも宿泊できるホテルなどが目立つ。
 そんな街の一角。
 裏路地にある安宿で彼は椅子に座り瞑目していた。
 しかし眠っているわけではない。彼は報告を待っていたのだ。
 そして――。
 コンコン、と。
 不意に雑な造りのドアがノックされた。
 彼は瞳を開けるとドアを一瞥し、「入れ」と告げる。


「失礼します」


 その声と共にドアが開かれる。
 入ってきたのは全身を黒一色の服でかためた二十代半ばの青年だ。


「報告に参りました。ヒル隊長」

「そうか。話せ」


 と、彼――カルロスは部下に報告を促す。
 部下は姿勢を正して口を開いた。


「本日の十三時。《双金葬守》がシルクに到着しました。総員で九名。その中には《天架麗人》及び《金色聖女》も同行しております。シルクの南方地区にあるホテル『ハイランド』にチェックインしたのを確認しました。現在は標的の滞在部屋を調査中です」

「………そうか」


 カルロスは瞳を開いて部下を一瞥した。


「奇襲は深夜に行う。それまで監視を怠るな。だが、近付きすぎるのは避けろ。報告によれば《金色聖女》が同行している時の奴は異常に警戒している。その上《天架麗人》までいる。我らの存在に気付かれたら最後と思え」

「了解しました」


 言って頭を垂れる部下だが、ふと上司に尋ねてみる。


「しかし、何故わざわざあの男が警戒を強める旅行中に襲撃を? ラズンにて奇襲をかける方が、成功率が高いと思われますが……」

「確かにそうだろうな」


 部下の問いにカルロスは両指を組んで答えた。


「だが、それは奇襲が成功しやすいというだけの話だ。奴を殺すにはそれだけではまるで足りん。足手まといが多数同行している今が好機なのだ。奇襲は成功させて当然。それに加え、足枷をつけるのが本作戦の骨子だ。守るべき対象が多ければ多いほど奴の集中力を削ぐことが出来るからな」

「なるほど。そういうことでしたか」


 部下は納得すると再び頭を下げた。


「浅慮な質問、失礼致しました。流石はオージス支部長の懐刀と称されるヒル隊長です。私程度では考えが及びませんでした」


 と、真っ直ぐな敬意の眼差しを向けてくる部下。それに対し、カルロスは視線を逸らして気付かれない程度に渋面を浮かべた。


(……ふん。この俺が懐刀か……)


 何とも皮肉な話だった。
 自分ほどあの男に二心を抱く者などいないというのに。
 だが、今は自分の本心を面に出す訳にはいかない。今回この作戦に同行した十八名の部下達は皆ガレックを心酔していた。下手な発言は士気に大きく関わってくるので否定の台詞も言えなかった。
 たとえ同僚達を騙すことになっても、本作戦だけは成功させる。
 そしてあの忌々しい男の墓前にて「ざまあみろ」と言い放ってやるのだ。
 それまでは本心を秘匿にする必要性があった。


「今夜二十時」


 カルロスは淡々と語る。


「本作戦の確認と鎧機兵の最終チェックを行う。場所は……都市外の森でだ。ポイントはD地点。他の部下にも連絡しておけ」

「了解しました。それでは失礼致します」


 言って、部下は立ち去った。
 部屋に一人残ったカルロスは背もたれに体重を預けて再び目を閉じる。
 決行は深夜。その時こそ――。


「ガレック=オージス」


 カルロスは呟く。


「リディアの子――俺の甥か姪は必ず幸せにする。そのためにも俺はいつまでもあんたの影を追っている暇はないんだ。今こそあんたを超えさせてもらうぞ」


       ◆


 時刻は昼の二時過ぎ。
 ホテルにチェックインしたアッシュ達は、同ホテルのロビーでやや遅めの昼食を取った後、早速シルクディス遺跡に向かった。
 遺跡に続く山道はそこそこ広く馬車を使えばすぐに到着するのだが、アッシュ達は徒歩で向かうことにした。天候も良く、森の中の散歩も悪くないと考えたのだ。
 目的地を目前にしたゴドーは勿論、今朝まではヘコんでいたエドワードとロックも歩を進めるほどにテンションを上げていった。一方、緊張気味だった女性陣も身体を動かすことで少し調子を取り戻しつつあった。
 アッシュは故郷に少し似た森の中を懐かしい気分で進んでいた。
 そうして二十分ほど一行は歩き続けて――。




「おお……こいつは」


 アッシュは困惑と感心の混じった微妙な声を上げた。
 彼の視界の先にはシルクディス遺跡の全容が広がっていた。
 所々がひび割れて風化した石畳。馬車が五十台は止められそうな大きな広場。両脇には一定間隔で折れた支柱が並んでいる。
 その奥には本来は神殿だったのか、開けた大きな門を持つ三階建ての巨大な建造物が見えた。所々崩れ落ちた部位が千年の時を彷彿させる威容だった。
 たとえ神話に全く興味が無くとも感嘆を覚えさせる光景である。
 しかし、それでもアッシュは微妙な表情を見せた。
 何故なら、神殿の広場を飾る光景に問題があったからだ。


「……何かイメージが違う」


 と、ユーリィが失望感たっぷりに告げる。
 広場の両脇を固める光景。それは露天商の集団だった。
 クレープなどを売る店もあるようだが、多くは工芸店のようだ。簡単は造りの店舗もあれば石畳に布を敷いて品を並べているだけの店もある。
 彼らは観光客を狙った商人達といったところか。
 観光名所になっているというだけあってこの遺跡には人の姿が多い。家族連れから恋人らしきカップルの姿などもある。多くの観光客達は露天商の前で興味深そうに足を止めていた。まるでラズンの闘技場を彷彿させる賑やかさだ。


「まあ、今は連休中だし、私達みたいに観光客が多いのも仕方がないかもね」


 肩を竦めてそう語るのはアリシアだった。が、少しだけ工芸品――土産物には興味があるようで近くの露店に時々視線を向けている。


「しかし、私も仕事関係で他の国の遺跡に行ったことはあるが、ここまで露骨に観光名所になっている場所はそうそう無いぞ」


 と、オトハが腰に片手を当てて呆れた声で呟く。
 するとサーシャがクスリと笑い、


「それこそ仕方がないですよ。この遺跡が見つかったのはもう百二十年以上も昔だそうですし。この遺跡で調べれていないのは最奥の扉だけなんですよ。それだけ経つと流石にすでに遺跡というよりも観光名所扱いになります」


 この遺跡にはもはや観光地としてしか価値がないのだ。とは言え、こうして人々の役に立っている。人知れず廃れてしまうよりは良いことなのかもしれない。


「けど、その扉の奥を見るために俺らは来たんだろ。観光客が多かろうが関係ねえよ」


 と、エドワードが言う。
 それから両腕を組んで懐かしむ眼差しで遺跡を見つめるゴドーを見やり、


「ゴドーさん。いよいよっすね!」


 瞳を輝かせてそう告げる。
 一方、ゴドーはニヤリと笑い、


「うむ。その通りだ。エドワード少年。いよいよだ」


 そこで一呼吸入れて、夢追い人ロマン・チェイサーは一行に促すのだった。


「では、参ろうか。この遺跡の最奥部へとな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...