クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第10部(外伝)

第五章 「ホルド村」②

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「だからさ! セレンは世界一可愛いんだよ!」


 と、ライクが叫ぶ。


「ああ、それは分かったって」


 そう言って、苦笑交じりに返すのはアッシュだ。
 一晩経った次の日。時刻は昼下がりほど。
 ライク先導のもと、アッシュ達一行は森に覆われた街道を進んでいた。
 同行者はライクとアッシュ。ユーリィとシャルロットの四人だ。

 ガラララッ、と車輪が響く。
 彼らはライクが所有していた馬車に乗っていた。

 御者はライク。荷台にはアッシュとユーリィ、シャルロットが座っている。
 シャルロットとユーリィは並んで座っており、何故かシャルロットがユーリィにあやとりをお披露目していた。どうやって作ったか見当もつかないタワーを見てユーリィが「おお~」と拍手を贈っている。

 一方、アッシュはライクにホルド村の構造や規模などを聞いていたのだが、聞く間に話が逸れてきて先程の台詞が飛び出してきたのである。
 曰く、セレンとはライクの幼馴染であり、婚約者でもあるそうだ。
 セレンのことを語る時、ライクはとても嬉しそうな顔をしていた。彼がその少女のことを本当に好きなのは間違いないようだ。


(……幼馴染で、婚約者か……)


 アッシュは馬を操るライクの背中を一瞥して目を細める。
 十代で婚約というのは、村規模でならばそう珍しい話ではない。
 事実、アッシュの故郷の村では十六歳同士の夫婦もいたし、アッシュ自身にも十五歳ですでに婚約者がいた。それもライクと同じく幼馴染の少女だ。

 あの頃は本当に幸せだった。
 父がいて、母がいて、幼い弟がいて、気の合う友人がいて。
 そして何よりも傍にはいつも微笑む《彼女》がいた。
 艶やかな長い黒髪がとてもよく似合う少女。一番大切だった人。
 必ず幸せにしようと誓っていた。
 ずっと、ずっと彼女と一緒に生きていくんだと思っていた。
 だが、それは何の覚悟も出来ていない子供の幻想に過ぎなかった。
 本当に、自分には何の覚悟も力もなかったのだ。
 そのせいで、今や《彼女》は――。


「……灰色さん?」

「………え?」


 いつしか瞳を閉じて考え事をしていたアッシュに、ユーリィが声をかける。
 彼女は覗き込むように腰をかがめて、アッシュの顔を見つめていた。


「……おう」


 わずかな沈黙を経て、アッシュは破顔する。


「どうしたユーリィ? 馬車の移動に飽きたか?」

「……………」


 ユーリィは何も答えない。
 ただ、神妙な顔だけをする。そして少し躊躇いながらも、


「……ギュッとしてもいいよ」


 そんなことを告げてきた。
 アッシュは少し目を丸くした。


「いや、う~ん、悪りい。そんな風に見えたのか……」


 ポリポリと頬をかく。
 実は、ユーリィの抱っこは二種類あるのだ。
 一つ目は先日のようにユーリィ自身が落ち込んで甘えたいと思った時。最近の彼女の癖だ。ほとんどがそのケースなのだが、例外がもう一つある。
 それは、アッシュの方が酷く落ち込んでいる時だった。

 一番に最初にしたのは出会って二ヶ月ほど前だったか。一緒に仕事をした人懐っこい傭兵仲間が戦死した時だった。
 その時は沈んだ気持ちを隠しきれないアッシュに、ユーリィの方から抱きついてきた。椅子に座っていたアッシュの首に辿々しい仕草でしがみついてきたのである。ユーリィがこんなことをするのは初めてだったのでアッシュは少し驚いていたが、大切な者がまだいることを思い出すように彼女の頭を撫でた。

 それ以降、稀にユーリィは「ギュッとしてもいいよ」と言い出すことがあった。
 要するに今のアッシュはそんな気遣いをユーリィにさせてしまった訳だ。


(やれやれ。お父さん失格だな)


 思わず内心で苦笑する。
 どうやら自分でも気付かない内に、かなり深く物思いに耽っていたようだ。
 見るとユーリィの後ろでシャルロットまでが心配そうに様子を窺っている。いつしか重くなった雰囲気にライクも沈黙していた。


