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第10部(外伝)
第五章 「ホルド村」①
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「……やっと解放された」
夕暮れ時、セレンは一人、街を歩いていた。
昼間にフランクに捕まってから、今まで彼の邸でお茶を付き合わされていたのだ。
正直、あの青年の相手は疲れる。なにせ話すのは自分のことばかり。
外見こそ優男だというのにその中身は野心家だ。
自分がいかに有能なのか。自分の夢は何なのか。
そんなことばかりを数時間も聞かされれば誰でも気が滅入る。
どっと疲れたセレンはふらふらと歩く。
「……けど、この村も大分変わってきたわね」
言って、周囲に目をやった。
煉瓦造りの家屋に石畳で整地された道。街灯もある。まだまだ剥き出しの地面も目につくが、村の中央にあるこの場所はちょっとした都市のようだった。
彼女の生まれ故郷であるホルド村。
主に農業と狩りで生計を立てる村なのだが、最近開発が著しく、中央区などには飲食店や工芸店などの店舗も増えつつある。人口もここ数年でかなり増えてきていた。今はまだ村ではあるがいずれ街へと発展するのは間違いないだろう。
セレンはポツリと呟いた。
「都市・ホルドか……」
そうなると嬉しくもあり、寂しくも感じていた。
故郷の発展は喜ばしいが、彼女は素朴な感じの故郷も好きだったから。
「あら。セレンじゃない」
その時、後ろから声をかけられた。
振り向くと友人である少女がいた。年は一つ上。日曜学校で知り合ったハルという名前の少女だ。
ハルはキョロキョロと周囲を見渡して、
「一人なの? 珍しいわね。ライクは?」
「ライクなら出かけているわ。多分もう数日は帰ってこないかも」
と、落ち込んだ様子でセレンは答える。
するとハルはクスクスと笑い、
「あらら。愛しい人がいなくて落ち込んでいるみたいね」
「うん。正直に言って寂しいよ」
「……一瞬の迷いも無く答えるね」
ハルは少し頬を引きつらせた。しかし、セレンは苦笑を浮かべて。
「ライクは私の恋人なのよ。別に隠すようなことじゃないわ。もうプロポーズまでされているし。幼馴染だからお父さん達に紹介するなんて今さらだから、多分二十代に入る前に結婚すると思うわ」
「え? マジ? もうそこまで進んでるの? やるわね、ライクの奴」とハルは感嘆しつつも「けどまあ、セレンもよく十代から将来を決められるわね」
と、言葉を続けた。
それに対し、セレンは微笑み、
「まあそうかもね。けど、ライクのご両親が事故で亡くなった日から私はずっと彼の食事とかの面倒も見てたのよ。休日なんてずっと一緒にいることの方が多かったし、多分結婚してもほとんど差がないかも」
「いや、子供が生まれたらまた変わるでしょう?」
「……え」
ハルの指摘に初めてセレンは頬を染めた。
「た、確かにそうね。だけどその前に――」
そこでセレンは沈んだ顔を見せた。
「私にはライクがいるって、アルドリーノさんに伝えないといけないわね。流石に今の状況はしんどいわ」
「ああ、なるほどね」ハルは両手を腰に当て嘆息する。「村長の息子。今はあなたにご執心って訳ね。もしかして今も村長の邸に呼び出されていたの?」
「うん。そう」セレンは答える。「昼からずっと。さっきようやく解放されたの」
「うっわあ……キツいわね。それ。けどセレン。気をつけなさいよね」
ハルは真剣な表情で忠告する。
「村長の息子って本当にいい噂を聞かないから。流石に犯罪まがいのことはしないと思うけど、野心家で強引な性格なのは村の人間なら誰もが知っているし。何かあったらすぐに言うのよ」
「うん。分かっている」
セレンは力なく微笑んだ。
ハルはポンと彼女の肩を叩き、「それじゃあね」と告げて立ち去っていった。
一人残されたセレンは再び家に向かって歩き出した。
じき日が沈む。彼女はふと足を止めた。
空を見上げる。
再びどこからか獣の雄叫びを聞いた気がした。
「ライク……」
セレンは、ポツリと恋人の名を呟いた。
村の近くに居座る魔獣の群れも気にはなるが、それ以上にいつも傍にいた人がいなくなることがここまで堪えるとは知らなかった。
「まだなの? いい加減寂しくて死んでしまいそうだわ」
そう力なく呟いて、彼女は失意の様子で帰路につくのであった。
◆
――ぴらり、と。
