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第10部(外伝)
第八章 ただ、君のために①
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「……灰色さん」
ユーリィがギュッと腰を掴んで呟いた。
彼女の瞳には水晶の魔眼を持つ銀髪の少女の姿が映っていた。
「……あの人は……」
「ああ。《聖骸主》だ」
振り向くこともなくアッシュが告げる。
ユーリィはキュッと唇を噛みしめた。
――《聖骸主》。
要するにそれは……。
「あの人は私の同じなの?」
「……ああ。そうだ」
アッシュの答えは素っ気ない。
だがそれはユーリィへの気遣いでもあった。
「あの子に何があったのかは分からねえ。だが、あの子は使っちまったんだ。絶対に使っちゃならねえ《最後の祈り》を」
「………………」
ユーリィは無言でアッシュの背中にしがみついた。
自分にも起こりうる未来を目の当たりにしてわずかに肩が震えていた。
「ユーリィ」
アッシュはセレンを見据えたまま告げる。
「怖いのなら目を瞑っていろ。その間に終わらせる」
「……ううん」
それに対し、ユーリィは頭を振った。
「あの人は私と同じだから。最後まで見届ける」
「……そっか」
アッシュは小さく嘆息した。
「ならしっかり掴まっておけ。はっきり言って彼女は強いぞ」
「うん。分かった」
そう答えてユーリィはより強くアッシュにしがみついた。
この背中の温もりこそがアッシュの守るべきものだ。
(負ける訳にはいかねえ……)
自分の敗北はユーリィの死に繋がる。
そんなものは絶対に受け入れられなかった。
それに何よりも、ここで《白銀の聖骸主》にも勝てないようでは《彼女》を倒すことなど夢のまた夢だ。
(躊躇うな。情を抱くな。『鬼』になれ。あれは敵なんだ)
自分に強く言いきかせる。
そして、アッシュは呟いた。
「――行くぜ。セレンの嬢ちゃん」
◆
衝撃が走る。
鋼の鬼――《朱天》の掌から放たれた《穿風》の衝撃波だ。
不可視の衝撃に土煙が舞い上がる。そして、
――ズドンッ!
直撃を受けた《聖骸主》は為す術なく吹き飛ばされる!
しかし、彼女は地面に数度バウンドするだけですぐさま立ち上がった。
ほとんどダメージは見受けられない。《聖骸主》の能力の一つ。常に全身を覆う星霊による防御層――《天蓋層》の効果だ。
わずかな怪我すら負っていない彼女は両手を《朱天》に向けてかざした。
生まれるのは無数の水晶の槍。《蜂鬼》と村人を鏖殺した必殺の槍だ。
水晶の槍は銃弾のように次々と撃ち出された。
鎧機兵の装甲さえも貫く槍。直撃すれば《朱天》でも危険だ。
しかし、それに対し《朱天》のしたことは宙空で腕を振り下ろす所作だった。
――ズズゥンッ!
轟音と共に地面が掌状に陥没する。飛翔していた槍もその重圧に呑み込まれた。再び《朱天》が恒力を地面に叩きつけたのだ。
次いで雷音が轟く。
一瞬で間合いを詰めた《朱天》は渾身の拳を彼女に叩きつけた。
横殴りの衝撃に彼女の小柄な身体が吹き飛んでいく。再び地面をバウンドした。
『――こいつはおまけだ』
アッシュがそう呟くと《朱天》が跳躍。右足で《聖骸主》を踏みつけた。ガコンッと彼女の身体を呑み込んで大地が陥没する。続けて《朱天》は後方に大きく跳躍。間合いを取り直した。後に残るのは陥没した瓦礫の山だ。
(……さて)
アッシュは静かな眼差しで瓦礫の山を見やる。
(一見すると俺の方が優勢か。だが実際のところは……)
と、思案した矢先のことだった。
突如粉砕される瓦礫の山。そして銀髪の少女が飛び出してくる。
平然とした様子で地面に着地した少女は当然セレンだ。
しかも、あれだけの猛攻を受けたというのに怪我はおろか衣服さえ損傷していない。完全に無傷の状態だった。
(これが《天蓋層》かよ)
静かに息を呑む。
まさに鉄壁の防御力だ。《聖骸主》に代表される異能だけのことはある。
とは言え、全くのお手上げでもない。
《聖骸主》といえど消耗はする。ならば攻撃を続ければいい。《天蓋層》とていつまでも同じ強度は維持できないだろう。
持久戦に持ち込めば、充分に勝機はあった。
(けど、その選択肢はナシだよな)
今度は渋面を浮かべる。
アッシュには、どうしてもそれが出来ない理由があった。
――それはライクのことだった。
あの少年が、この戦場に辿り着く可能性がある。
