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第四章 其は神威を略奪せしモノ②

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「アイリーン=メルザリオ……?」

 首を傾げる冬馬に、重悟は厳かに頷き、

「……そうだ。フィオの実姉であり、《PKT》を開発した天才科学者。そして――」

 哀しみを宿した瞳で、彼は言う。

「《首都血戦》で行方不明となった――私の、婚約者だ」

 男の放つ雰囲気に冬馬と雪姫は何も言えず、サチエは辛そうに目を伏せた。
 すると、重悟は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、

「……すまない、暗くなったか。とりあえず話を進めよう」

 と言って、本題に入った。

「事の始まりは七年前――。PGC東京本部が、ある計画のためにアイリーンを招き入れたことからすべては始まった」

「……ある計画、ですか?」

 雪姫の問いに、重悟はうむと頷く。

「それは――幻想種の正体を探り、奴らへの対抗手段を編み出すというものだった」

「……それって、世界各国で競ってやってることじゃないんですか?」

 今度は冬馬の質問。それにはサチエが答えた。

「うん。その通りや。けど、正直どの国も行き詰まっとる。だからこそのアイリーンやったんや。あいつ、頭は無茶苦茶ええくせに、えらい変人やったからな」

「へ、変人っすか……?」

 と、頬を引きつらせる冬馬。
 口には出さないが、雪姫も同様の表情を浮かべていた。
 すると、重悟がやや弱々しい笑みを浮かべ、

「……まあ、アイリーンが変人だったかどうかは置いとくとして。ともあれ、本部はアイリーンの一風変わった着眼点に期待したのだよ」

 大理石の机に両肘をついて手を組み、重悟は言葉を続ける。

「彼女の着目したこと。それは、幻想種が神話上の怪物であるということだった」

 首を傾げた雪姫が、おずおずと手を挙げた。

「あの……、それは今や常識なのでは? 着眼点としては新しくないような……」

「ああ、当然この話には続きある。……ふむ。そうだな、柄森君。君はゲームに詳しいかね?」

 突然脈略のない質問をしてくる重悟に、雪姫は目をぱちぱちとさせて、

「……え? ゲームですか? 少しは知っていますが……」

「……うむ。では、GJスタジオ社が手がけたRPGをやったことはあるかね?」

 戦国武将のような風貌の重悟の口から、まるで似合わない単語が出てきた。

「え、え? GJスタジオ社のRPGですか? 一応やったことはありますけど……」

 困惑しながらも、雪姫は正直に答える。――と、冬馬が小声で耳打ちしてきた。

(なあ、GJスタジオ社って何だ?)

 雪姫も小声で返す。

(アニメやゲームの製作会社のこと。《はやて》を製作したのもそこなの)

(へえ、そうなんだ。けど、なんで高崎支部長が、そんなこと今話すんだ?)

(分からないわ。本社が東京にあったせいで、もう潰れている会社だし)

 ほとんど読唇術に近いレベルで会話をする冬馬と雪姫。
 しかし、そんな彼らの困惑をよそに、重悟はそのまま話を続ける。

「ふむ。知っているのなら話が早い。あの会社の作品は神話をモチーフにしたものが多いからな。だから、登場する武器も神話からとってきたものが多いんだ」

 そして、冬馬と雪姫を交互に見つめ、

「どうやら冬馬君よりも、柄森君の方が詳しそうだな。柄森君。君の方に質問させてもらおうと思うが、いいかね?」

「え、ええ、構いませんが……」

 雪姫の返事に重悟は頷き、質問を開始する。

「では、柄森君。すぐに思いつく伝説の剣を言ってみてくれ」

「は?」

 重悟の質問に雪姫は勿論、冬馬も困惑した。
 重悟の後ろに立つサチエは「ああ、そう入るんか」と呟いている。

(……もしかして、心理テストなのかな?)