本のページをめくる。
紅茶の甘い香りが漂う自室にて、フランク=アルドリーノは、椅子に腰をかけて一人読書に耽っていた。
手に持つ本は図鑑。魔獣の生態系まで詳細に記した書物だ。
「……やはり危険だな」
フランクは嘆息する。
「奴らの生態からしてそう遠くない内に《蜂鬼》はこの村を襲撃する。騎士団が間に合うかはかなり微妙だな」
パタン、と本を閉じる。
騎士団が間に合わなかった場合、結果は火を見るより明らかだ。
男は皆殺し。女は攫われ母体にされる。この村は一日にして滅びるだろう。
「まあ、それは別に構わないんだが……」
と、本音を呟く。
フランクにはこの村に思い入れはなかった。
子供の頃から自分に相応しくない場所だと思っていた。最近少しはマシにはなってきたがそれでもサザンのような大都市に比べれば田舎もいいところだ。
そして家族にも思い入れはなかった。
母は幼き日に他界。兄弟もいない。父とは不仲だ。互いにほとんど干渉しない生活をもう五年以上続けている。もはや赤の他人以上に冷え切った関係だ。
仮に父が死んでも何の感慨も湧かないだろう。そう確信している。
「いい機会かもしれないな」
ポツリと呟く。
すでにアルドリーノ家の資産の一部はサザンに移管していた。
商売を興すにしても異国に渡るにしても充分な資産だ。
「いよいよ私が羽ばたく時期が来たということか。しかし世界は広い。何が起きるかは分からないからな」
――だからこそ保険が欲しい。
いざという時のために、役に立つ切り札を手に入れておきたかった。
だがしかし真っ当な方法で手に入れるにはもう時間が無い。
フランクはしばし考え込む。
そうして長い沈黙の後、テーブルの上に置いてあったベルを手に取って鳴らした。
しばらくして部屋がノックされた。フランクは「入れ」と告げる。
「お呼びでしょうか。フランクさま」
入室してきたのは若い執事だった。
フランクが個人的に雇っている人間だ。
「ああ、呼んだ」
フランクはそう言うと、執事に革袋を投げ渡した。
ずっしりとした革袋を執事は両手で受け取った。
「フランクさま。これは?」
眉根を寄せて尋ねる執事に、フランクは用件を端的に答えた。
「支度金だ。例の連中に伝えておけ。これ以上の滞在は危険だと判断した。計画を早めるとな。明日の夕刻にはこの村を出るぞ」
それから、忘れずにもう一つの用件も告げる。
「それともう一つ。やはり荒事を頼む事にしたとも伝えておいてくれ」
夕暮れ時、セレンは一人、街を歩いていた。
昼間にフランクに捕まってから、今まで彼の邸でお茶を付き合わされていたのだ。
正直、あの青年の相手は疲れる。なにせ話すのは自分のことばかり。
外見こそ優男だというのにその中身は野心家だ。
自分がいかに有能なのか。自分の夢は何なのか。
そんなことばかりを数時間も聞かされれば誰でも気が滅入る。
どっと疲れたセレンはふらふらと歩く。
「……けど、この村も大分変わってきたわね」
言って、周囲に目をやった。
煉瓦造りの家屋に石畳で整地された道。街灯もある。まだまだ剥き出しの地面も目につくが、村の中央にあるこの場所はちょっとした都市のようだった。
彼女の生まれ故郷であるホルド村。
主に農業と狩りで生計を立てる村なのだが、最近開発が著しく、中央区などには飲食店や工芸店などの店舗も増えつつある。人口もここ数年でかなり増えてきていた。今はまだ村ではあるがいずれ街へと発展するのは間違いないだろう。
セレンはポツリと呟いた。
「都市・ホルドか……」
そうなると嬉しくもあり、寂しくも感じていた。
故郷の発展は喜ばしいが、彼女は素朴な感じの故郷も好きだったから。
「あら。セレンじゃない」
その時、後ろから声をかけられた。
振り向くと友人である少女がいた。年は一つ上。日曜学校で知り合ったハルという名前の少女だ。
ハルはキョロキョロと周囲を見渡して、
「一人なの? 珍しいわね。ライクは?」
「ライクなら出かけているわ。多分もう数日は帰ってこないかも」
と、落ち込んだ様子でセレンは答える。
するとハルはクスクスと笑い、
「あらら。愛しい人がいなくて落ち込んでいるみたいね」
「うん。正直に言って寂しいよ」
「……一瞬の迷いも無く答えるね」
ハルは少し頬を引きつらせた。しかし、セレンは苦笑を浮かべて。
「ライクは私の恋人なのよ。別に隠すようなことじゃないわ。もうプロポーズまでされているし。幼馴染だからお父さん達に紹介するなんて今さらだから、多分二十代に入る前に結婚すると思うわ」
