骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第1部

エピローグ

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 それは、ある日のこと。

『え? それって本当なの?』

『はい。保護者面談の夜に』

『……最悪。あのくそお兄さま』

『ですが、ご当主さまは私に手は……』

『何を言っているの。裸にさせただけでも人間失格よ。あなただって、お師さま以外の人に裸を見られるなんて嫌でしょう』

『…………はい』

 黒髪の少女は、沈黙の後に、こくんと頷いた。
 銀髪の少女もまた頷き、憤慨した。

『大丈夫。全部、壱妃おねえちゃんに任せておきなさい』

 そして、自分の豊かな胸を、どんと叩いて宣言する。

『あのくそお兄さまめ。報いを受けさせてやるわ』


 そうして――……。

 その日、真刃は一人、空港のロビーを歩いていた。
 服装はラフな私服。黒いジャンパーに、紺のジーンズだ。前髪も上げていない。
 ごく普通の青年に見える姿で、真刃は人混みを避けて進んでいた。

「さて。この辺りだと思うが」

 真刃は、周囲を見渡した。すると数秒もかけずに、目当ての人物を見つけた。
 あの馬鹿でかい図体は見つけやすくて、ここでは便利だ。
 真刃は、目当ての人物の元へ向かった。

「……ん?」

 すると目当ての人物も、真刃に気付いたようだ。
 トランクケースを片手に持つ、白いスーツの大男は皮肉気に笑った。

「何だ。我が義弟おとうとよ。見送りに来てくれたのか?」

「誰が義弟だ」

 真刃は冷めた目で、その男――ゴーシュを睨み付けた。

「そうは言ってもな」

 ゴーシュは、ボリボリと頭をかいた。

「エルナは嫁に貰ってもらわねば困るぞ。フォスター家の体面もあるからな」

「……いや、お前な」

「安心しろ。嫁と言っても、かなたのこともある。愛人ならいくら作っても構わんぞ。なにせ俺たちは引導師だ。女は多くて当然だしな。エルナが正妻ならそれで充分だ」

「…………」

 ゴーシュの言い分に、真刃は、もう言葉を発するのも面倒になった。

(後腐れなく始末しておくべきだったか?)

 本気で、そう思い始める。
 あの夜、真刃の『大爆炎』に敗北したゴーシュだったが、五体満足で生き延びた。《制約》に加え、根本的な魂力不足によって大幅に威力が落ちていたのが幸いしたのだろう。
 流石に攻撃を受けた直後は、全身の皮膚や体の一部が炭化寸前にまでなっていたが、大門が紹介してくれた治癒系の引導師のおかげで、五日経った今では完治している。
 だが、その後の展開は、真刃にとっては想定外だった。

『ふははっ! 完膚なきまでに負けた! お前の強さには感服するばかりだ!』

 かなたの家で療養中のゴーシュは、豪快に笑った。

『よし! 決めたぞ! エルナを娶れ! 今日から俺たちは義兄弟だ!』

 最後の決戦で見せた姿を口止めする矢先のことだ。真刃は、本気で唖然とした。
 こいつは脳の内部まで炭化したのかと思った。
 しかし、ゴーシュは本気のようだった。その上、エルナの異母兄ゆえに無下にも出来ない。
 結果、真刃は、ゴーシュと奇妙な関係を築いていた。

「まったく。お前たち、兄妹は……」

 額に手を当てる。何だかんだで、似ている異母兄妹だと思った。
 と、その時だった。

「……あの、ゴーシュさま」

 鈴の音を思わせる声が響いた。真刃が目をやると、一人の女性がいた。
 歳の頃は二十代前半ぐらいか。肩まで髪を伸ばした和風美人だ。
 ボーダーの白いセーターに、長い黒のスカートを履いている。慎ましげな雰囲気を持つ彼女は真刃と目が合うと、ぺこりと頭を下げてきた。
 彼女はゴーシュ同様に、トランクケースを両手で握っていた。

「あの、そろそろ離陸のお時間です」

「ああ、分かっている。お前は先に行け」

「……は、はい。分かりました」

 女性は、恥じらうように、こくんと頷いた。
 そうして彼女は一人、先に進んでいく。真刃は眉根を寄せた。

「おい、ゴーシュ=フォスター。彼女は確か……」

 彼女の後ろ姿には見覚えがあった。
 確か、大門が紹介してくれた治癒系の引導師だったはずだ。

「ああ、あいつか」ゴーシュがニヤリと笑う。「十四人目だ」

「……なに?」

「自宅療養も暇だったしな。最後の日に口説き落とした」

「………は?」

「いや、お前、あれほどの美女が毎日一人で俺の部屋に来るんだぞ? しかも、清楚な容姿に似合わずおっぱいまで大きい。当然手を出すだろ? やたらと許嫁がどうとか言っていたが、黙らせてやった。物理的にな」