シャルロットに依頼こそしたが、ここは森の中、しかもライクは狩人だ。
明らかに地の利はライクにある。シャルロットであっても、あの少年を止められない可能性は充分にあり得た。
(……ライク)
アッシュは少年を思いつつ、目の前の少女に視線を向けた。
水晶の魔眼を持つ彼女は無表情だった。かつて、彼女がどんな少女であったかは知る由もない。けれど、こんな無貌ではなかったのだけは確かだ。
――彼女のこんな姿を、あの純朴な少年には見せたくなかった。
(早期決着だ)
アッシュの覚悟を感じ取り、《朱天》が鋼の拳をギシリと鳴らした。
彼女を仕留める方法ならもう一つだけある。
アッシュの愛機・《朱天》の恒力値は一万六千ジン。
その恒力の七割を収束して放つ破壊の剛拳。
アッシュが《虚空》と名付けた必殺の闘技である。
今もどこかを彷徨っている《彼女》を止めるために編み出した技だ。
この闘技ならば《天蓋層》をも貫き、セレンを倒すことが出来るはずだ。
(実戦で使うのは初めてだがやるしかねえな)
と、アッシュが考えたその時だった。
『………何!』
黒い双眸を大きく見開く。
何故なら、セレンが不意に宙へと浮かび上がったからだ。
『まさか《光星体》なのかッ!』
思わずそう叫ぶ。
――《光星体》。
それは《白銀の聖骸主》の上位存在である《黄金の聖骸主》のみが使える異能だ。全身の《天蓋層》を巨人の姿にまで活性化させる戦闘形態だった。
しかしセレンは《白銀の聖骸主》。《光星体》は使えないはずなのだが……。
すると、
『……なん、だと?』
アッシュは眉根を寄せた。
宙に浮いたセレン。彼女の身体にいきなり水晶が生まれ始めたのだ。水晶は瞬く間に彼女の下半身を覆い尽くすとゴキッゴキと音を立てて形を整えていく。
(おいおい、そんなんアリかよ……)
――ズズンッ、と。
水晶の六本脚が地面に突き立てられる。
セレンの姿は変貌していた。身体には鎧、両手には巨大な水晶の大剣。上半身は凜々しき騎士だ。しかし下半身は異形の化け物だった。
「――――――――――――――――――――――ッ!」
自らの生誕を告げるかのように、彼女は音なき声を上げた。
半人半蜘蛛の怪物。それが今の彼女の姿だった。
どうやらこれは《光星体》に代わるセレンの戦闘形態のようだ。
(やっぱ一筋縄じゃいかねえてっことか)
アッシュは歯を軋ませる。
そんなアッシュを――《朱天》をセレンは無貌の眼差しで見つめる。
そして、
「――――――――――――――――――――――――――ッッ!」
音なき咆哮が再び戦場に響いた。
ユーリィがギュッと腰を掴んで呟いた。
彼女の瞳には水晶の魔眼を持つ銀髪の少女の姿が映っていた。
「……あの人は……」
「ああ。《聖骸主》だ」
振り向くこともなくアッシュが告げる。
ユーリィはキュッと唇を噛みしめた。
――《聖骸主》。
要するにそれは……。
「あの人は私の同じなの?」
「……ああ。そうだ」
アッシュの答えは素っ気ない。
だがそれはユーリィへの気遣いでもあった。
「あの子に何があったのかは分からねえ。だが、あの子は使っちまったんだ。絶対に使っちゃならねえ《最後の祈り》を」
「………………」
ユーリィは無言でアッシュの背中にしがみついた。
自分にも起こりうる未来を目の当たりにしてわずかに肩が震えていた。
「ユーリィ」
アッシュはセレンを見据えたまま告げる。
「怖いのなら目を瞑っていろ。その間に終わらせる」
「……ううん」
それに対し、ユーリィは頭を振った。
「あの人は私と同じだから。最後まで見届ける」
「……そっか」
アッシュは小さく嘆息した。
「ならしっかり掴まっておけ。はっきり言って彼女は強いぞ」
「うん。分かった」
そう答えてユーリィはより強くアッシュにしがみついた。
この背中の温もりこそがアッシュの守るべきものだ。
(負ける訳にはいかねえ……)
自分の敗北はユーリィの死に繋がる。
そんなものは絶対に受け入れられなかった。
それに何よりも、ここで《白銀の聖骸主》にも勝てないようでは《彼女》を倒すことなど夢のまた夢だ。
(躊躇うな。情を抱くな。『鬼』になれ。あれは敵なんだ)
自分に強く言いきかせる。
そして、アッシュは呟いた。
「――行くぜ。セレンの嬢ちゃん」
◆
衝撃が走る。
鋼の鬼――《朱天》の掌から放たれた《穿風》の衝撃波だ。
不可視の衝撃に土煙が舞い上がる。そして、
――ズドンッ!
直撃を受けた《聖骸主》は為す術なく吹き飛ばされる!
