骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第三章 魔王は語る④

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「……ああ。頼む」

 その人物は、スマホを手にそう告げた。

「いつも通りだ。それで進めてくれ」

 長い髪と、瞳を強く閉じた、三十代ほどの人物。
 年齢には似合わない和装を纏う青年である。

「今回の相手は、校内でも派手にやっているようだしな。スケープゴートも用意しやすいだろう。ただ、今回は隷者ではない。苗床だ。あまり傷つけてはならんぞ」

 と、幾つかの注意事項を告げてから、青年は通話を切った。
 青年はスマホを懐にしまうと、両腕を組んで小さく嘆息した。

「……結局、今回もいつものやり口かよ」

 その時、皮肉気な声が響いた。

「大変そうだな。壱羽いちばィ」

「…………」

 和装の青年は、微かに瞼を上げて声の主へと顔を向けた。
 年齢は二代前半。白いスーツを着た青年だ。
 彼は広い和室の中で、両足を伸ばしてくつろいでいた。

「あらあら。お行儀が悪いですよ。四我しが

 そう告げるのは、別の人物だ。長い髪を束ねた和装の女性。
 年齢は二十代後半ほどか。和装もあって線の細さが際立つ女性だ。
 おっとりとした微笑みを見せる彼女は、和装の青年と向かい合うように座っていた。
 名を二葉ふたばと言う。
 なお、この広い和室には、五人の人物がいた。
 男性が四人。女性が一人だ。和装の青年以外は全員が二十代。
 甚平を着ている人物もいるが、四我と呼ばれた青年以外は全員が和装だ。

「……四我。親父殿と、壱羽兄ィの苦労も察しろや」

 別の人物が告げる。胡坐をかいて肘をつく巨漢の人物だ。
 和装の中で唯一、甚平を着ている人物でもある。
 剃髪の彼は、ギロリと四我を睨みつけて言葉を続ける。

「今回のはただの貯蔵庫タンクじゃねえ。貴重な200越え。次代の苗床なんだぞ。だから、わざわざあの親父殿が穏便に済ますために、火緋神のババアに交渉しにいったんじゃねえか」

「その交渉も失敗したんだろ? 三狼さぶろう兄ィ」

 四我は、皮肉気な顔を見せる。

「政略結婚なんて今時するか? ましてや親父とあの婆さんは犬猿の仲じゃねえか」

「まあ、それでも成功していたら、今回に限らず色々と動きやすかったからですしねえ」

 と、最後の男性が語る。
 目の下の隈が目立つ、痩せすぎた男性だ。

「父上もそう思われたから、御前殿と交渉に踏み切ったのでしょうが……」

「……仕方があるまい」

 壱羽が、嘆息する。

「いずれにせよ、計画は続行だ。力技になるが、そこは慣れたものだしな。それよりも」

 青年は、微かに開いた瞳で自分の弟妹たちを一瞥した。

「二葉。三狼。四我。五蔵ごぞう。もうじき父上が来る。改めろ」

 長兄の言葉に、四我も流石に表情を改めて、その場に正座した。
 三狼も胡坐をやめて、座り直す。
 そうして――。

「……ご当主さまがいらっしゃいました」

 襖の奥。従者である女の声が響いた。
 同時に襖が開けられる。
 そこに立っていたのは、巨漢の老人。天堂院九紗だ。
 怪老はゆっくりと室内を進み、上座に来るとその場に座った。