 と、疑問に感じたが、雪姫は素直に答えることにした。

「えっと、エクスカリバーとか」

「はは、やはりそれが真っ先に挙がるか。……では、伝説の槍は?」

 またか、と思いながらも、

「ブリューナクとか、ゲイ・ボルグとかですか」

「うむ。では刀は?」

「祢々切丸」

「弓は?」

「アルテミスの弓」

「中々博識だな。……そうだな、ではいよいよ本題を出そうか」

 雪姫、そして冬馬の顔に少し緊張が走る。
 そんな二人の様子に、重悟も重々しく頷き、

「では訊こう。神話の中にある伝説の銃といえば、何が思い浮かぶ?」

「……銃、ですか?」

 雪姫はあごに人差し指を当て、

「狼男の銀の弾丸、とか」

 重悟がははっと笑う。

「それは映画の創作だよ。神話ではない」

 否定されてしまった。再度、雪姫は眉を寄せて考える。いくつか候補は思いつくが、どれも銃と呼ぶにはしっくりこない……。
 むむむ、と雪姫が頭を悩ませていると、

「ふむ。どうやら悩んでいるようだね。なら、もっと分かりやすい質問に変えよう」

 そして、重悟は改めて問う。

「――神話に名を残す、そんなロケットランチャーを君は知っているか?」

 一瞬の間が空いた。思わず雪姫と冬馬は目を丸くする。
 ――一体何なんだ、その馬鹿げた質問は……?

「ある訳ないでしょう、そんなもの。ふざけてるんすか」

 険悪な視線で冬馬は重悟を睨みつけた。こちらは真剣なのである。

「その質問に一体どんな意味があるんです?」

 思わず苛立ちから、ギリと歯を鳴らしてしまう――と、

「あの、何か意味があるんですよね。そろそろ教えて頂けませんか?」

 冬馬の不機嫌を察した雪姫が、重悟にそう懇願した。
 大切な少女の不安を宿した声に、冬馬は少しだけ冷静さを取り戻す。

(……ちょっと焦りすぎたか。ダメだな、少し力を抜かないと……)

 そして、一度大きく息を吐き、

「そうっすよ。もったいぶらずに教えて下さい。今の質問は、さっきの話に出てきたメルザリオ博士と、何か関係のあることなんですか?」

 落ちついた声で冬馬は尋ねる。すると重悟は目を細めて、

「ああ、勿論だ。アイリーンが着目したのは、要するに神話そのものなんだよ」

 と、意味深な言葉を告げる。冬馬は眉根を寄せて再度尋ねた。

「神話そのものですか?」

「――うむ。アイリーンは本部の開発室に着任して早々に、世界中の神話、伝承、伝説などをかき集めて調査をした。……そして、気付いたのだ」

「何にでしょうか?」

 と、今度は雪姫が問う。重悟は真剣な瞳で答えた。

「世界中の神話――そのどこにも、《近代兵器》に関する記載がないことに、だ」

「「……はあ?」」

 思わず間抜けな声を上げてしまう冬馬と雪姫。
 ……この人は真面目に話す気がないのだろうか?
 もはや不満を隠すことも出来ず、冬馬が文句を言おうとしたら、

「――えっ、う、うそ、まさかそういうことなの……? だとしたら――と、冬馬! 私分かったかも! アイリーンさんが一体何に気付いたのか!」

 やけに興奮した雪姫に肩を揺さぶられて、遮られてしまった。

「な、何が分かったんだよ、雪姫」

「要は神話なのよ! まさか幻想種に銃が効かない理由が、そんなことだったなんて!」

「ちょ、ちょっと落ちつけ雪姫! どう、どうどう」

「私は馬じゃない――って、もう聞いてよ! 簡単な話だったのよ。結局、幻想種は本当に神話の中の住人だったってことなの。えっと、要するに奴らは――」

 そして、少女は世界の真理を語る。

「神話の中の怪物だから、神話に記載されている武器しか効かないの! だから、銃を始めとする近代兵器が通じなかったのよ!」
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