しかし、彼女は地面に数度バウンドするだけですぐさま立ち上がった。
ほとんどダメージは見受けられない。《聖骸主》の能力の一つ。常に全身を覆う星霊による防御層――《天蓋層》の効果だ。
わずかな怪我すら負っていない彼女は両手を《朱天》に向けてかざした。
生まれるのは無数の水晶の槍。《蜂鬼》と村人を鏖殺した必殺の槍だ。
水晶の槍は銃弾のように次々と撃ち出された。
鎧機兵の装甲さえも貫く槍。直撃すれば《朱天》でも危険だ。
しかし、それに対し《朱天》のしたことは宙空で腕を振り下ろす所作だった。
――ズズゥンッ!
轟音と共に地面が掌状に陥没する。飛翔していた槍もその重圧に呑み込まれた。再び《朱天》が恒力を地面に叩きつけたのだ。
次いで雷音が轟く。
一瞬で間合いを詰めた《朱天》は渾身の拳を彼女に叩きつけた。
横殴りの衝撃に彼女の小柄な身体が吹き飛んでいく。再び地面をバウンドした。
『――こいつはおまけだ』
アッシュがそう呟くと《朱天》が跳躍。右足で《聖骸主》を踏みつけた。ガコンッと彼女の身体を呑み込んで大地が陥没する。続けて《朱天》は後方に大きく跳躍。間合いを取り直した。後に残るのは陥没した瓦礫の山だ。
(……さて)
アッシュは静かな眼差しで瓦礫の山を見やる。
(一見すると俺の方が優勢か。だが実際のところは……)
と、思案した矢先のことだった。
突如粉砕される瓦礫の山。そして銀髪の少女が飛び出してくる。
平然とした様子で地面に着地した少女は当然セレンだ。
しかも、あれだけの猛攻を受けたというのに怪我はおろか衣服さえ損傷していない。完全に無傷の状態だった。
(これが《天蓋層》かよ)
静かに息を呑む。
まさに鉄壁の防御力だ。《聖骸主》に代表される異能だけのことはある。
とは言え、全くのお手上げでもない。
《聖骸主》といえど消耗はする。ならば攻撃を続ければいい。《天蓋層》とていつまでも同じ強度は維持できないだろう。
持久戦に持ち込めば、充分に勝機はあった。
(けど、その選択肢はナシだよな)
今度は渋面を浮かべる。
アッシュには、どうしてもそれが出来ない理由があった。
――それはライクのことだった。
あの少年が、この戦場に辿り着く可能性がある。
シャルロットに依頼こそしたが、ここは森の中、しかもライクは狩人だ。
明らかに地の利はライクにある。シャルロットであっても、あの少年を止められない可能性は充分にあり得た。
(……ライク)
アッシュは少年を思いつつ、目の前の少女に視線を向けた。
水晶の魔眼を持つ彼女は無表情だった。かつて、彼女がどんな少女であったかは知る由もない。けれど、こんな無貌ではなかったのだけは確かだ。
――彼女のこんな姿を、あの純朴な少年には見せたくなかった。
(早期決着だ)
アッシュの覚悟を感じ取り、《朱天》が鋼の拳をギシリと鳴らした。
彼女を仕留める方法ならもう一つだけある。
アッシュの愛機・《朱天》の恒力値は一万六千ジン。
その恒力の七割を収束して放つ破壊の剛拳。
アッシュが《虚空》と名付けた必殺の闘技である。
今もどこかを彷徨っている《彼女》を止めるために編み出した技だ。
この闘技ならば《天蓋層》をも貫き、セレンを倒すことが出来るはずだ。
(実戦で使うのは初めてだがやるしかねえな)
と、アッシュが考えたその時だった。
『………何!』
黒い双眸を大きく見開く。
何故なら、セレンが不意に宙へと浮かび上がったからだ。
『まさか《光星体》なのかッ!』
思わずそう叫ぶ。
――《光星体》。
それは《白銀の聖骸主》の上位存在である《黄金の聖骸主》のみが使える異能だ。全身の《天蓋層》を巨人の姿にまで活性化させる戦闘形態だった。
しかしセレンは《白銀の聖骸主》。《光星体》は使えないはずなのだが……。
すると、
『……なん、だと?』
アッシュは眉根を寄せた。
宙に浮いたセレン。彼女の身体にいきなり水晶が生まれ始めたのだ。水晶は瞬く間に彼女の下半身を覆い尽くすとゴキッゴキと音を立てて形を整えていく。
(おいおい、そんなんアリかよ……)
――ズズンッ、と。
水晶の六本脚が地面に突き立てられる。
セレンの姿は変貌していた。身体には鎧、両手には巨大な水晶の大剣。上半身は凜々しき騎士だ。しかし下半身は異形の化け物だった。
「――――――――――――――――――――――ッ!」
自らの生誕を告げるかのように、彼女は音なき声を上げた。
半人半蜘蛛の怪物。それが今の彼女の姿だった。
どうやらこれは《光星体》に代わるセレンの戦闘形態のようだ。
(やっぱ一筋縄じゃいかねえてっことか)
アッシュは歯を軋ませる。
そんなアッシュを――《朱天》をセレンは無貌の眼差しで見つめる。
そして、
「――――――――――――――――――――――――――ッッ!」
音なき咆哮が再び戦場に響いた。
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