 ゴーシュは、真刃にしか聞こえないように告げる。

「クフフ、あいつめ。男を知らなかったぞ」

「……貴様、それは……」

 真刃の眼光が鋭くなる。と、流石にゴーシュも気まずさを感じたか、

「いや、隷者にはしたが、決闘はしてないぞ。まあ、男慣れしていないあいつを何時間も抱きしめ、愛を囁き、キスをし続けたのは少し強引だったかも知れないが、ちゃんと口説き落とした。最初の一線を越えた時は間違いなく合意だったしな。どうか今夜だけにして欲しいとかも言っていたが、この俺が気に入った女を手放すものか。それも黙らせてやったぞ。一晩かけてじっくりとな」

「…………」

 真刃の顔からは、すでに表情がなくなっていた。
 そして、かなり真剣に後悔する。
 この男は、もう少しこんがり焼いておくべきだったと。
 また、先程の女性には、本当にすまないと思う。
 かなたを早々にエルナの家へと招いたのは、失態だったかもしれない。

『一つ解せんな』

 その時、不意に声が上がった。ボボボッと宙空に鬼火が灯る。
 数秒後には骨だけの翼を持つ半透明の猿が現れた。猿忌だ。
 霊体の猿忌の姿は一般人には見えないが、当然、ゴーシュには見える。

「式神か。何が解せないのだ?」

『そこまで節操がなかったとはな。甘くみていたぞ。だからこそ解せぬ。今となれば幸運なことだが、何故、お前はかなたに手を出さなかったのだ?』

 ゴーシュは沈黙する。

『まさか、本気で主に忖度した訳でもあるまい』

「……はぁ」ゴーシュは嘆息した。

「正直に言えば、手を出そうとしたのは事実だ。だが、出せなかった」

「……どういう意味だ?」

 真刃が眉根を寄せる。

「確かに、俺は下衆で外道で節操なしだ」

 ゴーシュは、独白する。

「だが、それでも俺のものになった女たちのことは大切にしているつもりだ。あの日、かなたを抱こうとした時、あいつの顔が見えた。それが母の顔なのか、それとも女の顔なのかは分からないが、酷く怒っていたよ」

 そこで、苦笑する。

「流石にあいつにあんな顔をされては、手は出せないさ」

『ふん、意外とまともな神経をしているのだな』

「いや待て。まるで美徳のように語っているが、それは本当に美徳なのか? そいつの女の落とし方は最悪の部類なのだぞ」

 真刃が一応ツッコむ。と、

「……お兄さま」そこで再び声がした。真刃たちが振り向くと、そこには神妙な顔つきのエルナと、少し困ったような表情を浮かべるかなたがいた。

「……ほう」ゴーシュが目を丸くした。「まさかお前が俺の見送りに来るとはな」

 ゴーシュが意外そうに呟くと、

「私も、本当は来たくありませんでした」

 エルナは、はっきりとそう返した。

「ですが、どうしても外せない用がありましたから」

 言って、指鉄砲の構えをゴーシュに向けた。
 それを見て、真刃と猿忌は驚き、一方、ゴーシュは眉をひそめている。

「何の真似だ? エルナ」

「お兄さまは一流の引導師です。私とは実力が違います。だけど、私たちの術って発動自体は基本的に先着順なんですよね」

 エルナはニコッと笑った。そして――。

「――ドンっ!」

 愛らしい唇から告げられる衝撃を示す効果音。
 真刃と猿忌が、目を剥いた。まさか、こんな場所であの禁術・・・・を――。
 愕然とする間もなく、ハラリ、と。

「……ん?」

 困惑するゴーシュの呟きと共に、白いスーツが、バラバラになった。
 まさに木っ端微塵だ。布までもが糸となり、フロアに崩れ落ちる。
 これこそがエルナの切り札・・・
 一瞬ですべての縫製を解く、通称『マッパの術』だ。
 数秒の沈黙。

「きゃあああああああッ!?」「うわ、うわあああッ!?」

 空港のロビーに悲鳴と、絶叫が轟く。
 それも仕方がない。なにせ、いきなりマッチョな全裸男が現れたのだから。
 しかも、その大男は一切何も隠そうとせず、むしろ、自慢の筋肉を見せびらかすように腰に両手を当てて仁王立ちしている。