「……あの小娘が」

 そして開口一番に、苛立ちを吐いた。

「儂の話に全く耳を貸さん。あの件は儂の本意ではなかったと知っておるにも関わらずにだ」

 壱羽たちは何も言わない。
 ただ、父であり、当主である九紗の言葉に耳を傾けている。

「あれほどの完成体だぞ。何故、儂が処分せねばならんのだ。確かに部下どもの愚行を抑えきれんかった儂にも責はある。だが、あの小娘め……」

 不快そうに眉をしかめる。
 そんな苛立ちを剥き出しにしたまま、九紗は痩せすぎの青年――五蔵を睨みつけた。

「五蔵。例の件の進捗はどうなっておる?」

「……はい。父上」

 五蔵は語る。

「降霊術師を新たに五名迎えました。ですが、未だ件の霊は見つからず」

「……ふん」

 九紗は鼻を鳴らした。五蔵はビクッと体を揺らすが、

「まだ見つからんのか。すでに転生――いや、あれほどの外道だ。我霊と化している可能性の方が高いかもしれんな」

 特に叱責もなく、九紗はあごに手をやって双眸を閉じた。
 数秒後、瞼を上げて五蔵に告げる。

「引き続き捜索を続けよ。さて」

 九紗は室内を一瞥する。

六炉むろは相変わらず失踪中か。だが、七奈と八夜はどうした?」

「……七奈は、ずっと部屋に引き籠ってるよ」

 九紗の問いに答えたのは、不快そうな四我だった。
 四我は父を睨みつけた。

「知ってんだろ、親父も。八夜の馬鹿が七奈に何をしたのか」

「……ああ、あれか」

 九紗は、再びあごに手をやった。

「八夜は、出来としてはかなりに近づけたと思っているのだが、どうも精神に欠陥があるからな。やはり本家本元、件の男の霊を見つけ出し、技術を引き出したいところだな」

「……おい、親父」

 四我が、歯をギリと鳴らした。

「あんた、七奈に対して言うことはねえのかよ」

「……七奈か?」

 九紗は、視線を二葉に向けた。

「七奈の様子はどうなのだ? まだ使えそうか?」

「そうですねェ」二葉は頬に手を当てた。「しばらくは無理でしょうね。一週間ほど前に見た時は、自分の隷者にも怯えていたようですし」

「……やれやれ。八夜め」

 九紗は、深々と嘆息した。

「七奈に対しては、しばし様子見だな。回復するのならば良し。無理ならば《魂結び》を解約し、八夜にくれてやろう。七奈の魂力は158。苗床としてはそこそこだしな」

「――親父ッ!」

 父の通告に立ち上がったのは、四我だった。

「てめえッ! 自分が何を言ってのか分かってんのか!」

「ふん。理解しておるわ」

 九紗は、憤る息子を一瞥した。

「だが、もはや禁忌など気にしていてはおれん。さらなる進化はその先にあるのだ。そういう意味では、八夜は良い例を示してくれたな。二葉よ」

「……? 何でしょうか? お父さま」

 おっとりした口調と表情で二葉が父を見やる。と、

「今宵の夜伽の娘はいらん。代わりに、お前が儂の相手をせよ。思えば二度目の交配は試したことがない。新しい『型』になるやもしれんな」

「あらあら」

 二葉は、頬に片手を当てた。

「これは完全に七奈と八夜のとばっちりですわね。まあ、別に構いませんが、私の場合、今いる隷者たちはどうしましょう?」

「解約する必要はない。お前はただ儂の子を孕めばいい」

「承知いたしましたわ。お父――いえ、九紗さま」

 言って、三つ指を突く二葉。四我は愕然とした。

「――ふざけんな! 糞ジジイが!」

 拳を固めて吠える。同時に四我の拳に光が集まってくる。
 拳そのものが、光と化そうとしていた。
 天堂院家の系譜術ではない。彼が生まれ以て持つ独自の異能の力だ。
 いや、彼だけではない。ここにいる兄姉は、全員が独自の異能を有していた。
 目の前の怪老に、狂気にも等しい実験を何度も繰り返されて、魂まで捻じ曲げられた哀れな母たち。彼女たちから受け継いだ力だった。

 ――彼らだけの独自の世界。独界オリジン

 天堂院家では、この異能をそう呼んでいた。

「てめえ! 俺らを何だと思っている!」

 光を纏い、四我は九紗に襲い掛かろうとする――が、

「――控えよ。四我」

 不意に告げられた声に、四我は硬直する。
 全く動けない。
 見ると、兄――壱羽が完全に瞳を開けて、四我を見据えていた。
 その双眸は、黄金色に輝いている。

「壱羽、兄ィ……」

 四我は声を振り絞って、異母兄の名を呼んだ。

「父上の命は絶対だ。もし逆らうのであれば、お前といえども容赦はせんぞ」

「……………」

 四我は動けないまま、ギリと歯を鳴らした。
 沈黙を続ける三狼と五蔵は、気まずげに視線を逸らしていた。
 一方、当事者である二葉は「あらあら。私を心配してくれてるの?」と、ニコニコと微笑んでいた。全く自分の身を嘆いている様子はない。
 ――と、

「……ふん」

 九妙が、片肘をついて鼻を鳴らした。
 少しだけ嬉しそうに目をすぼめている。

「四我よ。お前は不遜に見えて、その実、兄弟姉妹を大切に想い、部下や自分の隷者にも気を向けることが出来る男だ。お前は心が最も『あの男』に近いと言えよう」

 九妙は、淡々と語り続ける。

「それは望ましいところだ。生来の魂力の量では、六炉や、八夜に劣っていても、案外、お前こそが『あの男』に届く者になるのかもな」

「……また……その話かよ」

 四我は動かない体で、九妙を睨みつけた。

「『あの男』、『あの男』。あんたは口を開けばそればかりだな」

 一拍おいて、皮肉気に笑う。

「全部あんたの妄想なんじゃねえのか? そんな野郎、本当に居たのかよ?」

「ああ、居たともさ」

 九紗は、双眸を鋭く細めた。

「万にも至る死者の霊を従えて、無限にも等しい魂力を有していた男」

 怪老は、謳うように言葉を続ける。

「かつて帝都さえも壊滅に至らしめた怪物――《千怪万妖骸鬼ノ王》」

 九紗は、我が子たちを見据えた。

「お前たちは『あの男』を模した存在だ。だが、まだ及ばん。あの最強の引導師にはな」

 ゆっくりと頭上に手をかざした。

「儂はもう一度、『あの男』を創り出す。我が天堂院家の悲願を果たすために」

 天堂院九紗は、天を握るように拳を固めて告げた。

「禁忌など知ったことか」

 そして、老いた魔王は告げるのであった。
 揺るぎない意志を拳に込めて。

「すべてはこの国を救うためなのだ。儂は止まらぬ。『あの男』に並ぶ者を創り出し、この国に巣食う七体の千年我霊、奴らを一体残らず駆逐する日までな」
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