クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第10部(外伝)

第四章 似て非なるモノ③

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「まったくもう……」


 ほぼ同時刻、森に覆われた街道を一台の馬車が進んでいた。
 馬は二頭。幌付きの大きな馬車だ。幌には牙を剥く虎の紋章が描かれている。
 ガラガラガラ、と車輪が鳴る。
 御者台には一人の男。幌の中には八人の男と一人の女がいた。
 唯一人の女――ジェーンは、荒事でも終えた後なのか短い髪の毛先が少しだけ乱れており、疲れた表情を見せていた。


「あんたは一体何を考えているのさ」


 言って、隣に座って気安く肩に手をかけてくるバルカスを睨み付けた。


「まあ、そう言うなよ」


 バルカスの顔は赤く腫れていた。アッシュに殴られた左側のみならず右側も平手の痕があった。事を終えた後、激怒したジェーンにぶっ倒されたのだ。


「こんなのいつものことだろ。それにお前だって今回は普段よりもずっと乗り気で……って、ン? もしかして俺があの嬢ちゃんに構うから拗ねてたのか?」

「うるさい。黙れクズ野郎」


 頬を染めることもなく冷徹に言い放つジェーン。


「あんたには体こそ許しているが愛情はないよ。契約関係だと言ってるよね」

「だから、そんな冷てえこと言うなってばよ」


 バルカスはポリポリと頬をかいた。


「まだ拗ねてんのか? ぐふふ、やっぱ可愛いなぁ、俺の《勲章》は」

「………だからうるさい。誰が拗ねてるのさ。あんたはもう黙りな」


 言って、そっぽを向くジェーンの声には覇気がなかった。
 するとバルカスは「ガハハッ!」と笑い、彼女の肩を強く抱き寄せた。


「うんうん、分かった分かった! やっぱまだ拗ねてるみてえだな! こいつは仕方がねえ! 機嫌を直すためには今夜も可愛がってやるしかねえな!」

「―――はあ?」


 ジェーンは思いっきり額に青筋を浮かべた。
 だが、バルカスは陽気に笑うだけで気にもしなかった。


「ははっ、けど、何だかんだで団長と副団長って仲いいですよね」


 と、その時、傭兵団の中でも一番年若い青年が言った。
 名をルクスと言った。優男風に容姿で元貴族出身という風変わりな新人だ。


「決闘がお二人の縁なんですよね? いいなあ、俺も決闘してみようかな……。うん、こないだ一緒に仕事した《黒蛇》の美姫なんていいですよね! なにせ、もの凄い美少女でしたし!」

「……いやルクス。それはやめときな」


 バルカスは笑うのをやめて苦虫を嚙み潰したような顔で忠告する。


「決闘はマジでいい物だ。おかげで俺もジェーンを手に入れたしな」


 言って、ジェーンの頬にキスをする。ジェーンは不快そうにごしごしと頬を拭くが、やはり気にもしない。バルカスは話を続ける。


「だがあの嬢ちゃんはマジで半端ねえ。天才ってのはいるもんなんだな。あの嬢ちゃん相手だと俺でも勝ち目なんてねえよ。仮に運良く勝てたとしても、おっかねえ親父さんが出てきて即ミンチにされちまうだろうしな」


 そこでポツリと呟く。


「何よりすでに男がいるぞ。あの嬢ちゃん」

「え? 美姫に男がいるってホントなんですか? ただの噂なんじゃ?」


 ルクスが目を丸くすると、


「火のねえところに煙は立たねえよ。つうかそこはまだ言ってなかったか? あの野郎がそうなんだよ。負けたからって訳じゃねえがあいつも本物の化けモンだぞ」


 バルカスは深々と嘆息する。


「だから美姫に手を出すのだけはやめときな。自分の女に手を出されてムカつかねえ男はいねえ。もしあいつの怒りを買えば、お前もこんな顔にされちまうぞ」


 痛々しい面構えを見せつけられ、幌の中は静寂に包まれた。


「……まあ、バルカスのような顔にされるかはともかく」


 と、しばらくして別の傭兵が話を継いだ。
 年齢は三十代後半。団の三番手であり、創設メンバーでもある傭兵だ。
 彼の名前はゾット。高身長と痩せこけた頬が印象的な人物だった。かれこれバルカスと付き合い十五年にもなる友人でもあった。