「お兄さまのバーカッ! 女の子を裸にするなんて最低ッ!」

 そう叫んで、エルナはかなたを連れて、走り出した。

「ふははッ! この俺に術をかけるか! 存外成長しているな! エルナの奴め!」

 一方、全裸のゴーシュは上機嫌だ。大胸筋がピクピク動いている。
 エルナたちは走る。が、少し進んだところで、かなたが立ち止まり振り返った。そして、両手を腰の前に、深々と頭を垂れる。ゴーシュは少しだけ目を細めた。

「頼むぞ。義弟よ。エルナのことも。かなたのこともな」

「言われずとも分かっておる」

 真刃は嘆息した。
 義弟という呼び名には思うところがあるが、流石にここで否定の言葉は返さない。
 ただ、これだけは別だった。

「さて。ゴーシュ=フォスターよ」

 真刃は、言う。

「己もそろそろ逃げても良いか? お前と一緒に捕まりたくはない」


       ◆


 そうして、一時間後。
 ――ゴオオオオオオオッ……。
 轟音を立てて、飛行機が飛び立っていく。
 草原が続く、金網フェンスに囲まれた滑走路の外にて。
 真刃は、空を見上げていた。
 あの飛行機には、ゴーシュと、彼に付き従う一人の女性が乗っているはずだ。

「まったく。最後まで迷惑な男だったな」

 それにかけては、妹も同じかも知れないが。
 空港に迷惑をかけたことは、後で叱らなければならない。
 真刃は、ジャンパーのポケットから缶コーヒーを取り出した。
 カシュッ、と音を立てて開ける。
 口にする。深い甘味。ややミルク多めだ。やはり、この時間は至福だった。
 金網に背中を預けて一息つく。と、

『……主よ』

 宙に浮く猿忌が尋ねてきた。

「何だ? 猿忌よ」

『一つだけ聞きたい。主は……』

 猿忌は、目を細める。

『この時代に来て、世界を越えて、幸せか?』

「…………」

 真刃は、沈黙した。それは数秒のことだが、とても長く感じた。
 再び、缶コーヒーに口を付ける。
 真刃は、苦笑した。

「この缶コーヒーがあるだけでも幸せだな」

『……主よ』

「妄言だ。許せ」

 真刃は、目を細めた。

「今代は何もかもが違う。己の知るものは何もない」

『…………』

「だが、重要なのはそこではない。幸せとは巡るモノ。己が大切だと思い、そして己を大切だと思ってくれる者が傍にいる事こそが重要なのだ」

 真刃は、空を見上げた。
 蒼い空には、雲が流れている。
 それは、かつての時代では、大門や紫子。そして彼女・・だった。
 そうして時が経ち、今の時代では――。

「あ! お師さまっ!」

 少女の活発な声が響く。目をやると、元気よく手を振る銀髪の少女と、ぺこりと頭を下げる黒髪の少女の姿があった。眩しそうに、真刃は双眸を細める。

「少なくとも」

 青年は、笑う。

「今の己には守るべき者たちがいる。退屈もしない。缶コーヒーまであるのだぞ。ははっ、それだけでも充分喜ばしいことではないか」

 猿忌はしばし無言だったが、『そうか』と頷く。

『うむ。ならばよい。ともあれ、これであと五人だな』

「……おい待て。そこは黙れ」

『実はな、金羊に調べさせて、すでに参妃にも目星を付けておるのだ。エルナたちの学校の生徒でな。普段は頭頂部で髪を結いでおるが、主好みの長く美しい黒髪。無論、容姿も素晴らしいぞ。魂力は215。エルナさえも凌ぐ逸材だ。古風な性格で《魂結び》に強い反感を抱いておるようだが、そこはかなたを容易く落としたという主の手腕を見せてくれ。気丈な娘ほど存外押しに弱いところもある。あえてゴーシュに倣うのもよいな』

「おい。何だ、その詳細ぶりは。何故中学生ばかり選ぶ? それに誰があの男に倣うか。まったく。どうしてお前たちはそう急かして己に嫁を付けたがる?」

 真刃が、深々と溜息をついて尋ねると、

『そんなもの決まっておろう』

 猿忌は口元を押させて、くつくつと笑って告げた。

『我らが主に、幸せになって欲しいからだ』 


〈了〉
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