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第9部
第八章 夜宴①
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――すべての感覚が冴え渡る。
《土妖星》の操縦席の中でカルロスは、かつてない高揚感を抱いていた。
まずは《万天図》・《星系脈》を起動させて機体をチェック。胸部装甲の内面に映し出された外の光景にも目をやる。どこに異常はなかった。
(……やはり凄いな、《九妖星》の名を関する機体は)
グッと強く操縦棍を握りしめる。
――恒力値・三万六千二百ジン。
まさに破格の出力だ。並みの操手では制御するのも困難だろう。
その上、初めて乗る機体でもある。
特に《九妖星》は《黒陽社》における武力の象徴。
誰にでも乗る事が許される鎧機兵ではなく、操縦も容易ではない。カルロスも腕には自信があるが、流石にこの機体を使いこなすには年単位の修練が必要だと感じた。
だというのに、今の自分には、まるで長い年月を共に戦ってきた相棒のように《土妖星》の『鼓動』がはっきりと聞こえてくる。
(これが『契約』の力なのか)
カルロスは皮肉気な笑みを零した。
眉唾な話と最初は疑っていたが、どうやら真実だったようだ。
精神が研ぎ澄まされる。自分の血の流れさえも感じた。
異形ばかりの《九妖星》の中でも《土妖星》は最も扱いにくい鎧機兵と聞くが、今の自分ならば自在に操れそうだった。
だが――。
「…………ぐッ!」
不意に走った心臓の痛みにカルロスは片手で胸を押さえた。
定期的に走るこの激痛。
覚悟はしていたが、この戦いにおいてかなりのリスクになりそうだ。
と、その時、
【ふむ。やはり痛むのか】
心の中に男の声が響いてきた。
「ランドか」
カルロスは自分の裡に入り込んだ異質な存在の名を呼んだ。
ランドネフィア。普段は黒犬の姿を好むが、その正体はあらゆる姿へと変貌できるという無形の生物――自称・『悪魔』とのことらしい。
まさかそんな空想上の存在が自分の会社に潜んでいたとは夢にも思わなかった。
【勝手に空想にされるのは不快だな。俺は間違いなくここに存在している】
「……そっちこそ勝手に俺の思考を読むな」
カルロスは不機嫌を隠さずに言い返した。
この『悪魔』と名乗る未知の生物は万変能力のみならず、『契約』という形式の元に人間に寄生し、宿主となった人間が望む異能を授けることも出来るそうだ。
そして力を望むカルロスは、ランドネフィアと『契約』した。
かつては炎や氷を自在に操る異能、自身を自在に魔獣へと化す異能を授かった者もいたそうだが、カルロスの望んだのは純粋な肉体の強化。
鎧機兵戦ならば、それが最も適していると考えたのだ。
【お前は意外と堅実な男だな。俺も九百年生きているが、ここまで地味な力を望んだ者は初めてだ。だがこれまでの宿主の末路を鑑みれば正解かも知れんな】
と、多くの者を破滅に導いた『悪魔』が言う。
「地味のどこが悪い」
カルロスはふて腐れるように口角を崩した。
「それでもその地味な力に俺は命をかけているんだ。集中力が乱れる。一心同体となった以上、しゃべるのは構わんが無駄話ならやめろ。ランド」
【ああ、それは悪かったな】
カルロスの中のランドネフィアが謝罪する。
【ならば早速本題に入ろう。今のお前は俺との適性を試されている状況だ。適性が低ければ胸の痛みは徐々に強く、間隔は短くなっていく。適性が高ければ逆の現象になる。かつて適性がなかった者は十分ほどで絶命した。従って十分以内には判明するだろう。ただ適正の有無は俺にも分からん。こればかりは『契約』後に初めて分かるのだ】
「その話はもう聞いた。それを承知の上でお前と『契約』したんだ」
カルロスは再び強く操縦棍を握りしめた。
「適正の有無はどうでもいい。俺はその十分以内に《双金葬守》を倒す。その実績さえ残せればいいんだ」