「そもそも決闘で女を手に入れるなんて蛮族の発想だぞ。大昔ならともかく、今時する傭兵はまずいないな。こんなことをするバルカスの奴が特殊なんだ。ジェーンの嬢ちゃんは災難だったとしか言えないな」


 その意見に他の傭兵達もうんうんと頷いていた。
 ジェーンに至っては嘆息するだけだ。が、そんな中、


「へ? そうなのか?」


 バルカスだけが目を丸くする。


「うちの田舎だとこれって結構当たり前の風習なんだぞ。俺の兄貴なんてこの方法で三人も嫁さんを手に入れたし」

「「「―――――え?」」」


 ジェーンまで含めて傭兵達は唖然とした声を出した。


「いや、団長って生まれながらの蛮族だったんすか?」「うわあ、傭兵より山賊の方が似合っているとは思ってたけど……」「姐さんってマジで災難だな」


 と、次々と感想が出てくる。
 バルカスはパチパチと目を瞬かせていた。


「まあ、いいさ。こいつが蛮族なのは今さらだしね」


 そう言ったのはジェーンだった。
 彼女はバルカスの手の甲をつねりつつ、団員達に目をやった。


「それよりも重要なのはこれからの計画さ。やる以上、成功したいしね。しっかり働いてもらうからね、あんた達」

「「「――応」」」


 と、応える団員達。副団長の檄に団員達の表情は引き締まった。


「さあ、行くよ」


 そしてジェーンは団長の代わりに告げる。


「この森の奥。ホルド村にね」



       ◆



「さて、と」


 アッシュはユーリィを床に降ろすと、再び腰を据えた。


「そんじゃあ、早速依頼の内容の確認と報酬について話し合うか」


 それからライクを見やり、


「まず依頼内容だが、少し条件を提示させてもらうぞ」

「条件だって?」


 ライクは眉根を寄せる。


「ああ、そうだ。条件だが今回の依頼、俺は村の護衛に専念する。《蜂鬼》の殲滅までする気はねえ」

「――え?」ライクは目を丸くした。「な、なんでだよ!」

「理由は簡単だ」


 一方、アッシュは淡々と答える。


「殲滅ってのは一人だとほぼ不可能だからだ。一応言わせてもらうが《蜂鬼》二百体ぐらいなら特に問題はねえよ。。だが、そんな事態なんて実際あり得ねえだろ?」


 一騎当千という言葉があるが、千人が唯一人に向かってくる状況など戦場ではまず起こりえない。そこまで力の差があると大抵は撤退を行うものだ。
 先日のことがいい例だ。森の中で襲い掛かってきた盗賊団も最後は結局撤退を始め、そこそこの数を逃してしまった。


「殲滅戦で一番重要なのは相手を絶対に逃がさねえことなんだ。けどよ、二百体を超えるともなれば一人じゃあとても無理だ。仮に俺が奴らの巣に出向いても、奴らが撤退し始めたらもう殲滅は不可能になる。最悪の場合は俺が五十体潰している間に、別の百五十体が村に向かうってこともあり得るんだ」


 そうなった場合、村は護衛もいないまま襲撃を受けることになる。
 数の力の真骨頂とは『協力』と『分担』にあるということだ。
 こればかりは個人では対処できないことだった。たとえ個々の力は小さくとも『協力』と『分担』をすることで、強大な個を出し抜くことが可能になるのだ。


