骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第3部

第六章 迫る悪意①

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 そこは、星々が瞬く世界。
 全面が流れ星で満たされた空間だ。
 けれど、それらは本物の夜空ではない。
 星々は世界に散らばる『端末』。流星は『回線』を表す。
 ここは電脳空間。いわゆるネット世界をイメージ化したものだった。

『……う~ん』

 その世界で、雷の体躯を持つ巨大な羊が唸っていた。
 従霊の一体。金羊である。
 彼の傍らには、数百体の小さな金羊が集まっていた。
 この無限の世界を駆け抜ける金羊の分身体だ。

『……マジで候補がいないっス』

 長から命じられた肆妃の選別。
 それは、遅々として進まなかった。

『……はァ』

 思わず溜息が零れる。
 壱妃から参妃までが順調すぎたのだ。
 そして、あの子たちのおかげで、肆妃のハードルが跳ね上がってしまった。

『魂力は最低でも180以上。容姿は……まあ、引導師は綺麗な子が多いからいいっスけど、年齢は二十二歳以上。しかも、しがらみの少ない子っスか……』

 そんな人物がいるのだろうか?
 金羊は頭を悩ませた。

『せめて年齢制限だけは解いて欲しいっス。そしたら……』

 そう呟いたところで思い出すのは、赤い髪の少女だ。
 あの少女は、まさに逸材だった。
 もしかしたら、彼女の世代は、エルナたち以上の黄金世代なのかもしれない。

『う~ん、あの子の周辺をちょいっと調べてみるっスかね~』

 そんなことを考える。
 あの子以外であの子に近い逸材がいれば、年齢以外はクリアできる可能性がある。
 それを材料に長を味方につけれれば、ご主人と交渉も可能かもしれない。

『それに、やっぱり気になるっスからね』

 金羊は顔を上げた。
 あの娘――燦を肆妃に迎えることは出来ない。
 金羊自身の心情的にも抵抗がある上、ご主人の説得はまず無理だろう。
 ただ、気になるのは火緋神家。
 そしてあの家が保有していたという神刀――《火之迦ひのか具土ぐつち》。

 かつて、ご主人を追い詰めた神威霊具。
 恐らくは、最強たるご主人の命に届く唯一の刃だ。

 あの危険な霊具は、果たして今も現存しているのだろうか……。

『…………』

 金羊は、双眸を細めた。
 真刃に仕える従霊の一体。金羊。
 彼には前世――人間としての記憶はない。
 これに関しては、他の従霊たちも同じだった。
 従霊としての特性……というよりも、これは死者としての特性だった。

 人は死ぬと輪廻の輪へと戻る。
 しかし、すぐに転生する訳ではない。

 生前の記憶を失い、微睡のような意識だけを残して、ただただ宙空を漂うのだ。

 声も出せない。
 何も出来ず、どこにも行けない。
 眠ることさえも出来ないのである。

 ただ、世界の中を漂うだけ。

 それは、途方もない苦痛だった。
 まさしく停滞の牢獄である。
 そうして、心が摩耗しきって意識が消えた時、初めて転生できるのである。

 それには、およそ百年かかると言われている。
 だが、それは、あくまで平均的な年月だった。
 意志の強い者は、百年経っても解放されないことが多い。
 今いる従霊たちは、等しく百年以上、停滞の地獄の中で存在し続けた者たちだった。
 中には数百年の者さえもいる。

 ――果たして、自分はいつ転生できるのか。
 ――その時、自分の心はどうなっているのか。

 恐怖と絶望、終わらない孤独が、常に胸の裡を灼いていた。
 そんな彼らを救ってくれたのが、真刃なのである。
 そういった者ほど、彼の声はよく届くのだ。
 あの無間の牢獄の中で聞こえた彼の呼びかけに、どれほど救われたことか。
 多くの同胞たちに囲まれた今が、どれほど幸せなことか。

 従霊たちは、誰もがご主人に感謝していた。
 ゆえに、その忠義心は揺るがないのだ。

 だからこそ、見過ごせなかった。

(……仮にあの霊具が今も現存していて)

 金羊は、想像する。

(……火緋神家が、今もご主人の討伐を考えていて)

 今の状況から鑑みると、あり得ない。
 けれど、可能性だけならば、あり得ること。

(……すでに『彼女』が死んでいても、あの娘がいる……)

 新たなる、火緋神の娘。
 魂力においては『彼女』さえも大きく上回る娘。
 間違いなく、神刀に適合できるであろう赤い髪の少女。

(……あの子が、ご主人に刃を……)

 元気いっぱいなあの子の笑顔が脳裏をよぎる。
 ……馬鹿馬鹿しい考えだとは思う。
 だが、その可能性は、ないとは言い切れないのだ。
 何より、先代の『彼女』は、その道を選んだではないか。

『……そうっスね』

 その可能性がある以上、看過も出来ない。
 もはや肆妃候補など関係なかった。

『……あの娘。今の火緋神家の内情を探ってみるっスか』

 金羊は呟く。
 従霊たちの情報の要。それが自分だ。
 近代戦においては、情報こそが最も強力な武器である。
 まずは、今代の火緋神の娘。燦の素性。
 そして《火之迦ひのか具土ぐつち》。
 あの神刀の所在は、何としてでも確認しておきたい。

『よし!』

 金羊は決断した。

『ちょいっとあの娘を探るっス! いくっスよ! チビたち!』

『『『メエエェェエェェッ!』』』

 小さな金羊たちは、一斉に鳴いた。
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