「大丈夫だ」


 そんな中、アッシュはユーリィに告げる。


「ちょいと考え事をしていただけだ。気にしなくていい」


 言って、くしゃくしゃとユーリィの頭を撫でた。
 するとユーリィは少しずつ口元を綻ばせて、


「うん。分かった。けど、私ならいつでもギュッとしてもいいから言って」

「ははっ、ユーリィは優しいな」


 アッシュはますます強く彼女の頭を撫でた。まるで小動物を愛でるような激しさなのだが、ユーリィは嫌な顔はしない。が、その時、


「……あの」


 シャルロットが軽く手を上げて、おもむろに口を開いた。
 アッシュはユーリィの頭を撫でるのをやめて、


「ん? 何だ? スコラさん」

「一つ質問が。お二人の関係は、実際のところどうなのでしょう?」

「どうって……どういう意味だ?」


 そう尋ね返すと、シャルロットはユーリィを一瞥し、


「ユーリィさんはクライン君の養女だと伺っています。ですがお二人の仲はそれ以上に親密なように見えます。それに先程の台詞といい……」


 そこで彼女は視線を逸らしておずおず尋ねる。


「その、もしかしてクライン君は特殊な性癖の持ち主なのですか?」

「あ、それは悪いけど俺も思った。どうもユーリィちゃんと仲が良すぎるし」


 と、ライクまで話に加わってくる。
 それに対しユーリィは「性癖って? 私と灰色さんの仲がいいと問題なの?」と首を傾げている。が、一方、アッシュは深々と嘆息し、


「そいつはよく疑われるよ。うんざりするぐらいにな。けどそれは本当に違うからな。確かにうちの子は可愛い。少し過保護になってる自覚もあるよ。だが、それはねえよ。どちらかというと俺はスコラさんみてえのが好みだしな」

「え? そ、そうなのですか……?」


 思わぬ告白付きの返答にシャルロットは微かに頬を染めた。


「で、ですがもう一つ。そうですね。クライン君はライト=オリジン男爵の逸話を知っていますか?」

「? いや知らねえな」


 アッシュは眉根を寄せる。シャルロットは話を続けた。


「百年ほど前の話なのですが、王都パドロに実在した有名な男爵です。その逸話にはこうあります。男爵が三十五の時のことです。彼はたまたま寄った孤児院で孤独に一人佇む少女を見つけたそうです。あまりに寂しそうな彼女に男爵は声をかけました。そして養女にして教育を施したそうです」

「へえ。そうなのか」

「そんな奇特な人が灰色さん以外にいたんだ」


 と、自分達に近い境遇にアッシュとユーリィは感心する。
 しかし、シャルロットは何とも気まずい表情を見せていた。


「男爵はとても優しかったそうです。本当によくしてくれて少女は徐々に彼に心を開いていきました。ですがそれこそが男爵の策略だったのです。実のところ、男爵はとても下衆な人間だったのです。将来性抜群の少女の容姿を見た時から計画は始まっていました。男爵の遺品、通称『ゲスノート』に計画の詳細が分単位で記されていたのです。男爵はまず彼女を養女として手元に確保。その後、彼女が自分に好意を抱き、なおかつ自分好みの女になるように秘密裏に誘導したのです」


 一呼吸入れて。


「そうして五年が経ち、男爵はいよいよプロポーズをしました。少女は喜んでそれを受け入れ、男爵は彼女を抱きしめました。一見すると幸せそうな二人ですが、当時のメイドの一人がこんな証言しています。少女に見えない角度で男爵が邪悪な笑みを浮かべたと。彼の口元がこう動くのを目撃したそうです」


 一気呵成にしゃべってから、シャルロットは決定的な言葉を告げる。


「『計画通り』」

「いや違うからな!? 俺は絶対に違うからな!? つうか、とんでもねえおっさんだなそいつ!?」


 アッシュは愕然と叫んだ。ライクは片手で腹を抱えて大笑いしていた。
 一方、ユーリィだけは、


「灰色さんも私を自分好みに育成中なの? ならごめんなさい。頑張ってみるけど私のおっぱいはあまり大きくならないと思う。そこだけは期待に応えられない」

「いや何言ってんだユーリィ!? なんで手を出すのが当たり前みたく語るんだ!? 俺が目指してんのは本当に『お父さん』だからな……って」


 そこでアッシュは小さく嘆息。額に手を当てて頭を振った。


「……お前らなぁ」


 言って苦笑する。
 叫んでいる最中に気付いたのだ。よく見れば大笑いしているライクは勿論、シャルロット、ユーリィの目も笑っている。明らかに冗談を楽しんでいた。


「ったく。マジでやめてくれよ。本気にする人間だっているんだぜ」

「……ふふ、申し訳ありません」


 シャルロットが頭を下げて謝罪する。


「冗談がすぎました。少々手持ち無沙汰でしたので。ですが……」


 彼女はそこで視線を森の奥の方へ向けた。
 アッシュも鋭い顔つきで同じ方向を見やる。


「どうやら退屈な旅もここまでのようですね」

「ああ、そうだな」


 言って、立ち上がるアッシュ。


「ライク。馬車を止めてくれ」

「うん。分かったよ。俺も狩人だ。気配ぐらいは気付いているよ。けど、街道にまで出向いてくるなんて本当に珍しい。どうも俺って不運が続いてるなあ」


 うんざりするように呟きつつ、ライクは馬車を止めた。
 そしてアッシュとシャルロットが馬車から降りる。


「いや、スコラさん」アッシュは眉根を寄せた。

「スコラさんは馬車の上で待ってくれていいんだぜ?」

「いえ折角です。《蜂鬼》戦の前にお披露目しておくのもよいかと思いまして」


 言って、シャルロットはスカートをたくし上げ、優雅に一礼した。
 アッシュとしては苦笑するばかりだ。
 が、そうこうしている内に、

 ――ブォオオオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオォォォ!

 その咆哮は、森の奥から聞こえた――。
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