「だから殲滅は騎士団に任せる。今回準備が遅れてんのも殲滅を前提にしているからだろうしな。俺は騎士団が準備する間、村に滞在して守ることに専念する。それが条件だ」


 と、告げるアッシュ。


「……う~ん。そっかぁ」ライクはあごに手をやった。「確かにアッシュの兄ちゃんの言う通りかもな。そっちの方が確実に村を守れそうだ」


 そして決断する。


「うん。分かったよ。その条件でいい。それで報酬なんだけど……」


 そこでライクは懐から革袋を取り出した。


「ここに金貨が百枚ある。前金で三十枚。成功報酬を七十枚でお願いしたいんだけど」

「へえ。結構出すな」


 アッシュは少し驚いた。
 村人からの依頼としてはかなり破格の報酬だ。
 男だけの傭兵団ならば《蜂鬼》相手でもまず引き受ける額だろう。


「そんな額、どうやって工面したんだ?」


 と、アッシュは素朴な疑問として聞いてみた。
 するとライクは少し頬を引きつらせ、


「え、えっと、その、事故で死んだ俺の両親が残した遺産なんだ」

「……ふ~ん」


 明らかに動揺しているライクをあえて見ない振りをして、アッシュは彼から革袋を受け取った。覗くと中には黄金のコインが大量にある。アッシュは一枚取り出した。
 羽ばたく鷹の図柄が描かれた金貨だった。


「こいつは珍しいな。ホーク金貨か」


 ステラクラウンにおける貨幣は金貨、銀貨、銅貨の三種類ある。
 だがデザインや名称は複数あった。デザインは各国で自由なのである。
 ただし、それでは他国では使用できない事態になるため、それらの貨幣はそれぞれの材質を用い、なおかつ同質量で作るよう大陸法で定められていた。それさえ守ればどの貨幣でも使用可能。要は貨幣そのものに価値を持たせて共用化したのだ。
 アッシュの指に握られた金貨はセラ大陸の西方側でよく使われる貨幣だった。
 さらに革袋の中を覗き見ると、


「全部ホーク金貨なのか。一応どれも本物の黄金みてえだが、なんでまたこんな珍しい金貨なんだ?」

「え? そ、それは……見たことあるのがそれだけで……」


 と言い淀むライク。アッシュはまじまじと金貨を頭上に掲げた。
 少しだけ言い淀むライクが気になるが、


「まあ、いいさ。本物ならそれで充分だ。あんま金のことを問い質すのは失礼だしな。それよりも――」


 言って、話を切り替えた。


「報酬額は前金で金貨二枚。成功報酬は六枚でいい。その代わり護衛期間中の食費、宿泊費もろもろの滞在費はそっちで用意してくれ」

「え? それでいいのか?」


 総合的に見るとライクが提示した額より、随分と安くなる。
 するとアッシュは、


「個人でそれ以上は受け取れねえよ。それでもそこそこの要求額だぞ」


 そう言って笑った。ライクもつられて笑うが、


「でしたら、私もその額で雇われましょう」


 いきなりそんな台詞が飛び出してきた。
 二人は目を丸くして声の主――シャルロットに視線を向けた。
 彼女は何故かユーリィを膝の上に乗せていた。


「拠点の護衛であっても、やはり数の力は侮れません。ここは一人でも護衛者が多い方がいいでしょう」

「いやいやスコラさん」


 アッシュはパタパタと手を振った。


「スコラさんはメイドだろ。傭兵じゃねえし」

「その点はご心配なく」


 言って、ユーリィを横にどかせるとシャルロットは立ち上がった。
 そしておもむろにアッシュの前でスカートをたくし上げた。
 露わになった太ももに括り付けられているのは鞘に収まった短剣だ。


「今さらですが、私は戦闘訓練を受けた武闘派メイドです。対人戦ではあの男とあなたに遅れを取りましたが、これでも鎧機兵戦にはかなり自信があります。決して足手まといにはなりません」

「いや、そう言う話じゃなくてな」


 そこでアッシュは嘆息した。


「……と、その前にスコラさん」


 スカートの裾をたくし上げたままの姿で、シャルロットは「何でしょうか? クライン君」と首を傾げる。


「武闘派メイドはともかく、男の前でスカートをまくし上げるのはやめた方がいい。貞操観念は強えぇのに少し無頓着すぎんぞ」

「………え」


 そう告げられ、シャルロットは小さく呟いた。
 が、次の瞬間、無表情に近かった顔が急速に赤くなり、トスンと座り込んでしまった。次いでスカートをキュッと膝の上に寄せ、深々と俯いてしまう。
 アッシュはそんな彼女に「はあ」と溜息をつきつつ、