【死と引き替えに名を残すか。何とも刹那的な考えだ】
ランドネフィアはくつくつと笑う。
【だが面白い。お前は本当に奇妙な男であるな。そこまでして産まれてくる子のために尽くすのか――いや、少し違うな】
そこでランドネフィアはさらに笑みを深める気配を見せた。
カルロスの記憶を読んだのだ。
【むしろ妹のためなのか。お前は妹を心から愛しているのだな。だからこそガレックに横から奪われたことがそこまで腹が立つのか。くくく、そういえば以前、ゴドーが教えてくれた。確か『ネトラレ』という奴だな。いやこうも言っていたか。お前のような輩を『シスコン』と呼ぶらしいぞ】
「くだらんことを」
カルロスは黙れと言わんばかりに自分のこめかみを手で叩いた。
「お前に隠しても仕方がないから言うが、確かに俺はリディアが大切だ。不本意だが『シスコン』の汚名も受けよう。だが流石に『ネトラレ』は違うぞ」
【ふむ? そうなのか? ああ、そうか。兄妹での生殖行為は禁忌だったな。しかし、それはお前にとっては何の障害でもないだろう? 何故ならリディアは幼き日にお前の義母が連れてきた――】
「おいランドネフィア。お前は本当にくだらないことばかりほざく奴だな。俺にはもう時間がないんだぞ。いい加減黙れ。これが人生最後の十分になるかもしれないんだ。今は戦闘に集中させろ」
カルロスが心底苛立った様子でそう告げる。
するとランドネフィアも流石に悪いと思ったのか、声の調子を変えて、
【うむ、すまなかったな。では参ろうか。我が『契約者』よ】
「ああ、行くぞランド」
ようやくやる気になってくれた『悪魔』にそう告げ、カルロスは外部映像を――自分の前に立ち塞がる《煉獄の鬼》を凝視した。
あのガレックを殺した男。最強の《七星》――《双金葬守》の愛機・《朱天》。
その威容は《九妖星》にも劣らない。
流石に緊張を隠せないカルロスだが、それでも命をかけて宣戦布告をした。
『さあ、俺の目的のために死んでもらうぞ! 《双金葬守》!』
《土妖星》の操縦席の中でカルロスは、かつてない高揚感を抱いていた。
まずは《万天図》・《星系脈》を起動させて機体をチェック。胸部装甲の内面に映し出された外の光景にも目をやる。どこに異常はなかった。
(……やはり凄いな、《九妖星》の名を関する機体は)
グッと強く操縦棍を握りしめる。
――恒力値・三万六千二百ジン。
まさに破格の出力だ。並みの操手では制御するのも困難だろう。
その上、初めて乗る機体でもある。
特に《九妖星》は《黒陽社》における武力の象徴。
誰にでも乗る事が許される鎧機兵ではなく、操縦も容易ではない。カルロスも腕には自信があるが、流石にこの機体を使いこなすには年単位の修練が必要だと感じた。
だというのに、今の自分には、まるで長い年月を共に戦ってきた相棒のように《土妖星》の『鼓動』がはっきりと聞こえてくる。
(これが『契約』の力なのか)
カルロスは皮肉気な笑みを零した。
眉唾な話と最初は疑っていたが、どうやら真実だったようだ。
精神が研ぎ澄まされる。自分の血の流れさえも感じた。
異形ばかりの《九妖星》の中でも《土妖星》は最も扱いにくい鎧機兵と聞くが、今の自分ならば自在に操れそうだった。
だが――。
「…………ぐッ!」
不意に走った心臓の痛みにカルロスは片手で胸を押さえた。
定期的に走るこの激痛。
覚悟はしていたが、この戦いにおいてかなりのリスクになりそうだ。
と、その時、
【ふむ。やはり痛むのか】
心の中に男の声が響いてきた。
「ランドか」
カルロスは自分の裡に入り込んだ異質な存在の名を呼んだ。
ランドネフィア。普段は黒犬の姿を好むが、その正体はあらゆる姿へと変貌できるという無形の生物――自称・『悪魔』とのことらしい。
まさかそんな空想上の存在が自分の会社に潜んでいたとは夢にも思わなかった。