「え? マジ? もうそこまで進んでるの? やるわね、ライクの奴」とハルは感嘆しつつも「けどまあ、セレンもよく十代から将来を決められるわね」
と、言葉を続けた。
それに対し、セレンは微笑み、
「まあそうかもね。けど、ライクのご両親が事故で亡くなった日から私はずっと彼の食事とかの面倒も見てたのよ。休日なんてずっと一緒にいることの方が多かったし、多分結婚してもほとんど差がないかも」
「いや、子供が生まれたらまた変わるでしょう?」
「……え」
ハルの指摘に初めてセレンは頬を染めた。
「た、確かにそうね。だけどその前に――」
そこでセレンは沈んだ顔を見せた。
「私にはライクがいるって、アルドリーノさんに伝えないといけないわね。流石に今の状況はしんどいわ」
「ああ、なるほどね」ハルは両手を腰に当て嘆息する。「村長の息子。今はあなたにご執心って訳ね。もしかして今も村長の邸に呼び出されていたの?」
「うん。そう」セレンは答える。「昼からずっと。さっきようやく解放されたの」
「うっわあ……キツいわね。それ。けどセレン。気をつけなさいよね」
ハルは真剣な表情で忠告する。
「村長の息子って本当にいい噂を聞かないから。流石に犯罪まがいのことはしないと思うけど、野心家で強引な性格なのは村の人間なら誰もが知っているし。何かあったらすぐに言うのよ」
「うん。分かっている」
セレンは力なく微笑んだ。
ハルはポンと彼女の肩を叩き、「それじゃあね」と告げて立ち去っていった。
一人残されたセレンは再び家に向かって歩き出した。
じき日が沈む。彼女はふと足を止めた。
空を見上げる。
再びどこからか獣の雄叫びを聞いた気がした。
「ライク……」
セレンは、ポツリと恋人の名を呟いた。
村の近くに居座る魔獣の群れも気にはなるが、それ以上にいつも傍にいた人がいなくなることがここまで堪えるとは知らなかった。
「まだなの? いい加減寂しくて死んでしまいそうだわ」
そう力なく呟いて、彼女は失意の様子で帰路につくのであった。
◆
――ぴらり、と。
本のページをめくる。
紅茶の甘い香りが漂う自室にて、フランク=アルドリーノは、椅子に腰をかけて一人読書に耽っていた。
手に持つ本は図鑑。魔獣の生態系まで詳細に記した書物だ。
「……やはり危険だな」
フランクは嘆息する。
「奴らの生態からしてそう遠くない内に《蜂鬼》はこの村を襲撃する。騎士団が間に合うかはかなり微妙だな」
パタン、と本を閉じる。
騎士団が間に合わなかった場合、結果は火を見るより明らかだ。
男は皆殺し。女は攫われ母体にされる。この村は一日にして滅びるだろう。
「まあ、それは別に構わないんだが……」
と、本音を呟く。
フランクにはこの村に思い入れはなかった。
子供の頃から自分に相応しくない場所だと思っていた。最近少しはマシにはなってきたがそれでもサザンのような大都市に比べれば田舎もいいところだ。
そして家族にも思い入れはなかった。
母は幼き日に他界。兄弟もいない。父とは不仲だ。互いにほとんど干渉しない生活をもう五年以上続けている。もはや赤の他人以上に冷え切った関係だ。
仮に父が死んでも何の感慨も湧かないだろう。そう確信している。
「いい機会かもしれないな」
ポツリと呟く。
すでにアルドリーノ家の資産の一部はサザンに移管していた。
商売を興すにしても異国に渡るにしても充分な資産だ。
「いよいよ私が羽ばたく時期が来たということか。しかし世界は広い。何が起きるかは分からないからな」
――だからこそ保険が欲しい。
いざという時のために、役に立つ切り札を手に入れておきたかった。
だがしかし真っ当な方法で手に入れるにはもう時間が無い。
フランクはしばし考え込む。
そうして長い沈黙の後、テーブルの上に置いてあったベルを手に取って鳴らした。
しばらくして部屋がノックされた。フランクは「入れ」と告げる。
「お呼びでしょうか。フランクさま」
入室してきたのは若い執事だった。
フランクが個人的に雇っている人間だ。
「ああ、呼んだ」
フランクはそう言うと、執事に革袋を投げ渡した。
ずっしりとした革袋を執事は両手で受け取った。
「フランクさま。これは?」
眉根を寄せて尋ねる執事に、フランクは用件を端的に答えた。
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