「戦闘訓練を受けていても本業じゃねえんだ。やめておけって」

「い、いえ。そうもいきません」


 しかし、恥ずかしがっていても、その点ではシャルロットは引かなかった。


「あなたにもライク君にも危ないところを助けてもらった恩があります。それを返さなくては、私は主人の顔にまで泥を塗ることになります」

「いや、そうは言ってもな」


 アッシュは渋面を浮かべた。


「相手は《蜂鬼》なんだぞ。スコラさんの危険度はユーリィ以上だ」


 そう告げて彼女の隣に立つ愛娘とメイドさんを比較した。
 年齢的にも体型的にもまだまだ子供であるユーリィに比べて、彼女は成熟した大人の女性だ。《蜂鬼》にとっては最も優先する年齢だろう。横でユーリィが「むう。何だが不当な比較をされた気がする」と不機嫌そうに呟くが今は無視する。


「それは承知しています。ですが、《蜂鬼》に後れを取るほど私は弱くありません」


 シャルロットは同行に拘った。


「強さは私の誇りの一つです。何としてでも名誉挽回したいのです」

「いや、スコラさんは充分強えよ」


 と、アッシュが言うが、それは本当に説得力がなかった。シャルロットをあの男以上に打ちのめしたのは他でもない彼だからだ。


「私は証明したい」


 シャルロットは立ち上がると、真っ直ぐアッシュを見据えた。


「私が弱くないことを。誰よりもあなたに。けど万が一にです。万が一、私が《蜂鬼》に後れを取ったとしても――」


 そこで彼女はいたずらっぽく微笑んだ。


「あなたが守ってくれるのでしょう? 私を他の男に抱かせたりはしないと宣言してくれましたし」

「………へ?」


 アッシュはキョトンとした。
 シャルロットはさらに続ける。


「《蜂鬼》も分類的には男になります。だから、いざという時は私を守ってください。何故なら私はあなたの女なのですから」

「い、いや!? スコラさん!?」


 目を見開くアッシュに、シャルロットは悲しそうな視線を向けた。


「そんな……スコラなんて他人行儀な。私はあなたが勝ち取った所有物ですよ。どうか気軽にシャルの愛称でお呼びください。私の愛しきあるじさま」

「あ、あるじさま!? ちょっと待った! 待ってくれスコラさん!? その話の事情はさっき説明しただろ!?」

「そうですね。確かに事情はお聞きしました。一応納得もしています」


 そこで彼女は少し表情を真剣なものにして。


「ですが、あの行為によって私の誇りが著しく傷ついたことには変わりません。私が弱かったからと言えばそれまでですが、お願いです。クライン君」


 シャルロットはおもむろに頭を垂れた。


「どうか私に挽回の機会をください」

「いや、挽回って……」


 とアッシュが困惑すると、シャルロットはポツリと告げた。


「出なければ、これからあなたと会う度にところ構わず『私はあなたのモノです』と言い触らしますから」

「何だそれ!? やめてくれ!?」


 アッシュは愕然とする。ライクも指を口に咥えて「あわわ」と驚愕していた。
 シャルロットは優雅に頭を垂れたままだ。
 一方、ユーリィは冷たい眼差しをアッシュに向け、


「あなたの頭カラッポなの? こうなることは予想できた。天罰いる?」

「いや!? 予想までは出来ねえよ!?」


 と、アッシュは言い訳するが、この事態は結局自分が招いたことだ。
 もしこの場にかつての頃の幼馴染や、師匠がいれば呆れて言葉もないだろう。


「わ、分かった! 分かったからそれだけはやめてくれ!」


 結局、アッシュはシャルロットの同行を許可する以外なかった。
 こうして彼らも向かうことになったのである。
 ライクの故郷。ホルド村へ、と。
 ただ――。


「では参りましょう。私の愛しきあるじさま」

「だからやめてくれって!? お願いだから! 悪かった! 俺が悪かったからさ!」


 その道中はとても賑やかなものになりそうだが。
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