骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第六章 魂が繋がる夜①

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 ――ガツガツガツ、と。

 刀歌は、凄い勢いで食事を口に運んでいた。
 炒めたレバーとホウレン草を箸で掴み、口にする。
 時折、マグロの刺身にも箸を向けた。
 決して行儀が悪い訳ではない。むしろ美しい箸遣いだ。
 正座した姿勢も真っ直ぐで品がある。
 ただ、食べる速度だけが逸脱しているのだ。
 その様子を正面から見つめて、エルナは頬を引きつらせていた。

「食事で血を補うなんてマンガみたい」

「ですが、これ以外に手段もありません」

 と、何故か、ホクホク顔で血色の良いかなたが言う。
 エルナとかなたと刀歌。
 彼女たちはセーフハウスの一室。丸いテーブルを囲んで、揃って正座をしていた。
 黙々と食事をする刀歌を、エルナとかなたが見物しているような光景だ。
 真刃から連絡を受けてエルナが駆けつけたのが、十分前。
 その時には刀歌はすでに食事に入っており、かなたはそれを見物していた。
 ちなみに、レバーとホウレン草の炒め物は、猿忌が調理器具に憑依して用意した。
 その頃のかなたは我儘モードに入っていたため、調理どころではなかったからだ。

 ともあれ、こうしてエルナ=フォスター、杜ノ宮かなた、御影刀歌。
 壱妃、弐妃、参妃が一堂に会したのである。

 そうしている内に、刀歌が、コクコクとコップに入った水を上品に呑み干した。

「……ふう」

 刀歌が、小さな息を零す。

「助かった。ようやく少し落ち着いた」

 なお、彼女は今、かなたのジャージを着ていた。かなたが持ってきた服だ。刀歌が着ると袖がやや短く、胸が少し窮屈そうだった。
 壱妃にも、参妃にも負けて、かなたは少しだけ不満だった。なお、エルナはかなたと同じセーラー服。その上に、黄金の龍が刺繍された蒼いジャンパーを着込んでいる。
 閑話休題。

「……あなたは」

 かなたが、刀歌に問う。

「本当に、真刃さまの隷者ドナー――参妃となったのですか?」

「うん。その通りだ」

 刀歌は、自分の豊かな胸をぽよんと叩いた。
 ふふん、と鼻を鳴らす。

「そう。私は今や主君の隷者であり、猿忌の言うところの参妃なのだ」

「…………」

 その台詞には、エルナも沈黙する。
 どうしてこうなったのか。
 ほんの数時間前には、彼女とはコイバナをしていた。
 その時は、好きな男などいないと言っていたのに。

「私こそ驚いたぞ。まさか、エルナとかなたの主が主君だったとはな」

「いや、確かにそうだけど、ちょっと待って」

 エルナは、手を前に突きだした。

「刀歌、あれだけ《魂結び》を嫌ってたじゃない。どうして隷者になる気になったの?」

「そうです」かなたも続く。「何故いきなり方針を変えたのです?」

「ああ、それは……」

 刀歌は苦笑を浮かべた。

「率直に言えば、私があの人に負けたからだ。生涯最強の一撃を容易く防がれてしまった。あの人は私よりも遥かに強い。だから隷者になった」

「……え?」エルナが目を瞬かせる。「何それ?」

 どうして真刃と刀歌が戦うことになったのか?
 ここに到着したばかりで、エルナはまだ事情をほとんど聞いていなかった。
 かなたも眉をひそめていた。事情をあまり知らないのは、彼女も同じだった。
 知っている事実は、猿忌から聞いた刀歌が参妃になったことだけだった。
 そもそも、今回の事情を刀歌から聞くために、二人はここにいるのだ。
 刀歌は、「はは」と笑う。

「色々あってな。不敬にも未来の主君に挑んでしまったのだ。だが、その敗北は決め手ではない。私が自分の信念を曲げてまで、あの人の隷者になったのは……二つの理由からだ」

