上 下
25 / 205
第1部

第七章 幸せは巡る①

しおりを挟む
 パチリ、と目を開いた。

「……ここは」

 見知らぬ天井を見つめながら、かなたが呟く。
 夢を見ていた。それは分かる。ならば、今まで自分は眠っていたのだろう。

『――おっ!』

 その時、耳元で声がした。目をやると、そこには赤い蛇がいた。

『おう。お目覚めだな! お嬢! オレは――』

 むんず、と。
 かなたは無造作に蛇の喉を掴んだ。
 そして、両手で蛇体をしっかりと握りしめて。

「危なかった。害獣は駆除しないと」

『ファッ!? 意外と攻撃的!?』

 蛇は、べしべしとかなたの腕を尻尾で叩く。
 しかし、かなたは一切気にしないで首をキュッと捻ろうとするが、

「……? 柔らかい?」

 筋肉や骨の感触がしない。よく見ると、蛇の体は糸で出来ていた。
 リアルすぎて分からなかったが、一種のぬいぐるみのようだ。

『と、とりあえず離してくれよ。お嬢』

「……………」

 どうやら害はないようなので、かなたは蛇を離した。
 蛇は、しゅるしゅると間合いを取って鎌首を上げると、

『自己紹介しとくぜ。オレは赤蛇あかじゃだ』

「……そう」

 名前を名乗ったようだが、かなたは興味もなく一言で断ち切った。
 それよりも、まずは今の状況把握の方が先決だった。
 体を起こそうとするが、力がほとんど入らない。恐ろしく体力が消耗している。
「……ん」それでも、どうにか上半身を起こす。
 ここは、恐らく骸鬼王の館の部屋の一室なのだろう。壁には絵画。棚には高価そうな壺などが並べられている。かなたが座るベッドも大きく上質なモノだ。廃屋敷だというのに埃も被っていない。清潔そうなシーツである。
 かなたは、続けてベッドから立ち上がろうとするが、上半身を起こした時よりもキツい。想像以上に体力を消耗していた。いや、体力は充分にあるのだが、まるで体が脳の指令に応えてくれないようなもどかしさを感じる。

「……ん、んん」

 思わず呻いていると、

『あら? お姫さまが目覚めたのですか?』

 不意に、新しい声が耳に届いた。
 表情を険しくして見やると、そこには刃で創られた孔雀の彫像がいた。

『おはようございます。かなたさん』

 ――いや、彫像ではない。
 刃の孔雀は喋り、動いていた。これと似たモノをかなたは知っていた。
 何度か見た、黒鉄の虎と同種の存在だ。

「久遠真刃の式神ですか?」

『そうですわ。刃鳥と申します』

 言って、孔雀は翼を広げて優雅に一礼した。
 次いで首を動かし、『真刃さま』と、主の名を呼ぶ。
 かなたも、孔雀の首が向けた方に目をやった。

『お姫さまが、お目覚めになられました』

「……ム。そうか」

 そこには黒いスーツを纏う青年がいた。丸いテーブルの前の椅子に座り、足を組んでいる。
 上着は背もたれに、黒いシャツは腕まくりしていた。ネクタイも少し緩めている。シャツの上から巻いた拳銃用のホルスターがなければ、一息つく青年実業家のようだった。
 事実、丸いテーブルの上には、どこから持ち込んだのか缶コーヒーが置かれている。
 いや、酔狂なことに、どうやら、あのホルスターは拳銃用ではなく缶コーヒー用のようだ。革製の缶コーヒーホルスター。ストックがまだ二本ある。

「ふむ。杜ノ宮かなたよ」

 青年はかなたを見つめた。そして、

「目覚めたのは僥倖だ。改めて自己紹介しよう。己の名は久遠真刃だ。以後宜しく頼む」

 そう言って、久遠真刃は笑った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:13

異世界ライフは山あり谷あり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:1,554

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:3,012

処理中です...