【勝手に空想にされるのは不快だな。俺は間違いなくここに存在している】
「……そっちこそ勝手に俺の思考を読むな」
カルロスは不機嫌を隠さずに言い返した。
この『悪魔』と名乗る未知の生物は万変能力のみならず、『契約』という形式の元に人間に寄生し、宿主となった人間が望む異能を授けることも出来るそうだ。
そして力を望むカルロスは、ランドネフィアと『契約』した。
かつては炎や氷を自在に操る異能、自身を自在に魔獣へと化す異能を授かった者もいたそうだが、カルロスの望んだのは純粋な肉体の強化。
鎧機兵戦ならば、それが最も適していると考えたのだ。
【お前は意外と堅実な男だな。俺も九百年生きているが、ここまで地味な力を望んだ者は初めてだ。だがこれまでの宿主の末路を鑑みれば正解かも知れんな】
と、多くの者を破滅に導いた『悪魔』が言う。
「地味のどこが悪い」
カルロスはふて腐れるように口角を崩した。
「それでもその地味な力に俺は命をかけているんだ。集中力が乱れる。一心同体となった以上、しゃべるのは構わんが無駄話ならやめろ。ランド」
【ああ、それは悪かったな】
カルロスの中のランドネフィアが謝罪する。
【ならば早速本題に入ろう。今のお前は俺との適性を試されている状況だ。適性が低ければ胸の痛みは徐々に強く、間隔は短くなっていく。適性が高ければ逆の現象になる。かつて適性がなかった者は十分ほどで絶命した。従って十分以内には判明するだろう。ただ適正の有無は俺にも分からん。こればかりは『契約』後に初めて分かるのだ】
「その話はもう聞いた。それを承知の上でお前と『契約』したんだ」
カルロスは再び強く操縦棍を握りしめた。
「適正の有無はどうでもいい。俺はその十分以内に《双金葬守》を倒す。その実績さえ残せればいいんだ」
【死と引き替えに名を残すか。何とも刹那的な考えだ】
ランドネフィアはくつくつと笑う。
【だが面白い。お前は本当に奇妙な男であるな。そこまでして産まれてくる子のために尽くすのか――いや、少し違うな】
そこでランドネフィアはさらに笑みを深める気配を見せた。
カルロスの記憶を読んだのだ。
【むしろ妹のためなのか。お前は妹を心から愛しているのだな。だからこそガレックに横から奪われたことがそこまで腹が立つのか。くくく、そういえば以前、ゴドーが教えてくれた。確か『ネトラレ』という奴だな。いやこうも言っていたか。お前のような輩を『シスコン』と呼ぶらしいぞ】
「くだらんことを」
カルロスは黙れと言わんばかりに自分のこめかみを手で叩いた。
「お前に隠しても仕方がないから言うが、確かに俺はリディアが大切だ。不本意だが『シスコン』の汚名も受けよう。だが流石に『ネトラレ』は違うぞ」
【ふむ? そうなのか? ああ、そうか。兄妹での生殖行為は禁忌だったな。しかし、それはお前にとっては何の障害でもないだろう? 何故ならリディアは幼き日にお前の義母が連れてきた――】
「おいランドネフィア。お前は本当にくだらないことばかりほざく奴だな。俺にはもう時間がないんだぞ。いい加減黙れ。これが人生最後の十分になるかもしれないんだ。今は戦闘に集中させろ」
カルロスが心底苛立った様子でそう告げる。
するとランドネフィアも流石に悪いと思ったのか、声の調子を変えて、
【うむ、すまなかったな。では参ろうか。我が『契約者』よ】
「ああ、行くぞランド」
ようやくやる気になってくれた『悪魔』にそう告げ、カルロスは外部映像を――自分の前に立ち塞がる《煉獄の鬼》を凝視した。
あのガレックを殺した男。最強の《七星》――《双金葬守》の愛機・《朱天》。
その威容は《九妖星》にも劣らない。
流石に緊張を隠せないカルロスだが、それでも命をかけて宣戦布告をした。
『さあ、俺の目的のために死んでもらうぞ! 《双金葬守》!』
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