 そこで、彼女は遠い眼差しを見せた。

「あの人が、とても優しかったから。そしても一つ。私には明日の保証などないのだと思い知ったからだ」

「え?」「………」

 エルナが目を剥き、かなたは怪訝そうに眉根を寄せた。

「……誠実な人だと思った」

 刀歌は、少し声に熱を帯びさせて言葉を続ける。

「私のことを本当に気遣ってくれていることが分かった。とても強くて優しい人。私は、あの人の優しさに強く惹かれた」

 瞳を閉じる。

「……それを自覚した時、私は、ふと、ひいお爺さまの言葉を思い出したのだ」

「……お爺さんの言葉?」

 エルナが反芻する。
 刀歌は、ゆっくりと瞳を開いて「ああ」と頷いた。

『自身よりも強者に立ち向かうことも、愛しい人の腕の中に飛び込むことも、同等の勇気と決意がいるものだ』

 刀歌は、曽祖父の言葉を告げた。

『もし、お前にそのような者が現れたら、自分の心に問いかけよ。己が心の奥にある望みを。そして自分の心が分かったのなら、迷わないことだ』

 ――その人が明日もいるとは限らないのだから。
 曽祖父は、そう言っていた。

「一度だけ。一度だけ、ひいお爺さまはそんなことを語っていた。武人で名を知られるひいお爺さまらしからぬ言葉だったので、よく憶えている。ひいお爺さまは、きっと、女である私を気にかけて、そのような言葉を残してくれたのだろう」

 刀歌は、微かに口元を綻ばせた。

「だから、私は自分の心に問いかけた。私があの人をどう感じているのか。私自身はどうしたいのか。それを自分自身に尋ねたのだ」

「……その結果が?」

 エルナが神妙な声で尋ねると、刀歌は「うん」と頷いた。

「私はこの出会いを運命だと思った。そして死にかけたことで、私が明日も生きている保証なんてどこにもないのだと知った。だから今、あの人の腕の中に飛び込む決意をしたのだ」

 刀歌の言葉に、エルナは少し瞳を細めた。

「……明日の保証なんてない」

 小さな声で反芻する。

「……そうですか」

 かなたも、ポツリと呟いた。
 明日の保証など、どこにもない。
 それは、不遇の人生を送ってきたかなたも共感することだった。
 だからこそ、今の生活に幸せを抱いていることも。
 少しだけ、かなたは刀歌を受け入れた。
 エルナもまた、共感している。

 ――が、次の台詞に、二人は凍り付くことになる。

「まあ、そもそも、私は愛する人に剣と純潔を捧げると決めていたしな。はは、どうにも順序が逆になってしまったな」

「「……………………………………え」」

 エルナとかなたが、目を瞬かせて声を零す。
 一方、刀歌は自分の腹部を両手で押さえて、頬を赤く染めた。

「その、《魂結び》があんな感じだったとは思わなかった。痛かったけど、凄くふわふわして、最後の方はもう凄く熱くて、その、私の中に、とても沢山のものを注がれたのを自覚した。もしかしたら、私はすでにあの人の……」

 そう呟いて、赤い顔のまま、幾つしむように自分のお腹を撫でた。
 数瞬の間。
 エルナとかなたは硬直した。

 ――が、

「――刀歌! あなた、お師さまと《魂結び》をしたの!」

 バンッ、とテーブルを強く叩いてエルナが身を乗り出した。
 刀歌はギョッとした。

「え? それは当然だろう? だって、私はあの人の隷者なのだから」

「う、うそ……し、しかも、エッチありきの……」

「い、いや……」

 刀歌は、人差し指を軽く噛んで顔を逸らした。

「その、ずっと夢心地で、その時の記憶は曖昧なのだが、感じからして多分……」

 カアアアアっと、視線を前髪で隠しつつ、耳まで真っ赤にする。
 エルナは「う、うそ……」と、その場で崩れ落ちた。

「わ、私だって、まだなのに……」

 今にも泣きだしそうな顔でそう呟くと、
 ――スウッ、と。
 立ち上がる者がいた。かなたである。
 何やら、彼女は闘気のようなものを背に揺らめかしていた。
 そして、かなたは、ジャキンッと巨大なハサミを両手に持った。
 刀歌が「え?」と目を見開き、エルナがかなたを見やる。

「か、かなた?」

「……少々」

 かなたは、かつて見たこともないぐらいの冷たい目で、エルナに答えた。

「これから真刃さまに、お尋ねしてきます」

「……そうよね」

 エルナも目尻の涙を拭いた。そして、力強く立ち上がる。

「まずはそこを聞かなくきゃ。もし事実なら」

「はい。相応の対応を」

「真刃さんには反省してもらうけど、まずは私からでもいいよね?」

「もちろんです。私は弐妃ですから。ですが、やはり私も今夜中には」

「うん。明日の保証なんてどこにもない! そこはちゃんと真刃さんに頼むから安心して」

 そんなことを言いながら、エルナとかなたは部屋を出ていった。
 残された刀歌は、状況が全く分からなかった。

「え? 結局、何だったのだ?」

 ――新たなる第参の妃。
 しかし、まだまだ新参で、何かと憶える必要がある刀歌であった。
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